泥堕1
西部十三山の下、神社に向かう階段の手前で三世と命は待機していた。
山周囲や神社には少数ながら護衛として商会の人間が入っており、また三世家実家と八百万商会の方も余裕が出たらこちらに来る手筈となっている。
と言っても、両者は町民の避難も合わせて担当している為援軍に期待することはあまりできない。
状況はわからないが、自分達だけでここを守る覚悟をしておいた方が無難だろう。
「主様」
命が短く呟くと三世は祖父より授かった無銘の打刀を鞘から抜く。
それに合わせ、正面から堂々と一人の男がこちらに向かってきた。
忍び装束の様な漆黒の衣装に、白い仮面を被った体躯の良い男。
泥堕その人である。
「シャ――月華がいないが死んだか?」
泥堕の声に三世は正眼の構えを取り答える。
「いいえ。やるべきことがあるそうなのでそちらの方にいますよ」
「そうか――」
それだけ言うと泥堕は短めな刀を右手で逆手で持ち、三世に襲い掛かる。
三世は大きく一歩後ろに下がり、命がその前に出た。
泥堕は攻撃を止めず、三世から命に標的を変更し命めがけて刀を振り、命は側面から襲い掛かる刀を腕で止めながら、受け流した。
キンといった金属音と同時に命の衣服の左腕部分が破れ、その中から金属製の籠手が姿を見せる。
受け流され姿勢を崩した泥堕に三世は前進しつつの突きを放ち、泥堕は左腕で突き受け止めた。
といっても、勢いを流しきれず泥堕の左腕は親指を落とし、また手のひらに大きな切り傷が生まれた。
だが、油断はできない事をしっている。
命はそのまま前回同様脇腹に全力の拳を叩きこみ、そのまま後退した。
「ぐっ。……前回も思ったが、その女どんな力してんだよ。ゴリラかよ」
泥堕の言葉に命は視線を変えずに三世に尋ねた。
「主様、ゴリラって何ですか?」
「命、今は集中して」
三世は否定する言葉が見つからず、誤魔化す以外の方法がわからなかった為そう答えることしか出来なかった。
「――どうして本気を出さないんですか?」
三世は前回と同様の泥堕にそう尋ねた。
本気を出していない事は前回でわかっていて、今回こそは本気で来ると思い色々と準備をしてきた。
だからこそ、想定外この上ない現状に、三世はそう聞かずにはいられなかった。
「そこまで情報は抜かれてないか。まあ理由は秘密だ。まあもう少し俺を痛めつけたらわかるんじゃないか?」
泥堕はそう答え、三世に迫ろうとするが命が立ちはだかり泥堕を殴りつける。
現状の戦力で考えるなら、泥堕は命一人で何とかなる相手でしかなかった。
命が殴りつけ、三世が隙間を縫うように斬るが、泥堕はそれを再生しなかったことにする。
延々とした持久戦が続く中、泥堕が傷付く事に情報が三世の中に集まってくる。
元々同位体である三世と泥堕でなのだが、泥堕は吸収される事に抵抗していた。
しかし、傷付いた場合は例外で、情報が漏れだすのだ。
半妖、陰陽術、見つけた光。失われた輝き。
三世の知らないはずの情報が脳に宿っていく。
己を堕ちた泥を称するもう一人の自分の気持ちが、三世には痛いほど理解出来た。
色々と知ってしまったからこそ、更なる疑問が生まれた。
陰陽術という便利な能力を受け継いでおきながら、なぜそれを利用しないのか。
詳細まではわからないが、便利な力である事には間違いないはずである。
本来の力も陰陽術も使わず、ボコボコにされ続ける泥堕に三世は言いようのない恐怖を感じた。
何を企んでいるのか、何を目指しているのかさっぱりわからなかった。
その途中、泥堕は突然構えを変えた。
右手に刀を逆手持ちにしたまま、左手を前に出し、拳を主体にした左半身の構えを取る。
その一瞬で命もそれに対応し、対刀戦ではなく対拳戦に意識を切り替え同じく左半身の構えを取った。
その直後に、泥堕は地面に足を強く叩きつけた。
ドン!と強い音と地響きが鳴り、石で舗装された道はひび割れ命は驚きと揺れから足を硬直させてしまった。
その一瞬を狙い、低空姿勢を取り命の脇を抜け、三世の傍に迫り、泥堕は右腕振った。
カン。
何かがぶつかり合う音が聞こえ、気づいた時には三世の持っていた刀は宙を舞っていた。
泥堕が己の刀の柄頭を三世の刀の柄頭に叩きつけたと三世が気づいた時には既に刀は手元になく、ニヤリと笑いながら泥堕は三世に斬りかかろうとしていた。
その瞬間に、音が響いた。
パン――。
乾いた発砲音と同時に泥堕の仮面を貫通し眉間に穴が空く。
その直後に、三世の刀が地面に転がる音が響いた。
ビリーが三世に手渡した回転式の拳銃を三世はまっすぐ構えており、その銃口からは煙が出ていた。
「なんだ……そりゃ……」
地面に倒れながらそう小さく呟く泥堕に、三世は堕ちていた刀を拾い、渾身の力で斬りつける。
泥堕の体は硬くはあっても脆さもあったらしく、胴に鋭い一閃を受けた泥堕は簡単に上半身と下半身に分かれ地面に転がった。
「これで終わりですかね」
命の言葉に三世は首を横に振る。
「いえ。これでも死なないんですよ。だから……死ぬまで体をバラバラにしていかないと……」
三世は沈痛な面持ちで呟くと、笑い声が周囲に響いた。
「あはははははは! 少し遠いがまあ良いだろう。質問していたよな。どうして本気を出さないか。これが答えだよ!」
泥堕は自分の切断面を指差した。
その中には赤い内臓は見えず、赤い世界と無数の化け物が宿っていた。
泥堕は体内に黄泉の穴を宿していた。
それは今までの黄泉の穴と違い、あちらの様子が、真っ赤で血みどろの世界の中で化け物達が蠢いている様子がくっきりと見えてしまった。
ただ見ているだけなのに吐き気と嫌悪感が凄まじい。
内臓を見ている方がマシというほどは不快感の酷い世界だった。
泥堕は自分の切断面に手を突っ込み、そのまま黄泉の穴を掴で取り出し、地面に設置した。
その瞬間、三世はあちらにいる化け物達と目があった。
黄泉の穴の先の化け物達はこちらを見て、そしてにやっと悍ましい笑顔を浮かべながらこちらに近づき、穴を潜ってこの世界に訪れた。
「どうして本気を出さなかったか? 出せなかったんだよ穴に力を吸われてな。どうして陰陽術を使わなかったのか? 使っていたんだよ! 空間の位相をずらし、世界を黄泉に近づけ穴を作るのに全神経費やしていただけでな!」
泥堕は自分の下半身を掴み、傷口を繋げるようにくっつけるとそのまま立ち上がり三世達の方を向いた。
「さて、第二戦と行こうかね。今度はお待ちかねの本気だ」
そう言いながら男は自らの仮面を取り、素顔を見せた。
「……顔立ちは似てないですね」
三世の呟きに泥堕は苦笑いを浮かべる。
「母親似なんだよ。むかつくことにな」
鋭い狐目で綺麗な顔立ちをした美青年面をしている泥堕は自分の顔について心底嫌そうな顔をしていた。
ありがとうございました。




