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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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泡沫の夜、泡沫の情2

 


 特別な能力を持たない三世にも、今周囲に広がっている霧が普通でないことくらいは理解出来た。

 最初に気づいたのおかしい点は水気を感じないことだ。

 真っ白で先が見えないほどの霧が立ち込めているにもかかわらず、肌にべたつくような湿度を感じない。

 かといって煙というわけでもなく、確かに霧ではあった。

 完全に視界を塞ぐほどの霧なのだが、周囲十メートルほどはクリアな視界が確保出来る。

 霧の量で考えたら足元すら見渡すことなどできないはずである。

 現状では、多少視界が塞がれるだけで問題らしい問題はない。

 ただし、町を出ようなどと考えたら話は別である。

 三世が振り向き、町を出ようとした瞬間、霧が通行を封鎖した。

 その感触は、例えるならベタつかないわたあめだ。

 ふわふわとした弾力ある霧が、目の前に立ち塞がりこの町から脱出することを阻んでいた。


「とりあえず探索してみましょうか」

 そんな三世の言葉に従い、二人は頷きいた。

 迷わないよう、いつもよりも距離を縮め三人はゆっくりと歩を進める。


 探索の結果、もう一つわかったことがある。

 人気ひとけがまったくないのだ。

 もしかして全員殺されたのではないか。

 そんな恐ろしい妄想をしてしまうほど周囲は静寂に包まれていた。

 確認の為に民家に入ろうとしても、入ることが出来なかった。

 何故か扉が開かないのだ。

 それは鍵が掛かったという事ではなく、扉が固定されたように全く動かず、全力で殴り飛ばしても窓ガラスを割ることすら出来なかった。

 同じように他の民家や小さな店も試したが、全て同じような状況になっており、また戸がない入り口は霧で塞がれていた。

 閉じ込められた場所、誰もいない現場。

 村人がいなくなったというよりは、自分達が違う場所に来たと考える方が自然だろうと三世は考えた。

 泡沫の町ではないなら、ココがどこなのか三世にはわからない。

 何となく、ココはこの世とあの世の境目なのではないかと想像した。




 何か他に情報がないだろうか。

 そう考えながら周囲を探索していると、後ろから月華が足を止め三世の袖を引っ張った。

「ご主人様。誰かが戦っています」

 そう言いながら月華は右奥の方を指差した。

 三世には聞こえない、だが猫又である月華の耳には何かの音が届いたのだろう。

「どうしますか?」

 命の言葉に三世は少し考え、答えた。

「介入する方向で行きましょう。怪しい気配がしたら即撤退するので合図を見落とさないでください」

 三世の言葉に二人は頷き、三世を横から庇うように、二人は張り付いて移動した。


 ある程度距離が近くなると、三世にも月華の聞こえた戦っているらしき音が聞こえて来た。

 恐ろしいほどに深いな音が響き渡る。

 生肉の切れる音と、奇妙な叫び声。

 妙にくぐもった不気味な悲鳴は、ザクザクと肉の切れる音が聞こえた後に鳴り響き、それの合間に何かが大地を叩くような衝撃が地面に伝わる。


 音の聞こえる方向にまっすぐ歩き、三人は争いの最中である二人を見つけた。

 いや――そこにいたのは二人ではなく、一人と一匹の化け物だった。


 白豚と人の合いの子。

 そんな印象を持つ奇妙な化け物。

 当然、誰にも見覚えはない。

 二足歩行で立つ人型ではあるのだが、五メートルを越える巨体に加え、全身たるみきった異様なほど肉の溢れるその体は、人ではありえない体形だった。

 全身肉まみれにもかかわらず皮膚はだるんと伸びており、動く度に肉が波打つ。

 白いオークを徹底的に太らせたような化け物と呼ぶ以外、その生き物を例えるのは難しい。

 それほど異質で、異常な存在だった。

 ただし、現在のその化け物は脅威でも何でもなかった。


