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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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猫神社1

 


 長屋から北に数十キロ移動すると西部十三(せいぶじゅうぞう)山という名の山がある。

 付近の道路整備が進んでおらず、交通に難のある町境(まちざかい)に在するその山こそ、今回の目的地である。


 馬車も入れない秘境に近い地区だが、それでもここに訪れる人は少なくない。

 山頂付近には町民だけでなく、遠方の人からも愛されている高名な神社があるからだ。


 長屋から馬車に乗り、馬車が通れなくなると人力車に乗り換え三世達三人はその山に向かう。

 初めての人力車に月華は困惑した様子になっていた。

 他人が傍にいることに対する緊張と怯えを持ちつつ、興奮した様子で楽しそうにきょろきょろと首を動かしている。

 不満と期待が入り交じり挙動不審となる月華に、三世と命はこっそりと笑った。

 最初はそんな様子の月華ではあったのだが、車夫は優しい上に口の上手い男だった為到着する頃には月華の緊張はなくなっており、月華は車夫と軽い雑談くらいは出来るほど距離を縮めていた。

 シャルトの頃と合わせて考えてもこれは快挙になるだろう。

 しかし三世もその理由はわかる。

 常に微笑んで楽しそうな車夫に反感を持ち続けるのは難しく、また月華が景色に夢中になったらこっそり速度を落として見やすくしたりと、気配りが異常なほど上手かったからだ。 


「えー。車で入れるのはここまでとなってます」

 目的地である山の麓に着くと、人力車は足を止め車夫は三世達にそう告げた。

「お疲れさまでした。色付けておきますのでこれで帰りに喉でも潤してください」

「まいどどうも! また機会があったらお願いしやすね!」

 多めに料金を払った三世に車夫はペコペコしながら、とても嬉しそうに去っていった。

 その方角が『三業地』の方角だった為、三世は彼がどこに向かったか何となく理解してしまった。


 町外れな上に山の(ふもと)という交通の不便な立地の割にはこの辺りには賑わっており、神社にかこつけた屋台が多く出ていた

 おでんやうどんに焼き鳥と言った一般的な屋台に加え、猫の置物から猫の餌など猫尽くしの屋台があり、小さな祭りくらいは賑わっている。

 別に祭りがあるわけではなく、これがこの場所の日常だった。

「何か欲しい物がありましたか?」

 命の言葉に三世と月華は揃って首を横に振り、それに頷いて命は山の入り口である鳥居を指差した。

「それなら神社に向かいましょうか」

 そう言いながら嬉しそうに命は鳥居の方向に歩を進めた。


 山を一周ぐるっと縄が結ばれており、山に入るにはこの鳥居をくぐるしかない。

 三世が命の後に続いてそっと鳥居と潜った。

 その瞬間、祭りのような雰囲気が一変し静寂へと変わった。

 別に神聖な気配や神々しい何かを感じたというわけではない。

 ただ、その鳥居をくぐった瞬間に、にぎやかだった人の声や騒がしい音がなくなり、静かになっただけである。

 魔の力や神の力ではなく、ただ純粋にこの場が静かなように人々が気を使っているだけだ。

「諸事情がありましてここから神社までは小声でお願いします」

 囁くような声で命がそう呟いた。

「どうしてですか?」

 囁き返す三世に命が微笑んだ。

「神社に着いたら教えてあげます」

 少し意地悪な笑顔の命に三世は苦笑した。

 そして隣にいる月華も同じような笑顔を浮かべていた。

「もしかして、月華も理由がわかったんですか?」

「はい。これでも耳は良い方ですので」

 そういって命と月華は微笑み合った。

 何となくではあるのだが、二人だけがわかって自分がわからないことに三世は悔しさを覚える。

 子供っぽい理屈ではあるのだが、悔しい事に変わりはない。

 何とか理由を知ることが出来ないかと、色々と考察しながら、三世は周囲の様子を確認しながらゆっくりと歩いた。


 数キロほど歩いた後また鳥居があり、その鳥居を潜ると今度は石で出来た階段が見えた。

 数回の踊り場を経由して合計三百段程の階段を登ると、神社の正門が目に入った。

 登山中何となく不思議な気配は感じはしたが、結局三世はその理由を知ることなく神社に到着した。

「降参です。どうして山の中では小声でないといけなかったのですか?」

「ふふ。それはですね――」

 命が何かを言おうとした瞬間に、草むらから小さな獣がその姿を現した。

 にゃー。

 小さな獣はこちらに一言鳴いた後、すっと正門を潜って行った。

「…………ということです」

 命の言葉に三世は苦笑しながら納得した。

 

