月華1
通り魔の話を聞いた時、三世の頭の隅に小さな可能性が思い浮かんだ。
その可能性を思いついた時はもしかして程度の考えでしかなく、限りなく白に近いあり得ない思いつきだった。。
しかし、その【もしかして】という小さなこびり付きが拭えない。
調べれば調べるほど――可能性は高まっていく。
そして遂に、被害者の反応から【もしかして】は【疑惑】に変化した。
被害者である調子の良い男は、三世が『下手人が女』という事実を知っていることにえもしれぬ恐怖を覚え、鎧武者の亡霊が作り話であることを認めた。
そうして男は本当の意味で口が軽くなり、ペラペラと情けない本当にあった事を語り始めた。
真っ暗な夜道を一人で歩いていると、子供と見間違えるほど小さな女が現れた。
酒も入って気が大きくなっていた為、少し脅かして追い払おうかと考え、そしてその女に近づくと、さっきまでは手に何も持っていなかったはずなのに刃渡りの長い刃物を持って女はこちらを無関心な瞳で見ていた。
その無関心な瞳は自分の命にも関心がないと理解出来、そんな危険人物に生殺与奪の権利があることが恐ろしくって荷物を放り出し走って逃げた。
追ってくることはなかったが、その荷物の中に大切な物が沢山入ってることを思い出し、一時間ほど待っておどおどしながらと現場に戻ることにした。
既にその女の姿はなく、そこに自分の荷物が投げ捨てられていた。
なくなっていたのは夜食の握り飯とちょっとした小銭だけで、財布も家の鍵も高価な煙管も残されたままだった。
よほど怖かったのか、男は震えながらそう語った。
女子供の化け物が現れたと言っても誰も信じてもらえないだろうし、何より女子供が化け物に見えて怯えて逃げたなんて言ったら恥ずかしくて生きていけない。
だから男は【鎧武者の亡霊】ということにしたそうだ。
話を聞いて、三世の【疑惑】は【確信】へと変わった。
出来たら外れて欲しかった【もしかして】だったが、ほぼ間違いない。
――今度は落とし穴は使えそうにないですし、さてどうしましょうか。
出会った時の事を思い出し少しだけノスタルジックな感情に浸りつつ、同時にこれからの事を考え三世は憂鬱な気持ちとなった。
――絶対に反対されると思っていましたが……。
下手人を探す為に夜中に出かけたいという三世の無茶なお願いに命はあっさりと頷いた。
自慢ではないが三世の丈夫さは子供と比べても大きく下回る。。
夜中に寝ずに外に出るという行為は、普通の人がフルマラソン後に汗を拭かずそのまま寝るくらいの暴挙である。
最低でも、明日一日動けないくらいは体調が悪化すると覚悟しておいた方が良いだろう。
女中であり三世の面倒を見る仕事に就いている命なら、必ず心配し叱りつ宥めて止めるだろうと考えていた。
しかし、命は頷いたばかりか三世に上着を渡し、自分も上着を羽織った。
その様子はむしろ応援するようでさえあった。
「良いんですか?」
命は三世の顔を見てきょとんとした表情の後苦笑した。
「良くないですよ? ですが、主様にとって必要なことなのでしょう?」
そんな命の言葉に、三世ははっきりと首を縦に動かした。
「でしたら、私は何も言いません。ただし、私も連れて行ってください」
やはり命は何かを知っているらしい。追及をするつもりはないが、この世界の住民として以外の独自の考え方があるようだ。
三世は再度首を縦に動かし、二人で仲良く夜間外出をした。
休み休み移動して町の外に向かい、犯行の多い辺りに着いたら木を背に寄っかかった。
後は待つだけである。
三世はすぐに見つかるという甘い考えは持っておらず、数日かかる位の覚悟はしていた。
だが、三世には何故か確信があった。
必ず今日来るという――自分でもよくわからない確信が。
ちりん……。
命の肩で仮眠を取っていた三世は小さな鈴の音で目を覚まし命の顔を見る。
隣にいる命も頷き、三世は寄っかかっていた木から離れ待ち構えた。
ちりん……。
さっきよりも少し大きな鈴の音が聞こえた。
音を鳴らしている彼女がこちらに近づいているのだろう。
ちりん。
