妖騒動2-後編-名前を言われなかった幽霊
女性の霊と出会った日から一週間が経過した。
その間に情報は一切見つからず、八百万商会に協力を求めても何の成果も得られなかった。
この一週間したことと言えば、二、三日に一回女性に会いに行ったくらいだ。
それでも、彼女は嬉しそうにしていた。
「というわけで、すいませんがまだ時間がかかりそうです」
三世の言葉に、彼女が手を横に振った。
「良いよ良いよ急がなくて。こうやってこまめに会いに来てくれるだけで幸せですよわたくし。恋っぽいこと出来たらもっと幸せなん――」
「間に合ってます」
いつものように三世の前に立ち妨害する月華。
それを見て女性は少し拗ねた表情を浮かべた後、月華と共に微笑んだ。
もはやお決まりのコミュニケーションのようになっていた。
「にしても、こんな頻繁に馬車に乗って遊びに来れるなんて……三世さんってお金持ちなのねぇ。私はどうだったかな……。うーん。苦労したような気がするけど、苦しんだ記憶はあんまりないからボチボチだったみたい」
「うーん。何かもう少し情報があれば良いのですが……」
「この辺りで死んだ人は?」
彼女の言葉に三世は資料を取り出し読んだ
「二十年くらい遡って、この辺りで亡くなった女性は五十人以上いました。そのうち未婚の女性は三十八人です。詳しい情報は警察の方にしかないのでこの程度しか掴めませんでしたね」
「いや、それだけわかるだけでも凄いでしょ」
「ええ。うちの副社長は万能型天才人間ですので」
そう三世が誇らしそうに言うと、女性は三世を見て噴出した。
「ふふ。自分の事は適当なのに他人の成果は誇れるのね。良い人ねぇ。んでさ、どっちの子が本命なの?」
女性はニヤニヤした表情で命と月華を見比べ、三世に尋ねた。
三世は慌て、命は顔を赤く染め、月華は慣れてるのか微笑み返した。
「第一本命も第二本命もここにいませんね。第三を私と命で取り合っています」
月華の言葉に、女性は目をぱちぱちさせ、冗談を思ったらしく全力で笑った。
「まあ、女性の敵ですこと」
大笑いする女性の前で、三世はこっそりと冷や汗を流して誤魔化し笑いを浮かべた。
女性の泣き声が消えて一週間。
まだそれだけしかたっておらず、未だこの十字路付近の人通りは少ない。
それでも、未だ悪評は消えず、悪い噂は一人歩きしている為この辺りを通る人は本当に少ない。
だから三世は女性の幽霊にあった帰り道に、大人しそうな青年と、青年に偉そうにしている上司らしき中年の男の二人組を見かけ珍しさを感じた。
「そういえば、この辺りでしたね」
青年がそう呟くと、上司が青年に尋ねた。
「ん? 何がだ?」
「あ、はい。昔僕はこの辺りで通り魔に襲われたんですよ」
「うわっ。随分と怖い思いしたんだな。まあ無事だったということは何ともなかったんだろ?」
「いえ……僕と姉は無事でしたが……。母が守ってくれたんです。――命をかけて」
「そうか……。立派な母だったんだな」
「はい。自慢の母です」
そんな二人の会話を三世が聞き、傍に寄り二人組に話しかけた。
「今の会話。よろしければ詳しく尋ねてもよろしいでしょうか?」
そんな三世に怪訝な目を向ける上司。
そして三世の後ろにいる命と月華を見て、驚いた様子で三世を指差した。
「うわっ! 噂の奴だ! 悪鬼外道を調伏する、陰陽師の生まれ変わりの男!」
どうやら、三世についての噂は手が付けられないほど尾ひれがついているらしい。
上司らしき男に、三世は必死に説得した。
陰陽師でもないし調伏もしていない。
ただ幽霊や妖怪の声が聞こえるだけである。
それも、猫神社から道具を授かったから聞こえるだけであると。
それだけ説明すると上司も納得したらしく、頷きながら三世に握手を求め、そして青年を置いて去っていった。
三世はこれで誤解が解けたと一安心する。
命は気づいていた。
陰陽師の噂の次は神社の使いが神の力で妖を大人しくしているという噂が広まるだけだというとを――。
三世は青年と話し合う場所を探したが、この辺りは本当に何もない住宅街で、近くに休める店は一軒たりとも見当たらない。
だから三世は馬車に乗って馴染みの店に向かった。
馴染みの店――神宮寺に着いた三世は個室を借りて白玉の甘味を四人分、適当に注文した。
