恋煩いとお昼ご飯
三世は体調が出歩いても問題のない位に回復した後、五十階突破とその内容を説明する為に王城に向かった。
経験した世界は自分が元いた世界の百年ほど前に酷似していた事、それとその世界で起きた内容を資料に纏めた。
ただし、命の事だけはほとんど記さなかった。
というよりも、まだ口にするほど心が割り切れていなかったので話す気になれなかった。
確かに記憶だったものが記録に移り変わった実感がある。
あの世界にいた時の事も映画を見ていたような気分に移り変わった。
しかし、それでも彼女の事だけは、心にわだかまりとして残っているように三世は感じた。
説明の為にマリウスとドロシーがどのような世界に入ったのかも事前に尋ねてあり、それも王に提出した。
二人の体験した世界の大まかな内容は、羽の生えた悪魔が姫であるドロシーを攫い、王国一の騎士であるマリウスが一人で悪魔の世界に乗り込み姫を助けに行く話だ。
……どこかで聞いた事がある気がしたが三世は気にしない事にした。
ただ、ドロシーが攫われたお姫様に甘んじる事はなく、自由きままに動いた挙句生ぬるいやり方の悪魔の王に説教を始めた事により世界は捩れ狂った。
悪魔の王に説教し、むしろ率先して脅威度を高めていくドロシー。
山あり谷あり溶岩あり雪崩ありの苦労の連続。
道中襲い掛かってくる大量の悪魔を倒しながら進みドロシーの元にたどり着いたマリウスに、ドロシーが放った言葉は。
「準備終わってないからもう一周お願い」
その言葉と同時に始まりの場所に戻されるマリウス。
事情を知った悪魔達は同情し、二週目は悪魔達とほとんど戦う事なくドロシーの元にたどり着いた。
戦わないとは言えかなり厳しい道のりを急いできたマリウスにドロシーは。
「ごめん。まだ終わってないからもう一周お願い」
悪魔の王すら頬をひくつかせ同情するほどの所業である。
悪魔達もマリウスの所業に対し哀れに思い、道中の悪魔達はマリウスに対する所業に対し王に告訴する為マリウスに同行した。
これに対し悪魔の王を操り黒幕と化したドロシーは悪魔達の反乱と受け取り戦闘準備に入る。
その結果、悪魔の配下たちとマリウス対悪魔王とドロシーとドロシーの製作した新しい悪魔という謎の決戦が始まった。
その結果、悪魔陣営は身内同士で戦力を削り合い、人類と戦う力を失う。
そして、二度と人間には手出しをしないと誓い、人の来れない奥地に全員で引きこもっていった。
一応めでたしめでたしではあるのだが、あまりに酷い展開だった為か、マリウスはこの話をする時は眉間に皺が寄っていた。
さくっと資料を提出し、軽い問答の後、国王フィロスは三世に尋ねてきた。
「それで、今後はどうするつもりかね?」
「……しばらくは休もうと思います」
三世の言葉にフィロスは頷き、そのまま退場を促した。
これには二つの理由がある。
一つは単純に疲れたからだ。
燃え尽き症候群というほどでもないが、しばらくまったりと過ごしたい気分である。
体力もそうだが、心が休憩を求めていた。
もう一つは事前にコルネを通じ、王側からお願いがあったからだ。
『これ以上ヤツヒサさんが目立ちすぎると王国側に角から立つから、攻略に参加するなら少し時間を空けて欲しい』
三世も英雄になるつもりも政治にかかわるつもりもなく、ましてやジャンヌダルクの末路をたどるつもりもないためその事に了承した。
そうして報告も終わり、一区切りついた三世が今何をしているのかと言うと、カエデさんに乗って道なき道を疾走していた。
景色が見えず、風とカエデさんだけを感じる二人だけの時間。
それを求める程度には、三世は心が弱っていた。
悲鳴というほどでもないのだが、心にざわつきが残り、何となく落ち着かない。
抜けない棘が刺さり、胸の中に泥が詰まったような感じがする。
この感情を一言にするなら『胸が苦しい』になるのだろうか。
要するに、忘れられないのだ。
だからこそこの世界を楽しむ為、そして全てを忘れる為にカエデさんと二人でただひたすらに走った。
帰り道だけ覚えて適当に、昼食に遅れないように考えながら、ただただ適当に走り続ける。
他の女の事を考えなら背に乗る三世に、カエデさんは不満があった。
