レザーボス・ガントレット
2018/12/10
リメイク
お読み下さりありがとうございます。
少しずつ長くなり大変な作業になってまいりました。
ミスなり誤字なりあったら是非連絡下さい。
読んでいただけたら幸いです。
「というわけで解決してきました」
朝、ベッドの上で目を開けるとコルネとルゥがこちらをニコニコと楽しそうに見つめていた。
「……おはようございます」
三世は寝ぼけながらも二人に挨拶した。
「はい。おはよう」
「……勝手にしのびこむのは無しにしてください」
何故か嬉しそうなコルネに、三世は呆れながら呟いた。
「はーい。じゃあ次はルゥちゃんに許可得てから入りまーす」
「まーす」
ルゥは手を挙げてそう答えた。
これでは無許可の時と何も変わらないではないか。
「……はぁ」
三世はため息一つ付き、眠気を取る為に紅茶を入れはじめた。
「それでもう解決したんですか?」
キャラメルを作った日から、まだ二日しか経っていない。
移動時間を考えると、本当にあっという間に解決させたらしい。
「うん。いやそんなに難しい問題じゃないし」
「どうやったんですか?」
三世が尋ねる。
「まず、居座っていた生徒を纏めてぶん殴った」
「殴った!?」
「正しくは力自慢を片っ端から拳で黙らせた」
思った以上に力技での解決だった。
「それで現状把握してないやつには――」
「把握してないやつは?」
「外国に飛ばした」
「飛ばす!?」
一々驚く三世の顔にコルネが満足そうである。
「まあ真面目にいうとね……」
コルネはケラケラ笑った後、真面目に説明を始めた。
まず、拠点に向かい自分の方が強いという事を示す為に全員を素手のみで戦闘不能にし黙らせたコルネ。
その拠点にいる中で、暴力でしか生きる気がない集団を同意の上、外国に送りつける。
その外国は稀人が少ないからか神のように信仰してる為、問題なく生活できる。
しかもこちらより野生動物や魔物の討伐報酬が多い。
暴力中心で生きていた生徒側から見ても、弱者を護る必要もなく存分に力を試せる為都合の良い提案だった。
そもそも、コルネに負けた彼らに逆らうという気持ちは一切なかった。
一部の生徒が移住を認めた後、追い出された生徒達に連絡し拠点に戻れるよう手配を進めた。
後は騎士団の中でも集団管理のうまい人が教師陣に集団コントロールの方法を教えれば、全て解決である。
「以上! 狙ったわけじゃないけど、トラブルメイカーだった彼らはほとんど移住を選択しました。ちなみに彼らは神殿住みになります。神父様方は別の理由で超怖いですのできっと更正してくれる事でしょう」
コルネはそう言って小さく溜息を吐いた。
「お疲れ様でした。難しい問題ではないと言いましたが、大変でしたね」
「ですです。ですが大変だったのは別の部分でした。ぶっちゃけ一番の問題児は、生徒を働かせたくないとか生徒達を外国に移住させるとは何事とか言って暴走して文句ばかり言う先生の方でしたね。精神病んでましたので入院して安静にしてもらってます。一月くらいで退院できるでしょう。あとはこっちの国に残った六組の生徒が申し訳なさと羞恥から落ち込みすぎてどよーんとしてますが、その辺りは四組が慰めながらもなんとか生活してくれるでしょう。というわけで、まあほぼ問題解決と言って良いんじゃないでしょうかね」
コルネはえへんと胸を張りそう答えた。
「十分です。ありがとうございました」
三世は深くお辞儀をした。
「これで何も気にせず生活に戻ることが出来ます」
「そっかーまあ何にしろ、役にたてたならよかったよかった」
コルネは少しだけ、真面目な表情をした。
何かを忠告するように。
「私はみんなを助けたい。でも私にも優先順位がある。私はヤツヒサさんが困ったら出来る限り助けたい。だからさ……自分を後回しにしないでよ?」
心配してくれている事がわかり、三世は微笑みながら頷いた。
「約束します。ルゥを一人残すわけにもいきませんし」
そう三世が呟くと、ルゥが近寄りひょこっと顔を出してきた。
「るー?」
呼ばれたと思ったらしい。
