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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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妖騒動1

 

「危険のないあやふやな怪現象が十件、事故多発等多少危ない事件が五件、幽霊騒動が二十件、最後に祟りと恐れられている事件が三件となります。詳しくはこちらの資料に」

 そう言いながらビリーは、長屋の前で三世に分厚い資料の束を手渡す。

 異常なほど分厚い資料が用意されたのは、三世が頼んで三日しか経っていない朝の事だった。

「随分と早いですね。ありがとうございます。皆に十分な()をしておいてください」

 三世の言葉に、ビリーは丁寧な姿勢で深く頭を下げた。


 三世の言う()とは要するに現金の事だ。

 頑張ってくれた人に報酬を与えるのは当たり前のことである。

 一方ビリーの中で()とは文字通りただのお礼のことである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 社員にとってそれは、金銭よりも遥かに高い価値のある物だからだ。

「はい。成果を残した者には社長から礼があったことを確かに伝えさせていただきます」

 ビリーのニュアンスが何か違うような気がしたが、三世は気にせず頷いた。


「――いえ主様。ここで明確に報酬を決めておきましょう」

 三世とビリー、お互いの考えが違う事を理解出来てしまう命が二人の間に入った。

 色々な意味で会社絡みにはかかわりたくない命だが、報酬がお礼の言葉だけだと知った三世が、後から落ち込むのは目に見えているからだ。

「――そうですね。参加者全員に十円、成果を残した人には更に百円。あとは当然残業代もお願いします。深夜残業があれば深夜の割り増しも加えて」

 三世の言葉にビリーは一瞬だけ驚き――すぐに元の表情に戻して頷いた。

「了解しました。それで……この計画は継続なさいますか?ここで一旦終えますか?」

「継続でお願いします。それと――そうですね……。命、ついでに何かやる気の出るような報酬って無いかな?」

 ――これ以上やる気にさせるのでありますか……。

 命は三世に恐れおののいた。

「うーん。ちょっとこれ以上は……。すいませんが私には思い当たりません」

 というよりも、これ以上やる気にさせる必要が思いつかなかった。

「――僭越ながら社長。社員のモチベーションを高める報酬に一つ心当たりが……」

 そんなビリーの言葉に三世がぴくっと反応した。

「ほう。教えていただけますか?」

「はい。今回の計画で社長のお眼鏡に叶った者達と社長との食事の場を用意して頂けたら、間違いなく社員皆張り切るでしょう」

 そんな提案に三世が難しい表情を浮かべ、命がしかめっ面を見せた。

「――会食ということですか……。それって喜びますか?私だったら、上司との食事を用意されたとしても、緊張するし気を使うしで嬉しくないのですが……」

「間違いなく! 喜びます」

 ビリーの断言に三世は悩みつつも、その意見を取り入れた。

「わかりました。では終わった後にビリーの選ぶ上位十名くらいの会食を開きましょう。拒否権があることをしっかり明記してくださいね」

「拒否する者などおりませんが、了解しました」

 ビリーは嬉しそうに頭を下げた。




 三世は資料の中に一件、気になった事件を見つけた。

 事件の内容は祟りについて。

 建設中に突然巨大な獣の頭が地面から生えてきた。

 威嚇し襲ってくる頭のせいで工事が停滞し、自称霊能力者や力自慢を呼んでみてもどうしようもなかった。

 これを関係者は祟りと受け止め、どうしたものかとこの一月ほど工事が進まずほとほと困っているそうだ。

 

