死せる社員、生ける三世を躍らせ……そしてやらかした
強盗団、それは命の軽いロクデナシのたまり場。
ちょっとタバコを吸うかと同じくらい気軽に人の命を奪う人格破綻者の集団である。
殺しを気にしないだけではなく、仲間が殺されても気にしない。気にするのはソイツに金を貸した奴だけだ。
殺しても、殺されても、その日にすることは一緒である。
「酒の飲めなくなったざまぁねぇあいつらに乾杯!」
死者を馬鹿にし、安酒をかっくらいながら男達は全力ではしゃぎまわる。
スリーミリオンダラーズ。
それは一夜にして解散した伝説の強盗団だ。
わずか一瞬で蒸気機関車を強奪し、そして翌朝に蒸気機関車と人質を返し姿を眩ませた。
その解散し消えた、いるはずのない強盗団の宴会が今、開かれていた。
何故かとある商会の地下で――。
壁にはリボルバーやウェスタン調の旗が飾られていた。
それ以外にも和洋は当然時代も背景も関係ない、協調性の欠片もない装飾品達が適当に転がされていた。
床には空の酒瓶が放置され、部屋の角には酒樽がこれでもかと置かれている。
テーブルの上にはナイフが刺さっており、ガラの悪い大勢の男達が皆楽しく騒ぎながら酒を飲んでいた。
「死んだ奴の事? ああ知ってるぞ。女に振られすぎて猫を飼って、より女が寄り付かなくなった可哀そうな奴だろ?」
そう言いながら一人の男が死者を小馬鹿にし酒を飲む。
それをとがめる者はおらず、むしろソレに同意しあざ笑うのに参加する声の方が多い。
何故ならば彼らは強盗団だからだ。
仲間の死すら悲しまない頭のおかしい集団である彼らに、死者を悼むという感性などない。
たとえ建前だとしてもだ。
「お前ら! キングの登場だぞ! 酒を構えろ!」
ボスの言葉に数百人の男達は一斉にひな壇の上を見あげた。
そこにはスーツを着用し、上着にトレンチコートを着た男がいた。
ボスの裏にいて全てを支配する男。
我らのキングである。
西洋一式に揃えられた格好は強盗団の影の首領、その風格はギャングそのものだった。
静寂の時が流れ、キングの足音だけが響く。
いつも騒がしいスリーミリオンダラーズが黙るのはこの一瞬くらいだろう。
キングは被っていたイタリア製の帽子を手に取り、ボスに投げて渡す。
ボスはそれを丁重に受け取り、キングの方を向き背筋を伸ばした。
キングは持っている琥珀色の液体が入ったグラスを掲げ、言葉を紡ぐ。
「ここにいない愚か者に届くよう騒ぐと良い。これが我々の鎮魂歌だ」
全員が手に持ったグラスを天に掲げ、そして一気に喉に流し込み、元のように騒ぎ出した。
キングはボスから帽子を受け取り、涙を隠すよう顔元に当てて不敵に笑う。
それがこの場と――いなくなった者二人の願いだからだ。
機関車で帝都から脱出した後、運転士は町に着く前で機関車を止め、そこから馬車でこっそり移動し三世は病院に運ばれた。
誰一人逮捕される事なく、列車強奪は強盗団の名前のみを残して全て闇に葬られた。
新聞が面白半分に書き記し、警察が事件を調べるが全く情報は見つからず、虚構と事実が織り交ぜになった噂話で町民はその話題でもちきりになっていた。
三世は傷口を縫った後一週間入院し、退院した時に病院の入り口で三世が最初に受け取ったのは二通の遺書だった。
最後の様子をビリーは三世に伝えなかった。
二人とも自分の死に際を伝えてほしくないと事前に言っていたからだ。
その死を確認し、遺体すら残っていない遺書を三世はそっと開く。
『社長。すんません。先に退職しますわ。退職金は懐にないないしてもええんですよ?』
一人目、桐川正太郎の遺書の前文にはそう書かれていた。
そして、それ以降何も書かれていない。
「あの……これだけですか?」
三世の質問にビリーは微笑んだ。
「いいえ。あぶり出しでございます」
「なんと……」
まさか推理小説でおなじみのあぶり出しの遺書を読む日がくるとは三世は夢にも思わなかった。
三世は家に戻り、命に頼んで遺書をあぶって貰い、改めて桐川の遺書を読み直した。
『これあぶり出し命様に頼みませんでした? ねえねえ? 頼みませんでした? いえ頼みましたよね』
――なんだこれ。
三世は一体何を読んでいるのかわからなくなってきた。
そして内容が当たってるだけに微妙に腹立たしかった
しばらくは三世と命を茶化しくっ付いて欲しいと願うような内容の文章が続き、後半になってやっと本題の、遺書らしき文章に入った。
