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異世界転移でうだつのあがらない中年が獣人の奴隷を手に入れるお話。  作者: あらまき
理不尽な魔王

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八百万の神々も引くわこんな会社

 

「ごめんね? 命が苦手な場所だってわかってるのに行かせて……」

 布団の中で若干青白い顔のまま三世がそう呟く。

「いえいえ。そんなことないですよ。良い人ばかりですし……それに主様はまだ休んでないといけませ。せっかく熱が引いたのですから、ね?」

 命の言葉に三世は頷き、三世はそのまま布団で横になった。

 ほぼ平熱にはなっているが、未だ起き上がれないほど疲弊しているのだ。体を起こしておくだけでもしんどかっただろう。


 夜間外出した翌朝、睡眠不足と疲れで予想通り三世は倒れ、熱を出した。

 それでも今までの様に医者を呼んで慌ただしくするほどのことではなく、寝て過ごしたら翌日には回復する程度である。

 ただ、寝て過ごすには一つだけ問題があった。

 三世がやらなければならないことが今日あり、行けないならせめてメモを届けないとならない。

 その為、命が代わりに三世のメモをその場所に届けることとなった。


 命は三世の用意したメモを鞄に入れ、いつもの女中の恰好のまま玄関に向かう。

「食事は机に用意してますので食べられそうになったら食べてください。熱覚ましのお薬は枕元にありますので熱が出てきたら水と一緒に。それでは養生してくださいね」

 命は少し心配そうに玄関を出て、そして外でこっそりと小さなため息を吐いた。

 三世に気を使ってああ言っただけで、この先向かう場所は命にとって非常に憂鬱になる場所だからだ。

 悪い人は確かにいない。

 皆良い人なのは確かで、その上命に相当気を使ってもくれる。

 いや、気を使ってくれるからこそ、命はその場所がすこぶる苦手で、非常に居心地が悪い。

 どうして三世があの場所で平然としていられるのかわからないほどだ。

 それでも、三世の代わりに命はそこに向かう必要があった。

 そう――三世の会社に……。


 町外れの馬車に乗り、近場の港町に行きその町の港付近、そこに三世の会社が設立されていた。

 八百万(はっぴゃくまん)商会。別名エイトミリオンカンパニー。

 八百万(やおよろず)の神々にあやかると同時に、三世の名前である八久から八の字を取ってつけられた会社である。

 三世の方ではなく、八久の方から文字を取ったあたり、三世の中で未だ、家に対し思うところがないわけではないということが理解できる。


 業務内容は貿易特化。それも輸入特化である。

 三世が気になった物を外国から輸入し国内に販売する。

 社長である三世の仕事は新しい物を国内に仕入れる事であり、それとは別に今まで三世が仕入れた物を定期的に国内に供給するのがこの会社の主な役割である。


 ちなみに、輸入物資のうち四割は鉄である。

 日本は文明開化以来、少しでも早く近代化を進める為に政府は鉄を欲している。

 産業に、軍事にと鉄はいくらあっても足りない為、三世も会社を使って少しでも多くの鉄を輸入していた。早い話が国を相手にぼろ儲けしているということだ。

 正直な話、鉄だけで会社としては十分な売り上げを出していた。


『商会と言っても卸売り業に毛が生えた程度だが、まあ私には十分だろう』

 主である三世の言葉だが、会社の規模を見たらその言葉が適切かどうか悩む部分がある。

 これが毛の生えた程度であるなら、体の大半が毛で覆われているということになるだろう。

 他の貿易船と交流があるだけでなく、自社用の大型交易船を三つ保有する商会であり、従業員も千は優に超えている。

 たった二年でここまでのし上がったのだから、この町の人は驚きを通り越して若干おびえているくらいだ。


 ――主様は権力をお嫌いな割に、こういった人を多く雇う会社運営がお好きですねぇ……。

 港傍に佇む異様に大きな会社を見ながら命は苦笑した。


 しかし、命は知っている。

 商会の規模がこれだけ大きくなった理由は、三世が世の中からはみ出され仕事にあぶれた人を雇っていったからということを――。

 ただ仕事に困った人だけでなく、事情があって仕事をすることが出来ない人に三世は狙いをつけた。

 肉体労働には子供や怪我を理由とした退役軍人、また自分と同じく肉体の貧弱な者を多く雇った。

 頭脳労働には会社に見捨てられた人や女性という理由で仕事をさせてもらえなかった人、また自分と同じく立派な家から追放された者を多く雇った。

 仕事量に応じた賃金はもちろん、仕事が出来ない時でも毎食だけは必ず用意し、望んだら安価で医者の診断を受けることも出来るようにした。


 彼ら弱者を雇ったのは決して同情ではない。

 自信を持つべき者に自信を持ってほしいという考えの為だ。

 落ち込み燻っている人達全員が、捨てられた自分が卸売りが出来たように、きっと何かを出来る力を持っていると三世は信じていた。


【君達は弱者ではない。君達は皆、力ある者だ。出来ないなら覚えれば良い。それでも出来ないなら違うことをしたら良い。君達にその気がある限り、私は誰一人見捨てないと約束しよう】