 健康であるならきっと恐ろしく、強いのだろう。

 だが、今その化け物は素人目にもわかるほどボロボロで、控えめに見ても死にかけている。

 ドロドロとした気持ち悪い緑色の血液を流し、化け物は地に足付かない様子でフラフラとしていた。

 気持ち悪いのは間違いないが、ここまで弱りきっていると恐ろしいという気持ちにはならない。

 むしろ、この化け物を軽々と殺そうとしている男の方が、三世には恐ろしかった。


 この男の見た目は非常にわかりやすい。

 全身重そうな黒い具足に身を包み、野太刀を振り回すその様子は、武士と呼ぶ以外に思いつかない。

 しかも相当古い時代だろうと三世は想像した。

 戦国時代の鎧よりも更に古い、数百年という歳月を感じる古の作り。

 三世の予想通りなら、この男は最低でも五百年は前の存在だ。

 彼の所有している刀は三本。

 一番大きな野太刀を手に持ち、残りの太刀と小太刀は両腰に鞘に納めてぶら下げている。

 この文明開化の時代にそぐわない武士は、そこにいるのはずなのに、いないようなあやふやな存在感を醸し出している。

 その揺らいでいる存在感は、亡霊の類だからだろう。


「ああ。来てしまったか。いや、こっちに来たのはまだ僥倖か……。ちょっと待っててくれ。これ終わったら出来るだけ事情を説明する」

 武士は三世の方を向き、そう言いながら鋭い斬撃を、化け物に繰り返し浴びせる。

 刀身だけで一メートルを越える野太刀を軽々と振りぬき、時には飛び跳ねながら片手で振りぬき切りつけるその様子は常識外としか言いようがない。

 その武士の様子は、目の前の化け物の何倍も恐ろしい化け物に三世は見えていた。

「手助けは――」

 一応義理で尋ねるが、三世も助けるつもりはない。

 というよりも助ける必要性が見えなかった。

「いらんいらん。ちょっと待ってろ」

 背が低く、童のような顔立ちの男はこちらに顔を向け、野太刀を左手で持ち笑いながら右手を横に横に振った。

 それを隙と見たらしく、化け物は渾身の力を振り絞ったであろう拳の一撃を男目掛けて叩き込んだ。

 ズン!と拳がぶつかった地面が音を鳴らし激しく揺れる。

 だが、当然男に拳は当たっておらず、それどころか男は化け物の拳の上に乗り、そのまま高く飛びあがって野太刀を横に振りぬいた。

 高く飛んでの横一閃は肉に埋もれて頭なのか首なのかわからない部位を通り抜け、そのままころんと、丸い物体が地面に転がり落ちた。

 男はこちらの方に歩いて来ながらバツの字に野太刀を振って血払いを行い、その後嫌そうな顔をしながら懐から何かを取り出し、それで刀を拭いて納刀した。


「待たせたね。さて、何から説明すべきだろうか……」

 男が後頭部を掻きながら困っている最中も、化け物はぷるぷると震え、大きな音を立てて地面に倒れた。

 

「こちらも何を聞けば良いのかわからなくて……」

 三世は困惑している事を正直に伝え、目の前の男は腕を組んでうんうんと何度も頷いた。

「あー。だよねー。こっちも色々予想外でねぇ」

 三世と目の前の小柄な男はお互いに苦笑しながら後頭部を掻いて困り合った。

 何をしたら良いかわからず途方に暮れている二人に、命が一言尋ねる。

「とりあえず、お互いの自己紹介から始めるのが良いのではないでしょうか?」

 その言葉、男はポンと手を鳴らした。

「ああ。そりゃそうか。とりあえずあそこで座りながら話そうか。残念ながら何も出てこないが」

 そう言いながら男が指を差したのは、赤い布がかけられた長椅子だった。

 長椅子の背後には団子の絵が描いた暖簾が掛けられている。

 レトロ調なデザインの甘味処らしい。

「そうですね。とりあえず座って話しましょうか」

 そう言いながら、三世はその方向に歩いた。


 命、三世、月華が長椅子に座り、男はその正面に立ちながら兜を外し、自己紹介を始めた。

「俺は疲れないし、女性の隣に座るのは何となく恥ずかしいのでここから話すな。俺の名前はこ――いや。百夜びゃくやだ。一応幽霊だから、本名じゃなくて仮名を名乗る。何となく嫌だからな。享年三十二歳。多分信じてもらえないけどな」

