契約と遊戯
塔攻略の報告の際に、四十六階に上がる条件のヒントをもらえないかと思い王に相談したが、ヒントをもらうことは出来なかった。
軍の最高階層が四十階、騎士団で四十五階と誰一人四十六階に到達していなかったからだ。
むしろ、軍や騎士団は三世のパーティーが突破することを期待していた雰囲気でさえあった。
数の多く攻略の期待されていた冒険者組は、大体三十階程度で足止めを食らっていた。
戦力という意味では軍や騎士団にも負けていないが、条件という意味では個人主義の強い冒険者は少々不利な状況だからだ。
王国としては『奴隷扱いをされていない亜人』という条件が何度か出ているのではないかと予想していた。
獣人とラーライル王国は戦争中であり、控えめに見ても種族間での立場の違いは大きい。
今度ルナのいた集落が村となるが、これが獣人が作る最初の村であることを考えると獣人の地位の低さもわかる。
法的に奴隷でなくても金銭によって逆らえなくなった場合も奴隷と塔は判定をするらしく、ただでさえ少ない獣人でかつ奴隷でもなく対等に近い関係というかなり狭い条件が冒険者にとって塔攻略の鬼門となっていた。
獣人以外の亜人を探した人もいたが、獣人以外の亜人は大体他国に住んでいる。
ラーライル国内の住民限定という塔に入る為の条件が存在する為、彼らを参加させることも出来ない。
ついでに言えば、その彼ら亜人を移住させラーライル王国民としても無意味だった。
試しにドラゴニュートをラーライルの特別住民と認定してみたが、塔に入ることは許されなかった。
流石に軍を抜いて騎士団と並んでいるとは思っておらず、国がお手上げなら自分達が出来るわけないと考え三世はこれを休暇と受け取り休むことにした。
この前のぶらぶら散歩が割と楽しかったので、しばらくは村の見回りも兼ねてぶらぶら三人で歩いたりしてまったりしようと休暇を心待ちにしていた。
そんな三世達とは裏腹に、国、軍、騎士団は懸命な思いで塔攻略を進めようと徒労を重ねていた。
軍も騎士団では成果の出ないトライアンドエラーを繰り返させられ、冒険者は数少ない獣人の冒険者を奪い合う。
一番期待できる冒険者は休みに入った。だが、ソレを責めることは出来ない。
国王フィロスも、情報としては三世に期待しているがそれ以外の事は期待していない。
むしろ、目立ちすぎると面倒なしがらみに巻き込んでしまうとわかっているのでこれ以上目立たずにいて欲しいとさえ願っていた。
塔攻略もフィロス個人の考えとしては三世に参加させたくなかった。
しかし、既に三世の知名度は王が匿うことが出来る限界を超えていた。
友人の少ない国王という立場でも話せる、数少ない友人であり動物好きの同士である三世には、陰謀渦巻くドロドロした政界の世界には来てほしくない。
三世を利用しようとする貴族達の牽制をしながら、フィロスはそう思っていた。
国王を筆頭にあらゆる団体が可及的速やかに塔を攻略したいと考えている。
素材と雇用という意味では非常に便利なダンジョンではあるが、魔王の用意した建造物が町の傍にあるというのは非常に好ましくない。
これが他の町や村なら避難すれば良いだけの話なのだが、傍に在するのは王城であり、城下町だ。
立場と規模、どちらの視点からでも移転させることは出来ない。
そんな塔に苦しい選択を強いられているラーライル王国の彼ら以上に、塔の攻略を願っている存在がいた
雲より高い塔の屋上で、その男はブラブラと足を動かせながら、紙を持って考え事をしていた。
男と言っているが、厳密には男かどうかわからない。
いや――それ以前に人にも見えなかった。
二本足で立ち中肉中背の背丈、そして全身ピンクがかった肌色。
足先からてっ辺まで全身全く同じ肌色で、毛も無ければ指に爪もない。
特に酷いのは頭だ。
人の輪郭らしき形の玉があるだけで、そこには髪は当然耳も目も口もない。
あるはずのものがない気持ち悪さと、その存在の異質さ。
