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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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五十階でのエピローグ

 

 目が覚めた時最初に感じたのは衣服の重さだった。

 理由は二つ。

 一つはあちらにいた時の服装と違い今の装備は冒険者用の装備である。

 レザーアーマーなのでそれほど重量はないが、普段着と比べたらやはり重い。

 もう一つはあまり口にしたくない非常に悲しい事実。

 今自分の年齢が二十代ではなく、中年である事を三世は体験していた。


「そっちも終わったか」

 低い声が聞こえ三世がその方角に向くと自分の師匠であるマリウスがいた。

 酷く懐かしい気がする。

 時間自体は精々一月程度でそれほど経過していないのだろうが、記憶が制限されマリウスとドロシーの事はほとんど考えないようにされていたらしい。

「はい師匠。そちらはどうでした?」

 その言葉の瞬間に、マリウスはうんざりとした表情を浮かべた。

「あー。大変だったんですか?」

「いや……大変だったのは内容ではなく、ドロシーがはっちゃけてな……」

「はーい。はっちゃけちゃいました。さらわれた姫役って退屈だったから色々とねぇ」

 そう言いながら長く白い髪の女性が姿を現した。

 マリウスの妻であるドロシーだ。

「あお疲れ様です師匠。大変でしたね」

 何が起こったかわからないが、ドロシーの行動で大変な目にあったという事だけは理解出来た。


 そして時間差でルゥとシャルトが突然現れた――二人とも白玉団子を大量に抱えて。

「やったー! なんだか知らないけどもらえたー! 皆で食べよう!」

 ルゥの言葉と同時に椅子とテーブルが地面からせり上がりテーブルの上にはお茶が用意してあった。


 味は見事に神宮寺の白玉団子そのままで、それは異世界であるマリウスとドロシーをも容易く魅了した。




 三世は団子を頬張りつつ周囲を見回す。

 石レンガで囲まれただけの空間。

 その中央に椅子とテーブルがあり、奥に宝箱が一つ置いてあった。

 団子が出て来た上に突然テーブルが現れた為まだあっち側にいるのかと錯覚した三世は、確認する為にスキルを使い、ルゥの頭を撫でながら診た。

 ルゥの体調に問題なし。怪我もない。

 スキルが使えるのなら元の世界に戻ったと考えて良いだろう。

 今どの世界にいるのかわからなくなり、妙に不安な気分になった事からふと昔見た映画の事を思い出した。

 電脳空間の世界で人類は機械に支配され、そこから目覚め人類が反逆する話である。




「それで、これからどうしたら良いのかな」

 そんなドロシーの言葉と同時に、テーブルに一枚の紙が現れた。


 今日から時間を掛けてあちらの世界での()()()()に移り変わる。

 これは人格分裂を防ぐ為である。

 白玉団子の作り方はお詫びも兼ねてルゥの脳内にレシピを残しておいた。

 技量が追い付けば作れるようになる。

 五十階攻略報酬としてスキルを用意した。

 奥にある宝箱を開けた者にスキルを授ける。

 ただし、得られるのは一人だけでかつ、あちらの世界での経験を元にスキルは構築される。

 宝箱を開けた後帰還陣が生成される。

 次回から五十一階からの挑戦が可能。


 全員がその紙を読んだ時、とある一行に注意が集中した。

「ルゥちゃん……これ作れるの?」

 団子を持ちながらのドロシーの言葉と同時に全員の視線がルゥに集中した。

「材料と……練習すればたぶん。すぐには無理だけど」

 どうやらシャルト――いや月華との約束を守ってくれたらしく、魔王はレシピをルゥに刻んでくれたらしい。

 シャルトではなくルゥなのは、技量の問題だろう。

 今度は視線が三世に集中した。

「……もち米。ガニアの国ならたぶんありますが、あの世界の質に匹敵するかはちょっと……」

 三世の言葉に頷き、マリウスが呟いた。

「材料の質が悪いなら」

 その言葉にルゥは元気よく答える。

「材料を作る!」

「技術が足りないなら」

 再度マリウスが呟き、ルゥが答える。

「沢山練習する!」

 そして期待の眼差しでルゥ、シャルト、ドロシー、それとこっそりマリウスが三世に視線を集中させる。

 三世は覚悟を決めた瞳で頷いた。

「やってみましょう。きっと出来るはずです」

 そんな三世の言葉に全員が同意するように頷き、もう一度白玉団子を食べる日を夢見た。


「んで真面目は話、スキルの方はどうしよか。ああ、私はいらないわ」

 ドロシーの言葉にとマリウスも合わせる。

「俺もいらんな」

「私も別に必要ないですね」

 シャルトが更に言葉を続け、その後にルゥがしょんぼりしながら呟いた。

「私何もしてないからたぶん何のスキルももらえない……」

 その後ルゥは涙目でドロシーの胸に飛び込み、ドロシーはルゥの頭を優しく母親のように撫でだした。


「いや……スキルが増えるとかとんでもない事じゃないですか!? ルゥは……うん……仕方ないですが、シャルトと師匠にドロシーさんは良いんですか?」

 この世界のスキルとはそんな簡単に増やしたり、ましてや受け渡したり出来るものではない。

 と言ってもスキル絶対主義というわけでもない。

 お菓子スキルがある三世より、料理スキルを持っていないルゥの方が圧倒的に美味しい物を作る。