「さて、当然ですがお帰りは馬車を用意しますので安心してください。申し遅れました。私の名前は三世八久と申します」
三世の名乗りに、お茶を飲みながら緊張した様子の青年は慌てながら頭を下げた。
「あ。僕の名前は香坂晴喜と言います。それで、母の話を聞きたいということでしたがよろしいでしょうか?」
晴喜の言葉に三世は頷いた。
「ええ。関係ないかもしれませんが、あの周辺の女性の亡くなった事件を調べてまして。もしかしたらということもありますので」
「わかりました。私としても、尊敬する母の事を話せるのは嬉しいことですので喜んで。そうですね……、こないだ七回忌でしたので、もう七年ほど前の話になります。僕が十三の頃……」
今でも鮮明に覚えているらしく、晴喜は当時の事を目を瞑り話し出した。
七年前、母と姉と自分の三人であの通路を歩いている時、突然通り魔に襲われた。
通り魔は刃物を振りかざし、姉を切りつけた。
その瞬間――母は通り魔に体当たりしてしがみついた。
『二人共! 早く逃げなさい!』
母の叫び声が響くが、自分はどうしたら良いかわからずはおろおろとし、姉も腕から流れる大量の出血と痛みに戸惑いその場でただ泣いていた。
『慌てる暇があれば足を動かせ! 泣いている暇があるなら走り出せ!』
男である通り魔に掴みながらの母の驚くほど大きな叫び声で姉と自分は我に返り、姉を支えながらその場を全力で立ち去った。
そこからは良く覚えていない。
姉は病院に運ばれ、自分が母の事を警察に伝えたことだけは何となく覚えている。
そして自分達姉弟が次に母に会えたのは、棺桶の中に入った姿だった。
警察の人から母の壮絶な最後を聞かされた。
母は刃物でめった刺しにされ、絶命しても手を離さなかったそうだ。
警察が発見するまで一時間以上あったがはずだが、その間ずっと掴んだまま手を離さず、警察が引き離そうとしてもなかなか離さなかったくらいだ。
母が掴んでいた通り魔の腕は複雑骨折を起こしており、肩は内出血で真っ青になってきつく歯形が残されていた。
その為警察からあなたの母は金太郎か何かの生まれ変わりかと尋ねられた。
「なるほど。金太郎というよりは、鬼子母神の力が宿っていたのかもしれませんね」
普通の女性である人が子供を守る為に大男以上の力を引き出す。
まさに鬼子母神の如くである。
「そうですね。立派は母でした。今頃は仏様になっているかと思いましたが……あなたが尋ねたということは、母は成仏せずにこの世にいるということですね?」
晴喜がそう尋ねると、三世は首を横に振った。
「いいえ。私の探している人とは別人のようです。その人は未婚と言ってましたので」
そう言いながら三世は女性の幽霊から聞いたことを話すと、晴喜は確信し頷いた。
「間違いなく母です。私達姉妹は捨て子だったんですよ」
晴喜の言葉で三世は勘違いに気づいた。
未婚であると言っていたが子供がいないとは彼女は言っていなかったからだ。
「なるほど。……では確認の為に会ってみますか?」
三世の質問に晴喜はしっかりと頷いた。
「はい! ですが、明日でよろしいでしょうか? 母に見せたいものがありまして」
晴喜の言葉に三世は頷き、晴喜を馬車で実家に帰した。
翌日、十字路に向かう馬車には三世、命、月華の他にもう一人、晴喜が乗っていた。
そわそわしたような、暗い表情のような晴喜に、三世は声をかけることが出来なかった。
そんな暗い雰囲気は伝染し、重たい雰囲気のまま十字路に着き三世はランプを点した。
「やあやあ昨日ぶり。二日連続なんて珍しいね。もしかして私の魅力に気づい――何だか空気が重いわね?」
ケラケラ笑いながら冗談を言った後、こちらの暗い様子を不思議に思い彼女は首を傾げた。
その後、晴喜が一歩前に出て彼女がその姿を確認すると、女性は鬼のような形相を浮かべ晴喜の肩を掴んだ。
「晴喜! 無事だったんだね! 蓮子は!? 蓮子は無事だったのかい!?」
晴喜の顔を見た瞬間に、彼女は大切な物を思い出したらしい。
肩を揺さぶながら、母親は尋問するように晴喜に尋ねた。
「ちょ、ま、まって……母さん。落ち着いて」
「まあ! 初めて母さんって呼んでくれたね嬉しいよ! でも落ち着けないよ!娘は、蓮子はどうだったんだい!?」
がくがくと何度も晴喜を揺すり、若干目を回しつつある晴喜。
