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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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難しい明日の為に、友と過ごす今

 

 狭い部屋の中で三世は非常に気まずい思いをしていた。

 おそらく命も同じ思いだろう。

 嫌なわけではないのだが、妙な恥ずかしさと若干の居心地の悪さ、それと胸が締め付けられるような暖かさ……。

 この中で平然としているのは月華くらいだ。

 その月華もそわそわした様子で命をしきりに気にしていた。

 今から色々と話し合う必要がある事は三世にもわかっている。

 敵――泥堕の狙いがこの近辺の結界であるとわかった以上、一秒でも時間が惜しい。

 最低でも結界のある八百万商会、那綱神社、実家への説明と準備は今日中にしておくべきだろう。

 狙いではないみたいだが、泡沫の町にも小結界が一つある為、そちらの事も考えなければならない。

 なので今日は三人で一緒に説明回りをする予定……だったのだが、長期間の移動となると今現在の命には少々酷である。

 理由は言うまでもないだろう。

 三世は責任を取る為月華に命の介護を任せ一人で出かけた。

 気まずさと羞恥から我慢出来ず逃げた事は、言わなくてもここにいる二人は理解していた。




「……じー」

 わざわざ口でじーと言いながら向けて来る月華の視線に、命はそっと顔を逸らした。

「…………じー」

 だが月華は更に視線を注ぎ続ける。

 命は顔を赤くしながら月華に背を向けた。

「……耳まで真っ赤。あと命、口角が上がってにやついてるよ」

 命はそれを聞き、慌てた様子で自分の顔に手を当てた。

「う・そ」

 月華がそう呟くと、命は無言のまま、りんごの様な顔で月華をぽかぽかと叩きだした。

「もぅ……。あんまりからかわないでください」

 ぷんぷんと怒った様子の命に月華は微笑んだ。

「ごめん。それで、後学の為に聞いておきたいんだけど、どうだった?」

「……内緒です」

「……じー」

「……凄かったです……」

 月華の強い視線に負けた命は観念してそう呟き、お互い恥ずかしさが限界に達してキャーキャー言いながらじたばたを部屋の中を暴れまわった。




「気持ちを切り替えよう。真面目な話をしたいので」

 命はどの口が言うのかという疑心の眼差しを月華に向けた。

「はいはい。それで、真面目な話ってのは?」

「この後の戦いと、それ以降。どっちのを聞きたい?」

 月華の問いに対し命の答えは決まっていた。

 本来なら時系列に合わせ前から順番に話を聞くべきなのだろう。

 だが、命はそれ以上に後ろの『それ以降の話』に強く惹かれた。

 この戦いがおそらく最後の戦いになり、その後は三世は元の世界に帰っていく。

 命と三世にその先の話はなく、二人の縁は切れる。

 そんな中でわざわざしなければならない話に命は興味が惹かれた。

「……では先に後者で」

 命の言葉に月華は頷き、耳を生やし黄金の目を輝かせた。

「スキルとか魔王とかそういう話題は省略して簡潔に言うと、私の瞳は特別製でして、どうやら魔王の影響すら受けてないみたいです」

 それは月華自身もつい最近まで気づかなかった事。

 全て能力は封印され、新しい人生を歩んでいると思っていたがどうやら黄金の瞳だけはシャルトの頃のものをそのまま引き継いでいるようだ。

「それで、その瞳は何が出来るのでしょうか?」

「とりあえず結界とかそういった不可視の物も見通せるし妖力にも反応出来る。それと、相当無理をしたら、たぶん何でも出来る」

「……なんでも?」

 命は首を傾げながら尋ね返し、月華は首を縦に振った。

「説明が難しいのですが、私は夢に自分の空間を持っています。そして……そこに、命を連れて行くことも出来るでしょう。もしこの世界が実体のない世界だったらですが」

 そう言いながら月華――シャルトは手のひらを命の方に向け、命の目の前に小さな空間の穴を作って見せた。

 それは黄泉の国の穴と同じようなものだった。ただし、先に見える景色は全然違う。

 腕が入らないほどの小さな穴から命は無限に白が続く空間を見た。


 しかしその空間は一秒も持たずに消え、月華は膝をついて地面に蹲って咳込んだ。

「大丈夫ですか!?」

 命は近寄り月華の背中をさする。

「ええ……。み、見てもらえましたか? 相当無茶ですし上手く行くかわかりません。ですが、試してみる価値はあると思うんです。きっといつか、あなたの肉体もあちらの世界で作れますから――だからあっちでも一緒に暮らしませんか?」