『墓もいりません。金も何も要りません。俺の死を肴にして宴会をしてください。笑って送ってください。俺は社員ではなく、スリーミリオンダラーズとして死にたいです。一つだけ願いを言うなら、無理だと思いますが。社長、俺の事は気にしないでください。自分で望んで逝ったんです。なので、笑いながら送ってください。社長、ありがとうございました』
――序盤の内容の所為で涙は出ませんでしたよ。
三世は何とも言葉に出来ない不思議な気持ちを胸に抱いた。
悲しく辛いのだが、遺書までふざけて笑いを取る社員に対し呆れた気持ちを持った。
もちろんわかっている。
悲しませない為にわざと笑わせに来たという事くらいは理解出来る。
だから三世は涙を堪え、苦笑いを浮かべながら次の遺書を開いた。
田村森次の遺書も同じように、かなりふざけた様子で書かれていた。
『すいません社長。実は俺自分の刀の銘とか調べないで虎徹って名乗ってました。なのであの刀は虎徹という事にしといてください。恥の多い人生でしたんで最後くらいかっこつけさせて下さいよ。ね?』
ちなみに、遺品として既に刀は虎徹として登録していた。
まさかこんな形で虎徹の偽物を作ることになるとは三世は思ってもみなかった。
『皆社長と命様の仲応援してるけど俺は月華様の方を応援してまっせ。娘って言ってましたが月華様が社長を見るあの目は蛇げふんげふん恋する乙女の目でしたからね』
という感じで三世が誰とどうなるかという内容が賭け事になっているそうだ。
ちなみに商会内では五割が命、二割が月華、二割が二人同時、そして最後の一割がビリーと一緒になることを予想しているらしい。
他はともかく最後だけは断固として否定したかった。
そして遺書の後半は桐川の遺書と同じく宴会を開き笑いながら送って欲しいというものだった。
そんなわけで、三世にギャングっぽい恰好をさせ、全員が西部っぽい恰好になりスリーミリオンダラーズの復活となった。
やる事は山積みで時間に猶予があるわけではない。
ただ、良心の呵責に責められ後悔するよりは、ここできっちり彼らの望むようなお別れをしておきたいと三世は考え、とびっきり豪勢な宴会を用意した。
そしてここにいる全員が、空気を読み故人の遺志を尊重していた。
俺達は強盗団。
悲しむ事なく亡くなった阿呆を馬鹿にし、酒の肴にする。
明日は我が身であることを知っていても、そんな遠い先の事は気にしない。
今大切なのは、ここに山ほどの命の水があり、飲まないとクソ野郎共に先を越される。
それ以外は些細な事だ。
「キング。楽しんでますか?」
ひな壇の上で一人椅子に座り、下を見下ろしながら高い酒を飲む三世にビリーが話しかけた。
「ああ。お前か」
冷たい目で三世はビリーを見据えた。
「何か必要な物でも事でも言ってください。何でも用意しますよ」
そんなビリーの言葉に三世は口元を歪ませ笑う。
「おう。だったらな、お前の立場を寄越せ。俺がボスになってやる」
「へ?」
滅多に見ないビリーの気の抜けた表情と返事に三世は気を良くした。
「いつもすかしたお前でもそんな表情が出せるんだな」
悪役のような邪悪な笑みを作る三世の変化の理由を、ビリーは理解した。
そう――三世は酒に弱いのだ。
度数の高く飲みやすい高級な酒を、悲しい気持ちを誤魔化す為にがぶ飲みした結果、ここにギャングになりきり知能指数の低下した酔っ払いが誕生してしまったのだ。
「わかってるさ。お前らは強盗団。力こそ全て、だからよ、俺が実力でお前からボスの座を奪ってやるさ」
ゆらりとした様子で立ち上がる三世。
それは雰囲気を出しているわけではない。
ただ、まっすぐ立ち上がる事すらできないほど酔っているだけである。
その様子を下から見ている強盗団の一員は、テンションを上げ二人に歓声を飛ばす。
「いいぞキング! さすが俺達のキングだぜ!」
「ボス! 俺達のボスはお前だけだぜ! がんばってくれ!」
全員が祭りを楽しむかの如く二人を煽りまくり、ビリーは冷や汗を掻きながら今後の対処に悩んだ。
既に戦うつもりの三世はしゅっしゅっとボクシングスタイルで素振りをしている。
なり切りすぎて自分が学んているのは剣術を中心とした武術である事すら忘れているらしい。
ビリーは酷く悩んだ。
まず、アルコールが回り切って意識すら怪しいほどの三世に戦いをさせて大丈夫なのか、それ以前に、未だ治りきっていない傷を抱えた主と戦う事など出来るわけがなかった。
ただ、完全になりきった三世の様子はとても楽しそうで、これに付き合うべきではないかとも考えた。