 そう言いながら白夜は苦笑した。

「……亡くなった後若返ったのですか?」

 三世はそう尋ねずにはいられなかった。

 低い身長、小柄な体形、童顔。

 十代前半に見えてもおかしくはない見た目をしていた。

 その言葉に、白夜は両手を広げて見せる。

「残念ながら、このままだ。若作りの才能でもあったのだろう」

 軽口のはずのその言葉は、何やら妙に重たい実感がこもっているように三世は感じた。


「ああ、遅れました。私の名前は三世八久。うーん。職業は商人ですかね? それと従者の命と月華です」

 三世の紹介に合わせ、二人は百夜の方に頭を下げた。

「おう。短い間だが頼むぜ。んで、本来なら色々知っているし、最悪の場合抜け道もあるから脱出するの手伝ってやる、って言いたいのだが、ちょっと色々あってなぁ。脱出は無理そうだ」

 そう呟きながら困った表情を浮かべる白夜。

「何かあったのですか? いや私から見たら何かないということは全くないのですが」

「んー。例えばな。あの化け物の事は知らないし、後この夜の原因も分からん。本来ならお天道様が上がるはずなんだがな、ずっとお月様とご対面してるわ。体感だが、既に三日ほどこの現状となっている」

「なるほど。その話し方から察しますが、それ以外の詳しい事情はご存知ということでよろしいでしょうか?」

「んー。そうだな。んー。ああ。何から話そうか。俺話をするのは下手なんだよなぁ」

 そう言いながら男は後頭部の髪を乱暴に掻いた。


 その様子に、月華はそっと紙とペンを三世に手渡し、三世はそれを受け取り百夜に微笑んだ。

「お好きに話してください。話を纏めるのは得意な方です」

「お、おう。変に手際良いな」

 若干引いたような様子を見せながら、百夜は自分の知っている情報を何度もどもり、言い直しながら三世に伝え、それを三世が文章に纏め要点を書きだしていった。



 九人の亡霊、悪霊に堕ちた者『剣鬼』と一人の生贄である人の計十人にて儀式は行われる。

 儀式が開始されると町に霧が満ち、あの世との距離が近い世界が形成される。

 位相空間という奴だろうか。

 十人で殺し合い、最後の一人となった瞬間に儀式は終了し、次の儀式の準備に入る。

 最後の一人になったからと言っても、別に何も起きない。

 ただ永劫儀式が繰り返されるだけだ。

 儀式終了後、九つだった霊魂は元人間の物を入れ十に増え、最も心の弱い者の霊魂が九つの魂に分配される。

 それを繰り返す度に、九つの剣鬼はより強く、人を超越し、そして魂が魔に汚染されていく。

 この儀式に目的はない。

 元はあったのだが、既に首謀者もおらず、儀式自体止められないから惰性のように繰り返されているだけだ。

 儀式を終了させる方法はあり、百夜はそれを行うことが出来る。

 それには人間の協力が必要でかつ、人間が最後まで生き残らなければならない。


 分配された魂が混ぜられる度に、魂が汚染されていき自我が削れていく。

 今回の九人の剣鬼のうち、三人は既に自我がなく、何も話せず剣を握ることしか出来ない廃人のようになっている。

 六人が無事なのは、剣の道を求道の道とし、心を強く持っているからだ。

 ただし、求道者がマトモいうわけではなく、六人のうち半数の三人は出会った瞬間に殺しにかかってくる本物の剣鬼であり、精神異常者である。


 百夜の目的は、この何百年と続く儀式を終わらせ、忌まわしき魂の牢獄から脱出することだ。


「ということなんだが――今回は例外があってまったくもって良くわからない事態になっているんだよな。どうしようかね。はは」

 百夜はそう軽口でぼやくが。その様子は本当に困っていると見て間違いないだろう。

「あの、一つ疑問なのですが、いつからこの儀式は行われているのでしょうか?」

「んー。そうだな。俺も良くわからん。何十回と儀式は行われるから、三百年以上は経過しているだろうな」