用事はなに?という顔でこっちを見てきた。
そんなルゥの頭を三世は優しく撫でた。
もふもふもふもふ。
嬉しそうにするルゥ。
それをコルネは楽しそうに見つめた。
「ルゥちゃんとヤツヒサさんみたいにみんなが獣人と仲良くなれたらもっと良いのにね」
「そうですね。でも国の問題は難しいですからね」
二人は腕を組んで考え込んだ。ルゥはよくわからず同じ格好を真似した。
コルネと分かれた後、三世はマリウスの家に向かった。
今日は手伝いではなく、指導を受ける日。
つまり――修行である。
「今日はどうする?」
師匠の声に三世も気合をいれる。
この数日で、耐毒グローブは安定して作れるようになった。
というよりも、あの卵専用カバン事件で赤い革での加工に慣れた為普通に出来るようになっていた。
「どうしましょう。次は何を作れば良いでしょうかね?」
「そうだな……。ヤツヒサのスキルが乗るかを調べる意味でも硬化処理でも試すか。ついて来い」
師匠はそう呟き、奥の部屋に移動した。
奥の部屋には様々な鍋とその大きさに合わせた業務用らしきコンロがおいてあった。
鍋の大きさは小さい物ならコップより大きいくらい、大きいものは深さ三メートルを超えるほどの物も置かれている。
「ためしにやってみよう」
師匠はその辺にあった革製のショルダーガードを、目の前に置かれた底の浅い鍋につっこんだ。
そこから数分待ち、鍋の中に入った粘着性の高い緑色の液体が完全にしみ込んだら引き上げ、部屋の隅に置かれた金属製の箱に入れる。
「師匠。その箱はなんですか?」
「ん? これは乾燥機だ。と言っても業務用のな。物体を高速で乾燥させてくれるから時間のないときは楽だ。若干耐久が下がるから売り物には使えないがな」
なるほどと呟く三世の前に、師匠は先ほどのショルダーガードを見せた。
これで硬化処理は終わりらしい。
「鍋に沈めて乾燥させるだけだ。やってみろ」
師匠の言葉に頷き、三世は言われた通りの工程を行った。
別に難しいことは何もなく、全く同じになった。
「出来たな。なら実験だ」
師匠は自分製と三世製のショルダーガードを並べ、それぞれに近場にあったマルノコのような刃物で切りつけた。
「……ふむ。ヤツヒサ、お前のスキル効果は硬化処理だけでも乗るようだ」
そう呟く師匠。
確かに、見比べると三世のほうが傷口が狭く浅かった。
「……それならお前は……まずは冒険に耐えうるレザー装備一式の作成が目標だな。スキルの訓練もかねて」
「もしスキルが乗らなかったらどうしてました?」
「一部金属の複合鎧に手を出すとこだったな。金属部位は外注で」
三世は安堵し、そして少しだけ嬉しい気持ちになった。
せっかくなら一式、全部自分で作ってみたかったからだ。
「とりあえず篭手から練習していこう」
「はい!」
こうして冒険者用装備のレザーガントレットの製作が始まった。
といっても、最初は構造を覚え切る為に作っては解体するを繰り返すだけだが。
一歩ずつ、冒険者用の装備を覚えていく。
根気のいる作業だが、三世はこういう地道な作業が嫌いではなく、現在熱意にも溢れている。
熱意の理由は単純で、また操縦士の二人と共に、冒険に出る事になると信じているからだ。
数日後の休みの日。
今日は全く何もする事がない日である。
三世は思いついたことがあり、休日にしてみようと決めた事があった。
スキルは熟練のような物である、使用すればするほど強力になる。
それは当然、クラフターの方だけでなく、獣医の方でもだ。
ならば、たまにでも使っておかなければなるまい。
三世は布で看板を作り、家の前にぶら下げる。
看板にはこう書かれていた。
『臨時動物病院。本日だけオープン』
付き合いが多いルカに、事前に相談し村の皆に広めてもらったおいた為、客がいないという事はないだろう。
というか、開店前なのに既に大勢の人の気配がする。
ルカの宣伝能力は三世の想像をはるかに超えていた。
「はーい。動物見て欲しい人はこっちから裏に来て―」
ルゥが裏口側の奥に誘導する。
奥には庭の中に大きなテントが張ってあった。
