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上書きされた想いは誰の物?

 

 文明開化とはよくいったものだ。

 全く異なる文化ではあるが、その格差により日本文化は恐ろしいほどに侵食されていく。

 だが、私はソレを悪いこととは思わない。

 西洋の文化が入ることによりこの日本は恐ろしいほどの発展を見せているからだ。

 逆に言えば、世界ではこれが常識であったということであり、それは本気で攻められた場合日本に己を守る方法がないという意味である。

 そう――文明開化の恩恵を受けている私は思った。


 我が一族である三世家は豪族と呼んで良いほど大きな一族だった。

 昔は多くの侍を生み出し幕府とも付き合いがあった。

 今は時代に合わせ多くの軍人を排出している。当然、将官の地位でだ。

 武力により国に貢献することを誇りとしている豪族、それが三世家であった。

 その大豪族である本家の三男として私三世八久は生を受けた。


 末広がりになるよう期待され付けられた八の字を持つ私だが、家族の期待に応えることは出来なかった。

 理由は単純で――異常とも呼べるほど体が弱かったからだ。

 五歳まではまだ将来を期待され家族から可愛がられていた。

 十歳になっても体が弱いままだった為甘やかされた所為と判断され、無理な訓練を受けては倒れてを繰り返した。

 十五歳で親から諦められ、一部の女中以外にはいない者として扱われ、そして二十歳になると同時に厄介者として絶縁させることが決まった。


 『軍人となり御国に奉仕することすら出来ぬ者に、名誉ある三世家に在する資格はない』と当主に言われ、一人の女中と一年程度は困らないだろう金銭を持たされて絶縁された。

 自分の体が弱い所為なので絶縁には文句はない。だがそのせいで女中の竹下命タケシタメイまで巻き込んだしまったことは本当に申し訳ないと思う。


 命は私と仲が良く、倒れて熱を出していた時よく見てくれた女中である。

 正直な感想を言えば付いてきてくれて嬉しいし自分の体調の事も知っていて頼もしくもある。

 だが、自分には未来がない。家から捨てられ、いつまで生きられるかもわからぬほど体が弱い自分に付き合わせるのは悪いと思い、絶縁された直後、命に見捨てるよう話を持ち掛けた。

「私はこの通りの厄介者である。お前はまだ若い。私のような出来損ないの世話に人生を費やす必要はないだろう。好きに生きると良い」

 二十である私と違い命はまだ十六歳である。

 未来ある若人の足を引っ張り生を終えるという人生だけは避けたいと考え、私はそう命に言った。

 すると、命は目から大粒の涙を流し出した。

「二度と……二度とそのようなことは言わないで下さいまし。私は望んでここに来ました。最後まで坊ちゃんの傍にいるつもりでございます」

 そう言われると私は何も言えず『せめて早世して自由にしてあげなければ』という後ろ向きな決意を私は心に秘めた。




 そして二年、人生とは何が起こるかわからないということをしみじみと思い知った。

 絶縁された後賃貸を借り、命と二人暮らしを始めた。

 狭い集合賃貸であり、四畳一間。体調の問題で台所だけはついていたがそれだけであり、布団すら最初は一つしかなかった。

 その直後から私の体に変化があった。依然として体は弱いままだが、頻繁に熱を出し倒れることはなくなっていた。

 実家の生活の負担がなくなったことと、命の介護にも近いほどの苦労をかけたおかげだろう。


 そこから生活費を稼ぐ為に自分の出来そうなことを考え、物の売買を始めた。

 安く仕入れて高く売る。ただそれだけではあるが、どうやら自分に才があったらしくこれが思った以上にうまくいった。

 特に外国由来の物は何故か売れそうな物が予想でき、恐ろしいと感じるほどの儲けを生み出し続け、自分の会社を持つに至った。

 商売関係から外国の人が朝に飲むとされる牛乳を飲む習慣をつけると自分の体は更にマシになった。

 人よりも外国の品物に詳しくなった私は、外国から体に良いと思われる食べ物の話を仕入れ、命に用意させることとした。

 命も、私が健康になるならと文句を言わずに付き合ってくれた。

 体調の事以外にも、命の為に西洋菓子を仕入れて見たりと色々と挑戦してみた。

 クッキーという食べ物は女性に対して中毒症状でもあるのかというくらい、命は気に入ってくれた。

 そんな生活を続けるうちに、病弱だった自分は軟弱程度までマシとなった。


 文明開化に文句を言う人は未だにいるが、私のようにその利を受けている人も増えてきて最近では文句を言う人はごく少数となったように感じる。

 それほどに、外国――西洋文化というものには多くの魅力があった。


 気づけば私は死から遠くなり――確かに健康となった。

 西洋の医学と食事情は私の体に適していたらしい。

 この調子なら早く死ぬことはないだろう。あと三十年は生きることが出来そうだ。

 商売もわずか二年で大きな流れをつかめ、今や一日に二時間程度仕事をするだけで市民の平均月収ほど稼げる身となった。

 給金も増え安い賃貸から移動しようと考えたが、命が何故かここを離れることを嫌がった為未だにこの安物件に残っている。

 そのことに不満はないが、命に良い生活をさせてやれないのは少々悩ましい事態だった。


 命には感謝してもしたりない。二年間誰にも期待されていなかった私を、ずっと傍にいて支えてくれたのだ。

 後になって知ったのだが、私が絶縁された時に命は無理を言って暇を貰い無理やり私に付いてきたらしい。

 命が居なければ私は生きていないし、当然商売も成功していない。

 そんな命を、私は好んでいた――そして自惚れでなければ、命も私を……。


 当然だが、二年間恩人でもある命に不埒な真似はしていない。

 お互い清いまま、それでも二年、絆を感じ生きてきた。

 同時に――ずっと待たせているということも理解している。

 命の立場からは言い出せることではないということも。


 だから私は、今日この場で命にこの想いを告げようと思う。




 今回の為に外国から仕入れた指輪を見て――三世はこれが仮初の世界であることも含め全てを思い出した。


 追放され命と共に人生を歩む三世の記憶はそのままに、獣医として生きて塔に上っていたことを思い出した三世は悔やまずにはいられなかった。

 どちらが正しい記憶なのかわからない。

 一つだけわかるのは、命を愛しているのはこの世界に生きた三世だけである。

 そして記憶が混じりあった為、純粋な意味でこの世界に生きた三世はもう――この世界にはいなかった。


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