 その中で三世が目を惹かれたのは、内容ではなく、その事件の発生した場所。

 以前散歩中に見かけた工事中のミルクホールこそが、その事件の発生場所だった。


 三世は命と月華を引き連れ、以前のミルクホールに向かった。

「それで主様、まずはどうしましょうか?」

「とりあえず――中に入って良いか尋ねる人を探しましょう」

 命の質問に三世は答え、きょろきょろと周囲を探る。


 映画館が休みだからか、人通りの少ない場所の為あっさりとそれらしき人を発見することが出来た。

 工事関係者らしき作業着を着た中年の男が、一人イライラした様子でミルクホールの外で椅子に座っている。

「なんだが話しかけにくい雰囲気ですね」

 命の言葉に三世は頷く。

「そうですね。ですが他に話せそうな人がいませんし、尋ねましょうか」

 げんなりとしながら三世が作業着の男の方に向かい、命と月華はその後を追った。


「すいません。ちょっと宜しいでしょうか?」

「あん?なんだい兄ちゃん」

「こちらのミルクホールの工事関係者で合ってますか?」

「ああ。俺がここの責任者だ。……ちょいと訳アリで工事が止まってるがな」

 男は自嘲気味に呟いた。

「そうでしたか。あの……とても言いにくいのですが、邪魔にならないようにしますので中に入ってももよろしいでしょうか?」

 その言葉を聞いて、男は不快感を隠そうともせず露わにした。

「……いるんだよなぁ。兄ちゃんみたいな興味本位で邪魔する人間が。ただでさえ納期にせっつかれてるのに……」

 侮蔑の眼差しを向けてくる男の手に、三世はそっと何かを握らせた。

「すいません。ちょっと鼻が悪いようでしたので鼻薬でもいかがでしょうか?」

 三世の言葉に加えてその手に握られた金属特有の重みをもった小さな三角錐の紙の入れ物を見て、男は態度を一変させた。

「ああ。今ちょっと工事が進められないからな。その間位は好きに出入りしてくれ。ただし、しょんべんは漏らさないでくれよ。後が面倒だから」

 ニコニコとした表情でそう告げ、男はどこかに行ってしまった。

 後半の言葉は嫌味ではなく本心からの言葉なのだろう。

 つまり、誰かが先に入って、そして漏らすほど恐ろしい経験をしたということだ。


 三世達は正面入り口からそっと中に入り、店内の様子をうかがった。

 入り口から中を見た限りでは、三世の知っている喫茶店の内装がそのままの形でそこにあり、工事は内装まで完全に終わっているようだった。

 そのままカウンターを越え、三人は店の裏側に回った。

 そこで見たのはさっきまでの様子とは逆に、全く工事の進んでいない有様である。

 薄暗い中で工事の足場を支える鉄柱に囲まれ、床がなくて土が露出しており、明かりの入ってくる窓には枠すらついていない。

 建材が隅に積まれて屋根と壁がある位で、後は建物と呼べるような物は何一つ完成していなかった。


 周囲を探るように三世が数歩ほど歩いてみると、突然ぎぃぃぃとたてつけの悪い戸のような音が聞こえた。

 そして次の瞬間――ぐにゃぐにゃした黒い大きな物体が目の前に現れ獣の顔になった。

 五メートルほどある狼のような顔立ちをした巨大な頭が地面から直接生え、鋭い歯の隙間から涎を流し、ギラリと輝く赤い瞳が獲物を見るような目でこちら側を見つめている。

「オ……オォ。エモ……。ぎぃいい。ぎぃぃぃぃ」

 声にならない声を発する獣の頭。

 どうやらたてつけの悪い戸のような音はこいつの泣き声らしい。

 三世が一歩下がると命と月華が一歩前に出て、三世を庇うように獣の頭と対峙した。

「ご主人様。一応原型は動物らしいですが、どうです?撫でておきますか?」

 月華の軽口に三世は苦笑した。

「頭だけの存在を動物とは認められませんね。胴体が生えてきてから撫でるかどうか考えましょう」

 そう軽口を叩きながら、獣の頭の動きに三人は注目した。

 頭だけの妖と会うのは初めてで、何をしてくるのか予想もできない。

 その為、相手の動きを確認してからこちらも動こうと考えた。

 そう考えながら対峙しているが、涎を流しながらこちらを見るだけで、早々動こうとはしない。