 山全域をぐるっと囲んだ結界のような縄に、山の中は静かでないとならない理由。

 騒がしい屋台は麓から出来るだけ離れ、静かな屋台でも出来るだけ山から距離を取っていた理由。

 それらは全て、猫の為だった。


 正門の両脇に見える狛犬ならぬ狛猫の石像を見て、三世は頷いた。

「うん――確かにここは猫神社だね」

 その言葉を聞いて、命は小さく微笑んだ。




 西部十三(せいぶじゅうぞう)那綱(なづな)神社。

 西部十三山にある()を祭った珍しい神社である。

 ルーツは良くわからないが、猫に助けられて、それ以来猫をご神体としてあがめているらしい。

 御利益は『家内安全』と『健康祈願』

 神社にしては珍しく、恋愛や学業と言った他の願いは一切受け付けず、またお守りもその二種類のみである。

 それでもこの神社は地元だけでなく遠方の人が来るほど愛され続けていた。


 理由は二つあり、一つは猫好きにとっての聖地となっていること。

 多くの種類の猫がこの山に住んでいる。

 更に、その猫に気に入られると猫の方から寄ってきて、それが神社に認められればその猫を飼う資格が得られる。

 ここの猫は気品高く美しいので猫に気に入られようと猫好きは何度もこの神社に訪れていた。

 もう一つの理由は単純で、実際に()()()があるからだ。

 

