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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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確かにそこにいた少女

 

 今回一番の被害者が誰かと言うと、間違いなくルゥになるだろう。

 光という自分の同位体による献身で最後まで身動きが取れず、また独占欲の所為で共有する記憶は全て持っていかれた。

 その結果生まれたのが、現在部屋の隅で三角座りをしいじけているルゥである。

 光の来ていた陰陽師のような巫女のような白い服装は目立つ為着替え、現在は淡い色合いのドレス風の洋服を身に着けている。

 和服ではない理由は、単純にサイズがなかったからだ。


「もう終わりかー。何かあったかなー。はは。色々あったんだろうなー」

 壁に向かって話しかけるルゥの様子は寝過ごして遠足に参加出来なかった小学生のようで、見るに堪えない。

「ルゥ姉! 私良い場所知ってますよ! 一緒に甘い物食べませんか?」

 その言葉にルゥはぴくっと耳を動かし、シャルトの方を向き何度も頷いた。

「行く行く! 美味しいの? ねぇ美味しいの?」

 ルゥが目を輝かせて尋ねて来るのに対し、シャルトははっきりと頷いた。

「ええ。とっても!」

 辛い事を引きずらないのがルゥの長所である。

 その言葉の後で、ルゥとシャルトは三世の方をじーっと見つめた。

「行くのは良いのですが……ルゥ。耳はどうしましょうか?」

 三世はルゥの頭に生えている狼の耳を見ながら尋ねた。

「え? 何が?」

 どうやらこの世界の常識まで全部そっくり光に持っていかれたらしい。

 想像ではあるが、陰陽術で耳を隠す事が出来たのだろう。


「この世界では動物の耳は隠さないといけないんですよ」

 そう言いながら三世がルゥに帽子を被せた。

「るー。すっごく嫌な感じだけど、美味しい物の為だから我慢するよ」

「店まで我慢したら店長に頼んで個室を使えますのでそこまで頑張ってください」

 三世はそう言いながらシャルトに財布を渡した。

「はい。それでは行ってきますね」

 そのまま二人は手を繋ぎ、部屋を出ていった。

 一瞬だが、シャルトがちらっと命の方を見たような気がした。


「主様。終わりましたね」

 命の言葉に三世は頷いた。

「お疲れ様でした。そうですね……終わりましたね」

 シャルトが月華と名乗るのを止めたように、ルゥが何一つ知らなくても終わりを確信しているように、三世も本当の意味で終わりが近い事を理解していた。




 神社から戻った後、ルゥとシャルト、命をこの部屋に置いて三世は実家の方に足を運んだ。

 早朝の為馬車も人力車もバスも出ていないから隣町にある八百万商会にはまだ向かえない。

 だから先に状況確認、特に弥五郎が無事かを調べる為実家に向かった。

 そして三世家正門前には、変な軍服に姿を変えたビリーが待機していた。

「おはようございます。右腕ことビリーです。一緒にドライブでもどうですか? 弥五郎様の所に」

 その言葉は大変ありがたかったのだが、正直頷きたくはなかった。

 金の装飾が施されたフロントランプはどこかに取れて姿がなく、車輪は軸がブレているように見え、本体もへこんでないところが見つからない。

 ビリーの乗っている自慢の愛車は見る影もないほどボコボコになっていた。

「それ……走るのですか?」

「走りますよ。たぶん」

 ボロボロになった理由の事を考えたら断りにくく、三世は困惑しながらロールスロイスに乗り込む。

 いつものご機嫌なエンジン音は聞こえず、詰まったような音が響き、速度は出ず、平たんな道でかなり揺れる事を除けば、概ね普通に走ってくれたと言えるかもしれない。


 そのまま車で町を出て、線路沿いに進んでいくと杖をついた一人の男性の姿を見かけた。

 良く見るとそれは杖ではなく鞘に納めた刀で、男性は三世弥五郎だった。

「おお。すまんが乗せてくれ。精も根も尽き果てたわ」

 弥五郎の様子は異常としか言いようがなかった。

 全身真っ赤な返り血で染まっており皮膚は血で染まっていてもでもわかるほど焼けただれボロボロになっている。

「ずいぶん激戦でしたね。撃退数を尋ねても」

 ビリーはそう尋ねながらドアを開け、弥五郎をそっと後部座席に座らせた。

「すまんな。数えてないし途中から死骸も消えたからわからんわ。大きいの一に小型無数って事にしといてくれ」

 妙に誇らしく答える弥五郎に三世は微笑んだ。

 孫に自慢したいからがんばったという事がわかったからだ。


 そのまま大手の病院がある立水町に向かったのだが、途中車が大破し三世が弥五郎の背負って立水町まで歩いた。

 歩きではあったが、案外悪い気分ではなかった。




 後に、ビリーから三世は報告書を受け取った。

 町での死者はなし。

 最終的には、負傷者一名に大破一台。

 そして問題一となった。

 負傷者は弥五郎。

 ちなみにあの様子で軽傷だったそうだ。

 ただし、髪に大きな痛みがありばっさりと髪を切る事になって若干落ち込んでいたらしい。

