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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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泥堕2

 

 深く腰を落とし、拳を構える泥堕の構え方は本気になった時のルゥに良く似ていた。

 先程の違い武器を持たずの構えであるにもかかわらず、隙がなく戦いにくい。

 その上で横から無数に湧いてくる化け物達。

 猫の手でも借りたい状況だった。

 実際その役に立つ猫は、彼女しか出来ない事をしている為その手を借りる事は出来ない。


「主様。私が泥堕様のお相手致しますで、そちら側を」

 命の言葉に頷き、三世は化け物の方に注意を向けた。


 一瞬即発の空気、先に動いたのは何も考えていない黄泉から訪れた化け物達だった。

 緑の鱗に覆われぬめぬめしているトカゲのような姿をした奇妙な生き物は、その爪を振りかざし泥堕に襲い掛かる。

 泥堕は爪を受け流すように払いのけ、カウンターで正拳を叩きこむ。

 腹にめり込んだ拳を泥堕は更に押し込み、そのまま投げる要領で化け物達の集まっているところまで飛ばした。

「前にも言った通り、こいつらは俺も操れない。召喚した俺ですらこいつらにとっては餌にしか見えないようだ。まあ、半妖の俺は優先順位は低いがな。こいつらの優先順位は……」

 泥堕は狙われない為に黄泉の穴から離れ、命はそれについて行き泥堕と対峙する。

 穴に一番近い人間は三世になり、三世は一斉に襲われると覚悟し刀を強く握った。

 だがしかし、そうはならなかった。

 化け物達の視線が向いているのは三世ではなく、その後方の上側。

 その位置には神社があった。

「結界優先ですか……」

 三世は冷や汗が出るのを感じながらどう対応しようか頭を悩ませた。




「良いのかい援護に行かなくて。黄泉の妖を倒すほどの実力アイツにはないだろ」

「そうですね。行きたいですがあなたを放置する方が大事になるので、主様にはがんばってもらいますよ」

 命はそう言いながら、泥堕に向き構えを取る。


 右利きの場合、主に使い、威力のある一撃を叩きこむ利き腕側を後方にして構えるのが基本的な構えとなる。

 その為は右後ろの左半身の構えを取るのが基本である。

 しかし、今回命は右半身の構えを取った。

 その構えは相当異質なものである。

 その上で、重心を後ろにある左足に傾け、右足はつま先で立ついわゆる『猫足立ち』の構えをしていた。


 右半身猫足立ちという構えの異質さを、武術の知識がない泥堕には理解出来ない。

 そもそも理解する必要がないのだ。

 単純に強く、再生能力が高い泥堕は一撃でも相手に直撃すればその時点に勝ちとなる。

 泥堕は左半身を前にし、拳を胸の前で構えるシンプルな構えを取った。

 ただし、足を広げ腰の位置を異様に低くしてだ。

 人間なら体を支えるのでいっぱいっぱいとなる、異質なほどの低い構え。

 重心を落とした分だけ威力を拳に乗せられるのでその威力は相当の物となるだろう。

 また泥堕は知識こそ少ないものの、震脚と正拳を使いこなしている。

 命は一切の油断を持たず、睨むように泥堕を見据えた。