 あちらもこちらの動きを見てから行動を決めるらしい。

 どうやら頭だけのこの獣は相当な知恵があるらしい。


 お互いの隙を伺うような時間が数分流れた。

 そこで三世は違和感を覚えるが、油断する事もなく対峙し続けた。

 そして更に十分ほど経過し、違和感が確かな形となる。

 この十数分の間、獣の頭はこちらに襲い掛かる気配を出しつつも、一度も襲い掛かってこなかった。

 というよりも、獣の頭は全くその場を動いていない。

 三世は自分が考えすぎであることに、ようやく気が付いた。




 命は獣の頭から少し離れた場所にシートを広げ、事前に用意したおにぎりを二人に配ってシートの上で休憩を始めた。

 その間獣の頭はこちらを見て涎を流しているだけだった。

「なんかこうしていると、待てをしている犬の前にいるような気分になりますね」

 もぐもぐとおにぎりを食べている三世に、命が微笑んだ。

「でしたらおにぎりを上げてみますか?」

「もったいないので遠慮します」

 三世がおにぎりを頬張るのを見て、命は嬉しそうに笑った。

月華は自分が空気になっていることを自覚しつつ、まあいいやという気持ちで二人の方を見ながらおにぎりを食べていた。


 獣の頭が動かない。その理由として考えられる可能性は二つある。

 一つは、守るものが奥にあり、こちらから奥に向かわないと襲い掛かってこない場合。

 しかし、この可能性は低いと三世は考えていた。

 三世は魔法のランプを取り出し、スイッチを入れて明かりと灯す。

 その瞬間、獣の頭は最初からそこには何もなかったかのように消えさった。

 三世の考えは的中した。

 もう一つの可能性、それは人を脅かす為に妖が化かしていた場合だった。

 予想と違うのは、元の姿が現れないことだ。

 どうやら化けていたわけではなく、遠隔操作の幻影か何かだったらしい。

「なるほど。化けた場合だけでなく幻影でも消すのですね。本当これ便利ですね」

 三世はランプの方を見てそう呟いた後、周囲の探索を始めた。

 きょろきょろと今回の事件の犯人を捜していると――命が小さな悲鳴をあげた。

 三世は慌てて命の方を振り向く。

「どうしました?」

「あ、いえすいません。鼠が見えましてつい……」

 そう言いながら命の指差す方向に、震えて怯えている小さな鼠がいた。

 少しお腹が膨れている小さな鼠。だが、この場で震えている様子もおかしく、また妙に存在感がある。


「もしかして、さっきの幻影は君かな?」

 三世が跪いて出来るだけ頭を下げ尋ねると、鼠は小さい動作ながらも、確かにこくんと頷いた。

 やはりただの鼠ではないようだ。

「そうでしたら。話を聞かせてもらっても良いでしょうか?」

 丁重に、丁重に優しく話しかける三世にねずみがこくんと頷いた瞬間、奥から数匹鼠が現れさっきの一匹の傍にかけより密集した。

 計五匹の鼠が同時に三世の方を見つめる。

『僕達はコダマ。ここに住んでいたの』

 脳に直接響くような声が三世の中に響いた。

 どの鼠が話しているのかわからない。

 一匹なのか数匹なのか、何匹で話しているのかすらわからない不思議で幻想的な声は、三世に事情を説明しだした。

『僕達は社で眠っていたの。でも社が壊されたの。だから行く場所が無いからこんなことをしているの』

 同時に何匹も話しているような錯覚のする話し方に、三世は混乱する頭を抑え、考察する。

 あまり話すのが得意ではないらしく、事情を掴みにくい。

 三世が色々と質問をし、より詳しく事情を聴きだした。


 コダマと名乗る妖は小さな社――というよりは祠に住んでいた。

 鼠が妖怪になったわけではなく、人がコダマという山の使いを祠に祀ったことにより生まれた鼠の妖怪である。

 一匹ずつではなく、五匹全員で一体の妖怪となっている。

 しかし長い年月で存在すら忘れさられ、遂には祠があったことも忘れられてそのまま壊された。

 どこか安息の地に移動しようとも考えたが、壊されても祠のあった場所に縛られ動けない。

 せめてこの場所だけでも守ろうと、人を脅して追い出していた。

 ということらしい。

 

