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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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あげる思い

 

 三世が何度頭を上げて欲しいと頼んでも一向に頭を上げる気配のない学生達。

 特に先頭の真田は額に泥がついたまま微動だにしない。

 その様子に社員とビリーは何故か満足そうに頷いていた。

 ビリーの洗の――調きょ――心からの言葉に心を打たれ、気持ちを入れ替えたそうだ。

「ワシはあんさんのような立派な男、見たことがない! それなのにあんな無礼を働いて……本当にすまんかった……」

 一体何を話したらそうなるのかわからず三世は首を傾げた。

「いえ。私が軟弱なのは確かですから構いません。ただそちらも気にすると思うので謝罪は受け取らせていただきます。だから……そろそろ立ち上がってくださいませんかね?」

 三世がおたおた慌てながらの言葉を掛けた直後――ビリーが声を張り上げた。

「整列!」

 社員一同だけでなく、学生達も勢いよく立ち上がり、揃って背筋を伸ばし、社員の列に加わり起立した。

 気づいたら学生達の恰好が会社の作業服になっていることに、三世は今頃ながら気が付いた。


「あの……その恰好は?」

「西洋とか、伝統とか、文化とか。そんなものよりも大切な和の心をあんさんから受け取った!だから恩返しの為に、あんさんの会社でワシらを雇ってくれ!」

 その言葉にビリーは嬉しそうに微笑み、社員たちは何度も頷く。

 残りの学生達も同じ気持ちであるようで、三世の方を真剣な様子で見ていた。

「あの、学校は――」

「高校は辞めてきた! あんさんの役に立ちたいんじゃ!」

 それを聞いて三世は険しい顔立ちになり叫んだ。

「ビリー!」

 三世の反応を予想していたのか、ビリーは微笑みながら頷いた。

「そうおっしゃると思いまして。退学届けは差し止めております。まだ受理されておりませんので安心してください」

 三世はほっと胸をなでおろし安堵のため息を吐いた。

 そりゃあそうだ。小学校までが義務の時代で中学校はエリートしか入れない。

 更にエリートしか入れない中学校を卒業した人しか入れない高校を途中で辞めるというのは流石に許容出来ない事である。

「うん。さすがビリー。ありがとう。助かったよ」

「光栄です」

 紳士らしい仕草でビリーは頭を下げた。

 その社長に尽くす姿勢と行動から、社員達はビリーに尊敬の念を抱いていた。


「ついでにビリー。君の事だから既に高校に通いながらの彼らをどうするか考えてるよね?」

 三世の行動に、ビリーは眼鏡の位置を直しながら頷いた。

「もちろんです。社長が以前おっしゃっていた有期労働契約を卒業まで成立させ、卒業後も意志が変わらないなら正式に社員として受け入れる準備が出来ております」

 そう言いながらビリーは契約書を三世に見せた。

 三世は契約書を隅から隅まで確認した。

 偶にビリーは相手を奴隷のように縛る契約書を用意する為、三世も目を皿のようして確認しないとならない。

 『相手が望んでますから大丈夫です』なんて言葉、とても三世には信じられなかった。

「……。うん。この条件なら私としても文句はないよ。学のある若者を取らないようなもったいないこと、私には出来ない。良かったら私の会社に来てください」

「――おお。おお……。ワシはこの日の為に生きて来たんじゃな……。あんさん――いや社長! これからワシらは粉骨砕身、働かせてもらいやす!」

 真田は涙ながらに三世の手を握った。

 ――泣くほど嬉しいなんて、この世界は就職難なのかな? でも今の高校って今で言えば一流大学の院卒みたいなものですし。うーん……。

 首を傾げる三世の目の前では、社員と学生達が抱き合いながら喜んでいた。

 それを満足そうに見て頷くビリー。

 ――ああ。ビリーの人徳に惹かれて来たんですね。なら仕方ないです。見た目も中身も完璧ですからねビリー。

 そんな斜め上の発想をしながら三世は目の前の光景をほほえましく眺めていた――真田に手を繋がれながら。

 手を放したいが、泣きながら繋がれた手を放すことが出来ず、三世はしばらくの大男と仲良く手を握り合っていた。




 黒い揚げ物鍋の中で天ぷらがジュウジュウと揚がる音が部屋に響き、月華は待ち遠しい様子で鍋の中見つめていた。

 今日の夕食のおかずは白身魚の天ぷらだった。

 魚がさほど好きではない月華だが、命の作る魚の天ぷらは気に入ったらしく、揚がった傍からもぐもぐと幸せそうな顔で口に頬張る。

 そんな月華の様子を、二人は微笑ましい目で嬉しそうに見守っていた。

