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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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泡沫の夜、泡沫の情6

 

 黄泉の国と思われる場所から訪れた化け物と何度か対峙してきた。

 だからこそわかってしまう。

 今目の前にいるソレは、今までの化け物とは一線を画する存在であると。

 強さとか、妖力とか、そういった直接的な能力が違うわけではない。

『醜悪』なのだ。

 異質で、不気味で、例えようがないほどのおぞましい形貌。

 ただそこに存在するだけで、いてはならないと理解出来る目の前のナニカこそが今回の騒動の中心の存在なのだと、直感ながら理解出来た。


 認めたくはないが、およそのベースは人なのだろう。

 ただし、人の身体構造からは逸脱しており、人らしさは名残程度しか残っていない。

 全長は十メートルはあろう巨大さに、真っ黒な体。

 体には鱗のような小さな無数の甲殻に覆われており、隙間から黒く濁った液体が流れ漏れている。

 そんな体だが、何となく女性の体形らしき面影は残っている。

 一番の特徴はその足と表現して良いのかわからない足だ。

 人の足らしき特徴を残したまま、虫の特徴が混ぜ込まれた複数の肢体。

 針のない蠍のような下半身に人の足が生えているとした例えようのない姿である。

 全身が濁ったような黒に染まっており、体の隙間や爪に位置する場所などが鈍い赤色に光輝いている。

 何となく、それは人の血のようにも見えた。


「あら? あなた達はだあれ? 常闇とこやみにどんな御用かしら?」

 甲高い少女のような声にいくつもの雑音が混ざったような音が目の前のナニカから発せられる。

 その不快以外の何物でもない声に対し、百夜が何とも言えない複雑な表情を見せた。

 恨みと同情、呆れみと怒り。

 そのどれでもなく、そのどれでもあるような奇妙な表情の後、小さく溜息を吐いた。


「何か知っているのですか?」

 三世は小声で百夜に話しかけ、百夜は頷く。

「知っているっちゃ知っている。知らないっちゃ知らない。俺の知ってるこいつは見た目だけはまっとうな人の姿だったぞ。こんな醜悪な恰好はしていなかったな。中身は――まあ大差ないか」

 なんとも複雑そうな心境の百夜の態度に、これ以上聞いて良いものなのだろうか悩んだ。

 きっと知り合いで、そしてその人は亡くなり、こんな姿で帰ってきてしまったのだろう。

「――まあ、しないといけないことはたった一つだ。この醜悪な気配でわかるだろ?」

「ええ……ですが良いのですか?」

 確かに目の前のナニカは醜悪で異質で、そこにいてはならない存在だと認識できる。

 黄泉の国でイザナミを見たイザナギはきっとこんな心境だったのだろう。

「問題ない。というよりも、さっさと早く引導を渡してやりたいって気持ちの方が強い」

 百夜の言葉に悲しみは一切感じない。

 おそらくだが、一番近い感情は哀れみや落胆といった情けないという感情なのだろう。

「わかりました。全員で一斉に――」

「いや、俺と月華の二人だ。こいつに触れるとマズい」

 そう言いながら百夜はナニカの足元を指差した。

 そこには黒い液体が水たまりになっており、ジュウと音を立てながら煙を発していた。

「肌に触れたらどうなるかわからん。ついでに言えばこいつに三世の棒が通用するとも思えない。三世が刀を使えたら良かったが、ぶっつけ本番の人間を戦力には数えられん。なので悪いが俺と月華のみだ」

