猫神社3
十字路でテンションの高い幽霊が神になると叫んでいる中、三世は一つ気になることを思い出し幽霊に尋ねた。
「ところで、結局あなたの名前は何というのでしょうか?」
幽霊は少し考える仕草をした後、人差し指を口元に持ってきてウィンクをした。
「ん? んー。な・い・しょ。というか、新しい名前が欲しいかな?」
彼女の斜め上の返しに三世は言葉を失った。
「え? いえ、名前を言わないのはまだしもなぜ新しい名前ですか?」
そんな三世の様子に、彼女は楽しそうに微笑み答えた。
「えっとね。理由は三つあるけど、一番はこれから新しい生き方……生きてないから死に方? が始まる訳だからさ。やっぱり心機一転したいなと」
「……良くわかりませんが言いたいことはわかります。他の理由は?」
「二つ目はせっかく神社に祀られるんだからそれっぽい名前にしたいなって。生前の名前で敬われるのって何となく嫌だし」
「なるほど。確かに」
最悪の場合は自分の本名のまま祀られるだろう。それは確かに嫌だ。
彼女の言いたいことはわかる。
ただ、それで名前を捨てるというのは惜しい気もすると三世は考えた。
想像に過ぎないが、家族と縁切りも含めているのだろう。
もう自分がいなくても家族は大丈夫だ。
だから名前を捨てて残った息子、娘達との縁を切り彼らを独り立ちさせたい。
そういう意図があると三世は推測した。
軽い口調ではあるが、彼女は愛が深い人物なのは間違いないからだ。
「最後三つ目、どうやら生前の名前があるとこの場所に縛られるっぽいのよねー」
「ああ。地縛霊となっているからですか……。それは確かに名前を変える必要がありますね」
「一応神社の神様にはなれるしそっちに移動することも出来るわ。ただ、この場所との縁は切った方が無難かなと思いまして」
「ええ。その意見はもっともです」
三世が同意したのを確信した後、彼女は三世に微笑みかけた。
「と、言うわけで名前ちょうだい!」
「は?」
そう来るとは思っておらず、三世は間抜け面を彼女に向けた。
命と月華も三世を注目し、彼女の新しい名前の誕生を楽しみにし期待の眼差しをこちらに向けていた。
「というわけでぇ! 神様になりに来ましたみゃー子です! あ、面接とかある?」
神社の縁側でゴロゴロしているみゃーに向かって美弥子は元気よく手をあげ叫んだ。
猫神様ことみゃーは唐突な事態に飲み込めず、煙管をぽろっと落とし茫然とした表情で美弥子を見ていた。
「それで、美弥子さんは神様候補として大丈夫でしょうか?」
三世の質問に、みゃーは困った表情を浮かべた。
「ううむ。問題はないにゃ。問題はにゃいんだけど……」
そう言いながら困っているみゃーを、美弥子は抱きかかえて撫でまわしていた。
「うりうり。この首当たりがええやろー」
「おおぅ。なかなかにテクニシャン……ごろごろ……って止めるにゃ! 真面目な話の最中にゃ!」
みゃーは叫んだ後ぴょんと跳んで美弥子から離れた。
美弥子はみゃーの方を恨めしそうに見た後、唇を尖らせて拗ねたような表情を浮かべた。
「んー。力もあるし善性の性格のようだし、文句なしだにゃ! こんなに早く見つかるとは思ってなかったから本当に嬉しいにゃ。ありがとうだにゃ」
元々寝ているのかどうかわからない程細い目の為、わかりにくいがおそらく笑っているのだろう。
みゃーはヒゲをピコピコと動かしながらはしゃいでいる。
「それで、この後はどうしたら良いのですか? すぐ美弥子さんに神様の座を譲るのですか?」
「さすがにそこまで無責任じゃないにゃ。ある程度指導して教えて、神様になった後も大丈夫だって思えるようになるまではここに残るにゃ。……先はにゃがそうだけど」
みゃーは冷たい目で美弥子を見つめ、美弥子は縁側からちょいちょいとみゃーを手招きしていた。
口ではしょうがなさそうにしているみゃーだが、美弥子の事は気に入ったらしくみゃーの嬉しそうな様子が三世にも伝わってくる。
――これなら大丈夫そうですね。
三世は神様と神様候補に微笑み、一礼して神社を後にした――。
帰宅し長屋の部屋に戻ると部屋の中央に見覚えのない宝箱が置かれていた。
元からそこにあったかのように部屋の中央の丸机の上にある大きな西洋風の宝箱。
金細工の加工が施され、宝石のちりばめられた豪勢な作りになっており、この世界のイメージにそぐわない。
そして、当然身に覚えがない。
「これ、誰か知ってる人いますか?」
「いいえ。知りませんね」
箱に指を差す三世に月華は首を横に振って答え首を傾げた。
「あの……そこに何かあるのでしょうか? もうしわけないですが何もあるようには……」
命の言葉を聞き、三世はランプを点けるがそれでも命は首を横に振った。
つまり、これはあちらの世界から来た人しか見えない宝箱らしい。
そうなると準備したのは塔の管理者である魔王なのだろう。
ゲームのように考えるなら、猫神社の問題を解決したご褒美と考えて良い……のだろうか。
「……とりあえず開けてみましょうか?」
月華が頷いたのを確認して、三世は宝箱に手を伸ばした。
そしてその木製の宝箱を開け――中には何も入っていないのを確認した。
それと同時に、三世の頭に変化が生じた。