だが、今だけは許す事にした。
三世の心の隙間を埋める為に、そしてまた元気を取り戻す為に、カエデさんは全力で疾走した。
速度の中で何も考えず前だけを向ける時間。
それこそがカエデさんからの三世に対する慰めだった。
数時間の楽しい二人の時間。
完全にとはいかなくても、三世は多少は前を向く事が出来るようになった、そんな気がした。
カエデさんに乗ったまま村の入り口に戻ると、ルゥとシャルトが門の前で三世達を待っていた。
三世はカエデさんから門の前で降り、少し慌てた様子で二人に尋ねた。
「あれ? どうしました? もしかして待たせてしまいましたか?」
「んーん。帰って来た気配がしたから迎えに出ただけだよ」
ルゥは嬉しそうに三世の方を見ながらそう答えた。
三世はそんなルゥの頭を微笑みながら撫で、ルゥは嬉しそうに顔をほころばせた。
「それと、マリウスさん、ドロシーさんが昼食を共にする事を希望しています。どうしますか?」
シャルトが二人を見て微笑みながらそう尋ねる。
「もちろん行きましょう。断る理由もないですし」
三世はシャルトの頭を撫でながら答えた。
「カエデさん。ひとっ走り付き合ってくれてありがとうございます。またお願いできますか?」
三世はカエデさんの首元を撫でながら尋ね、カエデさんは三世の頬に自分の頬をこすりつける。
『あなたの為ならいつでも走ります』
カエデさんがそう言ったように三世には聞こえた。
三世はカエデさんを小屋に送った後一旦自宅に戻り荷物を置き、ルゥの作った食事を持って三人でマリウスの家に向かった。
長方形のテーブルに六人がテーブルを囲むように座っていた。
元々マリウス家のテーブルは正方形に近い大きさだったのだが三世達との交流が増えた事に加え、ドロシーも一緒に住む事になった為マリウスが新しく用意したものだ。
といっても、買ったわけではなく、作った物だが。
ドロシーがサイズと模様のデザインを決め、マリウスが製作。そして細かい模様を三世が彫り込むというある意味世界で一番贅沢なテーブルだった。
自分達が使いたい物を使っているのだからこれ以上の贅沢はないだろう。
ちなみに同じ物がもう一つ、三世の家にも用意してある。
左角を挟んだ位置にマリウスがいて、正面にルカとドロシー。そして右にルゥとシャルトが詰めて座っている。
ルゥの持参した昼食はビーフシチューの寸胴鍋だ。
がっつりとした洋の味が楽しみたいと言う三世のリクエストを最大限尊重し、良い牛肉がちょうど入った為こうなった。
玉ねぎはほとんど形が残らないほど煮込んであり、その中でゴロゴロと転がる牛肉、人参、じゃがいも達。
嗅覚が異常だと訴えるほどの食欲そそる香ばしさは、胃袋が悲鳴を上げている事すら忘れ、涎が出るのを堪えるのに辛いほどだ。
ルカはビーフシチューに合わせ、サラダとパンを用意した。
サラダはルゥが好きだから葉物野菜を中心としたトマトたっぷりのノンドレッシングサラダ。
時季外れではあるが、ルカはトマト好きなルゥの為にわざわざ遠方からトマトを取り寄せていた。
パンは上部が山なりになっている精白パンだ。
いわゆる『食パン』である。
かるくあぶった後に複数種類の用意してあるチーズを付けて食べるらしい。
三世の知っている食パンよりも少々硬そうではあるが、香り高く、パリッとした食感が楽しめそうで期待が膨らむ。
ルカとルゥが協力しあって全員のテーブルに料理を並べていく。
他の人が手伝わない理由は別に男尊女卑とかそういうのではなく、単純に邪魔になるからだ。
一応ではあるがプロの料理人であるルゥと、気遣いとタスク管理のエキスパートと言われ、村長の仕事すら手伝っているルカの二人が動くと三世は当然、他の誰もが邪魔となってしまう。
だから黙って待つこと位しかできないのだ。
あっという間に食事の準備は終わり、全員がマリウスに視線を注いだ。
マリウスはそれを確認し、両手を合わせる。
「食事が食べられることに対し、全てのものに感謝を――特にルゥに感謝を込めて、いただきます」
普段の様子と違い流暢に言葉を紡ぐマリウスに合わせ、全員が手を合わせいただきますの合掌をし、声を揃えた。
次の瞬間、全員が同じ動作をした。