「今回みたいに人と協力した事はありましたか?」

「ああ――数えきれないほどあった。だが、誰一人成功しなかった。何人か儀式から逃がし、儀式中断させたことも一度や二度ではないな。ただ、お前らを逃がすことは出来そうにない。夜の霧はどうしようもないんだ」

 申し訳なさそうに呟く百夜を見て、三世は彼が善人であり、嘘をついていないと考え手を貸したい思った。

 百夜は信用出来るし、嘘は言ってないような気がする。

 しかし、何か見落としているような、軽い違和感が残るのも確かだ。

――何かを隠している。

 三世はそんな気がしてならなかった。


 相手の考えが読めない時は、いつも助けてくれた人がいた。

 明るくて、優しくて、いつも自分を助けてくれる。

 そんな娘の片割れの事を思い出し、女々しい気持ちだとわかりながらも、寂しいという感情を三世は抑えることが出来なかった。


 三世は気持ちを切り替える。

 今すべきことはこの問題に対処することで、百夜に協力することだ。

「百夜さんを除いて、あと二人マトモな剣鬼がいるのですよね? その人と合流するのはどうでしょうか? それとも手を貸してもらうことは難しいですか?」

 最後の一人を決めると言っていた。

 そして、死にたくないと考えるなら合流して儀式を終わらせようとするこの組には合流してくれないだろう。

 そう考え相談した三世だが、帰ってきたのは予想の斜め下の答えだった。

「……俺を含め三人は儀式の終わりを望み、協力関係にある。三人で組むことは良くあり、今回もそうしていた」

「――いた? ということは……」

 確信に近い嫌な予感が身を(よぎ)った。

「ああ。食われた。良くわからん妖に一人食われ、もう一人は行方不明。ここに来ていないという事は、死んでいる可能性の方が高いな」

「――百夜さん。予想で構いません。今、剣鬼がどのくらい生き残っていると考えられますか?」

「ああ。まず、死亡が確定しているのが二人。俺の仲間と廃人一人。んで、高確率で死んでいるのがあと三人。もう一人の仲間と廃人二人。きっと生きていると考えるのが、俺を除いて三人。全員精神異常持ちの凶人だ。だからこそ、妖ごときで死ぬ奴らではない」

「協力は――」

 三世の言葉を遮り、百夜は首を横に振った。

「精神を保ったまま、この煉獄を続けようと考える自称求道者の凶人三人だ。間違いなく敵対する。いや、主義主張関係なく、あいつらは見た者全てを殺す。一つだけ良いことは、三人とも仲間でも何でもないからあいつら同士でも殺し合ってくれることだけだ」

 百夜は心底うんざりした様子でそう言葉にした。

 三世は手元の紙を見ながら、すべきことをまとめてみた。


 狂人と呼ばれる三人の剣鬼を倒すのと同時に、夜が続き妖が出る原因を探り解決させ、最後に儀式を消滅させる。

「……本当にコレどうしましょうね」

 三世の呟きに、百夜が頷いた。

「どうしようかね」

 することが多いのに周りは敵だらけ、もう笑う事しか出来なかった。


ありがとうございました。


感想の方で本編の続きを求める声がちょくちょく見られます。


でも、内容を変更することも難しく、同時に楽しんでくださる方も多いので短くすることも難しいです。

なので更新頻度を出来るだけ早くしてみます。


本編を期待している方は申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください。










感想返信でも書きましたが、今回の泡沫騒動の後にラストエピソードが始まり、それで五十階編は終わりとなります。

それまで本当に申し訳ありませんがお待ちください。

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