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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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不可思議なる光を追い求めて

 

 この世界には半妖という存在がいる。

 弱い人間が混じっていてもその力は妖と比べ遜色なく、普通の妖よりも強い者すらいたほどだ。


 本来の半妖とは妖の母体に人の男が(つがい)となり生まれる。

 何故かわからないが、妖の女性を好む男が一定数いるからこその現象だった。

 では、逆にしたらどうなるだろう。

 それを考え、実行した愚かな人間がいた。


 陰陽術という名の秘術が存在した。

 陰陽師より受け継がれ、より人に使いやすく改良された秘術である。

 人を守る為の力であるその力を受け継ぎ、代々守ってきた一族は、時代の流れに逆らえず衰退の一途を辿っていた。

 理由はいくつかあるが、人前に現れる妖の数が減っている事が一番の原因だろう。

 政府との繋がりはとうに立ち消え、同時に陰陽術が使える者は姿を減らしていく一方。

 既に滅亡が見えている状態だった。

 そして残念ながら、滅亡してもさほど困らない程度には落ちぶれていた。


 だからだろう。

 守る為に作られた陰陽術を持つ一族は、守る事を忘れ、ただただ力を求めた。


 女性の名前は安倍紅鈺(こうぎょく)

 陰陽術を守る一族の長の妻である。

 陰陽師で有名な安倍一族と同じ苗字だが、別に血縁関係があるわけはない。

 ただ、ハクを付ける為だけにその苗字をこの一族は名乗っていた。


 紅鈺は己を母体に妖との半妖を作ろうと画策し、旦那であるはずの長もそれに同意した。

 狂ったような発想ではあるが、そんな事でも実行せねばならぬほど、彼らは切羽詰まっていた。

 一族の、()()()のではない子供が異常なほど陰陽術の適性を持って生まれた。

 それは衰退を続ける一族にとって希望の光だった。

 ただし、その光は強すぎたのだ。

 このままでは間違いなく、長の座はその家系に譲らねばならないだろう。

 本家である自分達が分家に長の座を譲るなど、許される事ではないのに。

 周りから見たらなんてことはない、ただの権力争いなのだが、彼らにとってそれは命よりも大切な事だった。


 そして紅鈺は男の妖を拉致し、種を受け取って殺し、一人の半妖の男児が生んだ。

 しかしその半妖は彼らの望んだような存在ではなかった。


 妖が母体の場合の半妖は人という本体が半妖化する。

 その為、確固たる人という存在があり、その上で妖となるのだ。

 例えるならば、人の妖怪化である。


 しかし、人が母体の半妖となると、結果は異なってくる。

 妖という存在は本来、何か核となるものがあり、それがないと自分を維持できない。

 猫又ならば猫である事、妖を母体とした半妖なら人といった風にだ。


 人が母体だった場合は、結果が逆転する。

 核を持たない曖昧な妖の上に、脆弱たる人という存在が重ねられ半妖となるのだ。

 端的に言えば、良い所が一つもない欠陥品である。




 最悪な結果ではあるが、それでもこの結果が得られた事はある種の利点だと紅鈺は考えた。

 何が原因で、そしてどうすれば強い力を得られるのか。

 研究肌である紅鈺は、便利で好きに出来る実験材料を手に入れた。


 名前も付けられぬまま、生まれた時から実験材料とされた半妖。

 不幸な事に、彼は虚弱で寿命が短くはあっても、妖であった為再生能力が高く、死ぬことが出来なかった。


 研究者達にとって、その半妖は驚くほどに都合の良い存在だった。

 それは半妖が弱いからである。

 暴れても脅威ではなく、殴れば従わせる事が出来、失敗しても死なずついでにうっぷん晴らしをしても問題ない。

 そんな半妖の何も得る物がないただ痛く苦しいだけの生活が二十年近く続き、そしてある時、突然終わりを迎えた。


 研究成果が出ず、寿命が近い事がわかっている個体の処理に困っている時に、一人の人間がその半妖を引き取りたいと申し出たからだ。

 その女性は将来の長の最有力候補、紅鈺が焦りを覚えた原因である。


 二十を過ぎたその女性の実力は一族最頂点に達し、既に長となる事は確定していた。

 だから紅鈺はご機嫌取りと在庫処分を兼ねて、半妖をその女性に差し出した。




「初めまして。私の名前は(ひかり)。あなたの名前は何て言うんですか?」

 それが半妖と光の最初の出会いである。

 半妖は光を見た時心から感動した。

 美しい姿、美しい着物。

 この世のものとはとても思えなかったくらいである。

 中でも、その長く赤い髪は特に美しく、また自分に向けられた笑顔で嫌味を感じないのは人生で初めてだった。


 そんな光との生活は良い意味でも悪い意味でも想定外のものだった。