金貨一枚した高級テント。
更に人用の治療道具と麻酔で合計、金貨三枚。
家の中で治療するわけにもいかない為、テントは必須だった。
麻酔は一般人は購入禁止だったのだが、コルネの伝手とギルド長の許可により、購入できるようにしてくれた。
本当にありがたい事である。
そして……開店の時間がきた。
今日は久々に元々の本職だ。
三世は気合を入れ直した。
最初にきたのは村長だった。
「いやぁ本当に来ることになるとはの。実はうちの鶏が卵もう二日産んでなくて……」
そう相談する村長の話聞き、三世は鶏に触って『診た』。
「何か問題があったかの? 卵つまりじゃない気がするんじゃが……」
心配そうな村長に三世は微笑んだ。
「安心して下さい。ただの糞詰まりですね。一応使える下剤だしましょうか? 有料ですが」
「頼むかの。いくらじゃ」
「銀貨一枚でしたね」
「じゃあ治療費も兼ねて銀貨三枚おいていくかの。だからこれからも時々たのめんかの?」
「ありがとうございます。しばらくしたらまた開きますし緊急なら何時でも来てください」
スキル鍛錬と自分の知識の確認が主な為、儲けを出すつもりは無かったのだが……結局村長は余分に治療費を置いていった。
村長だけではなく、治療をした全員が、どんな結果であろうと治療費を必ず置いていき、皆『次も頼む』と言い残した。
それだけ皆心配だったのだ。
動物の体調もだが、疫病や流行り病が起きた場合、家畜が全滅する恐れもある。
田舎村でそんな事が起きたら致命傷である。
特に食に直結する部分なのに専門家は誰もおらず、この村に至っては人の医者すらいないのだ。
獣医という存在は、この村に必要不可欠な存在だった。
何件目か忘れた頃に馬を連れた客が訪れた。
村に馬はいないが、今回三世が診るという事に合わせてわざわざ連れてきたらしい。
「最近元気ないんだがわかるか?」
三世は触って『診て』みた
「あーこれは足折れてますね。この部分」
レントゲンがないと絶対わからなかっただろう。
本当にスキル様様である。
「んーどうしたらいい?」
飼い主が悩みながら尋ねた。
「逆にどうしたいですか? 走らせるならもうまともには走れないですね。処分するならすぐにしたほうが苦しませずに済みます」
厳しいことだが馬は足が折れたら早々には治らない。
長いこと働かせずに馬を養うのは非常に大変だからだ。
「それでも家族だからな。出来るだけ治してやってくれないか?」
飼い主の発言に三世はにっこりと微笑んだ。
そう、現代ならコストと苦労の兼ね合いで処分される可能性は決して低くない。
だが、ここは現代ではなく、そしてレース用の馬でもないのだ。
つまり、助けて良い馬という事である。
この日のために三世は出来る限りものをそろえた。
例えばこんな日もあるだろうと骨折用の骨補強金属ボルトだ。
三世は馬に麻酔をかけ、切開し、骨を元の位置に戻し、砕けた骨の欠片を丁寧に取り除いた。
思った以上に骨がうまく残っている。
これならボルトを入れなくても問題ないくらいだった。
綺麗に折ったのもあるが、体調が悪くなった後無理をさせなかった飼い主の思い遣りが大きいだろう。
その事がわかり、三世は嬉しくなった。
「手術は無事終わりました。骨がうまく折れていたので治る可能性は高いです……が、以前のように走れるかはわかりません。大切にしてあげてください」
三世の言葉に微笑み、飼い主はお礼を言って帰っていった。
「次の人どうぞ」
ルゥが悲しい顔をしながら入ってきた。
「終わる時間だから……一人以外帰っていったよ。後は皆大したことないからって」
「そうですか。その一人は?」
ルゥが悲しい顔をしながらそちらを向く。
ゆっくりと、飼い主と牛が歩いてきた。
その牛の顔を見て、三世は即座に理解した。
それは、これまで何度も見てきたものだった。
死病に侵されていた、末期の顔である。
「僕はね……赤子の時に親に捨てられてたんだ」
牛の飼い主の男が話し出す。
年は二十台半ばだろう。
「どうしてかは知らないしどうでもいい。ただ僕は捨てられて、普通なら僕は確実に死んでいた……」