 三世のその言葉は燻っていた者達の心を大きく揺れ動かした。

 そして、言葉通り彼らは自分がこの会社の役に立てたという確かな実感を得ることが出来たのだ。


 社長である三世自らが、数字や現物など実際の成果を見せながら。

【これが君の、君達のおかげでこうなったのだ。ありがとう。私を助けてくれて】

 その言葉に社員達は強く自信を取り戻し、それと同時に社長である三世に対する深い尊敬を生み出した。

 そう――行き過ぎるほどの尊敬を……。


 肉体労働を行っている者達は会社の歯車となることに喜びを感じ、頭脳労働の者達は社長の手足となれることに快楽を感じた。

 こうして、下手な宗教よりも強固な信頼で繋がれた、世にもおぞましい会社が生まれてしまったのである。

 なお、普段は人の機敏に鈍くない三世のはずなのに、自分の会社による信頼がえげつないことになっていることには未だ気づいていない。

 どれだけ好意と信頼をぶつけられても、三世は気づかず受け流し続けていた。

 故に……命はこの場所が苦手だった。

 自分が神輿になったような……いや、御神体になったような気がするからだ。





 命がその商会の敷地内に一歩足を踏み入れた瞬間、ブザーの音が鳴り響いた。

 緊急用のアラーム音だ。

 これは不審者に発せられる音ではない。社長関係者が来た時だけに鳴らされる音である。


 その音が聞こえた瞬間、緊急の用事で手が離せない者を除き、全員が駆け足で命の傍である正門入り口に向かった。

 時間にして一分弱ほどで、一糸乱れぬ隊列が命の前で繰り広げられ、全員が深々と頭を下げる。

「奥様! 良くお越しくださいました!」

 全員は全くズレず、きっちりと、完璧に揃えて叫ぶように声を発す。

 そして次の瞬間――千を超える人の隊列は海が割れるように形を変えた。

 命が通路を通れるように全員が左右に分かれ、九十度のお辞儀をし微動だにしなくなった。

 気分はどこかの宗教の信託者である。

 ちなみにこれは毎回恒例の行事であり、三世はこの様子を何度か見ているが自分への尊敬には気づかず、団体訓練の一環だろうとしか感じていなかった。


 四人の護衛が付いたまま命は人で作られた道を進み、少々古ぼけた建物の中に入り、二階のその奥の社長室に入室した。

 会社自体は昔からあった建物を流用した為オンボロで見た目も貧相である。

 しかし、社長室だけは別だった。

 赤い絨毯に金の置物、大きく高そうな壺に値段が良くわからない額縁に飾られた絵画。

 一言でいうなら、贅の限りを尽くした部屋だ。

 当然三世の趣味ではない。三世の趣味はもう少し大人しい物を好む。

 絢爛豪華なこの部屋は今目の前にいる男の趣味である。

 護衛として付いていた男達は社長室の前で待機した。この部屋に入って良いのは限られた人だけの為、彼らに入る権利はなかった。

 そんな社長室に先に入り、鷹のような鋭い目をした壮年で金髪の男は命を待っていた。


 ビリー・マディルト。

 四十という齢にして鋭い眼光と険しい顔立ち。

 油断ならない風貌に加えどことなく邪悪な印象を持つ。

 一言でいうなら極度の悪人面である。


 そんな彼は命を見て眼鏡の位置を直し、次の瞬間――九十度のお辞儀をした。

 そのお辞儀は今までの誰よりも美しかった――。

「おはようございます社長夫人! 本日はこの右腕たる私にどのような御用でしょうか!」

 頭を上げずにそう叫ぶビリー。

 ――夫人ではなく女中です。

 そう突っ込みたかったが、それは無駄だと命は知っている為敢えて何も言わなかった。

