運行休止
美弥子から始まる幽霊騒動も、泡沫の町の化け物達も、全ては黄泉の穴に繋がり……そしてその原因は帝都にある。
そういった状況証拠は十分であり、これ以上は揃わないと思うほどに情報が集まった。
事前に思い当たる大体の場所には向かい、帝都に向かう前に行うべき事は全てやりとげた。
後は実際にこの目で確かめるだけだ。
おそらくだが、これがこの世界で始まる最後の騒動となるだろう。
三世は命と月華を連れ、馬車に乗って移動し、鉄道駅に着いた。
そして――『運行休止』の文字を見て最大の勘違いに気が付いた。
蒸気機関車が動かない事と、話の進行に因果関係は全くない。
全部終わらせたら最後の場所であろう帝都に行けるようになると三人は思い込んでいた。
「……乗車出来ないですね」
しょんぼりとした命の言葉に、三世、月華が頷く。
「全部終わったら蒸気機関車解禁だと思ってましたのに……ちょっと乗ってみたかった……」
しょんぼりした様子で月華が呟き、三世と命は何度も首を動かし肯定した。
蒸気機関車にちょっとした憧れを持っていた三人はひどくがっかりした。
単純に乗ってみたかっただけである。
「蒸気機関車が無理という事は、少し距離があるので大変ですが車や場所で――」
「――無理だね」
三世の言葉を誰かが遮り否定した。
急に割り込んできた人に驚きつつその方向に目を向けると、そこにはピエロ風の仮面をかぶった何者かが立っていた。
不気味な白い仮面を被り全身黒いフードに身を包んだその姿は不審者以外の何でもない。
周囲には数人の人がいるにもかかわらず、この怪しい見た目の人物を不審がる者は誰もいない。
それ以前に、三世達と目の前の人物以外周囲全てが固まったように動かなくなっていた。
歩いている者は足をあげたままで止まり、水道から水を飲んでいる者は水流に口をつけたまま、まったく動かない。よく見ると、水すら水流の形をしたまま固定されていた。
その上、世界全てが色の抜けたモノクローム状に変わっている。
鳥すらも停止し空に浮いている色の抜け落ちた世界で無事なのは、元々白黒のピエロを除くと三世達三人のみだった。
「空気壊してごめんね。本来なら最後まで参加しない予定だったけど」
ボイスチェンジャーを何重にもかけたような聞き取りにくいくぐもった声でピエロはそう言い言葉を続ける。
「参加者には自由でいてもらいたいんだけど、気がついたら想定外を通り過ぎて詰みに近い状態になっててね。これでは君達があまりに不利だから少し情報を渡そうと。ああでも、本当に軽くだよ。そうじゃないと不公平だからね」
「その前に、あなたは誰ですか?」
命が不審な様子を隠そうともせず尋ねると、ピエロはきひっと気持ちの悪い笑い声を出した。
「ああ。おそくなって申し訳ありません。ふふ。どうも皆さま初めまして。遊戯の魔王こと黒幕でございます」
そう言いながら魔王は丁寧に頭を下げる。
しかし、その大げさなまでのしぐさは、こちらを馬鹿にしているようにしか見えなかった。
「それで、詰みとは一体?」
三世の質問に、魔王は嬉しそうに答えた。
「遊戯の名の如く、ゲームとは多少理不尽に見えてもクリアできる方法を残すのがルールです。なので、この世界には三つのランクが存在します。あなた方PCとそうではないNPC。そして、命様のようにこの世界でプレイヤーとなったEXPCです。そして、PCが有利なようにこの世界は設定されております」
「長くて意味がわからない。結論を教えて」
月華がイライラした様子で尋ね、魔王は頷いた。
「では結論を――帝都への道は完全に封鎖されております。行く手段はもうありません」
その言葉に、三世は強い疑問を感じた。
最初に語ったことは世界の在り方についてだ。
だが、結論は帝都の封鎖となっている。
そこに繋がりは見えないが、ゲームの進行役が嘘を付くとは思えない。