 大破は言うまでもなくビリーの愛車である。

「撃墜数二桁をマークし立派に殉職しました」

 そう言ったビリーだが別に落ち込んではいないらしい。

 と言うか既に新車を注文しているそうだ。


 最後の問題、海の汚染被害が相当酷いらしい。

 ほとんどの化け物を海で処理した為の弊害だそうだ。

 死骸や血は残らず消え、毒も軽くはなったがそれでもまだ影響が残っているらしい。

 といっても、コレはもう三世のかかわる事ではない。

 それを手伝うほど時間が残っていないからだ。


『社長の今後の無事を祈っております』

 商会前でビリーはそう叫び、頭を大きく下げた。

 ビリーもこれが今生の別れになると理解しているらしい。

 同様に包帯に巻かれた弥五郎も出て来た。

 弥五郎は何も言わなかった。

 ただ、三世の頭を乱暴に撫でた。

 荒い撫で方なのに、愛されていると三世は実感出来た。


 そうして昼前に三世は自分の部屋に戻ってきて、今ルゥとシャルトは外に出かけた。


 命と二人きり。

 ゆっくり話せるのはこれが最後となるだろう。


「……最後になりますけど、特に話す事はないですね」

 命の言葉に三世は笑いながら頷いた。

「ですね。ゆっくり話そうと思ったのですが、残念ながら何も浮かんできません」

「何が言いたい事とか聞きたい事とかありませんか?」

 命の言葉に三世はゆっくり考え、今まで聞かなかった事を尋ねてみた。

「命。それではあなたは誰で何を知っているのですか? 最初から最後まで、あなたは私にとって色々な意味で特別でした」

「光栄です。そして、その質問に関しては申し訳ありませんが答えられません。だってわかりませんもの。強いて言えば、出会った時から、いえ、その前から運命を感じておりました」

 答えになってないようで、答えているようでもある。

 実際に命もわからないのだろう。

 ただ、魔王の定めた人生から命が逸脱しているのは理解した。

 その献身は執念を感じるほどだったからだ。

「……女心って難しいですね」

 その言葉に命は微笑を浮かべ三世の方を見つめた。


「ではもう一つ、聞きたい事ではなく、お願いなのですが」

「はい。何でしょうか?」

 三世は言葉を区切り、深呼吸をした後真剣な様子で命の目を見た。

「私の世界に来ていただけませんか?」

 その言葉に命は驚いた表情を見せ、後に満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。それだけ求められるなんて……女冥利に尽きるものですね」

 肯定的な言葉と最大級の笑顔。

 だが、それは明確な拒絶でしかなかった。


 三世はどの理由が分かってしまった。

 これだけ深く想いあっていても、どれだけお互いを理解しても命はついてこない。。

 既に満足しているからだ。

『これ以上求めない。私は十分貰った』

 誤魔化しでも言い訳でもなく、本心からそう思っている為、命には何を言っても無駄だった。


「すいません。さっきのはなしで。逆に命からしてほしい事ってありますか?」

 三世は笑顔で本心を隠しながら、命に尋ねる。

「んー。特にありませんね。強いて言えば、あちらの世界でもご自愛して下さればそれで」

 結局最後までこちらに気を使う命に対し、三世は言いようのない寂しさを感じた。




「最後に、抱きしめて良いですか?」

 三世の言葉に命は顔を赤くし、下を向いたままぽふっと三世に寄り掛かった。

 その小柄な命を三世はそっと抱きしめ、徐々に強くしていく。

 強く抱かれるほどに命は嬉しそうに三世に体を預けてくる。

 ふと、命が三世の頭を撫でだした。

「良い子いい子。坊ちゃまは良い子ですよ」

 どうしてそんな事をしているのか、三世は最初わからなかったが視界がぼやけている事から理解できた。

 気づいたら目からは涙が零れていた。

「あはは。いつまでも坊ちゃまなんですね私」

「いえいえ。坊ちゃまであり、旦那様であり、そして愛しい貴方だと思ってますよ」

「ええ。知っていますよ。最後に――このまま泣かせて下さい」

 三世の言葉に命は何も答えず、逆に三世に胸を貸し三世を抱きしめた。

 泣きじゃくる三世と対照的に、命は一度も涙を流す事はなかった。




「それじゃあ。行ってきます」

 三世は部屋の玄関に立ち、部屋に残った命に最後の別れを告げた。

「はい。行ってらっしゃい」

 命は満面の笑みで三世に手を振り、見送る。


 一度でも命が泣けば……一度でも命が悲しそうな表情を浮かべたら三世は無理やりでも元の世界に連れて行こうと考えていた。

 方法はわからない。だけど無理やりでも何とかしてでも傍にいてもらおうと思った。

 それくらいは、好きだった。


 だけど命は一度もそんな顔を見せず、最後まで心からの笑顔を浮かべていた。

 その笑顔は、自分の幸せを願ってくれたのだと三世は知っている。

 だからこそ、三世は最後に笑った。

 満面の笑みを浮かべ、手を振り、扉を閉じた。

 そして同時に、三世の視界にも赤い幕が閉じられた。


ありがとうございました。

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