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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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想定していなかった邂逅

 

「ちっ。浅かったか」

 目の前の何物かが男の声で舌打ちし呟くと当時に、ビリーと月華は三世を庇うように立ち塞がり、命が三世の傍に駆け寄る。

 命は斬られた左肩から腕辺りの傷を確認する為衣服を破り、肩部を露出させた。

 思った以上に傷は浅く皮膚下の肉を少し抉った程度の傷である事を確認した命はほっと安堵の息を漏らした。

 斬られる時に、無意識に自分から転び回避したのだろう。

 ただ傷の範囲は広く出血も見られる為、早めに正しい治療を行う必要があると命は考えた。

 ビリーが敵を睨みつけながら、こちらを見ずに投げてきた包帯を命は受け取り、三世の腕を止血も兼ねてきつく縛る。

「すいません。迷惑かけます」

 苦痛の表情を浮かべながら謝る三世に命は小さく微笑む。

「大丈夫です。出血自体は少なく軽傷に近いですが、傷口が広いのでおそらく塞がらないでしょう。出来るだけ出血に気を付けてください。

 三世はこくんと頷き、脇付近を抑え止血を意識した。


 ビリーと月華は目の前の三世を切りつけた男と思われる人物を見つめていた。

 全身黒一色である忍装束風の軽鎧を着ており、顔は白い能面をつけて隠している。

 手足にも具足の様な装備をしており、黒一色という非常に見にくい色合いをしている為、手足や身体構造が非常にわかりにくい。

 男と断定できるのは百八十を超える身長と声くらいだった。

 