 三世の為だけでなく、月華は自分の為に、命にそうお願いをした。

 すがるような懇願。

 まさか自分が人間にそう頼むこむ日が来るとは月華は夢にも思わなかった。


 命は嬉しそうに微笑み、そしてゆっくり言葉を綴った。

「ありがとうございます。本当に嬉しいです。私の為に相当無茶をして準備をしてくださったのですよね。ですが、私は良いんです。前にも言いました通り、私は全てが消えるまで道具のように使われ消えるまで尽くしたいんです」

 遠慮ではなく、本心からの否定。

 だからこそ、月華はこれ以上言っても無理で、命との別れは避けられない事を理解した。


「あ。つまり昨日は道具の様乱暴にされ――」

「いえすごく優しかったですよ。むしろもっと乱暴に――すいません忘れてください」

 真面目な空気にほだされ、うっかりボロを出した命に月華は再度ニヤニヤとした視線を向け、命はそっぽを向いた。


「それで、もう一つのこの後の戦いについての話は?」

 命が話の流れを戻す為にそう尋ねると、月華は真面目な表情を浮かべる。

「はい。正直に言えば、私達は何をすれば良いのでしょうかね?」

 これは命に質問というよりは相談だった。

 どうしたら三世の助けになれるのか。何を優先して行えば良いのか。

 この世界にはルゥがいないとわかった時から、月華は言いようのない孤独感を味わい、思考がうまく定まらず、何をすれば良いのか、何もわからなくなっていた。


 命は落ち込んだ様子の月華を慰めるよう頭を撫でる。

「大丈夫ですよ。私達をここに残したという事は、今日はゆっくりしても大丈夫という事ですよ。主様を信じましょう。その上で、何かするなら……」

「するなら?」

「――頼れそうな人に助けを求めましょう」

 命は満面の笑みを浮かべ、月華の手を引っ張って外に向かった。

「あ、でも、歩く時はいつもよりゆっくりでお願いしますね?」

 命の言葉に月華は微笑み、頷いて手を握り直し、外に向かった。




 あれやこれやと話が進み、気づいたら月華は命に置いていかれ、一人三世家実家の道場内にいた。

 そして正面にいるのは三世弥五郎、当主様ご本人である。

『私はお夕飯の準備があるので頑張ってください。今の私は訓練なんてとても出来そうにないですから』

 そう言い残し去っていった命に、月華は若干の恨みを覚える。

 ――後でまたおちょくろう。

 月華は心に誓った。


「人払いも済んだ。目も耳もない。相談があるなら言うが良い」

 弥五郎の言葉に、月華は何を話せば良いかわからず、押し黙ってしまった。

 相手がどこまで事情を知っているのかもわからないのだ。何も話しそうがなかった。

 それが分かったのか、弥五郎はおもむろに口を開いた。

「……さきほど八久が来てここら周囲一帯、それとこの家が狙われている事を知った」

「……当主様はどうなさるのですか?」

「……どうすると思う?」

「皆をつれて逃げるか、ここを守るかと考えています」

 月華の言葉に弥五郎は溜息を吐いた。

「ワシはな、この家が心底気に入らん。だからワシはこの家を放置して別の所を守るつもりじゃ」

「……それは――」

 月華は何も言えなかった。

 きっと相当悩んだだろう。

 家にいるのは家族で息子達なのだ。

 それでも、息子ではなく孫を優先させた事にどれだけの葛藤があったのか、それは月華には想像もつかない。

「軽蔑するか?」

「いえ、選択出来る当主様を尊敬します」

 その言葉に弥五郎は小さく笑みを浮かべた。


「では相談させていただきます。私は何をしたら一番ご主人様、八久様の助けになれるでしょうか?」

 月華の言葉に弥五郎は壁にかけられた木刀を持ち、月華の方を向いた。

「ワシには何が起きるのかはよくわからん。が、八久やらびりぃやらが動いておる。あ奴らが頭を使って考えておるならワシらは考えんでええじゃろ。下手な考えなんとやら。その分(コレ)で返せば良い。だから構えろ、稽古をつけてやろう」