 それでも、スキルはあった方が絶対に便利である。


 三世の呆れたような驚いたような声にまずシャルトが答えた。

「経験ってのが問題です。あちらの私が出来た事って猫又で妖術関連じゃないですか。妖術って大体魔術で代用できるんですよ。なので出来る事はそれほど増えません」

 場合によっては猫又の本性、つまり猫っぽさが増すというスキルにしかならない可能性すらあった。その場合三世は大歓迎なのだが意味は薄い。

「では師匠は?」

「……たぶんだが、長距離走れるスキルになると思う。そして、正直魅力を感じない。馬車で良いと思うし元々それなりに走れる」

 マリウスにとっての冒険者としての第一は逃げる事。第二はいつでも万全の状態を保つ体力を持つ事である。

「それは確かに師匠にはいりませんね。ドロシーさんは?」

「――説教かしらね?」

 ドロシーの答えにマリウス今まで見せた事のない非常に疲れた顔を見せていた。

 二人に一体何があったのか、どんな冒険を経験したのか聞きたいが、マリウスが辛そうな表情をしている為聞くのは止めておいた。


「逆にヤツヒサさんはどう? スキルになるような経験はあった?」

 ドロシーが楽しそうに尋ねるが三世は答えられない。

 一言で答えられるような少ない経験ではなかったからだ。

「……色々ありましたね。色々な人から沢山のものを受け取りました」

 三世は微笑みながらそう答えた。

 ただ、その微笑みは少しだけ寂しそうでもあった。

「それなら尚の事お前が受け取れ。お前が一番良い経験をしたみたいだからな」

 マリウスは三世の胸に何か表現しにくい感情が抱いている事を理解し、肩を叩いて優しく声をかけた。

「……わかりました。それじゃあそろそろ帰りましょうか。そろそろここを出ますが準備は良いですか?」

 三世はぐるっと周囲を見て全員が頷いたのを確認した後、宝箱の元に向かい箱を開ける。

 中は空っぽだったが、確かに自分の中にスキルが増えたのを感じた。


「どんなスキルでした?」

 シャルトの質問に三世は目を閉じ、自分のスキルを確認していみる。

「んー……『無刀術』ですね。あまり便利なものではありません。緊急時の手段みたいなものでしょうか」

 三世は微笑みながらそう答えた。

「あら、残念でしたね。と思いましたが当たりみたいですね。ご主人様嬉しそうですよ?」

 シャルトの目ざとい意見に三世は軽く微笑み誤魔化した。


 それはあちらの三世にとって祖父と命、二人との絆である。

 真剣を持つ事も、徒手空拳をする事も出来なかった三世が、命を守る為に祖父に頼んで教わった技術だった。

 確かに役に立つ事はほとんどないだろう。

 それでも、三世にとっては貴重な思い出だった。


「それは戦闘技術か?」

 マリウスはそう尋ね、三世が頷いたのを見るとにやっと笑った。

「いいな。今度教えろ」

「わかりました。師匠なら何かの役に立てるかもしれませんし」

 そう話していると、さきほどまでテーブルのあった位置に魔法陣が存在していた。

 テーブルはもちろん。飲みかけのお茶や団子のゴミまで全部片づけてあった。

 魔王は意外と気が利くらしい。

「それじゃ帰りましょう!」

 ドロシーが嬉しそうにシャルトとルゥの手を掴み、一目散に魔法陣に走っていく。

 三世とマリウスは苦笑しつつ、その後を追った。


 魔法陣を踏んだ瞬間に、塔の外、いつもの出口に出て来た。

 自然豊かな世界、塔の周りには多くの冒険者がいて、その恰好は鎧などの防具で和服を目にしない。

 洋服を身に着けている女性も確かにいるが、三世の知っているあちらの洋服とは全然違う。

 服装と風景でここが違う世界なんだなと三世は感傷に浸った。

 まだ一時間も経過していないのに、ホームシックのような気持ちになってきた。

 ――帰るべき場所があるのに何を考えているのでしょうね。

 三世は溜息を吐き、一歩足を踏み出そうとして――そのまま足を滑らせ転んだ。

 体が重たく、瞼が異常なほど重たい。

 何とか首だけを動かしてみるとマリウス、ドロシー、シャルトも同じように地面に突っ伏していた。

 ルゥだけが何があったのかわからずオロオロとしていた。

 ルゥが無事という事は、あちらの生活の疲労がこちらで出たのだろう。

 三世は冷静にそんな事を考えながら、必死に口を動かす。

「ルゥ……すいません。馬車の手配……お願いしま――」

 それだけ言って三世の意識は闇に飲まれた。



 丸一日寝た後、その苦しさに三世は目を覚ました。

 酷い吐き気と頭痛に苛まれ、眩しくもないのに目がチカチカとする。

 早い話がアレだ。

 重たい二日酔いである。

 同じように苦しそうな表情をしているシャルトの頭を撫でながら、三世は眠れなさそうだが横になりもう一度目を閉じた。


 後日、その原因が判明した。

 三世達が塔に入っていた時間は丸一日程度だったらしい。

 つまり、一日で一月分の経験をしたという事だ。

 そりゃあ倒れるし気持ちも悪くなる。

 

 三世、シャルトが元の体調に復帰するまで十日ほど、マリウスとドロシーが日常生活に復帰するまで二週間ほどの日数が必要だった。



ありがとうございました。






塔は半分残ってますが、話は佳境を過ぎています。

起承転結なら転び終わった辺りですね。

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