 短めの打刀を一本右手で持ち、左手は何も持たないという不思議な構えを取っている。

 だが、立ち塞がるビリーと月華の方を見もせず命の治療も邪魔しようとしない。

 男は何故か左手を自分の頭に当て、追撃せずに考え込む仕草をしていた。

 そしてビリーがライフルを男に向けた瞬間、男は口を開く――。

「えっと。ビリーとシャルトではなくこちらでは月華。それと命だな。覚えた」

 知らないはずの事を知っている男の言葉に三人は心臓が掴まれるような気持ちになる。

 月華はもう一つの名前まで知られていた事に恐怖した。

 それを知っている人はこの世界では二人しか思い当たらず、男で知っているという事は答えは一つしかない。

 そして三世も当然、その男の事を知っていた。

「気を付けて下さい。彼はもう一人の私です……」

 命に肩を借りて立ち上がりながら、三世はそう呟いた。




 実の所、三世も月華もルゥの方に注意が行き過ぎてこの可能性を失念していた。

 特に三世は、口に出さなかったがルゥの事をずっと気にかけ、会えない事に心を痛め苦しんでいた。

 視界に犬を入れないようにし、猫神社に行き猫を入念にかわいがろうとしたのはその反動でもある。

 犬を見ると不安になる位は、ルゥの事が気になり続けていた。

 そして気持ちが辛い事を誰にも相談出来なかった。

 どうしようもない事なのはわかっていたからだ。

 だからこそ、精神は不安定な状態になっており、もう一人の自分の存在を完全に忘れていた。


 月華にとっての絵描きのように、ルゥにとっての誰かがいたはずである。

 ただ、その人物の事を考えるのを忘れていたのは、襲ってくる事はありえないと内心で思い込んでいたという理由も存在した。

 絵描きや元の豪族の三世と融合し三世が理解した事は、三人とも性格の差異は少ないという事だ。

 口調や生き方、趣味思想の違いはあれど、基本的に臆病で争いが苦手、他者に依存しやすく誰かに手を差し伸べないと生きていられないという性格は一緒だった。

 その上に体が弱いという共通点がある。

 性格的にも肉体的にも、人を襲うとは考えられなかった。


 三世は目の前の男が自分の分身であるという事は理解した。

 ただし、それ以上の事は何もわからない。

 絵描きの時とは違い、目の前の男の人生などの情報が一切こちらに入ってこないのだ。

 むしろ、こちらのメンバーの名前が知られたという事は、こちらの情報が相手に共有されていると思って間違いないだろう。

 これらの事実と魔王が以前言っていた事を照らし合わせ、一つの結論が浮かんだ。

 あちらの三世が主体になり、自分が消えてしまうと、冒険者としての三世は塔の中で生涯を終える事になるということだ。

 目の前の男こそが、三世の死因そのものとなるだろう。


「もう一人のって事は、キング。殺すとマズイですか?」

 ビリーの質問に三世ではなく目の前の男が答えた。

「いいや。俺を殺せば俺は消えてそいつに吸収されるから安心しろ。ただし、逆もあるがな」

 軽い口調でそう返す男から、三世を含め全員が目の前の男の目的を理解した。

 ビリーは男が言い終わる前に男の顔面目掛けて発砲し、男は首を動かして飛んでくるライフル弾を軽々と回避した。

「あー見える見える。単発式みたいだし、その位なら大して怖くないな。マシンガンとか来られたら流石に怖いけど……そこまでの用意はなさそうだ」

 男がそう呟くと同時に刀を逆手に持って構えた。

 一瞬で緊張感漂う空気へと変わり、その圧の大きさから相手が完全な格上であると理解せざるを得なかった。

 月華はそれに応じ、両手で太刀を構えながら男に尋ねた。

「ご主人様ですよね? どうしてこんな事を?」

 その言葉に月華は男の雰囲気が露骨に不機嫌になったのを感じた。

「……お前の主はそっちだろう。俺をそいつと同じ存在だと考えるな。俺は……俺は俺だ。俺の名前は泥堕デイダ。泥程度の存在だった阿呆が堕ちた姿。それが俺だ」

 自分の名前と名乗った割には非常に忌々しげにその言葉を吐き出す泥堕からは強い慚愧の念が込められているような気がした。


「では泥堕様。あなたの目的は」

 月華は三世の為の時間稼ぎも兼ねてとりあえず質問してみる。

 そして予想外な事に、泥堕はその質問に律儀に答えてくれた。

「とりあえずはそいつの殺害」

 そう言いながら泥堕は刀を三世の方に向けた。

「妖……ではないですねアレらは。あの気持ち悪い化け物達は泥堕様のお仲間ですか?」

「いや。俺とあいつらは何の関係もないぞ。俺も襲われるしな」

 泥堕は軽口のように飄々とした態度で言葉を告げる為、それが本当なのか嘘なのか非常にわかりにくい。

「では……ルゥ姉様はどこにいらっしゃいますか?」

 ただし、その一言を聞いた時だけは泥堕の態度は違うものと化した。

「――俺が聞きたいさ」

 忌々し気に呟くその言葉だけは、少なくとも真実であると三世は確信出来た。


「問答はもう良いかな? 結構サービスしたと思うんだが」

 その言葉に三世は強い違和感を覚えた。

 月華の質問とは言え律儀に答える必要はないはずである。

 にもかかわらずわざわざ丁寧に質問に答え、こちらに襲いかかるのを止めてまで話に付き合ったのだ。

 何か目的がある考えて間違いないだろう。

 そしてこの場合の目的で思いつくのは一つくらいだ。

 つまり――時間稼ぎである。


「ビリー!」

 三世は空から急降下しこちらに襲い掛かってくる人の顔をした紫の鳥に気づき、その方向に人差し指を差す。

 嘘なのか、それとも協力関係ではなく別の関係なのか、恐ろしいほどかみ合ったタイミングでの化け物の襲来である。

 泥堕に何か関係があるとみて間違いないだろう。

 

 ただでさえ反応が遅れたのに間が悪い事に化け物が飛んできたのは左側である。

 包帯に縛られているとはいえ、傷の癒えてない左腕の反応は鈍く、三世が指を向けた時には化け物はすぐ傍まで来ていた。

 それでもビリーは驚異的な反射神経で飛来してくる化け物に狙いを定め、発砲し、至近距離の化け物を何時ものように一撃で殺した。

 その瞬間――泥堕は右腕を横に薙ぎビリーに攻撃を加える。

 キン!