「……わかりました。危なくなるまではそのあたりの石でも投げて気を散らせておきます」

 三世の言葉に百夜は頷き、月華に目配せする。

 月華も頷き、三世に持っていた無銘の刀を三世に返し、己の太刀を生み出した。


「ねぇ。無視しないでよ。常闇に用があって来たんじゃないの?」

 目の前のナニカ――常闇と名乗ったナニカは少しむっとした様子で足元にいる三世達に話しかけた。

 可愛らしい言い方ではあるが、その羽虫の飛ぶような不快な音混じりの声には気持ち悪さ以外何も感じない。

「――おい。お前は誰で、俺が誰かわかるか?」

 百夜は心底うんざりしたような表情で常闇に尋ねた。

「んー? あなたの事は知りませんわね。私の名前は常闇。夜を続けて儀式をするの。あれ? でも……儀式って何でしたっけ?」

 声色も口調も安定しない常闇に百夜は溜息を吐く。

「――はぁ。もういいわ。死ね」

 これ以上の我慢は出来ないらしく、連携も何もかも無視して百夜はそのまま常闇に斬りかかった。

 地面を蹴り、跳びながら胴に斬り上げを叩きこむ百夜――ガンと鈍い音が響きその刃は甲殻に弾かれる。

 思った以上に甲殻は頑丈らしい。

「邪魔をしないでくれない? 私は……私は何をしてるのでしたっけ?」

 抵抗もせず、きょとんとしながら常闇は呟いた。

 体格の差もあってか、攻撃というよりも体を揺すっている程度にしか気づいていないのだろう。

「月華、援護を」

 三世の言葉に頷き、月華は百夜の援護に回った。




 どうやら常闇には痛覚がないらしい。

 こちらが何をしても反応を示さず、呆れた様子でこちらを見ているだけだった。

 胴体のほとんどは甲殻に覆われており攻撃が通らず、また隙間に太刀を突き刺しても全く手ごたえがない。

 上半身の内側、重要な器官以外のほとんどはジェル状になっているようだ。

 太い男の足を六本くっ付けただけのような奇妙な形をしている下半身の足部分は甲殻に覆われておらず、百夜と月華はその部位を斬りつける。

 軽々と斬り落とすことに成功したは良いが、一秒も経たずに元通りの足が生えてきて、その上落とした足は蠢き、真っ黒一色の小鬼のような妖に変化しこちらを襲ってきた。

 斬っても斬っても堪えない常闇に増え続ける小さな妖。

 何とも言えない徒労感が百夜と月華を襲っていた。


 三世が棒で突き、命が小石を投げて小さな妖の足を止め、その隙に月華が小鬼にとどめをさす。

 百夜は何とか常闇を殺そうとするのだが、痛手すら負わせることが出来ていなかった。

 心臓や肺などはあるみたいなのだが、その全てが甲殻で覆われており狙うことができない。

 重要な器官を守り、ほとんどの攻撃を意味無い物とする常闇の体は、まるで要塞そのものだった。


「甲殻の裏辺りに心臓があるのはわかるんだ。だが、隙間を狙っても届かねえし最悪心臓を破壊しても殺せないかもな。何か凄い武器とか方法無いか?」

 打つ手なしと判断した百夜はそう尋ね、三世と命は押し黙った。

 真っ当な攻撃手段もないし、鞘は守りの能力に特化している。

 命は対人中心の訓練しか行っていない為、あのような巨大な怪異に対抗する手段はない。

 三世、命、百夜の視線が月華に集中し、月華は少し考えた後そっと頷いた。

「一応あります。ただ、使った瞬間私は無力になりますので殺しきれなかったら終わりですね。更に言えば、大きな隙でもないと使えないです。今の油断している状態でも怪しいですね」

