幽霊騒動
「世界って、こんなに広いのですね……」
命はそう呟きながら、綺麗なガラスの容器に入っている白玉をスプーンで掬いながら目を輝かせた。
あの後すぐに帰ろうかと思ったのが、味見をしてくれという太郎丸の言葉に命が足を止め、捨てられた子犬のような目で三世を見た。
調べたい物があるから出来たら帰りたかったのだが、命のこんな顔を見ると帰るという言葉を出すことは出来ない。
そう考え悩んでいたら、三世は一つあることを思い出した。この店には複数の新聞が常備されているじゃないか。
「新聞貸してもらえませんか?」
そう呟く三世に、太郎丸はにっこりとした表情で頷いた。
個室に案内され、八社分の新聞、一週間分が用意された。
そして待つこと三十分ほどで、店長は新作の白玉フルーツポンチを自信満々に持って三世達がいるテーブルに置いた。
果実だけでなく牛乳も使った色とりどりの寒天達に、さくらんぼと葡萄に加え柑橘系だけでなく希少であるはずのメロンも加えられたありえないほど贅沢な果物群。
そしてラムネは薄くならない程度にリンゴの果実が加えられ、甘さはほどほどながら酸味のあるすっきりとした味わいになっていた。
それにちらばる甘い小豆としっかり迫力のある味の白玉。
綺麗に整えられた果物と白玉は透明な液体の中で輝き、まるで宝石箱のようになっていた。
三世は確信した。これは神宮寺太郎丸の作る傑作であり、そして間違いなく売り物にならないと。
この一杯で幾らになるのか想像もつかないほど高価である。どうやっても、元を取るのは無理だろう。
三世は苦笑しながら『メロンは白玉と同じく丸くした方が見栄えが良い。売り物としては値段的に不可能』とメモに書き、一口も食べずにキラキラとした瞳の命に差し出した。
自分がこんなに食べたらお腹を壊すし、何より待てをしている犬のような目の命の前でフルーツポンチを食べるのは精神的に無理だ。
代わりに三世は団子を店員に持ってきてもらうよう頼んだ。
命が夢中になっているうちに、三世は団子を頬張りながら新聞を読むことにした。
焼き目の入った暖かい白玉団子の優しい甘さとしっかりした歯ごたえを楽しみながら、新聞のゴシップ記事を纏めていく。
ゴシップ記事に限定しているのには意味があり、どうやら警察が情報隠蔽を謀っているらしく、このあたりで最近に殺人は起きていないということになっているようだ。
現地に住む三世の耳にすら、不審な死の噂があり、実際に葬儀が営まれているのに、殺人ではないと断定して記事にされていないのだから隠蔽とみて間違いないだろう。
といっても、警察や軍が黒幕ということ可能性は限りなく低い。
この辺りで人殺しが出たと聞けば市民が不安になるのと、捜査の邪魔だから隠している程度の話である。
色々と気になる記事があったが、一番気になったのは今日の朝刊である。
この前と同じ『帝都新聞』からの記事で、続報と言っても良いだろう。
以前は鎧武者の幽霊騒動に加え五メートルの巨人という話が出たが、今日の新聞で更に追加された。
家の何倍も大きなだいだらぼっちが現れ、馬を丸のみしていったというとんでも話が出てきたのだ。
本来なら全部鼻で笑う話であり、警察すらも放置するような与太話である。
実際、警察はまともに聞いてはいないだろう。
だが、問題はこの近くでかつ、全部同じような位置で起きているということだ。
この町付近の隣町の通り道、三件ともそこで発生していた。
また、これらとは違い信ぴょう性のある地元新聞の記事に強盗について書かれていた。
強盗事件が三件の事件と同じ通り道で発生しているらしく、多くの人が被害にあったという話があり気を付けて欲しいという内容だった。
――やはり情報が交錯しており、何が本当か見えてこないな。
所詮はゴシップ記事であり、信ぴょう性など零に等しい。
どれが本当か取捨選択することなど出来るわけがない。
またタチの悪い事に、三世の視点で考えるなら正直どれもあり得るのだ。
塔の攻略イベントとして見るなら武者の亡霊はもちろん、巨人だろうとだいだらぼっちだろうと出てもおかしくないのだ。
ただ、全部が一度にくるわけがないから、その大半はただの虚構であり、そしてソレがどれか理解出来るほどの情報はこれらの新聞からは手に入らない。
団子もとうに食べ終わり、腕を組んで悩んでいる三世に、命がスプーンを置き、小さくぽつりと呟いた。
「案外、全部嘘だったりしませんかね?」
その言葉に、三世は首を傾げる。
「全部とは?実際は通り魔も起きてなく、全部デタラメということでしょうか?」
その言葉に命は首を横に振り、言いにくそうに言葉を綴った。
「いえ、そうではなくてですね……殺人や物取りは実際に有りまして……その代わり被害にあった方は下手人の事を大げさに言ったのではと。男の方ってこう……話を大げさにすると言いますか下駄をはかせるのが好きと言いますか……」
命の考えはシンプルで、被害者が見得で話を大げさにしただけというものだった。
鎧武者や巨人ではなく実際はどこにでもいる犯人で、そして自分の名誉が傷つくから大げさに法螺を拭いて自分の名誉を守ったと言いたいのだろう。
