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向き合う過去4

 

 一手立ち合いの後、三世家の屋敷内に三人は連れていかれた。

 和室の中に四角いちゃぶ台が置いてあり、全員その周囲に置かれた座布団の上に座った。

 三世の正面には弥五郎が、左手側には命と月華がおり、女中の手によって茶と茶菓子がちゃぶ台におかれていく。


 ただし、女中の顔は真っ青である。

 正門を通り、和室に着くまでに出会った人ほとんどが顔を青くした。

 女中、三世家親族、雇われ師範、関係なく、三世を知っている者皆がだ。

 その理由は、三世との立場が逆転した為である。


 三世は苗字こそ名乗ることが許されているが、この家の者ではないという烙印を押されている。

 それは公的な書類も含めてだ。

 なので、本来なら言葉の意味通り三世は家に入る資格を持たない。

 もし、三世が家に戻る気があるかと弥五郎に尋ねられた時、首を縦に降っていたら、面倒な立場ではなく、ただの帰宅となり皆に歓迎されたであろう。

 しかしそうはならず、三世のは戻る気はないとはっきり弥五郎に伝えた。

 その場合、三世の立場はどうなるのかと言うと『当主の客』となる。


 当主が直々に実力を認め、客として招くのは年に一人か二人しか現れない。

 そして、当主の客は屋敷内では当主と同格として扱う決まりとなっていた。

 もし屋敷内で何等かの無礼があれば、それは当主の顔に泥を塗る行為となる。

 と言っても、所詮客でしかない為女中や家族に命令する権利を客は持たない。

 それでも、当主に意見出来るというだけで十分すぎるほどの権利と言える。


 女中や親族など小さい頃の三世を知っている人の目から見ると、現状は最悪だった。

 病弱で死ぬとわかっているにもかかわらず追い出した人間が、健康体になり、当主を説得し外部の人間としてこの家に入ってきた。

 それも、女中の中で唯一三世を追い出すことに反対をした命を連れてだ。

 彼らの目には、復讐の為に戻ってきたようにしか見えなかった。

 その結果――屋敷内に暗雲が立ち込め、息苦しさを覚えるほど空気の重たい状態となった。


「それで――要件は何だ?」

 弥五郎が鋭い視線を向け、三世に尋ねた。

「要件ですか……」

「ああ。この家で現状妖や幽霊騒動は起きていないぞ。――こんな空気だがな」

 弥五郎の言葉が冗談だと気づき、三世ははにかむような軽い微笑みを向けた。

「――主様の事、ご存知なのですね」

 命が笑いながら弥五郎にそう言うと、弥五郎は眉間に皺を寄せ難しい表情を浮かべる。

「む――。それで、どのような用事があった。復讐だとしても、ワシは何も――」

「復讐?」

 弥五郎の言葉に、三世は首を傾げる。

「家を追い出された復讐に来たのではないのか? 両親に同じ事をする程度ならワシも受け入れるぞ」

 それは、次期党首候補よりも無関係である三世を優先するという意味だった。

 しかし、当の三世は首を傾げて困った表情を浮かべていた。

「いえ、それはどうでも良いです。それで……命、今回私の目的って何でしたっけ?」

 その様子に弥五郎は茫然とした表情で三世を見て、三世は困り果て命に尋ね、命は微笑み頷いた。

「はい。今回、主様の目的は三世家の御当主様に認めてもらう為です」

「うむ――だから、何を目的に当主であるワシを認めさせた?」


 当主の客になる為には条件がある。

 条件を満たせば即客として認められる、というわけではないが、この条件程度満たせない者を弥五郎は客として受け入れなかった。

