猫神社2
「繰り返しますが、猫の姿も声も確認できませんか?」
三世の質問に、命は申し訳なさそうに頷いた。
おそらくだが、元々この世界にいた人には見えないようになっているのだろう。
――これがイベントの一種と見て間違いないでしょうね。
そう三世は考えた。
「それでそこの泣いて……いると思われる猫さん。どうかしましたか?」
三世の質問に、猫はうるうるとした目で三世の方を見た。
「ああ。ようやく話しぇる人が来たにゃ……」
高い声の猫が安堵の声を上げた。
「みゃーの名前は『みゃー』だにゃ。猫の妖精にゃ」
『みゃー』と名乗った猫は二足で立ち、ぺこりと頭を下げる。
それに合わせ、三世も頭を下げ返す。
「私の名前は三世八久。こちらが竹下命と月華です。それで、何があったのでしょうか?」
三世の言葉の後、月華がぺこりと頭を下げ、それに合わせて命も頭を下げる。
「はい……。それが聞くも涙……語るも涙のお話ですにゃ……」
そう言いながらどこからかハンカチを取り出し、目元を拭く仕草をしながら事のあらましを語りだした。
とても遠い世界からこの世界に迷いこんだみゃーは、この世界でごろごろと自由気ままに暮らしていた。
そんな生活を数十年続けるといい加減飽きが来て、そろそろ帰ろうかと思っていたらこの神社が建っていた。
しかも何故かみゃーが神社の御神体として紐づけされており、無理にこの場を離れれば御利益が消えるどころか最悪神社が亡ぶ。
誰か助けを呼ぼうとしても、みゃーの姿が見える人はおらず待ち続けることおよそ三百年。
いい加減に帰りたい。けれども帰ったら神社が亡ぶ。
そんな二律背反に悩んでいたそうだ。
「……事情はわかりました。私達はどうしたら良いのでしょうか?」
流石に哀れすぎると考え、力になろうと三世はそう尋ねた。
聞こえていない命には月華が耳打ちしてみゃーの事情を伝えた。
命も同情し瞳を潤ませている。
「みゃーがここから動けないから、みゃーの代わりに神様になれそうな人を探してほしいにゃ」
「――そう言われましても。猫の神様なんてどこにいらっしゃるのか……」
三世は困った表情で後頭部を掻いた。
「猫である必要もにゃいしぶっちゃけ神様である必要もないにゃ。みゃーも妖精だし」
つまり精霊や妖精、幽霊などと探して欲しいということだろう。
「なるほど。それなら探せば見つかるかもしれません。二人とも、そう言った不思議な存在に心当たりありますか?」
三世が後ろを向くと二人は首を横に振った。
「ふむ。何か探す方法とかありませんか?」
「良いのがあるにゃ!」
三世の質問にみゃーは胸をとんと叩き、そのあとどこからともなく携帯用ランプを取り出した。
この世界に合わせた大正のモダンチックな物ではなく、銀色に輝く西洋風のファンタジーの世界に出てきそうなランプだ。
元の冒険者をしていた世界でのランプがこれに良く似た物だが、それよりもデザインが更に洗練されている。
装飾品として部屋に飾りたいくらいの美しさがあった。
「これは魔法のランプにゃ。これを使えば明かりの見える範囲の隠れたものを明らかにすることが出来るにゃ。姿はもちろん声も聞こえ、更に化かされた場合は正体がわかるにゃ!」
そう言いながらみゃーがランプのスイッチを入れると、ほわっと幻想的な青い火がランプに点き、命が驚きの声を上げた。
「うわっ。二本足で立っている!」
口頭だけでは説明しきれなかったみゃーの姿に命は驚き、そして嬉しそうにみゃーを見た。
「というわけでこのランプを貸してあげるにゃ。……せっかくだし、もしみゃーがこの神社から離れられたらそのままあげるにゃ!」
「おや。気前が良いですね。良いんですか?」
「もちろんにゃ! だから是非ともお願いするにゃ。受けて欲しいにゃ……」
ランプを差し出しながらみゃーは不安そうな声を出した。