考えた結果、ビリーは壁にかけられたある物を指差した。
それはダーツの的だった。
「ではキング。ボスの座をかけてダーツで勝負しましょう」
「良いぜ。乗った! ついでにキングの座をかけてやるぜ」
部下達は大いに盛り上がり、新しい肴の誕生を喜んだ。
「三投でアウターブル一回二十五点と二十点二つで計六十五点ですね」
ビリーはまずまずの記録に満足そうに頷き、歓声が響いく。
ちなみに部下達は誰一人点数計算を理解していない。
的の中の方に一個当たったからすげぇ!くらいしかわかっていなかった。
「さて、次はキングの番ですよ?」
そう言いながらビリーは矢を三世に手渡すし、三世は三本のうち二本だけ受け取った。
「キング? 一本忘れてますよ?」
マトモに矢がつかめないほど酔っているとは思っておらず、ビリーは心配そうに尋ねた。
「二本で十分だ」
だが、三世はそれだけ言い残し、即座に二本をトントンと溜めもなく連続して投げる。
三世の放った矢は中央を外れ、二本とも的上部の方に刺さった。
「……ちっ。外したか」
三世はそう言い残し、ビリーの方を挑発的な目で見た。
「おーい! キングの点数は何点なんだい?」
ギャラリーの歓声の中に混じる質問に三世は自信を隠そうともせずに答える。
「二十のトリプル一つと二十点で七十点。つまり、今から俺がボスだ」
その言葉と同時に一本手元に残したビリーは膝から崩れ落ち、予想外の展開に部下達は全員立ち上がり大歓声を上げた。
こっそりとだが、ビリーは普通にショックを受けていた。
それなりに自信があり、一人で練習するくらいはダーツが好きなビリー。
世界的に知名度が低く、特にこの日本ではほとんど普及していない今なら自分が負ける事はないと考えていた。
だからこそ、ここまで圧倒的に、しかも足し算が出来ないほど酔っている相手に負けるとは予想だにしていなかった。
――さすが社長、いえボス。完敗です。
余裕の表れである手元に残された一本のダーツを見ながら、ビリーは三世に畏敬の念の贈った。
そのころ三世は盛り上がった部下達にボスコールを受けながらみんなに持ち上げられていた。
まるで人の海を泳いでいるような状況になっている三世は気を良くしながら揺られ……。
ビリーが慌てて部下達を止めた事には、三世は真っ青な顔でプルプルしていた。
翌朝、三世が目を覚ましたのはいつもの布団の中だった。
寝た記憶がない為昨日何があったかを考え、何となく大量に酒を飲んだ事を思い出した。
普段飲まない三世は二日酔いを心配したが、そんな事はなかった。
妙に体がだるく、左肩が何時ものように痛い事を除けば、いつもの平和な朝だった。
「おはよう命。これから朝食かな」
台所にいる命は三世に話しかけられ瞬間びくんと大きく反応し、三世の方を振り向き下を向いたまま挨拶を返した。
「お、おはようございます。体調は大丈夫でしょうか?」
命が真っ赤な顔をしている事に三世は不思議に思い首を傾げながら命の言葉を返す。
「え、ええ。まあ調子がいいですね。腕は痛いですが心地よい疲労感があります」
そう言いながら三世は布団から出て、違和感に気が付いた。
自分の布団が部屋の真ん中に置かれている。
狭い部屋の為、この置き方をした場合命の寝る布団を置く場所がないはずである。
もしかして自分の所為で命が寝られなかったのだろうか。
そう悩みつつ、三世は布団を片そうとすると、布団の一部に血のシミがついていた。
腕の出血はほとんどない。
それに腕だとしたら布団の上の方につくはずなのに、実際に血が付いているのは下の方、下半身側である。
三世は自分の頬に冷たい汗が流れるのを感じた。
それとほぼ同時に、部屋の戸が開けられ隣から月華が入ってきた。
「おはようございます。……今日はお邪魔しない方が良いでしょうか?」
月華も真っ赤になり、命も若干嬉しそうだが真っ赤な様子の中、三世は少しずつ自分の記憶を取り戻していった。
酒で大ごとになり、無理やり水を飲まされ、命に連れられ商会からここに戻って、酔いを醒ます為に更に水を飲み、失った部下の事を思い出してから罪悪感で大泣きし、抱きしめられてそのまま……。
三世は全てを思い出したその瞬間、命の方を向き、丁寧な仕草でゆっくりと体を折りたたみ、非常に綺麗な土下座を披露した。
それは今まで見た事もないほど美しい土下座だった。
今だけは、三世は自分の腕の痛みを忘れていた。
ありがとうございました。