端的に言えば化け物とわざるを得ない。
「時は大正……。うーん。陳腐になるなぁ。侍の生きる世界……。うーん。これも何か違う」
男は紙に何か書いてはぐちゃぐちゃと上からペンを走らせて消し、文章を考え直す。
その様子はまるでスランプに陥っている小説家のようだった。
その男に名前はない。
名前を持つ必要もないほど人と触れ合っていなかったからだ。
その男の種族は『魔王』
この塔の攻略を望んでいる存在である。この塔を作った魔王は誰よりも己の力作である塔の攻略を願っていた。
「うーん。実際に見たわけじゃないからなぁ異世界。イメージし辛いんだよな。どうしたらリアリティが……いやむしろこの話は没に……でもなぁ……」
魔王はボヤキながら頭を掻いていた。
そんな売れない小説家みたいなことを塔の屋上というとんでもない位置で呟いている魔王の元に、一人の来客が現れた。
雲よりも高く、人の住む世界からは見えない辺鄙な場所。その上近づくと飛行している魔物が襲い掛かってくるようになっている防犯も整った場所。
そんな中に突然、何の音も気配もなくその来客は現れたが、魔王はソレに驚くそぶりすら見せなかった。
「おや契約の。何か御用でしょうか?」
魔王は後ろを振り向かずそのまま、背後にいる『契約』の魔王に話しかけた。
フードで顔を隠した彼女――契約の魔王は冷たい表情を浮かべながらめんどそうに本題に入った。
速く切り上げたいという感情が読み取れるようだ。
「おい。自分の拠点を遊戯に使うのは構わないが、コレはちゃんと消せるのか?」
契約の魔王は遊び終わった後の塔の処理についてだった。
魔王にとってダンジョンとは拠点でもあり、自分の最終防衛ラインでもある。
そんなダンジョンを、わざわざ人里傍に作る魔王は今までいなかった。
魔王の視点から見たら人は敵であり憎むべき存在である。
魔王という種族にとっての最終目的は人類の絶滅である。
そんな魔王がダンジョンを人から狙われる場所に建てるという発想などあり得なかった。
しかも、無限の居住空間に加え、無限に魔物を生み出す力を持つほどの強大な力を持つ魔王が、わざと攻略しやすいダンジョンを作るなんて事態は想定外であり、魔王の間ではちょっとした騒動になっていた。
魔王は人類を憎んでいる。しかし、この場にいる二人は例外だった。
ここにいる二人の魔王は、人類を憎んでおらず、むしろ人類と共存することすら考えているほどだ。
ただし、人の中に紛れて生きるわけではない。
人と友好的と言える稀有な魔王ではある。だがその在り方は、やはり人から見たら迷惑以外の何者でもなかった。
「ああ。遊び終わった後の心配をしてたんだね。大丈夫だよ。跡形もなく消すから」
男は契約の魔王に楽しそうにそう答えた。
「それならどうでも良い。好きにしろ」
そう契約の魔王は返した。
ダンジョンを削除するような機能は魔王にはない。
それでも、この上位に位置する魔王は消すと言い切った。
それならば契約の魔王にはどうでも良いことだった。
多くの人が無駄死にするわけでもない限り、契約の魔王にとっては全て些事である。
「うーん。それでも結構な人が死ぬけど良いの?」
男の言葉に契約の魔王は鼻で笑う。
「構わん。戦えぬ者が犠牲にならない限り私の意見は変わらん」
「難儀な性格してるねぇ。お互いにだけど」
男はそう言って苦笑した。
「おい。ソレについては聞いて良いのか?」
契約の魔王は男を指差し尋ねた。
以前の姿と声から男と断定し契約の魔王は話しているが、今の姿は男には見えないからだ。
一言で言えば不気味であり、そんな姿の魔王など今まで一人もいなかった。
ついでに言えば、以前はこの姿ではなかった。
確かにこの男は、昔はもっと普通の――人と同じ姿をしていたはずだった。
「うーん。答えても良いけど、こっちも質問して良い?」
「……答えられるものならな」
契約の魔王の返しに嬉しそうな雰囲気を出し、男は尋ねた。