「それで、コダマさんはどうしたいですか?」

 三世の質問に、少し間を置いた後、コダマはこう答えた。

『……社。社が欲しいの。僕達の住処。帰るべき居所(いどころ)が欲しいの』

「ふむ。社の場所や大きさ。作り方などどうしたら良いでしょうか?」

『小さくても良いの。ただ、僕達をしっかりと祀って欲しいの……』

「場所はここじゃなくても大丈夫ですか?」

『良いよ。僕達は社があるとそこに移動することが出来るの』

「わかりました。少々お待ちください。今準備をしますから」

 三世が微笑むと、コダマは全員でこくんと頷いた。

『お願い……』

 その言葉を残し、コダマは一斉に姿を消した。


 三世達がミルクホールを出ると、遠くで争い合う二つの男の声が聞こえた。

 片方は聞き覚えがある。この場所に入る許可をくれた男だ。

 争い声がなくなり三世がその騒ぎの起きた場所に向かった。

 そこには最初にあった時よりも更にイライラした様子の作業着の中年の男が居た。

 道端でタバコを吸いながら、足で地面を何度も叩いている。

「あの、どうかしましたか?」

 三世が声を掛けると男はその声に気づき、男は頭を軽く下げた。

「あんたらか。いやな。さっき部下が一人辞めていったんだよ。仕事がないから給料払えなくてな。全く……仕事が出来ないのは俺のせいじゃないんだよ!」

「そうですか……。それは大変でしたね。あ、立ち入り許可ありがとうございました。失礼します」

 そう慰めの言葉を投げながら、三世は頭を下げて礼をし、さっさとその場所を移動し走った。

 その様子に命と月華は慌てて三世を追いかける。

「主様。どうかしましたか?」

 命の言葉に三世は走りながら短く言葉をまとめた。

「仕事辞めた建設関係者。これから私達は祠を建てる予定」

「了解しました」

 命は短く返し、走って目的の人物を探した。


 走って追いかけていると、こちらに背を向けているにもかかわらずイライラした様子の見える若い男性の姿が見えた。

 おそらくだが、彼で間違いないだろう。

「すいません! ちょっと良いですか?」

 三世の呼び声に、男は振り向いた。

 周囲に人影が無い為、自分のことだとすぐにわかったのだろう。

「あん? なんだ? アイツの使いで仕事に戻れってことなら聞かねえぞ。こっちはもう明日の金すらないんだよ」

 三世は男の傍に駆け寄り、男に尋ねた。

「いえ。あそことは関係ありません。すいませんが、あなた、神様を祭る祠とか建てられますか?」

 突然意味のわからない質問を投げかけられた男は、イライラした様子を忘れ毒気の抜かれた表情で困惑しつつ頷いた。

「あ、ああ。正式な神道のじゃなくて良いなら建てたことあるけど……」

 その言葉に三世は瞳を輝かし、男の肩を叩いた。

「君、短期でそれなりに儲かる仕事があるんだけど、興味ないかな?」

 そんな怪しいセールスマンのような事を三世は笑顔で告げた。

 非常に怪しい誘い文句なのだが、男には効果的だったらしく男は首を何度も縦に振った。


 道具、材料代こちら持ち。

 ただし道具、材料の準備は全てあちら。

 掛かる日数に関係なく完成したら三百円の成功報酬。

 その条件で男は了承した。

 そして――わずか三時間後には長屋の隅に小さな祠が設置され、男は現金を受け取り鼻歌混じりに帰っていった。




 石の土台の上に設置されたポストよりも小さな木の社に雨避けの屋根も付けられた大きさ以外は完璧の作り。

 小さいながらも非常に立派な作りとなっており、相当気合を入れて作った跡が見える。

 三世は見えない位置に『コダマ』の文字を入れ、正面には命お手製の鼠の掛け軸が飾った。

 三世、命、月華は二礼二拍手を行い、コダマに祈りを捧げるとどこからともなく声が聞こえてきた。

『ありがとう。ここに住んで良いんだよね?』

 コダマの声に三世は頷いた。

「当然です。不満があれば言ってください。広くでも大きくでも、場所変えもしますよ」

『ううん。文句ないの。ありがとうなの――』

 その言葉を最後に、コダマの声は聞こえなくなった。


『安心してください。もう妖は出ません。これから社のような物をみかけても壊さない方が良いですよ。今回のように優しい妖だけではないので』

 最後に三世はミルクホールの前にいた男に脅しを混ぜての言葉を残し、その場を去って帰路に付いた。


「ふぅ。これで事件解決ですかね。自画自賛になりますが、今回は完璧に問題を解決した上に良い事をした気がします」

 そう大きな独り言を話している機嫌の良さそうな三世に、命が申し訳なさそうに呟いた。

「あの……。主様、言いにくいのですが、目的忘れております……」

 命の言葉に、三世は本来の目的を思い出した。

「あ……」

 そう、本来の目的は猫神社の神様探しである。

 短い三世の声に月華は噴出(ふきだ)し命はぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げた。

「ま、まあ鼠の妖怪でしたからどっちにしても猫神社は無理ですね。次の事件を探しましょう」

 そう言って三世は誤魔化し笑いを浮かべ、夕暮れの中長屋に戻った。


ありがとうございました。




まずい……相当長くなりそうな予感がしてきた。

もう少し小さくまとめる予定だったが思ったよりも話が膨らんでいく。

早く本編に戻れよという声がいましたら、申し訳ありません……。



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