 悪い人達ではないのだが信仰に目覚めすぎた為、割と話を聞いてくれないのだ。

 ついでに言えば、そう悪い気がしないのも確かだった。


 ビリー・マディルト。

 自称、右腕のビリー。

 社長の右腕であることを自称している副社長であり、そして三世の熱烈な信者でもある。

 イギリス人だが本国で悪事を働き、逃げるように日本に来た経緯を持つ。

 日本でも金儲けの為に何か悪さをしようとしたが、日本の民度と技術の低さに苦しみ、また金髪というだけで奇異の目で見られて仕事に就けなかったところを三世に拾われた。


 最初は会社を乗っ取り、劣等な日本人を支配しようという邪悪な発想に染まっていた。

 だが、英国紳士である自分よりも広い目線を持ち、同時にいくら金を稼いでも偉ぶらず、子供でも老人でも誰にでも同じ態度で礼節を心掛け、そして他者の成功を純粋に褒め称える度量の持ち主。

 そんな三世を見て己が矮小で浅ましい存在だとビリーは気づき、今では反転し狂信者となり知識と本国の技術を武器に副社長に上り詰めた。

 どうして男は毎回両極端な道を選ぶのか、命にはわからなかった。

 

「主様が体調不良床に伏せていらっしゃるので今日は私が代理で来ました」

 そんな命の言葉に、ビリーは震えだし、そして地面に倒れ込み跪いた。

「ああ。なぜ神はあのような素晴らしいお方にこのような苦しみを与えたのか。私なら一向にかまわないのに……神よ! ああ神よ! 今すぐあのお方の苦しみを私に与えてください!」

 そう叫びながら両手を握り、天に向かってビリーは祈りだした。

 背後の扉の向こうでもガタガタと音が聞こえる辺り、きっと同じようなことをしているのだろうと命は想像した。

 あまりに大げさで、命も付いていけないほどである。

 少し前の今以上に体が弱くて倒れる度に命の心配をした時ならともかく、今は倒れても死なないのがわかっているので心配はなかった。


 時間にして十分ぴったり祈りの時間が終わると、すっとビリーは立ち上がった。

 それに合わせて命は三世から受け取った仕事のメモをビリーに差し出す。

「十時三十八分。社長によるメモを受け取りました! 内容は新しい商品の受注と既存の商品についての調査。わかりました――すぐに取り掛かります」

 そう言いながらメモを丁重に受け取り、内容を読んだ後ビリーはメモを社長室の机にしまった。

「社長夫人。好きな場所に座り少々お待ちください」

 ビリーはそう微笑むと社長室を出て、部屋の前の男達に怒鳴り声をあげる。

 怒ってというよりは、軍の命令のようであった。

 ビリーの言葉に男達は復唱し、そして走り出した。

 のちにビリーもどこかに走り、そして三分後に社長室に戻ってきた。

「お待たせしました。社長のお言葉は社員一同に伝えさせていただきましたのでご安心ください」

 そう、わずか三分で社員全員が、社長の下した指示を受け取り、全員でその指令を実行していた。

 急ぎの仕事ではなく一週間程度かけてゆっくり行うものなので、急ぐ必要など何一つない。

 ただ、偉大なる社長の言葉は全てにおいて優先される為、即座に全員に伝えたというだけである。

 それが会社のルールだった。

 そんなルール、命は捨てて欲しかった。



 これ以上ココにいると頭がおかしくなりそうなので、命は速やかにこの会社を退出しようと決意した。

 が、隣には大量の紙の束を持つビリーがいて、ニコニコとこちらを見ている。

 帰りたい……が、どうやら帰るわけにはいかないらしい。

 