「……もしかして食べすぎですか? 遠慮した方が良いですか?」

 二人の視線に気づき、おろおろとした様子で月華が尋ねる。

 それを見て、二人は顔を見合わせ、ふふと小さく笑った。

「いえいえ。おかわりはいくらでもあるので好きに食べてください」

 命のその言葉に月華は瞳を輝かせ、嬉しそうに食事を再開した。


「ですが気持ちはわかります。確かに美味しいですね」

 塩を一つまみかけて三世は揚がった天ぷらを口に運んだ。

 ふんわりとあがった天ぷらはさくっと音を立て、口の中に優しい味が広がっていく。

 油にくどみはなく、薄味の魚が上品な味で纏められており、塩だけの味付けなのに口の中は旨味でいっぱいになる。

 肉とは違いホロホロと崩れるその魚特有の触感がサクサクの油と合わさり、高い満足感にもかかわらず幾らでも食べられそうである。

 月華の手が止まらない理由もわからなくはなかった。

 目の前にある揚げ物鍋から揚がって油を拭いた傍から食べられるというのはあり得ないほどの贅沢であると三世は確信した。


 塩、抹茶塩、天つゆと飽きても大丈夫なように様々な食べ方が用意されており、当然のように大根おろしも添えられている。

 更に別鍋ででナス、カボチャ、ピーマン等野菜も揚げており、今日はいつもと比べてかなり豪勢な夕食になっていた。

 体調が改善された為、命からのお祝いの意味もあるのだろうなと三世は考えた。

 しかし――何となく恥ずかしいのでその事を命に尋ねようとは考えない。

 嬉しそうに揚げ物をしている命を、三世はただ見つめるだけだった。




 予定していた揚げ物を全て揚げ終わり、命は鍋をのけてご飯と汁物も用意した。

 今からが本当の夕食である。

 さっきまのはただのつまみ食いなのだが、月華はそんなこと考えもせず、延々と幸せそうな顔で食べ続けている。

 ――余分に魚を用意しておいて本当に良かった

 命は未だ食べるペースの落ちない月華を見ながら安堵のため息を吐いた。

「それで主様、昼間は大丈夫でしたか?」

「ん?何がですか?」

 三世は天ぷらを天つゆにつけ、ご飯に乗せながら尋ね返した。

「昨日の学生達が土下座をしている様子が見えましたので、何か面倒ごとになってないか気になりまして」

 命はとても嫌な予感――具体的に言えば狂信者が増殖したような予感がした為、あえてそちらに近寄ろうとはしなかった。

 そのことが若干の罪悪感になり、命はおそるおそる三世に尋ねた。

「ええ。何故かわかりませんが真田さん方の態度が急に変わりまして。きっと西洋文化が悪い物ではないとわかったんですよ。変化の原因はビリーさんみたいですし――きっとビリーさんを尊敬したからでしょう」

 そう微笑む三世に、それは絶対違うと断定出来た。

 しかし――とても面倒ごとの予感がしたのでその事を命は尋ねようとは考えない。

 命は誤魔化しも兼ねて適当に相槌を打っていた。


 月華以外が食べ終わり、三世と命はゆっくりとお茶を楽しみだした。

 未だ月華は天ぷらに夢中になっており、幸せそうな顔で食べている。

 見ているだけで腹がいっぱいになる月華の食べっぷりに、三世と命はそろそろ止めた方が良いのではないかと悩む。

 しかし、様子を見る限りは問題あるようには見えない。

 見る限りでは腹も膨らみすぎてはちきれそうということはなく、無理に食べている様子もない。

 未だに獣人と誤解しそうになるが、この世界では月華は妖である。

 猫又という妖怪の為、(ことわり)は人と全く違う。

 其の為、食べすぎという人の法則に当てはまらないのだろう。

 または、猫又という妖は人と比べて食べる量が多いのかもしれない。

 そうでないと、一週間分は食べてる事と帳尻が会わないからだ。


「主様、今の主様は多少歩いても問題ないのですよね?

 命の確認に三世は頷いた。

「ええ。十キロ程度なら走っても全然大丈夫です。どこか遠出したいのですか?」

 命は微笑みながら頷いた。

「ええ。お礼を言いたい場所がございまして。どうせなら主様も一緒にと」

 三世は首を傾げた。そんな様子を命は微笑みながら見ていた。

「主様自身の力で取り戻した健康ではありますが、もしかしたらお願いした意味があったかもしれませんので。後月華にも見せたいですし」

「え、ええ。それは良いのですが、結局どこに行きたいのでしょうか?」

 三世の質問に、命は笑顔で答えた。

「――猫神社です」

 その答えに、三世と月華は揃って首を傾げた。


ありがとうございました。

時間が足りないのもですが、ちょっとメンタルがきつく最近字数が少なくなりがちで申し訳ありません。

忙しいわけではないですが、毎日更新が途切れるかもしれないことを先に言い訳させていただきます。



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