「――ああ、アレがこっちでも使えるんですね?」

 三世の質問に月華は頷いた。

「はい。妖術って魔術に近い性質なのであれやこれやと試してみたら出来そうな感じでした、ちょっと違いますが」

「ふむ……。んじゃ大きな隙を作るから後は任せて良いか?」

 百夜の言葉に月華はこくんと頷いた。





「常闇さんや。ちょっとお話しましょうや?」

 百夜の言葉に、常闇は下にいる百夜に視線を合わせた。

「ええ。体を揺さぶられるよりはお話の方が素敵ですわ。でも夜は続くよ? それが常闇の望みですので」

「ああ。構わん。どうでも良い。んで、何か覚えていないのか?」

「何かって何でしょうか? そうですねぇ……儀式を開いたのが私というのは何となく覚えていますが、儀式が何なのか、何で儀式を開いたのか忘れました」

「そうだろうな。覚えてたらこんなところにいないし、ついでに言えば無意味だって知ってるはずだしねぇ」

「あら? あなたは何かご存知ですの? よろしければ教えていただけないかしら?」

「ああいいとも。だけどな、それが良い事とは限らないぞ」

「そんなわけありませんわ。だって、()は憶えてますもの。儀式が終われば、()は幸せになれるって」

 嬉しそうな声の常闇に、百夜は侮蔑の表情をぶつけ、一言呟いた。

()()――明常(あきつね)はもういない。儀式を開いても何の意味もないぞ」

「は?」

 常闇は初めて聞いたはずの酷く懐かしい言葉に戸惑いを覚えた。


 それは常闇が忘れていた記憶。

 忘れているはずの二つの名前だが、その二つは最も大切な名前だったものだ。

 一つは己の名前、愛しい人と共にいられた記憶のこもった大切な名前。

 もう一つは愛しい人の名前、忘れるわけなかったはずの名前である。

 どうして――どうしてその名前をこの人は知っているのか。

 そう思い、百夜をじっと見つめる常闇に、冬子であった頃の記憶が僅かに蘇った。

「……()()……様?」

 茫然とした様子で百夜を眺め、そして何か大切な、忘れたかった事を常闇は思い出し、甲高い絶叫を上げた。

 失った戻らない時と、今でも忘れられない思い出、そして己の醜い体。

 己の欲望の為だけに大量の人を殺し、巻き込み苦しめた醜い心。

 そのどちらも、冬子が受け入れられなかったもので、それを直視した常闇は泣き叫ぶことしか出来ない。

 延々と続く大音量の悲鳴、耳を塞がないと鼓膜が破れそうなほどの奇声を発し続ける、が――これで隙は生じた。


 月華は常闇の背後に立ち、じっくりと時間をかけ太刀を練り上げる。

 そして準備が終わった瞬間、背後の甲殻と甲殻の隙間に、そっと刀を突き立てた。

「針千本、飲ーませたっ」

 月華が小さく呟いた瞬間、ばりっと何かが音を立てて剥がれ落ちる。

 それは常闇の体に纏われていた甲殻だった。

 甲殻のあった位置には、刀が刃先から飛び出していた。

 タン……タン……タン。

 二秒に一回程度の速度で無抵抗の常闇の体から刀が飛び出し続ける。

 そのたび、甲殻は剥がれ、黒い液体が地面にぼたぼた音を立て落ちていく。

 タン、タン、タン。

 一秒で二本程度の刀が生えていく。

 刀の飛び出す速度は更に速度を増し、気づいたら秒間二十本ほどの速度で刀が常闇の体から生えていた。

 そして最終的には上半身全てが刀に蝕まれ、痛覚のない常闇は何も気づく事なくその生命に終わりを迎えた。


「すいません。こっちの世界だと回復できないので私は戦闘不能です。おやすみにゃさ――」

 月華はそのままぱたっと地面に倒れ、丸まって寝だした。




 白夜は空を見ながら呟いた。

「終わったな。ほれ、お月様がご機嫌な様子になってるぞ」

 それに釣られ三世も空を見た。

 目視できるほどの異様な速度で月が移動していた。

 このペースなら、十分後ほどには朝を迎えるだろう。

「さて……しょうもない事情だけど、アレの事情を聴くかい? もう全部終わったけど、巻き込まれたお前らは知る権利があるわな」

 白夜の言葉に、三世は首を横に振った。

「いえ、話したくなさそうですし。それに終わった事でもう何の影響もないんですよね?」

「――ああ。そうだな。ふゆ――常闇がいなくなって月が動き出した今文字通り常闇は終わりを迎え、おそらくだが黄泉の穴ももう塞がっているはずだ。後は、残った剣鬼を全員殺して、俺が儀式を完膚なきまでに破壊し、最後に俺が自害したら全部終わりだな」

