次への為の敗走
廃墟と化したビルの中で三世は痛みを抱えながら蹲り、命が三世を支えビリーが銃を片手に周囲を警戒する。
ライフルは壊れ、二丁拳銃として使った自動拳銃は弾丸が尽きたから捨て、今ビリーの手元にあるのは回転式拳銃――威力の控えめなリボルバーが一丁あるのみだった。
「大丈夫。追ってはきていないですね」
ビルの外から戻ってくる月華の言葉に全員が安堵の息を漏らした。
三世は逃げ出す時傷による激痛に苛まれ、出血により包帯を赤く染めていた。
浅い傷だと軽視していたが、思ったよりも傷口は深かったらしい。
命はそっと三世の包帯を外し再度綺麗な包帯を巻き直し始める。
「まあアレだけ撃って足を負傷させてましたから、追いかけてくるのは無理ですよね」
月華の言葉に三世はそっと首を横に振った。
「いえ。彼――泥堕は圧倒的な治癒力を持っています。追いかけてこない理由はわかりませんが、まあこちらにさほど興味がなかったからでしょう」
「ふむ。つまりキングは何等かの方法で、あの敵の情報を入手したからあの時撤退の指示を出したという事でしょうか?」
妙に鋭いビリーに三世は頷き、自分の知った情報を提示した。
三世と泥堕はお互い負傷する度に相手に情報が洩れる。
おそらくだが、お互いが近くにいないと意味がないだろう。
泥堕の治癒力は異常としか言えないほどで、四肢の切断くらいなら一分程度で元通りになる。
また心臓だろうと脳だろうと重要な器官の完全な復元が可能な為、物理的な方面から滅ぼす手段は非常に少ない。
それと理由は不明だが、泥堕は全く本気を出していない。
「大体こんな感じでしたが、皆さんは何か感じた事ってありますか?」
三世の質問に命が答える。
「そうですね。殴った感触はとても人とは思えませんでしたね。防具が固いという事ではなく、伝わる衝撃から内臓を含む腹部の辺りは鉄のように感じました。おそらく相当重いでしょう」
「なるほど。人ではない……という事は泥堕は人形で本体がいるのかもしれません。それなら治癒力も強さも納得できます」
「――いえ、その可能性は低いかと」
月華は急に割り込み、首を横に振りながら呟いた。
「ふむ。その理由は?」
三世は月華の意見に耳を傾ける。
「膨大な妖力を持っていたからです。私の何十倍も大きな妖力を。物体にはあそこまで妖力を込める事は出来ません。あ、付喪神という可能性もないわけではないですが……その可能性は低いかと」
三世にはわからないが妖怪特有の感じる何かがあるのだろう。
「なるほど。他に気づいた事はありますか?」
「はい。実は妖力にも種類があるみたいで、あちらから来た気持ち悪い化け物と私たちの妖力は違います」
「どう違うのでしょうか?」
「うーん。言葉にしづらいです。私達側の妖力と比べ、あっちの妖力は粘っこくて執念深い感じですね。恨み妬みはこっちでも一緒なのですが、あっちのは執念という感じです。すいません、やっぱり言葉にするのは難しいみたいです」
「いえ。何となくですがわかりました。それで、そこから何がわかりました?」
「はい。泥堕様は何故かわかりませんが妖力を二種類持っていました。私達みたいなこちら側の妖力と、化け物と同類のあちら側の妖力です」
「なるほど。泥堕は私と同一体のはずですが、どうも想像すらできないほどのすさまじい人生を経験したみたいですね。ビリーは何か気づいた事がありますか?」
ビリーは少し考え込む仕草をした後、上を見ながら考え込む仕草をして答えた。
「まず、キングの言葉通り撃った傍から足が回復していく様子が見えましたね。血は赤かったです。それと、話した感じでは性格はキングに似ていると思いました」
「そうですか? 私よりも大分強気な性格に感じましたが」
「そうですね。実際前のめりな性格っぽくはありました。ただ、それ以外の部分。ぶっちゃけメンタルが弱そうでした。キング同様に」
ビリーの言葉に一瞬の沈黙が生まれ、命は首を傾げ月華は噴出し三世は苦笑した。
「ああ。そりゃあ私と似てますね」
「ええ。なので、キングが帝都を葬り去ろうとするほどの出来事が、彼の中であったのでしょう」
「……なるほど。少しだけ、泥堕の事がわかってきましたね」
たった一回の戦闘でも思ったより情報が集まっている。
ただ、相手側にも多くの情報がいったはずなので状況はあまり芳しくないが。
「もう一つ、今わかった事があります」
ビリーの言葉に全員が耳を傾ける。
それに合わせ、ビリーは飛んでいる青い色をした蛾を叩き落しながら呟いた。
「この蛾はどうやらキングの出血に反応してこっちに群がってきているようですね。たぶん吸血生物なんでしょうね。ええ、こいつらも化け物の仲間です」