「んじゃ、君は何が目的で動いてるの?ちなみにこっちは【人が好き】だからだよ」
男の言葉に契約の魔王は少々不快そうな雰囲気を出した後、その質問に答えた。
「共に生きる存在が欲しいだけだ。そして、私は魔王が嫌いだ。私の目的はソレだけだ」
「それは良かった! 同じ人好き同士仲良くしようよ」
男の言葉に、契約の魔王は怒気を含んだ声を放つ。
「私は、魔王が嫌いだ」
凍えそうな冷たい声と不快そうな雰囲気に、男は両手を横に広げてお手上げのポーズを取った。
「それでこの姿の答えだけど、これは準備だよ」
「準備だ?」
男は頷いて言葉を続ける。
「うんそうさ。人の為に出来ることを探して、そして見つかったから其の為の準備さ」
男の言葉を聴き、契約の魔王は男に対して興味を失った。
理由の一つはこれ以上言っても明確な答えが返ってこないとわかるからであり、もう一つは目の前の名無しの魔王に興味が無いからだ。
契約の魔王にとって重要なのは、人が強くなることのみ。
其の為に余計な犠牲を避けたいと考えている。それと同時に、このような修練になるダンジョンはむしろありがたいことですらある。
男には興味がないが、男の行うことは契約の魔王には都合が良かった――今のところではあるが。
そうなると、もう話すことがないし、話したくもない。
「そうか。じゃあ私はこれで去る。お前が嘘をついてない限り私はお前と敵対することはない」
そう言いながら、契約の魔王はこの場を立ち去ろうとする。
「はは。嘘なんてつくわけないじゃん。魔王なんだから」
そう返す言葉を聞いてか聞かずか、契約の魔王は塔の上から遠くに跳び去っていった。
――貴様の【人が好き】というのは、歪み切っていて反吐が出そうになる。
塔を離れても残る不快な気持ちに魔王はいら立ちを隠せない。
だが魔王にはどうすることもできない。
【契約の魔王はあの魔王に勝てない】
単純に実力差がありすぎるからだ。
不快な気持ちのまま、契約の魔王は人に見つからないようにラーライル王国を去った。
「そろそろ届いたかなー。魔王のお手紙」
足をパタパタさせながら、塔の上で座ったまま男は一人呟いた。
男は塔の中で人の言葉を聞いた。
『この塔って遊戯みたいだな』
遊びのように楽しんでくれた人間の言葉である。
人間が好きな魔王は人間にそう評され、喜び己の名前を決めた。
三世が四十五階で降りて数日後、国王から三世の元に封筒が届いた。
封筒には手紙が二枚入っていて、一枚は魔王から届いた二通目の写しを入れておくと書かれていた。
そしてもう一枚は、『遊戯の魔王より』と題名に書かれた魔王からの手紙だった。
頭の痛くなる文章を訳すと、内容は主にダンジョンのヒントについてだった。
四十六階は今までと逆で、種の結束を見せて欲しい。
五十階は全階層の中で一番気合を入れて作ったから楽しんでほしい。
五十一階以降は戦闘を中心に作った。
罠がない代わりに番人は人数制限をして戦うデスマッチ形式。
ただしギブアップは可能である。
宝箱は一桁階が二の時には必ずある。
中身はヒントから武器防具、下の階層に戻るアイテムなど塔攻略に便利なものも入っている。
最後に、人から遊戯の名前をもらい遊戯の魔王と名乗ることにした。
その名の通り楽しめる塔とするので命をかけて楽しんで欲しい。
手紙にはこういった内容が書かれていた。
ただし、とてもフレンドリーな感じで書かれていて、正直に言えば読むのに疲れるくらいだった。
『やあ! 僕の名前は遊戯の魔王。人間が大好きさ☆彡今日は君達にヒントを持って来たんだ!』
出だしからこんな内容だった為、訳して読み直さないと三世の頭に内容が入ってこなかった。
とりあえず、書き方は置くとして、四十六階の答えはわかった。
前回の手紙も嘘はなかった為、今回も間違いがないと思って良いだろう。
三世はマリウスに次のダンジョンアタックの日程を相談しに向かった。
ありがとうございました。