 じりじりと摺り足で移動する命に泥堕は最低限の動きで向きを合わせる。

 多少の隙が生まれても良い。

 泥堕は大技を食らう事を避ける為に、とにかく正面に軸を合わせる事だけを意識した。


 両者共に動きが少ない為、どちらも攻め手に欠け静の戦いへと変わっていた。

 化け物の咆哮と三世の戦う音だけが聞こえるが、その間でも両者の動きは少ない。

 所謂『先に動いた方が負け』という状況である。

 それでも、先に動いたのは命だった。

 三世一人に化け物退治を任せている為、命はあまり時間を掛けたくなかった。


 まっすぐ攻めて来る命の攻撃を無視し、そのままの勢いを利用し反撃を試みる泥堕。

 飛び込んでくる位置に拳を叩きこむだけなのだからそれほど難しい事ではなかった。

 こちらに攻撃が当たる事は気にしなくても良い。

 再生能力を計算すればお互い殴り合うことは泥堕にとって望むべき展開となる。

 そして泥堕は拳を命の体に合わせて打ち出し、不思議と空を切った。

 そして顎付近に強い衝撃を感じ、泥堕は体を揺らせた。

 倒れそうになるのを堪えきり、正面を見据えると既に一歩下がり構えている命がいた。


 泥堕の攻撃が空を切った事に特別な秘密があるわけではない。

 単純に構えが違うからだ。

 所謂『サウスポー』である右半身の構えで戦う人は非常に少なく、泥堕は当然として、光、ルゥも経験がほとんどない。

 その為攻撃の瞬間が掴み辛い。

 それに加えて命が右半身を選択した理由。

 それは主攻撃である右拳を少しでも早く繰り出す為である。

 本来の用途を無視した戦い方の為肩の回転は少なく、フック気味になり利き腕の威力は格段に落ちる。

 ただ、威力の高い攻撃を与えても回復されたのでは意味がない。

 その為命は速度を最重視し、脳震盪を狙う事にしたのだ。

 そして相手の油断もあり、完璧なタイミングで揺れるような動きで脳震盪を引き起こす攻撃が顎に直撃した。

 だが残念ながら、泥堕は倒れなかった。


 揺れはした為効果がないわけではないらしいが、今ので倒れないなら、しばらく主の救援には迎えそうにないと考え、命の内心に焦りが生まれた。




 泥堕は待ちの姿勢を取るのを止め、積極的に打って出た。

 反撃重視で叩き込んだ拳が空を切った為、戦い方を変える必要があると考えたからだ。

 時間をかけた分だけこちらが有利ではある為待ちのままでも良いのだが、本気を出した今、一方的に殴られるのは非常に気に食わない。

 泥堕は助走をつけて走り、その勢いを乗せたまま命の顔面目掛けて左足を叩き込む。

 命はそれを上側に受け流し、容赦なく男の股間を殴り飛ばそうとした。

 が、泥堕は右足のみで跳躍して命の攻撃を上に躱し、そのまま地面にいる命に向け拳を叩きこみ、命は後方に避け泥堕の拳は石で出来た道を破壊した。

 泥堕の拳は石より硬いらしくその手は無傷のままで、再度命に攻撃を仕掛けた。


 泥堕の攻撃が当たってはいないのだが、体力と勢い、体格差により一方的に攻められ続ける命。

 要所要所に脳震盪狙いの攻撃を当ててはいるのだが、人と違い脳震盪が起きにくい体質らしく、徒労を重ねているのではないかという焦りばかり生まれてくる。

 結果が見えず疲労ばかり溜まってくる現状はとても良いとは言えなかった。

 延々と実験体にされ殴られ続けた泥堕は、その手の戦闘不能系の行動に対する耐性は異常に高かった。

 