それを聞いて三世は後ろを振り向く。
「どう思います? 私は受ける方向で考えてますが」
動物の姿をしているだけで三世にとっては好意に値する人物である。
だが、それだけでなく、単純にみゃーの事が三世は気に入っていた。
『神社を壊すかもしれないから出れない』
逆に言えば、神社を気にしないならここから出ることは可能だということだろう。
にもかかわらず、みゃーは三百年もココに残り続けた。神社を残す為に。
ならば、次は我々人間がみゃーに恩返しをすべきだろう。
そう三世は考えた。
「私はどちらでも構いません。ご主人様の思うように」
月華の言葉に命も頷いた。
「右に同じく。ですので受けましょう」
命の言葉に三世は頷き、みゃーの方を向き直りランプを受け取った。
「出来るかわかりませんが、受けさせていただきます」
「嬉しいにゃ! 是非お願いするにゃ!」
三世は微笑みながら頷いた。
「ところで、どうやって探せば良いですか?ランプをつけっぱなしにして歩きます?」
三世はそう尋ねるが、出来たらそれは避けたかった。
夜に青い光のランプを持って歩くという奇行は幽霊騒動になり、昼間なら奇異の目で見られること間違いなしである。
「ランプの範囲は狭いから当たりを付けないと大変にゃ。そうだにゃ~……事故が多い場所とか何回か不思議な事が起きた場所だ良く見つかるにゃ。でも人の死んだ事故はダメにゃ。危ない奴がいるにゃ」
「ふむふむ。つまり、『人の亡くなっていない軽い事件や事故の多い場所』を探せば良いんですね?」
三世の質問にみゃーは笑顔で頷いた。
「そうにゃ。でも無理やり連れてきたらダメにゃよ! 神社で祀られる事に納得させて欲しいにゃ」
「なるほど。わかりました」
「頼んだにゃ! ああでも一つだけ条件があったにゃ」
何かを思いついたらしく、みゃーが申し訳なさそうに言った。
「どんな条件ですか?」
「ここは猫神社にゃ。猫が嫌いな奴や猫を食べる奴は流石にダメにゃ。沢山の猫が住んでるから可哀そうだにゃ」
「それは当然ですね。わかりました。猫と相性が良さそうな方向で探してみます」
「頼んだにゃ……お願いにゃ……」
みゃーは三世の言葉にうるうるとした瞳で三世の手をぎゅっと握った。
久しぶりの肉球の感触に三世の心はほっこりした。
当然手は握り返した。
そのまま五分経過しても手を放そうとはしない三世にみゃーが困惑した表情を浮かべ、月華が溜息を吐き、命が羨ましそうに三世を見ていた。
十数分後、名残惜しそうに手を放しながら三世はみゃーに一つ質問をした。
「ところで関係ないかもしれませんが、一つ尋ねても良いですか?」
「みゃ、何だにゃ?」
「みゃーさんは『ケット・シー』ではないでしょうか?」
その言葉にみゃーは驚いた表情を浮かべた。
「おお。みゃー達の事を知ってるのかにゃ。そうにゃ、みゃーはケット・シーだにゃ」
みゃーは嬉しそうににゃーにゃーと鳴いた。
ケット・シーとはアイルランドの昔話に出てくる猫の妖精の事であり、二足歩行で歩き人の言葉を話す猫として知られている。
と言う事は、近くてもアイルランド付近、違う場合は異世界から来たということになる。
「それは遠い世界から……大変でしたね」
「みゃー。大変だったにゃ。でも、それももうすぐ終わるにゃ。期待してるにゃ!」
「はい。微力ながら全力を尽くします」
そう言って三世はみゃーに微笑んだ。
みゃーが頼んだのはただ姿が見えるからだけではない。
その人に任せて本当に大丈夫か、悪用しないかという事も考え人柄も見ていた。
神社の崩壊というのは単に建物の破損だけでは済まされない。
西部十三那綱神社はあの世とこの世を分ける結界の一部である。
複数に分けられた結果の為ここ一つが壊れた程度では大したことは起きない。
それでも、悪しき気配が漂い、それにつられて悪霊や妖怪が集まり、最悪の場合だと小さな穴が開く。