更に言えば『封鎖している』ではなく『封鎖されている』と言ったのだ。
それは魔王がしていないという証左であり、そこから三世は最悪の事態が起きている事を理解する。
魔王の言葉を信じるなら、NPCが封鎖してもPCであるこちら側が何とかしようとした場合突破する手段が存在するはずである。
そうでは無いという事は――それを行った人物は――。
三世の顔面が真っ青になった事に気づき、魔王は楽しそうに拍手をした。
それはまるで、三世の考えを肯定するようだった。
「実はあなた方の言う美弥子さんとか、自称常闇といった黄泉の住民とかは私の用意したシナリオではないんですよね。まあ予想外の連続だからこそ、世界は輝くので悪いという事ではないのですがね」
魔王は他人事のようにそう呟く。
「それで、魔王様は何をして下さるのでしょうかね?」
青くなった三世の代わりに、月華がそう尋ねる。
「……そうですね。ではまず帝都の封鎖を不完全な物にしましょう。これ以上は依怙贔屓になりますので出来るのはここまでですがね」
「では、帝都に行くことが可能になったのですね?」
命の言葉に魔王は大げさに頷く。
「その通りです。蒸気機関に乗って帝都に向かえば入れるようにしておきました。贔屓にならないギリギリですが、安易な穴熊を選んだ相手が悪いという事で――」
「……色々ありがとうございます」
三世は振り絞るような声で呟いた。
「――いえいえ。遊戯は楽しくがモットーですので」
そう言って魔王は笑ったような仕草を見せる。
「もうちょっと何か頂けませんかね?」
月華は人に化けるのを止め、黄金の瞳を輝かせ微笑みながら刀を構えた。
「おおう。まさか魔王になって恐喝される事があろうとは……でも魔王は弱いから答えちゃいましょう。というわけで、PCである三世様月華様の質問を一つずつ答えましょう。ただし、帝都関連以外でです」
魔王の言葉に、月華は迷わず尋ねた。
「今ルゥ姉はどこにいるの?」
「帝都絡みの事は何も答えられません。他の質問にしてください」
その答えを聞き、月華は三世と同じ考えに行きつき、黙り込んだ。
今回の帝都騒動の首謀者はPLの可能性が濃厚で、そしてPLは後一人しかこの世界に入っていない。
月華は三世と同じく最悪の事態になっている事に気づき黙り込んで、質問権のない命がおろおろとその場で慌てふためく。
「おや? 質問はもうよろしいのでしょうか?」
期待した様子で魔王はそう尋ねるが、考え込んでいる二人の耳にその言葉は入っていない。
黙り込んだままの二人におろおろするだけの命、そして楽しそうな様子の魔王。
何とかしなければという考えのある命だが、傷付いた子供のように内に籠っている二人にかける言葉が見つからない。
その結果――命は開きなおった上に、斜め上の行動に出た。
命は三世と月華を同時に抱きしめ、そっと頭を撫ではじめた。
「いたいのいたいのとんでいけー。だいじょうぶですよー。こわくないですよー。おばけなんていませんよー」
子供をあやすような対応を取り出した命に三世と月華は驚いた。
というよりも、美弥子さんの存在全否定である。
しかも、命の表情は酷く真剣なものだった。
そんな様子の命を見て、二人は噴出した。――笑う事が出来た。
「えー! 恥ずかしいのに頑張った私を笑うのは酷くないですかね!?」
滅多に見せない命の怒った表情が酷く可愛らしく、三世と月華はお返しとばかりに命の頭を撫でながら微笑んだ。
「ありがとう」
二人は声を揃えてそう言った。
何に対してのお礼なのかはわからないが、命は少し拗ねた様子で礼を受け取り、素直に頭を撫でられた。
「という事で質問しましょうか。私の質問は、この世界で私達PCは死ぬのか? です」
それは帝都の現状を考慮し、最悪を想定しての質問だった。