スプーンを掴み、ビーフシチューに潜られ、ひょいと口に運ぶ。
暴力的とも呼べるほどの芳香に我慢が辛かったのは全員同じだったらしい。
口に運んだ瞬間に広がるクリーミーな味わいと濃厚なコクは、三世が期待し予想していた以上の味だった。
野菜は当然、肉すらも歯がいらないと感じるほどに柔らかく煮崩れ、にもかかわらず旨味は具材から逃げだしていない。
具材が口の中で崩れた瞬間から広がる旨味がシチューの味わいを更に複雑にし、恐ろしいほどの満足感を与えると同時に物足りなさを呼び覚まし、自分の口と胃袋が二口目を運ぶようしつこく要求してくる。
贅沢に使われた生クリームもコクを生み出す要因になっており、不快な味わいやくどさを出さずにビーフシチューの味の底上げに協力していた。
これは一皿では足りる気がしない。
三世は大きな寸胴鍋で作ってくれたルゥに心から感謝をした。
精白パンもビーフシチューほどの感動はないが相当美味しかった。
三世が日本で食べていた食パンよりもあっさりとしていて、若干パサついてはいるが小麦の風味がしっかりしている。
それに濃厚なチーズを上に塗って食べるのは癖になりそうな味だ。
ただし、途中からドロシーが我慢出来ずビーフシチューにパンを浸して食べ始め、それを皆が真似をしだしてからはチーズの消費は露骨に減った。
またルカがサラダにドレッシングを付けなかった理由も理解出来た。
濃厚なシチューに濃厚なチーズをきている為、対極に位置するさっぱりとして瑞々しい野菜が非常にありがたい。
一種の箸休めの感覚で野菜を楽しみつつ口内をリセットしてから、再度パンとシチューを味わう。
皆が口に食べ物を運ぶ事に集中し、無言の時間が長く食器の動く音だけが響く団欒の時間となってしまった。
それでも、その時間は妙に暖かい時間だった。
それはそれとしてシチューは奪い合うように食べ、結構な量があったはずの寸胴鍋は見事に空と化した。
「さっそくだが、新しく覚えたスキルについて説明してくれないか?」
食後の時間、ガニアで三世達がお土産に渡した緑茶を飲みながらマリウスが三世に尋ねて来た。
「『無刀術』ですか?」
「ああ。刀ってヤツヒサのいた場所の武具の名前だろ? それを使わない武術って事みたいだが徒手空拳と何か違うのか?」
それは師匠としての質問というよりは、単純な好奇心だろう。
期待に満ちた目のマリウスに、三世は冷静に言葉を紡いだ。
「無刀に期待してはならない。所詮刀に素手では勝てず、武士であるならば刀に対して刀を持つことが最も有効な手段である。故にこの技術に期待するべからず。これが無刀術を習った時の最初の言葉でした」
「……ふむ。ではどうしてそんな技術を覚えたんだ?」
三世はその言葉に苦笑して答えた。
「残念ながらそれしかまとも覚えられなかったんですよ。あの世界で私は貧弱で病弱だった為、真剣が持てず、また素手の武術を習得する程の体力もありませんでした」
武器を振れず、素手で戦えず、また体力がないから逃げる事も出来ない。
それでも、あちらの三世は命を守りたいと願い、弥五郎に必死に頼み込んだ。
その結果、唯一マトモに覚えられたのがこの無刀術と呼ばれる技術のみだった。
「……それはそれで気になるな。ちょっと見せてくれ」
マリウスが楽しそうに尋ねたのを三世は微笑み頷いた。
「良いですよ。ただ、もうちょっと休ませて下さい。胃袋がまだ悲鳴上げてます」
そう言いながら三世はテーブルにだらーっと体を預ける。
その横でシャルトも同じような姿勢を取っていた。
「食べすぎました」
そう呟くシャルトはとても幸せそうな顔を浮かべている。
そんな二人の様子をマリウスとドロシーは微笑ましい目で見ていた。
ありがとうございました。
風邪ひいて熱出てるから更新止めとこう。
そう思ってましたが何だがブクマが増えて嬉しかったからがんばりました。
応援いつもありがとうございます。
百四十万文字をも超える量に付き合ってくださり本当に感謝しかございません。
これからも読んでいただけるよう出来る限りの努力をしていきますの、よろしければこれからもお手に取って読んでみてください。
再度ありがとうございました。
次は食事関係の描写をもっと練習したいと思います