 百夜は軽く、己の最後を伝えた。

 三世は百夜の助かる方法はないのか聞こうとした――が、それはやめておいた。

 短い付き合いだが、白夜が生きる事を望んでなく、楽になりたがっている事を理解出来たからだ。

「そうですか。たぶん一晩の間でしたかね? 色々とありがとうございました」

「いや。俺の方こそありがとな。やっと終わることが出来そうだ」

 そう呟く白夜の体は薄くなっていた。

「あら。思った以上に早かったな。朝になると剣鬼は姿を消す。だから、次の夜最初の場所で――」

 そう言い残し白夜は姿を消した。

 いや、消えたのは百夜ではなく、こちら側の方らしい。

 既に霧は跡形もなくなっており、傍に見える町には人の気配が戻り、そして三世の目に朝日が輝いていた。


「……おはようございます命」

「はいおはようございます主様。ところで、凄く眠たいです」

「奇遇ですね。私もです」

 二人で顔を見合わせ、笑い合った後、三世は月華を抱きかかえ町の中に入っていった。







 再度、霧がかった夜が訪れ、ひと眠りした三世達三人は最初の場所、団子屋らしき建物がある所に向かう。

 そこには百夜が一人で待機し待っていた。

 ただし――野太刀を抜き身のまま持ち立ちはだかるようにだ。


「よう。朝昼のうちに調べたが、剣鬼は俺以外もう誰もいない。黄泉の国に続く穴も塞がっていたし、儀式も破壊した。つまり、後は俺が自害すれば全部終わりだ。おめでとう」

 百夜の様子は今までと何も変わらない。ただ、抜き身の刀を持っているだけだ。

 そして、自害する為に野太刀を抜いている。そんな風にはとても見えない。

「百夜さんは何を望んでいるのですか?」

 その質問に、微笑みながら刀を立て、バットを持つような『八相の構え』に似た構えを取った。

「武人としての最後、と言ったら笑うか?」

「――笑えませんし、笑いません」

 命のやり取りをする気配はない。

 つまり、力を誇示したいのだろう。

 百夜という剣豪が、ここにいたと、そう伝えたいのだと三世は考えた。

「ああ。というわけで三世八久に勝負を申し込む!」

「え? 私ですか?」

「うむ! 力があろうと女子供と戦う気がない! 望むは真剣勝負。ああ命は取らないから安心してくれ。でもそのカッコいい刀は使えよ?」

 最後の真剣勝負の割には緩い空気で、そして妙に注文の多い武士が目の前にいた。


「いや、私本当に弱いし刀を実戦で振るの初めてですよ?」

「だろうな。見てわかる。だがそれが良い! 誰だって最初はある。練習のつもりで構えよ!」

 三世は百夜を見て理解した。

 これはアレだ。ドロシーとかと同じパターンで、話を聞いている風に見せて聞く気のない奴だ。

「……もし拒否したら?」

「刀を抜くまで構え続けジリジリと貴様に寄り続ける。最後には顔がぶつかりあう距離になるだろう。それでもかまわぬか?」

 三世はげんなりした表情を浮かべる。

 命が若干『それはそれで』みたいな表情を浮かべているが、三世は無視をした。


「……わかりました。私では相手にならないと思いますが、最後の勝負に付き合いましょう」

 三世は鯉口を切り刀を抜いて鞘を命に預け、正眼の構えを取った。

 命と月華は距離を取り、百夜は間合いを詰める。


「古賀流師範、古賀白夜(こがびゃくや)。いざ……あ、名乗り返してね?」

 三世は苦笑し、頷いた。

「三世八久。ただの一般人です」

 三世は三人から同時に『嘘つけ』と言った視線を受けたが三世は無視をすることに決めた。

 誰が何と言おうと、自分は一般人であると心から信じていた。

「――では……いざ尋常に――勝負!」

 白夜はそのまま数歩前に出て三世に斬りかかり、それを三世は刀で受け止めた。

 刀同時のぶつかる音が聞こえ、お互いが対等に競り合っていた。


 おかしい。こんな事あるわけがない。

 三世は異常な事態にすぐ気づいた。

 キン、キンと鍔競り合いの音が聞こえ、拮抗している現状に三世は違和感しかなかった。


 白夜の剣筋が見えた事も、剣を止めた事も、今拮抗していることも本来なら絶対にありえないことだ。

 白夜の実力が落ちている?いやそれこそあり得ない。