ビリーの言葉に全員が周囲を見回した。
ゆらゆらとゆっくりした速度で十匹程度の蛾がこちらに向かっている。
今はまだこの程度だが、時間が経てばきっとこの倍――では済まない数の蛾が群がってくるだろう。
「……移動しましょうか」
三世の言葉に全員が頷き、これ以上蛾が寄ってこないうちにこの場を立ち去った。
「ご主人様。この後どうしますか? 私としては治療の為に一度帰る事をオススメしますが」
命の言葉に三世は頷いた。
「ええ。私も相手の狙いがわかったので帰っても良いと思います」
その言葉にビリーが反応した。
「おや。相手の目的がわかったのですか?」
「いえ。目的はわかりませんでしたが、何をしたいのかその手段はわかりました」
「ほぅ……それは?」
ビリーの言葉に三世は悩ましい表情を浮かべながら答えた。
「……八百万商会と私の実家、あと那綱神社の破壊」
「は? それはキングへの恨みの犯行ですか?」
三世は首を横に振り、ビリーは首を傾げた。
それを聞き、命は小さく呟く。
「結界の破壊……」
さきほどと変わり、今度は首を縦に振った。
「その通りです。大結界の片方を壊す為には多くの小結界、中結界を壊す必要があるらしいです」
「結界を壊して、何が目的なのでしょう――」
命の言葉に、月華が言葉を重ねた。
「確証はないですが、泥堕様の目的はわかりました」
その言葉に三人は驚き月華の方を見る。
「それは一体――」
三世は恐る恐るそう尋ねた。
正直に言えば、自分でも予想出来ていた。
ただ、その可能性をあまり考えなくなかった。
もしそうであるならば、自分はあの男ととても戦いにくくなるからだ。
「黄泉の国とこの世界を繋ごうという事は、あちらに助けたい人がいるという事なのでしょう。そこから考えたら答えは一つしかありません。この世界でルゥ姉は既に……」
月華はそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。
ビリーは懐中時計の時間を確認しながら呟いた。
「とりあえずキングの傷が心配です。一度機関車のある拠点に帰りましょう」
青ざめた三世の顔を見た為、その言葉に否定する者は誰もいなかった。
周囲を警戒しつつ道中現れる化け物は月華を中心に応戦し隠密を心掛けながら拠点を目指す。
化け物の数はさほど多くなかった為、行き同様帰りも何の問題もなく、行動することが出来た。
そして機関車に戻った瞬間に三世は緊張の糸が切れ、意識を手放した。
気だるさと不快感の中で目を覚まし、最初に三世が見たのは命の顔だった。
頭の後ろに温かく柔らかい感触がある。どうやら膝枕をしてもらっているらしい。
「命、今の状況は」
そう言いながら三世は起き上がろうと体を動かずが、体に力が入らず思うように動けない。
この気だるさは寝起きだからというだけではないらしい。
ついでに言えば微妙な吐き気もする。
そこでようやく、自分が斬られた事を三世はようやく思い出した。
変に体がねじれ倒れそうになる三世を命はそっと支え元の姿勢に戻す。
「安静になさってください。命に別状はありませんがあんまり良い状態でもありませんから」
命の言葉三世は体の力を抜き、命に体をゆだねた。
斬られたはずの腕に痛みはない。
どうやら鎮痛剤を投与されたらしい。
おそらくビリーが事前に準備してくれていたのだろう。
「現状ですが、偵察班も戻ってきて、今現在機関車は帝都を離れて移動中です。警察からの逃走経路から緊急用の病院まで完全に準備済ですので何も問題はありません。とりあえずは安心して休んでください」
「うん。ありがとう。だるいからもう少し寝るね」
既にうとうとしていた三世はそれだけ言って瞼を閉じた。
ふわふわとした夢心地と朦朧とする中で、三世は再度意識を手放し闇に落ちた。
その後ろで、ビリーは偵察班からの情報を確認し資料を製作していた。
三世の怪我の応急処置を行った後、ビリーは偵察班の状況を整理し、次に役立てるように準備をしていた。
化け物達や帝都の地理や状況、黄泉の穴の有無など、偵察班は調べられるだけ周囲を調べ上げた。
ビリーはその詳しい情報を纏め綴っていく。
今回の偵察班の活躍具合を点数にすると七十点というところだろう。
きちんと情報を持ち帰った上に化け物を倒し、しかも多少ではあるが化け物の肉体の一部まで持って帰ったのだ。
十分な合格点と言えるだろう。
ただ、一つだけ問題はあった。
ビリー自体は全くもって気にしていないが、コレを知ったら主である三世はきっと傷つくだろう。
だが、言わないわけにはいかないだろう。
ビリーは溜息を吐きながら、二人ほど少なくなった傷だらけの偵察班の方を眺めた。
ありがとうございました。