「良い質問ですお答えしましょう。この世界に生きる者としては死にますが現実では死にません。全員が死亡した場合は、強制的に元の世界に帰ってもらいます。サービスで言いますと、PCがこの世界にいる間は、EXPCは非常に死ににくくなっています」
「では、一人でも生きていた場合、進行に問題はないんですね?」
「ええ。殺された事にトラウマが生まれた場合はこちらで消しておきます。本当に何の問題もありませんよ――例外を除いて」
「例外……?」
「はい。だから良い質問ですと言ったのです。三世様、あなただけはこの世界の影響で消滅、現実世界での死亡となる可能性を秘めています。内容は語れませんがお気を付けください」
その事を聞き、三世は安堵した。
自分の死よりも、二人の死があり得ないという事の方が三世には重要だったからだ。
命だけは死ぬ可能性があるが、それでも死ににくくなっているのなら目を離さなければ大丈夫だろう。
ただし、それを聞いた命と月華は最悪な心境となったが。
「じゃあ私の質問は、ご主人様が死ぬ条件って何?」
「言えません」
「……ご主人様が死なない為には何をしたら良い?」
「言えません」
「…………ご主人様と私達の違い――これはダメね。男と女って答えられる……」
月華は爪を噛みながら苦悶の表情を浮かべ、質問を考える。
「――気持ちは嬉しいですが、たぶん帝都の事態に強くかかわっているんだと思います。別の質問にしましょう」
そのやんわりとした様子こそが、月華を嫌な気持ちにさせる。
「ですが、ご主人様の死以上に重要な事なんてありません。言い方は悪いですがこの世界は作り物ですし、私に至っては死にません。でも一番大切なあなただけが死ぬ可能性がある。いえ、おそらくこのままだと高確率で死にます。だったら――」
その先を言おうとする月華の口を三世は微笑みながら指で止めた。
「二つほど訂正を。この世界は作り物ではありますが、偽者ではありません。作り物にしては出来が良すぎてますし、私のいた世界をモチーフしてますが確かな歴史が存在しています。この世界は間違いなく本物の世界です。時間軸が違うようですが」
三世も最初はただの偽物でゲームのような世界であると考えていた。
ただ、それにしては出来すぎているのだ。
歴史の下地があり、人の人生がある。
それは現在があるだけではなく、過去があったという証拠だ。
それは確かにこの世界の物で、そして作り物だとはとても思えなかった。
つまり、この世界はゲームはゲームでも歴史シミュレーションの類である。
この世界は人類創生からの歴史を全て再現し生み出された架空世界と言えるだろう。
「この世界は時間軸や魔法などの違いはあるけど、本物の世界という事で合ってますかね。創造主様?」
三世の質問に、魔王は面白そうな様子で手を叩いた。
「さすが二つの――いえ、三つの世界を経験なさっただけはありますね。概ねですが事実です。時間軸をいじり、数千年を経過させ、多少方向性をいじったのがこの世界なので、実体化出来る場所さえあればそのまま現実に再現できる程度には本物の世界と近い設定となってます。といっても、場所もないし色々と本物には見劣りますが。三世様にわかるように言いますと、この世界はデータ状の世界でそれを起動する塔がないと動きません」
魔王の言葉を聞き、三世が最初に思い出したのは、デジタルな世界に転移した少年少女の事を描いたアニメだった。
「大体わかりました。ということでこの世界に偽物はいませんよ。なので、作り物なんて言わないでください。悲しいじゃないですか」
三世の言葉に、月華はしゅんとした様子で頷いた。
「……ごめんなさい。それで、もう一つの訂正は何でしょうか?」
「ああ。私の死因についてですが、どうせ分断された体関連ですので気にしないで良いですよ。帝都のどこかで見かけると思いますし」
「へ? ……あー。そういうことか。わかりました」
月華が首を傾げた後、絵描きの事を思い出しぽんと手を叩いた。