 力がどれだけ落ちて、どれだけ疲弊しても積み重ねてきた技量が零になることはないからだ。


 そのまま白夜は一歩離れ、素人でも見えるような遅い速度で剣を振るってきて、三世はソレを受け止める。

 ギン!と金属のぶつかる鈍い音が流れ、その隙間に三世は白夜の笑い顔を見た。


 ――ああ。わかった。欲しいのは最後の勝負ではなかったのですね。

 三世は自分の大きな勘違いに気づき、白夜と同じく少年のような笑顔を浮かべ、白夜に斬りかかった。


 防御も怪我も考えず、ただ無心に剣を振る。

 技量も後先も考えずにぶつけ合い、そしてその音に興奮し楽しむ。

 白夜が三世に頼んだ、最後に求めたもの。

 それはただの『チャンバラごっこ』だった。

 最後の最後、剣鬼という亡霊になっても残った最後の願い。

 それは、大好きな剣を使って友人と遊びたいというとても単純なものだった。


「木刀があれば良かったかもしれませんね」

 三世の言葉に白夜が笑う。

「そうかもな。だけど、これはこれで良いぞ。刀は男の憧れだろ?」

「ですね。いや、本当良い刀ですこの打刀。名づけて『無銘村正』かっこよくないですか?」

「くそぅ。かっけーし羨ましい。こっちの野太刀も業物なんだが、これ先にこっちが折れるぞ、微妙に欠けてきたし。ぐぬぬ。何か悔しいな」

 甲高い金属音を鳴らし合い、刀をぶつけ合う二人。

 その様子は、庭でちゃんばらごっこをする(わらべ)のようだった。



 楽しくはしゃいでいた為どのくらい時間がたったのかわからない。

 ただ、三世は心地よい汗をかき、体は疲弊し背中で息をしていた。

「そっちの体力も限界、こっちの刀もそろそろ折れそう。だからさ、最後に俺の技を見てけよ。伝承した人いないから失伝した貴重な過去の剣技だぞ」

「それは貴重ですね。では、一手――指導お願いします」

 三世は息を整え、丁寧に深く礼をする。


 それに頷いて反応し、白夜は上段の構えを取り、三世は正眼の構えを取る。

 さっきまでの緩い空気に、わずかばかり張り詰めた雰囲気が混ざっていく。

 空気は徐々に引き締まっていき、張り詰めた糸のようになり、一瞬即発の空気に変わり――爆発した。


 白夜が鋭い踏み込みの袈裟斬りを放ち、同時にキン!と鈴のような綺麗な音が辺りに響いた。

「――なんだ。本当は強いんじゃないか……」

 真ん中から綺麗に折れた野太刀を見ながら、白夜は呟いた。


 白夜の見せた技とは剣技ではなく、歩法だった。

 上体をぶれさせずに高速で大きく移動する縮地のような歩法。

 まるで跳躍するような大きな一歩を加えた高速の剣技。

 その一閃を、三世は見据え、後ろに下がりながら刀で受け流そうとした。

 ただ、思った以上にお互いの動きが良かった為偶然カウンターの形が決まり、白夜の持つ野太刀の腹に三世の刀が直撃し、限界を迎えかけていた野太刀を叩き斬っていた。

「いえ。ほとんど理解出来なかったので相性が良かったのと、偶然ですね。私は臆病なのでいつも逃げながらの剣なんですよ」

「そうかもな。だけど、偶然でも一度出来たんだ。訓練すればいつか身に付けられるさ」

「はは。師範。ありがとうございました!」

「うむ! 精進するのじゃぞ。なんちゃって」

 そう言って笑う白夜の姿は、何となく薄くなっていた。

「ああ。玩具が無いからもう遊べないな」

 白夜はつまらなそうに呟いた。

『剣鬼』として定められた亡霊は、剣がなくなると体を維持できなくなる。

 本来なら次の儀式の為に霊魂を貯蔵されるが、既に儀式は消滅しており、向かう先はもうない。


「んー。すまんな。遊びに付き合わせて」

「いいえ。良い訓練に――違いますね。楽しかったです。あまり体を使う遊びは好きではなかったですが、偶には良いものですね」

 その言葉に白夜は笑った。

「ああ。俺も――」

 その一言と同時に白夜は姿を消し、泡沫の時は過ぎ去った。

 

 既に霧は跡形もなく消え、夜の世界に月光が煌めいてた。


ありがとうございました。

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