そして鈴の音がすぐ傍まで迫った瞬間――突然少女はすぐ傍に現れた。
影も形もなかったのに、本当に急に目の前十メートルほどの距離に着物を着た小さな彼女は現れた。
「ゆらりゆらりと闇から影に。獣にもなれず、人にもなれず、月より堕ちて鬼となる」
ちりんと鳴る音と同時に少女の綺麗な言葉が聞こえ、同時に風の音や木々の揺れ、葉のこすれる音も聞こえなくなる。
音を支配し、場を支配する小さな少女は、こちらを見て微笑んだ。
「……あら、素敵な殿方様、――もし次があれば、この道を通らないことをお勧めいたします」
微笑みを浮かべ三世に話しかけた後、少しだけ悲しい顔をして少女はこちらに歩み寄ってきた――短刀を持って。
背が低く、短く黒い髪が綺麗な黒い瞳の少女。
黒い下地に赤い華の書かれた着物を着て、小さな短刀は持ち手が赤く刃渡りはナイフ程度の長さ。
多少姿は違うが、三世がその姿を見間違えることはなかった。
猫の耳はなく、目も人と同じで黄金の瞳でもないが、この少女は間違くなく――シャルトだった。
「君の名前は?」
三世が短く尋ねると、少女は足を止めて考え、口を開いた。
「昔は月華と呼ばれておりました。ですが、今は悪鬼外道に堕ちた身です。その名を呼ばれる資格などありゃしません。ですので……咎月とお覚え下さい――」
その言葉と同時に咎月――いや月華は三世の首目掛けて短刀を突き出してきた。
命が三世と月華の間に入り短刀を持った手を弾く。
想像以上に速い命の動きに、月華は驚きながら一歩ほど後ろに跳び短刀を構える。
そして今度は命の方を向き、短刀で胴を狙い突く。
短い短刀ではあるがその突きの鋭さは異常である。
動きにくい着物を着た女性のはずが、日本刀を持った男性よりも早く、鋭いほどだった。
そんな鋭い突きを命は平然と見切り、軽々と回避してシャルトの腹めがけて拳を叩きこむ。
シャルトはその動きに反応し、ギリギリで後ろに跳び命の拳を避けた。
その速度と拳圧から命の拳に当たったことを想像したのか、月華の頬からわずかに汗が伝った。
「人と言う生き物とは――なんと恐ろしいのでしょうか」
月華は無理やり顔を笑わせそう呟いた。
「それはあなたもでしょう」
命は軽く言葉を返し、月華を睨みつける。
シャルトは右半身を前に出し、前のめり気味に全身し短刀による連続の突きを命に打ち込んだ。
同時に短刀が二つ、三つに見えるほどの速度で急所を狙い続ける月華。
目にも追えぬほどの連続の突きではあるが、命はそれを全て避けた。
人間離れした強さの月華ではあるが、命は間違いなくそれよりも強かった。
疲労からか油断からか、月華の突きが鈍くなった瞬間――命は左手の親指と人差し指で短刀を掴んだ。
高速の突きを指で止めるなどという理解出来ない行動からか、月華はソレに反応出来ず、命はそれに合わせ右手で全力の手刀を叩きこみ――短刀を叩き折った。
月華は大きく後ろに跳び、持ち手だけとなった短刀を見て苦笑いをした。
「――確かに本気を出しておりませんが、それでもこの実力差。本気を出しても無傷で勝てるか……いえ、正直に言いますと本気でも勝てる気がしません。なので逃げさせていただきます。そこの何かを感じる素敵なお方。夜はこの道を通らな……で――。おねが――」
声が徐々に小さくなり、ちりんと鈴の音が聞こえた時には月華の姿はどこにもなかった。
「――帰ろう」
三世は小さく呟き、命はそれに頷く。
何も解決していない。
何も終わっていない。
何も始まってもいない。
それでも、ここで出来ることはもうなくなっていた。
「何か、シャル――いや、月華について知っていることがあるなら教えてもらえませんか?」
「……すいません。あの人について私は何も知らないです」
命の言葉に嘘は感じなかった。
「そうですか」
一言短く言葉を返し、三世と命は無言のまま帰路についた。
次の日、予定通り三世は寝込み布団から出られなくなった。
三十八度の熱を出し布団で横たわる三世。
それは夜に外出しただけでなく、精神的な疲弊も影響を与えていた。
ありがとうございました。