 それはシンプルな条件で、実力である。

 三世家で師範代相当の実力がある者しか弥五郎は客として受け入れなかった。

 今の三世は欠けたものは多いが、それでも得意な部分は師範代としての技量があると弥五郎は認めていた。


 だから当主である弥五郎は三世家の力を借りたいが為に三世がここに訪れたと考えた。

 金か、物か、地位か。

 何かはわからないが、出来る事なら融通してやりたいとも思っていた。

 だが――命はソレを否定した。


「いえ、御当主様ではなく、ただ当主様ご本人。弥五郎様に認めてもらう為主様は訪れました」

「――何かが必要だからではないのか?」

「いいえ全く。金銭は当主様には勝てませんがそこいらよりよほど稼ぎ、取引相手が世界中にいる主様が手に入らない物は少なく、そして主様の為に動く人は千人以上おります。端的に言えば、この家にしてもらうことなど何一つございません」

 命はいつもより声を張り上げ、外で盗み聞きしているであろう者達にも聞こえるようそう言った。

「何も求めない……その言葉は誠か?」

 弥五郎の言葉に、三世は頷いた。

 三世にとっても命にとっても、弥五郎以外にマトモな会話をした者はこの家にいない。

 この家の事など、心の底からどうでも良いことだった。


 その言葉に弥五郎は衝撃を覚えた。

 弥五郎に挑戦する者は三種類に分かれる。


 一つは当主となる為に来る者。

 三世の父親など、自分こそが三世家の当主に相応しいと考える者共が該当する。

 悪人ではないが、正義という建前を妄信し目が曇った連中である。


 二つは何等かの要求を持つ者。

 これは三世家だけでなく外部の人間も該当する。

 当主に認められたなら三世家で働く事も、場合によっては婿入りや養子等で三世の苗字を継ぐことが出来る。

 要するに、金、物、地位に釣られて来る灯篭蛾のようなものだ。


 三つ目は、単純に弥五郎の命を狙う暗殺者だ。

 単純に勝てないから暗殺者に依頼する三世家内部の者、規模の大きな豪族の存在を邪魔と感じる外部の者。

 様々な勢力が弥五郎の暗殺を企てた。

 今現在、弥五郎が平然としていることから、結果は言うまでもない。


 ただ認められたいからで弥五郎に挑んで来た者など、そういない。

 この十年で考えて、今回を合わせたった二人である。


「そうか――。実力は未熟である。精神が軟弱極まりなく、肉体は修練不足……。だが、破門されようと、家を捨てようと……ヤツヒサ、お前はワシの孫だ」

 普段は絶対言わない本心を、弥五郎は三世に伝えた。

 家のしがらみは強く、当主という身分であろうとそれは変わらない。

 それでも、認められようと手を伸ばす存在を、弥五郎が認めないわけがなかった。

 そもそも――弥五郎は三世の事を、ずっと心配していた。

 いつか困って帰ってくるかもしれないと考え、一日三回散歩と称して正門前を通る程度は……。

「――ありがとうございます」

 三世は他に言葉が出てこず、何かを堪えるようにそっと頭を下げた。


 家から追放する話が出た時、弥五郎は酷く悩み苦しんだ。

 いっその事、自分が養子として引き取ろうかと考えたこともあるくらいだ。

 しかし、自分は命を狙われ続ける身であり、また三世家のしがらみに最も囚われている。

 そんな自分に引き取られても幸せになどなれるはずがないだろう。


 弥五郎は追放の話を否定しなかった。

 しようと思えば当主命令で無しに出来た。

 何故ならば、この家を出た方が幸せになれると知っているからだ。

 しかし、肯定もしなかった。

 ――祖父であるワシが、何も悪い事をしていない孫を追放する?