「その紙束は何でしょうか?」

 この会社で命の仕事はないはずである。

 命の本分は女中であって、会社運営には一切かかわっていないからだ。

「はい。厚顔無恥で非常に申し訳ないのですが、社員から社長である八久様への嘆願書でございます」

 けっこうな量で重そうだなと命は考えながら頷いた。

「それを主様に渡せば良いのですか?」

「いえ。全てをお目配せしていただくことを望むほど我々も恥知らずではございません。この中から社長夫人であるあなた様に適切と思う内容の物を選んでいただけたらと思いまして」


 社長に言いたいことがある。けどあんまり沢山要求するもの悪い。

 だから社長が怒らないでかつ受け入れてくれそうな内容を社長と親しい命に選んで欲しい。

 そうビリーは言いたいのだろう。

「なるほどわかりました。確かに主様も体調が本調子ではないのでこの量は多いです。ただ、女中である私には会社のアレコレはわかりかねますのでご協力くださいますか?」

 命の言葉に、ビリーは胸に手を当て背筋を伸ばし答えた。

「――この身命を賭して」

 ――いえ、そこまで要求しません……。

 命は全てを重く受け止めるこの会社に疲れを感じながらため息を吐いた。


「まずはご要望の多い物をお見せいただけますか?」

 命の言葉にビリーは心の底から嬉しそうにしながら、英国人特有の気障なポーズで一枚の紙を渡した。

「素晴らしいご慧眼で――私が見た限りですと、これなど特に同じ意見が多く、また右腕たる私も同意見でございます」

 命はその紙を受け取り、短い文章であるあまり綺麗と言えない字を読んだ。

『休みの日に働くけんりをください』

 ――は?

 命は絶句し、冷や汗を掻きだした。

 どう見ても子供の字で、おぞましい内容が書かれていたからだ。

「――これは、給料をもっと欲しいという意味でしょうか?」

 命の言葉にビリーは顔を青くしながら手を横に振り、全力で否定した。

「とんでもない! そんな恥知らずな子ではないですよこの子は。社長に対する恩を感じそういったことを書く……将来有望な素晴らしい男児です」

 そう言いながらビリーは目から涙を流しハンカチで拭いた。


 子供の母親が病気で倒れた時に、子供はここに出稼ぎにきた。

 治療費の事を考えたら父親だけの賃金では足りなかったのだ。

 そして働いている時に子供は魔が差し、治療費の為にこの会社の金を盗もうとした。

 暴走した社員が子供を捕まえ八つ裂きにしようとするのを止め、三世はゆっくりと優しい口調で事情を尋ねた。

 そして事情を聴いた三世は即座に帝都の有名で、当然高価な病院に母親を入院させた。

 全て三世のポケットマネーで母親の治療が始まった。

 それから一年ほど経過したが今でも母親は入院したままだ。

 しかし、確かに快調に向かっており、来年には完治して健康な体で家族が揃うことになっている。

 犯罪を見逃され助けられ、そこまでされて子供は社長に恩を感じないわけがい。

 子供は狂信者にランクアップしていた。


「ということで、この子を筆頭に我々社員の言いたいことを纏めました」

 ビリーは達筆な日本語で、命にその紙を見せた。

『給料五割削減の上週休零日制。残業代無償に逆ボーナスデーの設置』

「……この逆ボーナスデーとは?」

「はい。社長に我々社員による希望者から給料のうち何割かをボーナスとして受け取ってもらおうと」

 何故か誇らしそうにビリーはそう言った。

「何割位の社員が希望し、給料から何割くらい払おうと考えてます?」

「十割の社員がこれを希望し、給料の十割を払おうと考えております」

 そんな無茶が社員全員の意見らしい。

 命はビリーに優しく微笑み、ビリーはその顔から自分の気持ちが受け入れられたと思い命に微笑み返した。


「……この嘆願書の内容、最初から最後まで全部没で」

「何故にホワイ!?」

 むしろ、どうしてそれがまかり通ると思ったのか命には理解できなかった。


 残業代を還元させろ。社長への募金箱を用意しろ。社長の健康を祈る為に死ぬまでお百度参りさせろ。一日の労働時間を二十時間にしろ。社長を賛美する社歌が欲しい。夫人に社長賛美の演説をしてほしい。