 百年以上前の話だが、町が火事があった時、足腰の立たない老婆が全力疾走でその場から脱出したという珍事件が起きた。

 その時以外はやはり歩くことが出来ず、後で確認したらその時老婆が持っていたこの神社のお守りの中身が燃えていた。

 老婆はお守りが身代わりになってくれたと言ってこの神社に感謝したことから、話が町の中で広まりだした。

 健康祈願の方はもっとシンプルで、入院していた患者に渡したら、全治二か月が半分になったという話が出たのだ。

 これに至っては十年も経っておらず、また信ぴょう性も高い噂だった。

 特別大きな効果ではないが、それでも本当にご利益があった事からこの神社は、実際に神が傍にいるという噂が流れた。


 そんな感じで人々の間で噂が広まり、猫をご神体とし猫を愛し猫を優先するこの神社は『猫神社』と呼ばれてるようになった。

 また猫好きの間では『にゃづにゃ神社』とも呼ばれていた。





「なあ! これあんたらの仕業かね?」

 白衣(はくえ)に色袴を着た神主らしき老人が、慌てた様子で正門から顔を出しこちらに叫んできた。

「え?私達は今ここに来たばかりで何もしてませんが?」

「いや! たぶんあんたらの誰かじゃ。良いからこっちに来てくれんかね? 悪いことじゃあないんだ」

 あたふたする老人に首を傾げながら、三人は急いで正門前に行き、一礼してから正門を潜った。

 三世達が入った瞬間目にしたのは、五体投地に近い恰好で待ち構えている百匹相当の猫達だった。


「普段は一匹来ただけでも目出度いことなのに、皆勢揃いとは……。わしゃ長い事この神社におるが、こんなん初めてみたわ」

 老人が腕を組んで何度も頷き、十数人ほどの観光客は茫然とした様子で猫達を見ていた。

「あ」

 月華が小さく呟き口元に手を当てて声を止めた。

「……何か思い当たることがあるのですね?」

 その様子を見た三世は月華の方を見て――月華はそっと顔をそらした。

 猫達はにゃーにゃー鳴きながら跪き、月華の方を見ていた。


「なああんた。この神社にこんか? あんたは間違いなく猫神様の使いじゃわい。女の身ではあるが、その位大したことではないわ。あんたならワシの跡継ぎに相応しい」

 月華が一言『散れ』と言った瞬間に猫達が一斉に山に戻ったのを見て、神主である老人は月華に言った。

「いえ……私はちょっと用事がありまして……あと犬、というか狼派ですので……」

「そうか……気持ちが変わったらいつでも言ってくれ。猫神様だけでなく猫達も喜ぶからの」

 そう言った後老人は、こちらを何度も振り向きながら名残惜しそうに外掃除に戻った。

「……言い忘れていましたが、猫又って猫に尊敬されるみたいです……」

 ぼそっと呟く月華の声に三世と命が微笑んだ。

「うん。もう少し早く教えてほしかったな」

 そんな三世の言葉に月華は照れ笑いを浮かべて誤魔化した。




 三人は神社正面のどっぷりした猫の像の傍にある賽銭箱に小銭を投げ込み、二礼二拍手を行う。

 特に命は熱心に拝んでおり、二礼二拍手が終わった後も、長い時間手を合わせ頭を下げたまま動かなかった。


「主様、上着の内ポケットを見てください」

 命の言葉に三世が上着を漁ると、中からお守りが出てきた。

 紐の部分が内ポケットの底に縫い付けられおり、絶対に離れないようになっている。

「わざわざ洗濯出来るお守りを特別に用意してもらったんですよ。偶然かもしれませんが、それでも健康になったのは確かですからこの神社にお礼がしたかったんです」

 そう微笑む命のは顔は、見慣れているはずなのにとても眩しく見えた。


 人の多い賽銭箱付近から離れ、人通りの少ない境内を歩いている時月華が一言呟いた。

「ご主人様、お守りを見せていただいて構いませんか?」

「ん。良いよ。はい」

 そう言いながら上着から取り出し見えるようにすると、月華は周囲をきょろきょろと向いた後、三世に近づいてから黒い瞳を黄金に戻し、そのお守りを注意深く見た。

「……やっぱり。この守り、魔力を秘めてますね。エンチャント化……というよりは魔道具に近いです」

 月華は瞳を黒く染め、三世から離れた。

「ああ……そりゃ効果ありますね」

「はい。魔法も魔術も使えませんが、存在しない世界じゃないということですね」

 月華の刀を生み出すのは妖術に分類されるらしく、あちらの世界で出来たことはこちらの世界では出来ないようになっている。

 なのでこの世界では三世はもちろん、月華も魔法や魔術を使うことが出来ない。

「良くわかりませんが……要するに本当に効果があるお守りってことですね!」

 命の言葉に三世と月華は微笑み頷いた。

「そうですね。つまり私の分だけでなく命や月華の分もお守りを授からないと――」

 そう呟く三世だが、命は聞いておらず恍惚とした表情を浮かべていた。

「――つまり、本当に猫神様がいるということですね! ああ。一度で良いからお会いしてみたい。きっとあの石像みたいにどっぷりと貫禄があり、それでいてふてぶてしい態度なんでしょうね」

 ……どうやらデブ猫等愛嬌ある猫を愛でる風習というのは年代も地域も関係ないらしい。

 命の幸せそうな表情に三世はそう気づいた。




「まあ。神様なんでそう簡単に姿を見せませんよね」

 三世の言葉に命は頷いた。

「当然ですよ。ありがたい神様がそう簡単に姿を現すわけありません。一応大昔この町の危機を猫神様が救ったという話がありますから、町の危機とかになったら来て下さるかもしれません」

 境内を歩きながら命はそう呟いた。

「………………」

 そんな中、月華は無言になっていた。

 疲れたのだろう。

「大昔飢饉が発生し、同時に鼠が大量発生して少ない食料が食われるという悲惨な事件が起きました。その時、沢山の猫を率いて鼠を駆除し、未来の稲を守り切ったという伝説がこの神社にはあるんですよ」

「なるほど。それっていつくらいの話ですか?」

「うーん。百年以上前ですね。おばあちゃんが聞いた話ですので」

「なるほど。面白い話ですね。だから猫神信仰が盛んになったのでしょうか」

 二人は歩きながら神社の背景を想像していく。

「……………………」

 そんな中、月華は無言を貫いていた。

 疲れたという様子。とよいうりは何か気になることがあるように見えた。


「月華、どうしましたか?」

 尋ねる三世に月華は神社の縁側を指差した。

「……ご主人様。縁側に何か見えます?」

 言われて縁側の方を見ると、猫が一匹寝ているのが見えた。

「猫がいますね――…………ん?」

 三世はもう一度、目をこらしてその猫の方を見た。


 真っ黒で手足の長い、少々大柄な猫。

 特別変わった様子のないただの猫であり、何度も見ても変わった様子はないが、何とも言えない違和感を覚えてしまう。

 確かに見た目は猫なのだが――動きが人間くさいのだ。

 縁側で日向ぼっこしているだけなのだが、横向きに寝そべる姿は涅槃のポーズになっており、眉を潜めて見せる表情は苦悶している人その物である。

 三世と月華はその猫を見て無表情で固まり、命は首を傾げていた。

「…………何か変ですよね?」

 三世の言葉に月華も同意する。

「ですね。何か変です」

 そんな様子の二人に、命が恐る恐る尋ねた。

「あの……お二人は何を見ているのでしょうか?どこに猫がいますか?」

 三世が指を差して見たが、命は首を傾げるだけでそこにいる猫が見えないらしい。

 どうやら、割と近くに神様というのはいるようだ。


 猫は悩ましい表情のまま煙管を取り出し、横に寝そべったまま吸い出した。

「んん!?」

 月華が驚きの目を猫に向けた。

 完全に予想外の動きである。

「すぅ……ふぅーーーー」

 猫は大きく息を吸って、そのままゆっくりと、悲しい表情で煙を吐き出した。

 その煙を味わう様子には、とても哀愁が込められているように感じた。


「ふぅー。ん?」

 猫は何度か煙を吐いた後、こちらの方を見た。

 目があった事に気づき、猫は驚いた様子の後はっとした表情を浮かべ、煙管をどこかに仕舞いこんだ。

 

「わーんわんわんわん」

 …………ちらっ。

 (うずくま)って露骨な泣き真似を口で行い、その後こちらをチラ見する猫。

 三世と月華はそんな猫を無視して見続けた。

 正しくは、どう対応したら良いかわからないから硬直しているだけである。

「わーんわんわんわんわん……ちらっ」

 とうとう口でちらっとか言い出し始めた猫。

 それでも、三世と月華はじっと猫の方を見続けた。


「…………」

 猫も泣き真似を止め、こちらをじーっと見始めり。

 そして数秒目が合った後、猫の目からほろりと涙がこぼれ始めた。

「……ご主人様。どうしますか?」

「…………はぁ。行くしかないでしょう」

 小さく溜息を吐く三世に、月華は微笑んだ。

 面倒事の予感がするが、それでもかかわらない訳にはいかない。

 三世は猫の傍に駆け寄った。


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