人生と命全てをかけたごっこ遊び
どうしてこんなことになってしまったのか。三世は答えの出ない自問自答を繰り返す。
三世にとってビリーという存在は、心の底から頼れる副社長となっていた。
自称右腕を繰り返し、妙に尊敬してくれているが、三世は逆にビリーを尊敬していた。
多くの知識に豊富な経験、頭でっかちになりやすい知識層には珍しく非常に柔軟な発想を持ち、いつも持ち味を生かし斬新な発想を持って商会を助けてくれた。
そして大前提として、ドが付く程の真面目である。
少なくとも、三世はそう信じていた。
本人はしっかりと『悪さをしすぎて英国から逃げて来た』といったはずなのに。
だからこそ、今この現状など想定出来ようもなかった。
蒸気機関車に乗り間もなく発進するその瞬間、外には警備員が縄で吊るされているのが目に入った。
胴にロープをくくりぶら下げるソレはまるで西部劇の死刑場のようであった。
そして三世達三人も縄で縛られ、ビリーに連行されている。
そして最後に、ビリーの恰好はハンカチを口元に巻き、サングラスをかけた典型的な悪役ギャングスタイルだった。
「この蒸気機関車は、我らスリーミリオンダラーズが頂いたぜ!」
ご機嫌な謳い文句を上げるビリーに合わせ蒸気機関車は汽笛をならし、心臓のような息遣いを上げながら重たい体を震わせ走り出した。
実の所、このような惨状になったのに大した理由はない。
時間が少ないという事は何となく予想出来ており、蒸気機関車という交通手段に限定されている。
なので、必要な事は理解していた。
しかし、実行する手段がなかった。
悩んだ結果、三世は最も尊敬し頼りになる男、ビリーに相談を持ち掛けた。
『出来るだけ早くに帝都に蒸気機関車に乗って行きたい。何か手段はあるか?』
そしてビリーはこう答えた。
「もちろんです。では夜に商会においでください」
何と頼りになる男だろうか。
三世は深く考えずそう思い、言われるまま夜に自分の商会に向かい、そこで見たのはギャングスタイルとなったビリーと数名の社員達だった。
この時点で何をするのか予想出来なかった。
生真面目なビリーがそんな無茶を行うなどと思っていなかったからである。
そのまま、あれやこれやで三世達三人は頭からずた袋を被せられ、後ろで両手をロープで縛られ気づいた時には全て片が付き列車の中にいる状態となっていた。
三世は、まさか列車強奪を行うとは予想すらしていなかった。
何故かわからないが、ビリーは以前より列車を盗む計画を立てており、後は実行するだけの状態で準備していた。
俗にいう『こんなこともあろうかと』である。
狂信具合を知っている命にとっては、ある意味当然の結果でしかなかったが。
「いやはや、この年で悪事の最大規模を更新することになるとは。人生何が起こるかわかりませんねぇ。さて社長、失礼しましたね。すぐに外します」
そう言いながらビリーは被せたずた袋とロープを取って三世達を自由にした。
「というわけでノンストップで帝都に向かっております。安心してください。運転士は買収済みのプロを雇っております。何か質問はございますか?」
三世は頭を押さえながら呟いた。
「何から尋ねたら良いかを知りたいですね……」
「とりあえず、社長に事後報告で申し訳ないのですが社長を商会より追放いたしました」
「へ?」
ビリーの想定すらしていない言葉に三世は素っ頓狂は声をあげた。
「今現在社長はワタクシめビリーとなっております。なので、列車強奪の責任は全て私とこの部下達となりますのでご安心下さい。もちろん。社長が商会に戻り次第元通りになるようになっております」
「……別に会社は乗っ取られても恨みません。ビリーにはそれだけお世話になりましたし。ですが、他の社員まで巻き込んでの犯罪というのは――」
「ここにいるのは私含め親も恋人もいない一人身のみです。そして、全員望んでここにいます。己の身が汚れることよりも、社長に尽くす事に喜びを溺れるのですよ我々は」
ビリーの言葉に三世は、ようやくビリー達の狂信を理解した。
しかし気づくのが遅かった為、全て後の祭りである。
「……最悪匿う場所を用意して何とかしても良いですし外国に逃げても良いでしょう。なのでここまでの事はとやかく言いませんが、これからは別です」
三世は懇切丁寧に、化け物の存在と危険を訴えた。
最悪の場合だと帝都は崩壊している。都市一つを落とす化け物の群と相対することになるのだ。
だからここでビリー含む社員に途中で帰るよう三世が説得するが、ビリーが返した答えは温かい微笑みのみだった。