 悪い意味なのは、半妖の寿命はもう僅かとなっていた事である。

 一日のほとんどが寝たきりになり、座っているだけで疲れを感じるほどである。

 良い意味だったのは、興味本位で引き取られたと思ったが違ったらしく、光は半妖の面倒を全て見てくれた事である。

 食事を運び、自分で食べられない時は食べさせてくれ、熱を出した時には夜通し看病し手を握ってくれる。


 半妖は初めて、人の温かさに触れた。


 そこから数日、半妖は光と色々な話をした。

 一番驚いた事は、光の現状である。


 一族最高の力を持ち、将来を希望される光だが、この生活は窮屈という言葉以外に表す事が出来ない。

 常に幽閉状態で部屋から出られず、苗字を名乗る事も許されず、都合の良い結婚相手を親が選ぶのをただ待つだけの日々。

 殴られない事と食事が良い事を覗けば実験材料であった半妖と生活は大差なかったのだ。

 どれだけ特別な力があっても、使う事がほとんどない今の時代ではただの交渉道具でしかなかった。


 それでも光はいつも笑っていた。

 だからこそ、半妖の中に醜い欲望が生まれてしまったのは当然の事かもしれない。

『自分だけにこの笑顔を見せて欲しい』という愚かで身勝手な欲望が。




 ある日の夜、半妖は体を無理やり起こし、光を押し倒した。

 ()()()()()をしようとしたわけではない。

 そもそも半妖はそういう事を一切知らないし、知っていてもそれを行う体力は既にない。

 ただ、断られるのが怖かったから上に立って命令したかっただけである。

 光は無抵抗で押し倒され、微笑んだ。

「どうしました?」

 その眩しい笑顔を見ると、言いたい言葉が出てこなくなる。

 胸が締め付けられるほど苦しく、そして幸せな気持ちとなってくるのだ。

 それが何なのかわからない。

 だけど何か伝えないといけない。

 もう自分に残された時間はないと、半妖は知っていたからだ。


 そして、ここで半妖は最大の間違いを犯した。

 それは妖としての本能か、それとも男としての独占欲か。

 たった一つの言葉を、半妖は生涯後悔する事となる。


「お前、俺の物になれ」

「――ええ。わかりました」

 短い愛の告白。

 愛を知らない男の心からの言葉に、光は頷き、半妖を抱きしめた。

 半妖は幸せだった。

 いつ死んでも良いくらいには――。




 そこから二日後、最後の時が訪れた。

 息も絶え絶えの半妖の最後の気持ちは、感謝だった。

 こんな何もない自分が、心の底から幸せになれたのだ。

 そして、最後まで愛する人が傍にいてくれる。

 文句などつけようもなかった。 


「あり……がとう……。何時も……一緒に、いてくれて……」

 半妖の最後の遺言。

 それに光は微笑む。

「私の方こそありがとうございます。一緒に――」

 そして半妖は幸せな気持ちのまま目を閉じた。




 半妖が目を覚ました時には全てが手遅れだった。

 傍には光の姿はなく、死に際だった己の体は、健康になったどころか異常なほど力に満ち溢れていた。

 そして、光の持っていたであろう知識の数々が、半妖の内にあった。

 その知識の中に、陰陽術の中に己の全てを相手に捧げる術がある事を半妖は知った。


 『俺の物になれ』

 この言葉を光が実践した事を理解してしまった。


 光の情報の中には半妖の知らない事も山ほどあった。

 陰陽術や外の様子。

 それに加えて、光の本当の名前はルゥと言う名前であり、自分は『三世八久』という男の同位体で偽物である事だ。


 だがそんな事はどうでも良かった。

 自分の一言で全てを失った半妖は己への怒りを全て外部に向け、閉じ込められていた地下から抜け出し、陰陽術関係者を皆殺しにした。

 非人道的な事をを行う為に作られた地下を中心に破壊し、善人悪人関係なく、見かけた人間全て一切合切殺しきった。

 復讐など意味がないという声があるが、自分には案外効果があったらしく怒りは燃焼しきり、半妖に残ったのは燃え滓程度の惨めさだけとなった。


 どうして生かされたのか。

 どうして偽物の自分を助けたのか。

 これが本物の八久ならまだ理解出来るが、俺は偽物だ。それを知っていて、なぜ俺の為に命を捨てたのか。

 疑問がぐるぐると半妖の中を渦巻く。

 しかし、その疑問でさえ己の醜さを誤魔化す為の手段に過ぎない。

 自分が望んではいけない本当の気持ち。 

 愚かで、惨めで、光と釣り合う要素が何一つない半妖のたった一つの本心。

「光に会いたい……」


 その為ならば、どんな事でも行うと覚悟を決めた。

 泥に塗れ、罪を重ね、地に堕ちようとも、もう一度彼女を目にするまでは――。



 その日から十日後、泥堕は今自分がいる地上の世界、帝都を地獄に変えた。


ありがとうございました。

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