 状況が悪い方に加速していく。

 泥堕の攻撃速度が上がってきているのだ。

 拳の鋭さ、移動速度、次の攻撃に移る早さも、全てが早く、そして強くなっていく。

 最初は気のせいだと思っていたが、気づいた時には命の目で捉えるギリギリの速度にまで成長していた。

 そこにきて、ようやく泥堕の本当の狙いに気が付いた。

「泥堕様。あなたは何の妖ですか?」

「半分は人間で、もう半分は火を操るいたちだったらしいぞ。俺が生まれる前に殺されているがな。まったくもって俺の母上が気が狂ってるよな。色々な意味で」

 そう呟く泥堕の傍で命は汗を掻いていた。

 冷や汗ではなく、単純に熱いからだ。


 何も持っていなかった泥堕に光という器が作られ、そのおかげで己の親の情報を引き出す事が出来るようになり今の泥堕が誕生した。

 時間をかけるほどに熱量が高まり、早く強くなっていく。

 そしてある一定以上の熱量となれば、拳は相手を燃やし、相手の拳は殴られた瞬間火傷させる。

 攻防一体の炎が泥堕の本気の能力だった。


「諦めたら楽に殺してやるが」

 泥堕の言葉に命は微笑んだ。

「いえいえ。私は諦めが悪い人をずっと見てきましたので、今更そんな事出来ませんよ」

 そう言いながら命は油断し構えを解いた泥堕の顔面に拳を叩きこんだ。

 泥堕は一瞬怯んだが倒れる事はなく、そのまま構え命を見据えた。

「そうか。それは悪かった。あとすまんな。熱かっただろ」

 そう言った後、泥堕は拳を握り命に襲い掛かってきた。

 命はそれを回避しながら、さきほど顔面を殴った痛みの走った左手を確認した。

 人差し指と中指の付け根当たりに水疱のような火傷跡が出来ている。

 ――ボロボロになっても尽くすという願いは叶いそうですね。

 命は滴る汗を拭きもせず、目の前の泥堕に向かい拳を振るった。




 その様子を一言でいうなら、ボロボロである。

 三世は化け物達の動きを止め、こちらに注目が行くように気を配りながら立ち回っていた。

 一つだけ良かったのは、威力が弱いとは言え射撃武器を持っていた事だ。

 威力の低い回転式拳銃では化け物を一撃で殺す事は出来ないが、それでも大きな音を出すという事に大きな意味があった。

 音に反応し一瞬隙が生まれるからだ。

 そして、その瞬間から音を鳴らした人間が化け物達の標的に変わった。



 後は数を減らしながら時間を稼げば良いのだが、問題が二つあった。


 一つは剣の技量不足である。

 骨など硬い部位で剣が止まり一撃で斬り落とせないのだ。

 何度も斬撃を重ね、それでようやく化け物を活動停止に追い込む事が出来る。

 つまり一撃で殺せない為に処理速度が非常に遅く、沸く数より増える数の方が多いのだ。


 もう一つの問題は銃である。

 シリンダーの中にある弾丸の数は後一発。

 緊急用の切り札で考えていた為、予備の弾丸は持っていなかった。


 階段に足を掛けた化け物を三世は見かけ、その化け物目掛け三世は射撃した。

 パン!

 乾いた音と同時に化け物の動きが止まる。

 その隙に階段傍、弾丸が当たり倒れている化け物の首を切断した。

 これで弾丸は空となり、次に神社に向かおうとした化け物が出た場合は強引に斬り伏せるしか方法がなくなった。


 三世は時代劇などで血ではなく血糊と呼ぶ理由を実際に体験し理解した。

 血液よりもやっかいなのが脂肪、油だった。

 元々の技術不足に加えて血糊が付着しぬるぬると滑る刀となってしまい、刃が滑るようになった。

 鱗を持つ相手とは特に相性が悪く、剣筋をきっちり立てないと皮膚にすら食い込まなくなっていた。


 予め鞘はその辺に放り投げているが、拾い直せば自分だけは無事でいられるだろう。

 祖父より授かった刀の鞘には何等かの視覚阻害効果があるらしく、化け物から襲われなくなるからだ。

 だが、その場合は神社に全ての化け物が向かう事になる。

 もう一つの方法として、化け物を泥堕に擦り付けるという方法も考えた。

 しかし、あちら側の戦いは三世の介入出来る戦いを越えており、近づくことすら出来そうになかった。


 現在化け物の数は三十を超え、倒した数は八体となっている。

 一つ分かった事は、黄泉の穴周囲で戦わないとまずいという事だ。

 どうやらこの黄泉の穴は数の制限もあるらしく『一定数の化け物が近くにいるとほとんど召喚しない』らしい。

 つまり、三世がこの場を離れ化け物が追尾し穴から距離を取ると、一気に化け物がこちら側に召喚される。

 ただ、化け物が傍にいても数自体は増えていく。

 一分に一体か二体程度だが、それでも三世にとっては脅威以外の何物でもない。




 三世は足捌きを駆使し、背後を取られないように化け物達を相手にしていた。

 疲労は既に限界を超えており、弾丸はなく、刀はなまくらと化した。

 それでも、逃げる事は出来なかった。

 隣では命が戦っており、上には月華がいる。

 逃げるわけにはいかなかった。

 例え己の身を犠牲にしたとしても――。


 三世が気を引き締め、刀を振り下ろした瞬間――刀はその手から零れ落ちた。

 疲労で注意力が欠けていた上に全身血まみれだった為、柄まで血糊に塗れていた事に気がついていなかった。

「しまっ――」

 刀に意識が向き化け物から目を反らした事に気づいた三世が化け物の方に視線を戻すと、既に化け物は爪を振りかぶった後だった。


 後方に引き回避しようとする三世。

 足を後ろに動かし、かかとに何かがあたり三世は尻もちをついた。

 化け物の死骸に足を取られたのだ。

 そのまま爪が三世に振り下ろされ――。


 甲高い金属音が響き渡った。


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