黄泉の国と繋がる穴が。
その点で言えば三世は文句なしの当たりである。
純粋に動物が好きで、善人だからだ。
一つ言うとしたら、あまり社交的に見えなかった。
だからみゃーは長い時間かかるだろうと考えた。
それでも精々二、三十年。真面目に探してくれたらその間にきっと見つかるだろう。
そんな長い気持ちで待っていた。
その点だけがみゃーの誤算だった。
自分の為には絶対に使わないこの世界の三世最大の力を、三世は遠慮なく行使した。
翌日の朝、三世は八百万商会に向かい、敷地内の外に移動した。
朝礼台の上に立ち、朝礼台の傍にはビリーが待機してる。
そして正面には千を超える全社員が背筋を伸ばして起立していた。
ここだけ見たら学校の朝礼に見えるだろう。違うのは年齢と、礼儀正しさだ。
軍隊も真っ青なほど綺麗な整列に、三世は会社の未来は明るいなと考えた。
「えー。おはようございます」
「おはようございます!」
三世の挨拶に合わせ、全社員が声をハモらせ挨拶を返す。
会社恒例の朝礼の時間に、三世はビリーに頼んで挨拶の時間を取ってもらっていた。
「うん。良い挨拶です。貴重な朝の時間を申し訳ありませんが少しいただきます。一つ頼み事があります。人の亡くなっていない不思議な事件や事故を探しています。しかし手が足りません。なのでよろしければお手伝いをお願いしたいです。もちろん仕事が優先です。時間が余った場合で構いませんし参加も自由です。経費が必要でしたら副社長に相談して下さい。多少のお礼も準備しますので、出来たらで構いません。よろしければお願いします。では、あんまり長話をすると嫌われますのでこの辺りで失礼します。皆さん、頑張ってください」
「ありがとうございました!」
朝礼台を降りる三世に社員が声を揃え、頭を下げた。
校長の長話に嫌な思いのある三世は邪魔にならないように、そっとこの場を立ち去る。
社長ではあるが、この会社にあまりいない三世よりビリーの方が皆が纏まるだろうと思ったからだ。
三世が立ち去った後、ビリーが朝礼台の上に立った。
「社長直々の御依頼、それも全社員に授けて下さったのだ。その意味が、わかるな?」
ビリーの言葉に社員は誰も動きを見せない。
しかし、自分と同じように全社員の目に決意が込められていることを、ビリーは知っていた。
三世が朝礼に参加したのは初めてのことである。
その為、社員一同は今回の指令は特別重要なことであると考えた。
『残業代出すから時間の余った人手伝ってね?』
三世はそんなつもりで言ったのだが、社員には違うように聞こえていた。
『普段の仕事は速やかに終え、余った時間は全て残業代の出ない残業に費やせ。寝る間も惜しめ。出来たら褒めてやる』
そんなブラックまっしぐらな鬼畜の発言と全社員は受け取り、そしてそんなブラックな指令を全力で成し遂げようと考えていた。
何故ならば、そのブラックで厳しい事こそが、社長の為に苦労をし、恩を返す事こそが社員の望みだからだ。
「今日の業務を終えた者から集まり、五人組で探索班を作る。業務終了の目安は三時間以内、午前中に全てを終え、午後は探索の時間とする。夜の残業は帰りを待つ者がいる社員は認めない。独り身のみ、私についてこい。では――仕事はじめ!」
社員は一斉に走り出し、自分の仕事に就いた。
仕事は速やかに、ただし絶対ミスは出さない。
完璧にこなした上で少しでも早くする。
そして、絶対に無理はしない。
体調管理は徹底し、それでも悪いなら即座に治療を受ける。
飴である社長と、鞭である副社長。
二人の教えを、社員達は確かに受け継いでいた。
副社長のビリーは朝礼前に全て己の仕事を終えていた。
そして信頼できる部下に仕事を引継ぎ、朝礼終了後即座に真田のいる高校に向かった。
ありがとうございました。