だとしたら、名誉を守らないとならないような見た目が弱そうな相手である可能性が高いということだ。
そんな命の考えに三世は納得し、そしてもしそうだった場合の事を考えると、三世は猛烈に嫌な可能性を思い浮かべた。
「これは……被害者に会いに行った方が良いかもしれませんね」
三世の呟きに命は首を傾げながらスプーンを口に運んでいた。
「すいません。まだ食べ終わってないので少々お待ちください」
命はマイペースに果物を口に運びながらそう言った。
二、三人前はありそうだったフルーツポンチは残りわずかとなっていた。
「……店主にはしっかりとお礼を言っておきましょうね」
命はこくんと頷き、一心不乱にスプーンを動かし始めた。
店を出て一時間と少し位で、三世は被害者の情報をあっさりと手に入れた。
被害者は合計で四組、全て物取りの犯行と思われている。
死者は二人で、一人は商人、もう一人はその商人の護衛である。
最初はあまり良い噂の聞かない商人なので怨恨の可能性も疑われたが、残り三組は全てまっとうな人だった為、物取りの犯行と断定された。
被害者のうちこの町に住んでいるのはそのうちの二組で、そのうちの一組は単独で話しやすく、また被害が少ないので傷口をえぐる心配もない為交渉には向いている。
「……主様、あの方良く教えてくれましたね……」
巡回中の警官に尋ね、警官は何故か機密であるはずの内部情報をスラスラと答えた様子を見て命があっけにとられながらそう呟いた。
「ええ。あの人は良く鼻が詰まるんですよ」
その三世の言葉に命は首を傾げ、三世が袖を指差すと納得してため息を吐いた。
「はあ。警官がそれで良いのでしょうか」
そんな命の言葉に、三世はあいまいな笑みで誤魔化した。
「警官も人ですから」
それはどういう意味なのか命にはわからなかった。
目的地である昔ながらの古びた一軒家にたどり着くと、三世はさっそく戸を叩いた。
「はいはい。何かようですか?」
叩いてすぐに声が返ってきて、扉を開けて出てきた中年の男性に三世は頭を下げ尋ねた。
「こんにちは。実はあなたが遭遇した強盗について少々話を聞きたくて――」
さっきまでの表情とは打って変わり、男は訝しげな目で三世を見始めた。
「あんた記者さん……には見えねえな。記者さんなら歓迎なんだがただの暇人に話すことはないよ」
そう言って男は扉を閉めた。
「あれ?警官の方の話では話しやすいということでしたのに?」
さっきの態度ではとても話しやすい人とは思えない。命は首を傾げていると、三世は微笑みながらもう一度戸を叩いた。
「はいはい。何でしょうかねえ! 話すことはないのですが!」
いら立ちを隠さず、少々怒鳴り気味の男に、三世は優しく話しかけた。
「いえ、私共は今鼻薬の提供を行っていまして。試供品ですがお試しいただけませんか?」
そう言いながら、三世は三角錐の小さな紙を男に手渡した。
ただし、その重さは薬にしては重く例えるなら小さな金属が入っていそうな重さだった。
男は中身を確認した瞬間――笑顔になり二人を家に上げた。
「立ったまま話しを聴くのものは疲れるだろう。お茶くらいは出すからさ。ささ、入っとくれ」
その変わり身の早さに、命は話しやすいという本当の言葉の意味を理解した。
客用の座布団に熱いお茶。中のお茶はもちろん、湯呑もそれなりに上等な物だった。
わかりやすい歓迎ムードの中、座布団の上から男が三世に尋ねてきた。
「それで兄さんは俺の話が聞きたいんでしたっけ?」
男の言葉に三世は袖の下から何かをちらちら見せながら、笑顔で頷いた。
「任せな。新聞に話したことよりも詳しい話をしてやろう」
男は目を閉じ、大げさに自分の武勇伝を語りだした。
突然虚空から声が聞こえてきて、その方向を向くと人影があり、何かを呟いたと思ったら突然鎧を身にまといどこからか太刀を取り出してこちらを襲ってきた。
ソレを自分が紙一重でかわすと武者は焦ったような態度になり、なお攻勢に出る。
それでも避けるが、手元に武器がない為、自分にはなすすべがない。
もし手元に武器があったら幽霊退治が出来たと残念に思った。
それでも必死に逃げ回り、何度も何度も避けているうちに疲れ果て、その隙に武者は荷物の握り飯を盗って逃げた。
というのが男の言い分だった。
「五割でしょうか?」
命が小声で三世に囁いた。
「私は七、いえ八割と思います」
それは二人の予想する履かせた下駄と法螺の割合である。
どう見ても大して強くなさろうな男がそんな妖怪のような存在からの一振りを避けられるとは思えない。
ソレ以外にもいくつか話に怪しいところがあるが、正直三世にはどうでもよかった。
新聞に載っていた内容から想像し、元々マトモな話し合いが出来るとは思っていなかったからだ。
三世が尋ねたいことはたった一つ、もしこれが違ったならそっちの方が都合が良いという内容でもある。
「すいません。一つ尋ねてもよろしいでしょうか?」
三世の下からの丁寧な態度に男は気を良くする。
「ああ。何でも聞いてくれ!」
終わった後の鼻薬を期待しての発言もあるだろう。
ご機嫌な男に三世は質問した。
「下手人は背の低い女性でしたね?」
男は体を硬直させ、顔を青白くして震えだした
ありがとうございました。