 ――なるほど。確かにそれも真理です。

 月華は微笑み、黄金の瞳と猫の耳という本性を見せ、左手一本で太刀を持ち、身を低くして構えた。

「ほぅ――」

 弥五郎は感嘆のような驚きを見せ小さく呟き、ニヤリと笑う。


「では、一手指南お願いします」

「一手と言わず、憶えられるだけ覚えていけ」

 月華は弥五郎の言葉に頷き、真剣で遠慮も容赦もなく弥五郎を襲った。

 太刀による胴を目掛けた鋭い横一閃。

 それを弥五郎は足を動かさず、木刀を地面の方に向け軽く振る。

 木刀の切っ先が月華の足に触れ、そのまま月華はくるんと転がされ、背中から地面を強打した。

「足に注意を向けろ。転ばないようにするためはもちろん、刀を振るのにそんなふらふらした足では振れまいて」

「……くっ。はい。もう一度お願いします!」

 月華は背中の痛みを耐えながら全身をばねにして飛び起き、再度弥五郎に向かっていった。


 月華が弥五郎に何度も襲い掛かった。

 殺すつもりであらゆる手段を用い、木刀持ちの老人であるという事を忘れ、全身全霊で攻撃を仕掛ける。

 が、一度たりともその攻撃が通ることはなかった。

 猫又の移動力でも裏を取る事が出来ず、相手は木刀なのに打ち合っても木刀を斬ることどころか折ることすら叶わず、斬撃に打撃をおり混ぜてもその全てを軽々と受け流された。

 目の前にいるのは三世家当主、この家で最強の存在であるという事を月華は実際に体験することとなった。

 命が戻ってくるまで三時間、空腹で体が動かなくなるほど月華は挑み続けたが、それでも弥五郎の余裕を失くす事は出来なかった。

 成果こそなかったが、何も考えずに体を動かし続けた疲労感は心地良い。

 そこで初めて、自分の体も心も小さくなって萎縮していた事に月華は気が付いた。


「ありがとうございました」

 月華は丁寧に頭を下げ、迎えに来た命と共に正門から去っていった。

 去り際の二人の様子を見て、弥五郎はこっそりとため息を吐いた。

「あと三年、いや、二年ほどで良いだろう。八久がこちらに残っていたら……いや、本人は納得しておるし、何も言うまい」

 寂しそうな表情で弥五郎は二人の――命の背を見送った。




「それで、次は何をするんですか?夕飯を作るにしてもまだ時間がありますよね?」

 命は月華の質問にニコニコした表情を浮かべた。

「もう少しでわかりますよ。ほら、歩いて歩いて」

 訓練の疲労で足の重い月華の背を、命は急かすように押した。

 その本人も痛みの為よちよち歩きのような癖が残っていたが。

 二人はぎこちない歩き方で街並みを歩き、目的の場所に向かう。


「命、ここが目的の場所で良いのですね?」

 月華は目を輝かせて尋ねると、命は大きく頷き、人差し指を自分の口に当てた。

「忙しくなる時でも、しっかり英気は養わないといけませんからね。内緒ですよ?」

 命はそう言いながら、月華と手を繋ぎ甘味処『神宮寺』に足を運んだ。

 命は人生で初めて、友達と内緒の行動を取っていた。




「ただいま帰りました」

 少し疲れた様子で三世が返って来た時には、命は月華と協力し夕食の準備は終えいていた。

「おかえりなさい。今日は唐揚げですよ」

 命の嬉しそうな声に、三世は自然を頬が緩むのを感じた。

「そうですか。ご馳走ですね」

「はい! 月華が手伝ってくれたのでいつもより美味しいと思いますよ」

 命がそう言うと月華は若干照れた様子を見せた。

「そんな事ないですよ。あ、ご主人様、お疲れ様です。明日からの予定とか聞かせて下さいね?」

「うん。ただいま。とりあえず食べてからにしましょう。遅くなってすいません。お腹空いたでしょう」

 その言葉に、月華は微笑み、命は内緒を示すように小さく口元に人差し指を当て、二人で楽しそうにニコニコ笑い合っていた。

 三世は外套をポールハンガーにかけながら二人の仲良さそうな様子に首を傾げた。



ありがとうございました。

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