そして次の瞬間、ビリーが指をパチンと鳴らし社員達は己の獲物を三世に見せるよう構えた。
一部の社員はハンドガンを手に持ちながら人差し指をピンとまっすぐ伸ばした様子を見せる。
残りの社員は全員鞘に仕舞われた刀を構えて見せた。
多少不慣れな様子ではあるが、刀を使う覚悟の定まっていない三世よりは刀に慣れた様子である。
そしてビリーは平然と単発式ライフルを取り出し、三世に微笑んだ。
「既に全て準備済です。カタナは全部ワザモノと呼ばれる物以上の物を用意し、神社やらになんやらかんやらして用意してもらったので多少の霊なら対処できます。肉体のある妖でしたら、コレで」
そう言いながらビリーはライフルを構えて見せた。
「……ですが、命の危険が……」
三世の言葉に、ビリーは薄い紙袋を見せる――。
そこには『遺書』と書かれていた。
「これを預けます。ですから社長だけは生き延びてくださいね」
ビリーの言葉に、三世は何も言えなくなった。
受け取ったものは紙しか入っていなかったはずなのに、妙に重く感じる。
しかし三世がそんな罪悪感に苛まれているのはわずか数分の間であった。
それを過ぎた時、三世が感じた感情は孤独感と羨ましさである。
社会に反するアウトロー集団。
己の信念の為に反社会的行為でも平気に行い、強い絆を結んだ仲間達とデカイ事をする。
そんな雰囲気を持つ社員達は、落ち込んだ様子など見せず心底楽しそうにしていた。
「俺の虎徹が血を求めている……」
そうクールな様子で呟く田村君二十五歳。
実家は農家である。
銃を磨きながら悦に入っているのは佐々木君四十歳。
馬車に轢かれそうな老婆を助け、無理な姿勢をとってぎっくり腰になったナイスミドル。
そして主役のビリーは、ライフルを嬉しそうに眺めた後、わざわざバンダナを口に巻き直し、ギャングスタイルの恰好となり後ろを振り向く。
「野郎共! スリーミリオンダラーズのルールその一!」
ビリーが声を張り上げると、社員達全員がはっとした顔になる。
「この世全ては俺達の物! とやかく言わずに奪い尽くせ!」
社員は声を揃え答えた。
「ルールその二!」
「特に金持ちから奪い尽くせ!」
ちなみにここにいる全員世間の平均から逸脱しているほどの給料の持ち主である。
「ルールその三!」
「楽しく殺し、奪い尽くせ!」
ちなみに奪った物は蒸気機関車のみである。それでも大ごとではあるが、誰一人殺さず余計な物を奪わずにここまで来ている。
つまり今言っているのは、ただのノリとなりきりのごっこ遊びである。
それがわかるからこそ、三世は参加出来ない事が寂しさを感じていた。
――いいなぁ。羨ましいなぁ。
普段真面目だからこそ、三世はこういうはっちゃけた遊びが大好きだった。
「主様って、実はああいうのは好きですよね」
命の言葉に月華は苦笑しつつ頷いた。
「ルールその四!」
「我らの神はただ一人。名前を名乗ることも許されぬ唯一なる神である!」
――おい。最後ギャングの教えから逸脱したぞおい。というか神って誰だ……やっぱり聞きたくないから言わなくて良いです。
三世は内心でつっこみながら渋い表情を浮かべる。
そしてビリー含む全員が三世の方をちらちらと見ているが、三世はそれに対し寝たふりで誤魔化すことにした。
つんざくような爆発音で三世は目を覚ました。
そこにはビリーが列車の中から外に向け、ライフルを構えていた。
先から煙が出ていることから、ビリーが発砲したと思って間違いないだろう。
「hit! 失礼。起こす暇もなかったもので」
「いえ大丈夫です。何がありました?」
ビリーはライフルのボルトを手前に引いて薬莢を排出し、ボルトを戻し再度ライフルを外に向け構える。
「現在帝都まで約十分ほどの距離。こちらに対し迫ってくる羽の生えたモンス――化け物を発見。牽制も兼ねて射撃によって一匹撃墜したところです」
そう言いながらビリーはライフルの引き金を引き、二発目を放った。
三世は邪魔にならないように外を見ると、遠くから飛んできている五匹ほどの蝙蝠のような化け物のうち、一匹が墜落する様子が見えた。
「今二匹目ですね。素晴らしい腕です」
「右腕ですので」
ビリーは自信満々な様子でそう答えた。
そのままビリーは残った四匹も一撃必中で撃墜し、ゆっくりと弾丸をライフルに補充した。
「さて、そろそろ着きますので、命様と月華様を起こして準備をなさってください。我々が出来るのはお手伝いまで。主役は社長方御三名ですからね」
ビリーのウィンクに三世は笑って頷き、うたたねしている二人を優しく揺り起こした。
ありがとうございました。