 そんな悲しい事、出来るわけがなかった。

 弥五郎は嬉々として追放宣言を行う三世の両親――自分の息子夫婦を見て、酷く悲しく思い、同時に情けなくなった。

 己が正義であると疑うことなく信じている連中が、弥五郎には酷く醜悪な存在であるように見えた。


 三世の追放が決まった時、弥五郎が出来る事は一つだけだった。

 とある少女とした約束。

 女中の命を三世の追放に付き従えることである。

 女中達は当然、命を狙っている男達も加わり大勢が反対した。

 それだけ命が屋敷内で認められていたという証左だった。

 どれだけ強い反対の声があっても、三世の元に送り出すという決定を、弥五郎は頑なに変えなかった。

 それが、自分の認めた命という少女との約束だったからだ。




「こんな嫌な地を踏ませたのだ。詫びと、孫への贈り物としてコレをやろう。無銘の為価値があるわけではないが、そう悪い物でもない」

 そう言いながら弥五郎は奥から刀袋を持ってきた。

 弥五郎が袋から取り出すと、鮮やかな蒼の鞘に包まれた打刀が姿を現す。

「やる」

 弥五郎はぶっきらぼうにそう言い、三世に刀を手渡した。

 ずしんとした、確かな鉄の重みを感じながら、三世はその刀をそっと受け取った。


 黒かかった蒼色の装飾がされた鞘。

 切羽(せっぱ)と柄に巻かれた鮫革は漆黒に輝き、形の揃ったひし形の目釘部分からは暗めの白色が見えていた。

 その鮮やかな装飾の美しさは、大切に手入れされているだけでなく、真新しい物という証拠でもあった。

 刀身を見ないと詳しい事はわからないが、打刀の形状から近代の物だろうと三世は予想した。

「抜いても?」

 三世の質問に、弥五郎は頷く。

 刀を振るうほどの実力はない三世。

 しかし、それでも刀の美しさくらいは理解していた。

 三世は少年の様なわくわくする気持ちを抑え、そっと鯉口を切り抜刀した。

 その刀は予想通り美しい刀身をしていて――前言撤回。予想と違い、実直で美しい刀身に三世は固まった。

 予想通り近代の物らしく、まるで機械が作ったと思われるほどムラの少ない刃。

 反対に、刃とは打って変わって刃文は統一性がなく、不思議で不規則な模様を描いていた。

 確かにこの刀はとても新しい。

 しかし、三世はこの刀に似た刀を以前に、見たことがあった。


「あの、御当主様。この刀、刃先以外にも焼き入れが施されていますね?」

「ああ。皆焼刃ひたつらばと呼ぶものだな。知っているだろう」

「ええ。知っています。あの、御当主様。この刀にとても良く似た刀を知っているのですが……」

「ああ。刀など所詮人斬りの道具よ。似ることもあるだろう。ワシもある刀に良く似ていると思っているがな」

『無銘という事になっておる』

 弥五郎の言葉を思い出し、三世は苦笑した。

「これ、本当に無銘ですか」

「ああ。間違いなく無銘だ。タナゴ腹で箱乱れ、実直な剛剣で使い勝手が良い()()()名刀に良く似たな」

 その言葉を発する弥五郎の表情は、意地悪な笑みを浮かべていた。




 三世は家に帰り、刀を掛け台に飾った。

『子孫か誰かわからんし、何故こんな事をしたのかも知らん。ただ、それは間違いなく無銘だ』

 そう言われはしても、あまりに似すぎている為三世は難しい表情を浮かべながら鞘に包まれた刀を眺めた。

「主様、結局その刀は何なのでしょうか? 御当主様の選別というので悪いものではないと思うのですが」

 命言葉に三世は首を傾げた。

「あれ? 家にいた時に刀について習わなかった?」

 三世家は武術の家である。

 その教えは当然、真剣の扱いも入っている。

 それはばらし方を含めた手入れの方法から、刀の識別まで含まれた。

「いえ、私ら女中は長物の方向なので」

「なるほど、それなら知らないのも仕方ないですね」

 そう言いながら、三世は刀を掴み、そっと鞘から抜いた。

「どう見えますか?」

 三世の質問に、命と、ついでに月華がひょこと奥から顔を出し刀身を眺めた。

