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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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泡沫の夜、泡沫の情5

 

「お爺様。ありがとう……本当にありがとう……」

 三世が祈るように、震えながらそう声を出した。

 もし、祖父である弥五郎がいなければ、今頃最悪の状況で大切な物を失っていたと三世は確信していた。


 あの後月華が急に元に戻った理由を調べる為、三世と百夜は色々と相談し考察した。

 その結果、行き着いたのがこの刀である。

 月華はあの時刀に手が触れ、そこから急に我に返ったと考えられるからだ。


 続いて刀を調べた結果、刀はただの打刀で、何ら特別な力を持っていなかった。

 特別なのは、刀ではなく、鞘の方だった。


 冷静に考えるとあり得ない事が起きているのだ。

 無数の妖に命は狙われ囲まれたが、三世は一切狙われる事なく、それどころか一度も攻撃を受けていない。

 そこから考えると、妖の目に三世が映っていなかったという結論となる。

 この鞘は、悪霊騒動を対処している三世の事を心配した弥五郎が準備した物だと、三世、命、月華は気づいた。


 今現在わかっている効果は三つ。

 一つ目は妖から姿を隠す力。

 ただ、剣鬼には効かず、また月華にも効いていないところから、強弱か意識の問題か何か欠点があると思われる。

 二つ目は微弱ながら妖を苦しめる力。

 三世が軽く棒で突いただけで妖は痛がり、棒を避け、その上数秒の間硬直した。

 ただ、倒すことも殺すことも出来ず、数秒後には元通りになっていた。

 スタン警棒のような効果があるのだろう。

 最後三つ目は、恐らくだが妖力の影響をシャットアウトする効果だ。

 月華が急に元に戻った事からそう結論付けた。


 無銘を月華に持たせることで、月華の問題は解決出来た。

 しかし、残された傷跡は軽くはない。

 百夜は三世を見る度に噴出(ふきだ)しそうになり、三世は命のデバガメ的な本性を垣間見た。

 そして本人の月華は、刀を持ったことにより冷静になってしまい、湯気が出そうなほど赤面し下を向いたままとなってしまった。

 そして、頑なに三世と目を合わせる事を拒絶した。

『いえ決して嫌いになったとかそういう事ではなく、羞恥で死にそうなのでしばらくそっとしてください……』

 そう呟いて顔をそらす月華に三世は頷くことしか出来なかった。

『周知の羞恥、なんちゃって』

 そんな阿呆な事を呟いた百夜の頭を三世は小突いた。





「いやー。君達すさまじく面白いね。うん。これは是が非でも無事に帰してあげないとね!」

 そう笑いながら百夜は言った。

「いやはや、緊張感なくてすいません」

 照れ隠しも兼ねて後頭部を掻きながら三世は申し訳なさそうに呟く。

「いいさいいさ。必要ない時まで緊張しても意味ないしね。大切なのはこの後さ」

 百夜の言葉に三世は頷き、家の間にある縦に細い穴を見つめた。

 人が通れ無さそうな細い穴で、こちらからは通ることが出来ない。

 しかし、ここから妖が沸いてきていたのだ。

 小さな空間を関係なしとばかりに、大小様々な妖がこの世界に進出してくる。

 つまり、この穴を塞がなければ奇妙な妖がいくらでも現れるということだ。


 全員が穴の方を向き、神妙な面持ちで先を見つめる。

 真っ赤な世界に黒い点が幾つも蠢いている。それが妖なのだろう。

 見ているだけで不安になり、正気が削れていく。

 地獄なのか死後の世界なのか、わからないが、見えている先が死の世界であることだけは何故か理解出来た。


 全員が沈黙しながらその世界を見つめ続け、百夜がおもむろに口を開いた。

「……それで、どうやってこの穴を塞ぐんだ?」

「――さあ?」

 三世はそうとしか言えなかった。


「とりあえずやってみよう。あっさり何とかなるかもしれん」

 百夜の言葉に従い、実験感覚でとりあえず色々試してみることにした。

 まずは百夜が全力で切り払う。

 当然だが空間に刀は干渉できなず、無意味だった。

 次に月華が妖力の太刀を生み出したり、妖力で攻撃っぽいことを試してみたりと妖らしいことを適当に試した。

 結果、何の変化も見えずやはり無意味だった。

 最後に三世が刀で切りつけるが効果がなく、鞘で殴りつけるが変化は見えない。

 結局全ての行動が無意味だった。


 そして一つ、結論が出た。

 原因はコレで間違いないが、対処する方法が今はないということだ。

「……うーん。とりあえず悪いのかたっぱしから斬り殺せば何とかなると思ったんだけどねぇ。また振り出しか」

「ですね。とりあえず、一端休憩しましょうか。ここは妖が出る可能性があるので離れた場所で」

 三世の言葉に全員が頷き、最初に出会った甘味処まで歩くことにした。


 月華は刀を両手で抱えたまま、三世から顔をそらし三世の後ろを歩いた。

 恥ずかしくて死にそうで、申し訳ない事をして辛く、そして、あの時顔が近づいた時、もう少し冷静だったらこの唇に――。