そんな状況の中、一人の女性がこちらに歩いて来た――子供を連れて。
「……凄く若いけど……確かに母さんだ……」
歩いてきた女性はぽつりとそう呟き、その声に幽霊の女性は反応し、涙を流した。
「蓮子……無事だったんだね……ああ、良かった――」
「うん、お母さんのおかげで無事だったよ。助けてくれてありがとう。おかげで、ほら! 私、娘が生まれたの」
そう言いながら蓮子と呼ばれた女性は母に自分の子供を見せるよう抱いて持ち上げた。
「こんにちは!」
小さな子供の声に幽霊の母親は何も答えられず泣き出し、蓮子も釣られて泣き出した。
五分ほど経過した後、皆が落ち着いたタイミングで蓮子は暗い表情で呟いた。
「お母さん。私の所為で死んじゃってごめんなさい。結婚も、楽しみも、全て私達姉弟が奪ってしまいました」
その蓮子の言葉に合わせ、晴喜も顔を曇らせる。が、母親はそれを鼻で笑った。
「はっ。子供二人を育てる楽しみがあったんだよ。十分に良い人生だったさ」
その母親の声の後、今度は晴喜は申し訳なさそうに謝罪を始めた。
「ごめんなさい。最後までお母さんって呼べなくて。血が繋がっていないから、いつか捨てられると思って……」
その声の主に、母親はぽんぽんと頭を叩いた。
「良いんだよ。まっすぐ元気に育ってくれた。それだけで十分だよ。お前たち、よく頑張ったね。それに、今『お母さん』って呼んでくれてるだろ? 十分さ。もう未練がないくらいにね――」
しみじみと呟くその母親の声に、別れの時間が近いことを全員が理解した。
「それで晴喜! あんたはどうなのさ!? 蓮子は結婚したみたいだけど、あんたもう二十でしょ!? 良い相手とかいないのか?」
母親特有のせっつきに晴喜はおろおろとして困り果て、それを見て蓮子がニヤニヤと笑った。
「大丈夫よ母さん。今晴喜と良い感じになってる子がいるから」
「ちょ!? なんで姉さんが知ってるの!?」
慌てる晴喜に、母親はニヤニヤとした表情を浮かべ晴喜を見つめる。
「ほーん。遅いけど、まあ許してやろう。ヘタレでビビりの割にがんばってるみたいだし」
母親の言葉に、晴喜は苦笑して頷いた。
「うん。結婚出来たら良いなと思うけど、まだわからないや。もし結婚することになったら報告するよ。――お墓に」
晴喜もわかっている。母とは今日が最後で、もう会う事がないということを。
「ああ。じゃあそろそろ私は消えるね。あんた達はあんまり早くこっちに来るんじゃないよ。早く来たら追い出してやるから!」
母親の言葉に、二人の子供は泣きながら頷いた。
「三世さんに命ちゃん月華ちゃん。色々ありがとうね。お礼を言うことしか出来ないけど、本当にありがとう」
「いえ。心残りが消えたなら何よりです」
「じゃあ、皆――元気で――」
それだけ言って、幽霊は姿を消した。
後に残された静寂の中、二人のすすり泣く声だけが響いた。
「とても綺麗なお別れで、晴喜さんも蓮子さんも皆最後は笑いながらお別れが出来ました。素晴らしい家族愛を見れて私は本当に、本心から感激してました。それで、何でまだいるんですか?」
次の日、何となく、後に何か残っていないか。また終わったことを周囲の人に報告しないとと考え、三世達が十字路に向かうと同じ場所でのの字を書いて泣く幽霊の女性がいた。
三世は呆れ顔を浮かべながら彼女に尋ねた。
「だって、何だか消えられなかったんですよ……」
そう彼女は呟いた。
「それで、後残った未練って何でしょうか?」
尋ねる命に、女性は人差し指同士を合わせながら気まずそうに呟いた。
「私……。まだ未婚……。せっかく子供も手が離れたし、恋っぽいことしたいなって……」
「……私からは何も言えません」
三世は溜息を吐いた。
ただ、会えなくなることを少し寂しいと思っていたので、別に嫌というわけではなかった。
「そういうことなら、頼み事はしない方が良いですね」
三世の言葉に、彼女は首を傾げ尋ねた。
「頼み事って?」
「実は今、神社の神様を探しているんです」
三世は詳しい事情を彼女に話し、女性はキラキラと瞳を輝かせた。
「何それ楽しそう、猫に囲まれて神様やって! そしてあわよくば礼拝客か他の神様と恋っぽいことをする! これだ!」
「えぇー……」
自由すぎる彼女に、三世は何も言う事が出来なかった。
ありがとうございました。