「非常に素晴らしい作りに見えます」

 命がそう答え、

「派手やかさがない代わりにとても良く切れそうです」

 そう月華が答えた。


 鞘や柄と違い、刀身は実直で地味と言えるだろう。

 例えるなら、豪華さを捨てた量産品である。

 ただし、その実用性は最高峰にまで高められていた。

 量産品のような実直さで、切れ味や使い勝手は天下一品。

 だからこそ、三世にはその刀の在り方が非常に美しく映っていた。


「妖刀、と言えば何を思い浮かべますか?」

 月華は『難しい事言われても、うち猫やし』の精神でその場を立ち去った。

 命は少し考えた後、一番有名な刀の名前を出した。

「村正ですね。……あ、まさか……」

「うん。この打刀。無銘なのですが、間違いなく村正系列です。村正系列に見らえる皆焼刃ひたつらばに似ている、というか酷似しています」

 酷似という言葉すら生ぬるい。

 ほとんどコピーと言っても良いほど、その刀は村正と似ていた。

 と言っても、銘に村正と入って博物館に寄贈された刀に似ているだけで、どの村正が作ったかはわかっていない物である。

 村正という銘を持った刀を作る職人は、十や二十では利かないほど数がいた。

「妖刀って……大丈夫なのですか?」

 命の心配に三世は微笑んだ。

「ええ。妖刀指定したのは江戸幕府なのですが、どうして妖刀指定したのかわかりますか?」

 命は首を横に振った。

「では、ちょっとした授業を行いましょう」

 三世は刀を仕舞い、台に飾ってちゃぶ台の上に白紙とペンを用紙した。


 江戸幕府を開いた徳川家康は村正を『幕府に仇なす妖刀』と認定した。

 その理由は幾つかあるが、一番の理由は多くの近親者が命を絶たれているからだ。

 祖父、父、嫡男が村正の手にかかり命を落とした。

 しかも、全員戦と関係なしにだ。

 その上本人の家康も、幼少時に村正の短刀で怪我をした為、家康は本気で妖刀であると信じていた。


 では、これが妖刀の呪いの所為なのかと言うと、その可能性は極めて低い。

 何故近親者三名も亡くなるという悲劇の偶然が続いたのかというと、単純に村正が普及していただけである。

 実直な作りで、丈夫な剛剣である村正は非常に実戦に適しており、多くの武士は村正を探し求めた。

 使い手が多かったがために、このような偶然が続き、呪いと呼ばれるに至ったのだ。

 それが今の時代から見る村正が妖刀と呼ばれる所以である。

 

 そして後世になると、幕府を憎む妖刀という立場から討幕派に好まれて集められ、妖刀伝説は更に広まっていった。


「と言っても、村正っぽいだけでこれは無銘ですけどね。あまりに真に迫っているので、名づけるなら『無銘村正』ですかね」

「なるほど。では、何故御当主様は主様にこれをお譲りしたのでしょうかね」

 命の質問に三世は考え込む。

「んー。物は良いけど無銘な上に、妖刀問題のある村正に似ているから立場ある人にも譲れず、扱いに困っていたとかじゃないですか? 私でしたら外部の人間ですし」

 そう言って三世は苦笑した。


 ――本当にそれだけでしょうか。

 命は小さな疑問を抱えた。

 口にはあまり言わないが、三世の事を弥五郎は相当可愛く思っている。

 外部の人間だからという理由で選ぶ刀を変えたとはとても思えない。

 命は、無銘と呼ばれているその刀に、弥五郎の家族としての深い情が込められているよう感じた。



ありがとうございました。


まるっきり全てが嘘というわけではないですが、これが真実とは限らないというか明らかに誤魔化した部分も多くございますので話半分にしてください。




あれ?違うぞ?と思った刀剣に詳しい方は、私の世界ではこうなんだと思い込んでおいてください。

そして詳しい方はこっそり間違っている部分を教えて下されば嬉しいです。



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