「私の分断された肉体って死んだらどうなります?」
三世の質問に魔王が考え込む仕草をした後、ゆっくり答える。
「完全に死亡が確認された場合は、三世様に記憶、肉体が譲渡されます。つまりNPCの死が原因での詰みとなることはありませんのでご安心下さい――もしかしてわざと三世様が質問して質問権なしで私答えさせられています?」
魔王の言葉に三世は微笑を浮かべ、魔王は小さく苦笑の声を漏らした。
「これだから人間はズルいです。面白いので認めますがね」
忌々しそうに、魔王は心底嬉しそうな声をあげた。
「タイムは認められますか?」
「認める!」
三世の質問に魔王は勢いよく頷き、三世、命、月華は小声で話し始めた。
相談の内容は残り一つの質問権利である。
そう――色々聞きすぎて聞く事がなくなってしまっていたのだ。
「どうします? 聞く事ないから帰ってもらいましょうか?」
命の質問に三世は苦い顔を浮かべる。
「いや。一応善意で来てもらったっぽいしそれはちょっとというか大変失礼なような」
「うーん。では……すいません何も思いつきませんね。聞く事がありません」
命の言葉に、月華がどうでも良さそうに呟いた。
「世界の真理とかそれっぽい事聞いときます?一応創造主様ですし」
「……興味あります?」
三世の質問に、命と月華はそろって首を横に振った。
なんとなくもったいない気はする
それに加えて妙にわくわくした様子を見せる魔王の期待を裏切るのが申し訳ない。
そんな理由で三人はひそひそと相談をつづけた。
――十五分後。
「なんだか魔王様しょんぼりしてません?」
命の呟きに三世は焦りを見せる。
確かに見てみると、顔は見えないが背をを丸め若干落胆しているように見えなくもない。
「ほ、ほら。何か質問を……」
自分でも質問が思いつかず困っている最中の三世。
この十五分、意見というよりは誰に質問権を押し付けるかを争っていた為建設的な意見など出ているわけがなかった。
更に五分後――とうとう魔王様は座り込み三角座りを始めた。
「ちょ、何かありません!? 見ていて痛々しいのですが」
「――あれで創造主なのですから何だか笑いが出てきますね」
月華はせせら笑うような表情で魔王を見ていた。
「どうして月華はそんなに魔王様に辛辣なんですか?」
そんな三世の質問に月華はシンプルな答えを言った。
「何となく」
あまりに単純でどうすることもできない理由だった。
最終的にじゃんけんをして、元の質問権の持ち主である月華が尋ねることになった。
質問に期待する魔王、はらはらとした心境の三世と命。
そして、人差し指を顎にあて、上を見ながら考え込む様子の月華。
その数秒後、月華は満面の笑みを浮かべ魔王に質問した。
「神宮寺の白玉を元の世界で食べられる方法ない?」
「――クリア報酬に入れときます……」
魔王は露骨にがっかりした様子を見せ、そのまま消えた。
世界に色が戻り、人々の喧騒に三世達は時間の流れが戻った事を理解した。
――魔王様、何かごめんなさい。
ぐだぐだした様子に付き合わせてしまったことに、三世は心の底からお詫びをした。
「さて、するべきことは決まりましたね」
三世がそう呟き、二人は頷いた。
色々と余計は話があったが、結論は、蒸気機関車に乗って帝都に行く。
つまりは一周回って元通りということだ。
ただ、そこに待っている事件の事を考えると行きたくはない。
それでも、三世には行くという選択肢以外ありえなかった。
「……主様。するべきことはわかりましたが……どうやって行きましょうか?」
そう言いながら命は看板に指を差した。
そこに掲げられたのは『運行休止』の文字。
蒸気機関車に乗れと言ったのは魔王だが、乗れるようにしたとは一言も言っていなかった。
その事に気づいた三世は小さく溜息を吐いた。
「……次あったら首を落としましょう」
月華は満面の笑みで呟いた。
ありがとうございました。