 そんな事を考えると、やはり恥ずかしくなり、三世の顔を直視することが出来なかった。




 ちりん。


 三世の後ろに付かず離れず歩いていると、月華の耳に鈴の音が聞こえた。

 ぴたっと足を止め、その音がどこから聞こえたのか月華は耳を動かす。


 ちりん。


 やはり鈴の音が聞こえる。思ったよりも近くだ。

「月華。どうしました?」

 三世の質問に、月華は耳をピコピコ動かしながら答えた。

「鈴の音が聞こえます。結構近くからですが……誰も聞こえませんか?」

 その言葉に、月華以外の全員が首を横に振った。

 音はすぐ耳元から聞こえるようだった。

 月華は自分の首元に手を当てる。

 何かを大切な物を忘れてるような気がした。


 ちりん。

 三度目の鈴の音と同時に、酷く懐かしい気配を感じた。

 それは最近感じた気配と同じで、酷く淡い不思議な気配。

 確かにどこかで会ったような気がする。

 しかし、それが誰なのか思い出せず月華は無意識の中で気配を求めるようその方向に歩き出した。


 刀を持ってる為妖の影響ではない。

 だが、まるで夢遊病患者のようにふらふらとする月華に三世達は戸惑う。

 止めるべきか、それともそのままの方が良いのか、三世達は答えがわからないままゆっくりと歩く月華の後ろに付いて歩いた。


 月華は意識がないまま、鈴の音と暖かい気配の方向にまっすぐ歩く。

 同時に、何度も自分の首を触って確認し、何もないことに落胆し違和感を覚える。

 ――何を忘れている。首、鈴?

 その時、自分の首に鈴のついた首輪が付いた幻を月華は見た。

 



 それは月華にとって遠い記憶だった。

 自分の事をただの猫だと思っていた時、少女が自分に様々なものをくれた。

 まずは名前。

 月の出た夜に出会った、華みたいに綺麗な猫だったから月華と名付けたそうだ。

 次に愛。

 終生まで、不気味がらず、大切に愛してくれたかけがけのない思い出。

 最後に宝物。

 少女は月華を飼う時、貴重な鈴の付いた可愛い首輪をくれた。

 その音がとても綺麗で、月華はとても気に入っていて必要以上に音を鳴らしてはしゃいでいた。


 そんな――月華の想い出。


「春子!」

 何故忘れていたのか。

 月華は消え去った追憶の先にある記憶を呼び覚まし、声のあらん限り叫びながらその方向に走った。

 置いて逝かれた事を思い出し、出会った日の笑顔を思い出し、力の限り走った。

 壁も霧も何もかも忘れ、気配の方向に走り続ける。

 でも、どれだけ走っても距離は縮まらず、いつまでも春子の姿を見ることは出来なかった。

「待って! ねぇ。待って! 置いて逝かないで!」

 すがるように走る月華。

 しかし、優しい気配は月華の心境とは裏腹に目的の場所に月華を案内すると、すっと気配を消した。

「あ……」

 さっきまで感じていた気配が消え、独りになった事に気づき月華の心に寂しさが吹き荒れる。

 また置いて逝かれた。

 そんな気持ちが流れる中、耳元で鈴の音が聞こえた。

『大丈夫。月華とは一緒にいるよ。だからシャルトちゃん。いつかゆっくりで良いから、会いに来てね』

 鈴の音に混じり優しい老婆の声が聞こえ、月華は我に返った。




「大丈夫ですか!?」

 後ろから月華を呼ぶ声三世の声が聞こえ、月華は振り向く。

 相当早く走って来たらしく、三人は慌てた様子で月華に駆け寄ってきた。

「あ、ごめんなさい。また迷惑かけてしまって」

 しょんぼりして謝る月華に三人は微笑んだ。

「いえいえ。むしろお手柄です。どうしてここがわかったんですか?」

「え? ここってどこですか?」

 月華はきょろきょろと周囲を見渡すが、霧がかって何も見えなかった。

 そう、建物すら見えていないのだ。

「ここは町の外です。しかもあの世に大分近い場所ですね。つまり、この辺りに何か重要なものがあるということです。本当にこんな場所どうしてわかったんですか?」

 三世の質問に、月華は微笑んで答えた。

「大切な人が教えてくれたんです。どうやら頼りないところを見せすぎたからか化けて出てしまって」

 その言葉に三世は首を傾げる。

「んー。鞘があるから大丈夫だとは思うのですが――本当に大丈夫ですか?」

 そう言いながら、三世は月華の傍に寄ってきた。

「はい。大丈夫……です……」

 数歩ほどの距離になるとさきほどの事を思い出し、月華は恥ずかしくなり三世から距離を取ろうとした。

 その時――トンと誰かが月華の背中を押した。

「きゃっ」

 小さな悲鳴の後、月華は三世の胸元に入り、三世は慌てて月華を抱きしめた。

「おっと、大丈夫ですか?」

「……はい」

 誰か押したのか。そんな事はわかっている。

 居なくなったと思ったら傍で隠れて待機していたらしい。

 月華は小さく微笑み、口の中で感謝の言葉を述べた。


 それでも、三世の顔を見るのはやはり恥ずかしかったので、月華は三世の胸元にマーキングするように、顔をこすりつけた。


ありがとうございました。



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