 そんな頭の痛い内容の嘆願書を延々と没にしていく命。

「さすが夫人。なかなかに手厳しい。もっと素晴らしい意見でないと社長が目を通す価値すらないということか……」

 ――ハードルを上げるな。下げろ。

 そう言いたいが、言っても無駄なことを良く理解しているので命は黙って微笑んだ。

「あとは――ああ、これは違いますね。燃やしましょう」

 そう言いながらビリーが捨てようとしたのを命は止めた。

「一応見せてください」

 命の言葉にビリーは難しい顔をしながらその紙を見せた。

『社員寮がそろそろ埋まりそうです。また床が腐りかけたりと老朽化も目立つので、新しい社員寮についてご検討を』

 非常にマトモでかつ正しい内容である。

「……これ、何か間違ってるのでしょうか?」

 ビリーは自信満々に答えた。

「ええ。この会社で働けるのです。それだけで十分でしょう。ついでに言えばテント生活でも問題ないと思いませんか?」

 まったく思いません。どこの世界に社員にテント生活を強要する社長がいるというのでしょうか。

 命は大きくため息を吐いて、その紙をビリーに渡した。

「従業員が全員入る新しい社員寮の設置を最優先してください。可及的速やかに」

「はあ。別に問題ないと思うのですが」

「ボロボロの社員寮を使っていると主様が知ったら、主様は悲しみますよ?」

 ビリーはぴくんと反応した後、鷹のような険しい顔立ちになり、眼鏡の位置を直しながら命に呟いた。

「――明日社長が来るまでに全ての項目を完了させ建設に入れるよう最終計画書を用意しておきます」

 命は微笑み頷いた。


 ――やうやくかえれる……。

 命は疲れた顔で会社の敷地から立ち去った。

 背後には社員一同の軍も真っ青の、一ミリのズレもない隊列から繰り出される九十度のお辞儀。

「ありがとうございました!」

 その姿勢のまま繰り返し飛び交う叫び声の図は地獄絵図にしか見えなかった。

 軍隊よりも統率が取れ、他の宗教よりも信仰に厚い、そんな貿易会社。

 どうしてこうなったのかはわかるが、どうしてここまで来てしまったのか命にはわからなかった。

 姿が見えなくなり、声が聞こえなくなってから、命は大きくため息を吐いた。

 とても疲れた。

 どうして三世があの場で平然としていられるのか、やはり命には理解出来なかった。




 三世家で五年、離れて二年。

 合計七年、命は三世の傍で暮らした。

 出来る限り一緒にいたかった為、三世の傍を離れることを極力避け続けた。

 他の誰の為でもなく、自分が一緒にいたいからだ。

 そして、そんな幸せな日々が終わりが近づいていることも命は理解していた。

 だからといって命はどうこうするつもりはない。

 むしろ逆に、少しでも早く三世の目的を達成させようと考えている。

 ――主様、いえ、ヤツヒサ様が幸せなことが一番ですから……。

 そう考えると、自分もあの狂信者と大して変わらないなと命は自分に笑った。


 一つだけ、命には気になることがあった。

 昨日会った咎月と名乗った少女の事だ。

 おそらく三世と元世界の知り合いなのだろうが、今記憶を失っているように見えた。

 記憶だけなら取り戻せば良い。

 命が心配しているのは別のことだった。


 記憶を取り戻して、人殺しであるということを彼女は受け入れられるのだろうか。

 最低でも一人、恐らくだが三人は殺している。

 三世の大切な人であると知っているからこそ、命は彼女の事を心配せずにはいられなかった。


ありがとうございました。

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