大量の何かが頭に入ってくるような感覚、頭を圧迫するような不快感と同時に、立てなくなるほどの眩暈に三世は襲われ意識が朦朧とした。
どさっ。
何かが倒れた音が聞こえた。どうやら月華らしい。命が何か叫んでいるような様子をしているが、今の三世には何も聞こえなかった。
――ああ、これ熱中症の症状に良く似てますね。
そんな事を考えながら、三世は月華と仲良く意識を手放した。
目を覚まして最初に気づいたのはおでこにひんやりした気持ちの良い感覚。
濡れた手ぬぐいが置かれており、目の前には安堵の声をあげる命の姿があった。
「ああよかった。目を覚まされましたね」
「うん――心配かけてごめん」
そう言いながら三世は手ぬぐいを取って体を起こした。
既に月華は目を覚ましていたらしく、三世の横で別の布団に入ったまま、上体を起こし三世と同じような恰好をしていた。
ただ、月華の様子はどうにもおかしい。
疑問符が頭の上にぐるぐると回っているような表情を浮かべたまま上の方を見ながら硬直し、偶に動く時に首を傾げるだけで後は姿勢を崩さない。
同じ理由で倒れた三世は、月華が困惑している理由がわかっている。
宝箱の所為であり、宝箱に入っていたのは情報だったからだ。
『意図的に情報が制限されていた』ことが、宝箱を開けたことに、三世は知ることが出来た。
その制限された情報は膨大で、処理に耐えきれず自分達は倒れたのだろう。
そして月華が困惑しているのは、元の情報、つまりシャルトとして暮らしていた世界では想像もできないような情報だったからだ。
間違いなく、塔からこの世界に入った人は皆同じように困惑するだろう。
考えてみたら当たり前のことだ――日本で馬車が主流だったことなど一度もない。
主流となる移動手段は、昔は牛車で次は人力車、そしてその次は車である。
長い間馬車も愛されているのだが、日本での馬車移動は相性が悪く、馬車の数は多くない。
つまり、今まで意図的に車の情報が隠されていたのだ。
三世は起きてから丸机の上に紙とペンを取り出し、月華と命を交えて相談を始めた。
「とりあえず、今まで私達が制限されていた情報を纏めます。月華はわからない箇所があれば尋ねてくださいね」
「はい。なんというか、色々凄すぎて何がわからないかわかりませんが」
「私からしたらカエデさんみたいな馬の方が凄いと感じますけどね。それじゃあ、まとめて行きます。まずは隠されていた交通手段についてですね」
そう言いながら三世は紙にペンを走らせる。
この時代、部分的にはあるが既に電化が進んでいる。
近隣の町には無いが路面電車が走っている町も存在する。
三世の商会のある港町には帝都に繋がっている蒸気機関車が存在する。
月華が一番混乱したのはこの蒸気機関車だろう。
こんな大きな鉄の乗り物があるなんて想像すらしていなかったはずだ。
続いて車についてだ。
屋根もない古臭い形のクラシックスタイルではあるが、それでも既に車は普及している。
庶民の間にはまだ広まっていないが、けっこうな数が輸入されており、ついでに言えば三世の商会も輸入して売っている。
何度も走っている姿を見ているし、車が通ることを目標とした道路作りも進んでいる。
今考えたら何故気づかなかったのかというくらい車は身近に存在していた。
続いて、この町、隣町、港町を周回するバスが出ている。
といっても、やはりクラシックスタイルであり、屋根もない窮屈で不安定な形状をしているバス。
現代から言ったらバスと呼べない程度の物だが、それでも大勢乗ることが出来巡回しているのだ。
ただし、この時代の車には問題が多い。
例えば、専用車道がなく法整備に進んでいない為、車道の真ん中を人が当然の様に歩いている。
他にも、しっかりと整備された道以外車は通ることが出来ず、まだまだ車の通れない箇所が多くあり人力車に頼らざるを得ない状況だ。
「……命にはどう見えていました? 車や鉄道は」
三世の質問に、命は難しい顔を浮かべる。
「言われたら、ああそう言えばありましたねって感じです。今まで意識したことがなかったですね。何故でしょうか」
つまり、こちらから話しかけないと命も意識できないよう、情報が規制されていたのだろう。
「それじゃあ、次の情報を書き出しますね」
そう言いながら三世はペンを走らせた。
三世が新しく知った情報は三種類あり、次が二つ目――次の情報は町についてだ。
情報が解禁されるまでは意識すら出来なかったことだが、当然町には名前がある。
まず、この町の名前は一ノ瀬町。
最初の町だからこの名前なのだろう。
続いて、港町の名前は立水町。
貿易業が盛んで町の規模はかなり大きい。
港だから水なのだろうか。
最後に泡沫の町。
月華の絵描きが住んでいた町だ。
名前から考えると、何か泡となり消えるような儚いものでもあるのだろう。
「つまり次に向かうべき場所は直通で行けるようになった帝都か、泡沫の町ということでしょうか?」
月華の質問に、三世は首を横に振った。
「いえ、もう一つあります」
この情報は月華には解禁されなかったのだろう。
そう言いながら三世は、最後非常に不快そうな表情で、紙に二文字の漢字を書いた。
『実家』
三つ目、最後に解禁された情報は、三世を捨てた実家の住所だった。
ありがとうございました。