 綺麗な音が聞こえたと同時にごとっと何か重たい物が落ちた音が聞こえた。

 三世はビリーの足元を見た。

 そこに転がっていたのはライフルのバレル部分だった。

「人間ってすげぇな。殺すつもりだったのに銃しか壊せなかったわ」

 そう言いながら泥堕は再度ビリーに斬りかかり、月華が間に入り泥堕の刀に太刀を重ねる。

 泥堕はその瞬間に月華に左腕で殴り掛かり、月華はそれを横に移動し回避した。

「キング。あの刀のリーチ――刀身は見た目と違いかなり長いです」

 ビリーは先のなくなったライフルを確認しながらそう呟いた。

「ついでに言いますと、泥堕様は妖術使いです! 恐らく刀も私と同じよう妖術で作っているのでしょう」

 それに補足するように泥堕と戦いながら、月華はこちらに聞こえるように声を張り上げた。

「……命。戦えますか?」

 その質問に命は心配そうな瞳を三世に向けた。

「戦えますが、護衛が……」

 命の言葉にビリーが後方に下がり微笑む。

「では私がキングの護衛を。いざとなったらこの老骨の身でも肉盾位にはなれるでしょう」

 ニコニコとした笑顔のビリーに命はぺこっと頭を下げ、即座に泥堕に襲い掛かった。

 月華が泥堕の腕、刀を持つ右側を牽制している間に、命は泥堕の左側に拳を叩きこむ。

 女性の身とは思えぬほど重たい拳を泥堕は舌打ちしながら左腕で受け流す。

 それでも片腕では止めきれなかったらしく、命の鋭い拳の一撃が泥堕の脇腹に直撃した――。

 ドンと鈍い衝撃のある音が響き、同時にみしっと何かが軋む音が聞こえる。

 何製かわからないが、脇腹付近の具足にヒビが入っていた。

「ぐっ」

 苦悶の声を上げる泥堕に、遠慮も油断もせず月華が太刀を振り下ろした。

「ああくっそ! めんどくせぇ!」

 叫び声を上げながら泥堕は白い能面で月華の太刀を受け止めた。

 月華は殺しきるつもりで引くように太刀を振るう、が、月華の斬撃は泥堕の面に罅を一つ入れる程度で止まった。

 

 命が来てから状況は一変し状況し、こちらが大幅に有利であると思われる様子だった。

 確かに格上ではあるが、二人がかりでなら殺す事が出来るだろうと命は考えた。

 月華は元が三世であると理解している為殺すのにためらいを持っていたが、命にはその躊躇いがない。

 最初から殺す事を目的に戦っていた。

 しかし、その有利な状況はそれが今だけのものだと三世は知っていた。

 二人が攻撃に成功した瞬間、本当にわずかだけだが、泥堕の情報が三世に流れて来たからだ。





 三世は泥堕がビリー達の情報を知った理由に気が付いた。

 それは最初に三世の肩を斬った時に情報が流れたからである。

 そして、逆に泥堕に攻撃が通った時には三世に泥堕の情報が流れていた。


「四番! 散!」

 三世は三人にしか伝わらない暗号を叫ぶ。

 これは一種の博打である。

 もし泥堕が得た情報の中に暗号の情報があれば、こっちの動きに対処されたちまち不利になるからだ。

 しかし、こちらの行動に対処する反応はなく、泥堕はそこで立ち止まったままになっていた。

『散』の合図、つまり散開。命と月華に現在いる場所から離れる事を意味した暗号である。

 二人は即座に反応し、追い打ちがかけられそうな状況を捨て泥堕から距離を取った。


 そして三世は人差し指と中指で泥堕の足元を指差す。

 それは事前にビリーと話し合ったサインの一つ。

 冗談とノリで話し合ったサインだった為、まさか使う事が来るとは思わなかったサインである。

 『切り札を切れ』

 ふざけたサインではあるが、ビリーなら何か用意していると三世は確信していた。

 ビリーはそんな三世の期待に応えるよう壊れたライフルを地面に捨て、懐から二丁拳銃を取り出し泥堕の足元目掛けて乱射した。

 突き刺す轟音と連続する火花のような光、そして何発も直撃し足に穴が空きボロボロになる泥堕。

 泥堕が立つことすらできなくなり、崩れ落ちた瞬間、三世とビリーはその場を撤退した。

 既に命と月華は遠くに離脱している。

『四番』という暗号の意味。それは逃げ出すことを意味していた。












 三世達が離れて数十秒後、泥堕は立ち上がり周囲を見回した。

 狙撃する気配もなく、全員が逃げたと気づいた瞬間、泥堕は一人で小さく舌打ちを行った。

 既に足の傷も脇腹の痛みも完治しており、面を含めた装備も全て傷一つない状態に戻っている。

 そのまま泥堕はそこを離れた。

 三世の事はついでに殺せたら良いなと思っている程度で、実を言うとそこまで関心があるわけではない。

 むしろ月華と敵対する事を好ましく思っていない為、戦わずに済むならその方が良いくらいだ。

 と言っても、三世を殺せば肉体の性能が向上しおまけに情報が入るので見かけたら積極的に殺すつもりではいたが。


 さきほどまで傷だらけにされ、酷い痛みを与えられたが泥堕には何の感慨もない。

 怒り、恨み、憎しみといった感情は全て一人の人物に向けられており、それ以外の人が何をしても泥堕が憎むことない。

 そしてその一人に向けられた恨みですら、泥堕にとって重要というわけでもない。

 泥堕にとって大切なたった一つだけであり、それ以外はどのような事でも……それこそ思い出の残っているシャルトの事ですらどうでも良い事だった。

「……お前はどこにいるんだ……」

 一人呟きながら、泥堕は自分が荒らした帝都を歩いた。

 それは迷子になった子供のようにも見えた。


ありがとうございました。

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