そう言いながら、青年は牛を撫でた。
「でも奇跡が起きたんだ。僕は三日も放置されながら生きた。何故かと言うとこの牛が僕を守ってくれてたんだ」
青年は話を続けた。
「誰に言っても信じてもらえなかったよ。僕のいた孤児院の人は見ていたから知ってるけど。牛が僕に乳を自分からやって、寝る時は傍であっためてくれてたんだって」
青年が牛の側面を指さす。その部分に毛がなかった。
「ここは僕が赤ちゃんの時に毟り取った痕なんだって。怯えて、泣きわめきながら嫌がって毛を毟り取って。それでも……ずっと僕を守ってくれたんだ」
青年はそう語った後、三世の方をじっと見つめた。
「先生。僕はどうしたらいいですか?」
三世は一抹の望みをかけて……『診た』
予想通り、それはもう手遅れだった。
首を横に振る三世。
むしろ奇跡である。
本来なら数か月前に命を終えているのに、未だに自分の足で歩けている時点で、奇跡以外の何ものでもなかった。
「どのくらい持ちますか?」
そう尋ねて来る青年に、三世はかける言葉を必死に考え、紡いだ。
「今、動けているのが奇跡です。言いにくいですが、今日の夜を迎えられるとも思えません」
「そうですか」
青年は素直に受け入れた。
いや、わかっていたのかもしれない。
三世は選択肢を青年に選ばせた。
「いますぐ楽に死ぬことが出来る薬があります。これなら全く苦しくなく眠るように息をひきとります。どうしますか?」
青年は少し考えて、
「笑わないでくださいね。僕はこの牛の言葉がわかるみたいなんです。僕の牛は必死に限界まで生きたいって。僕と一緒にいたいって言ってくれてるんです」
三世には笑えなかった。
末期を既に通り過ぎている。
生物的な限界はとうに通り過ぎている。
夜まで生きられないというのは、物理的な限界だからだ。
肉も削げ、内臓も半ば止まり……血液はもうほとんど流れていない。
それでも生きているというのは、もう意思の力と呼ぶ以外になく、青年の言葉は正しいという裏付けでもあった。
「すいません。どうやらここが気に入ったみたいなんです。最後の場所として、このテント貸していただくことは出来ませんか?」
そんな申し出に、三世は微笑み頷いた。
「かまいませんよ。私達はどうしましょうか?」
三世は青年に尋ねる。
「おか……牛は一緒にいて欲しいって言ってます」
青年はそう答えた。
その言葉にルゥは牛の傍にいって牛を抱きしめた。
そして三世も座り、青年が牛との思い出を話し出す。
こっこっと咳のような咳にすらならない息切れのようなことを牛がした。
その後にだらりと口の端から血が出る。
三世は気道だけ確保する。
苦しくない無理のない姿勢の範囲で。
「僕には母のような存在でした」
「知ってます。ここまで生き続けれるのは母の愛だからこそです。だから最後の言葉をかけてあげてください」
「んー。何を言えばいいかなぁ」
青年は笑っていた。
ただし瞳からずっと涙を流し続けながら。
「やっぱり命の恩人だし、いやずっと一緒にいた友だし……はは。大切すぎてわからないや。でも一番言いたいのはこれだな」
青年は息を吸い、出来るだけ優しく、言葉を紡いだ。
「お母さんありがとう」
母と呼ばれた牛はその言葉を聞き、笑ったような顔をした後そのまま瞳を閉じて眠った。
三世にもその表情は理解出来た。
あれは、肩の荷が下りたというような、息子の一人立ちを祝う、そんな母の横顔だった。
「母の言葉がわかったっていったら信じます?」
「もちろん信じます」
青年は泣き止み、微笑んでいた。
母がいないのに泣いたままでいたら母が安心できないからだそうだ。
ルゥは牛の頭を抱きしめたまま大泣きしていた。
その声は慟哭のような大きな叫びに近い嘆きだった。
今日だけは近所の人にも許してもらおう。
悲しみの泣き声を怒るような人、この村にはいないが。
「母が最後の言葉で自分の体を余すところなく使えといってました。僕にはよくわかりませんが。先生は革加工も出来るとも母が言っておりました。ですので、変な話ですがお願いできませんか?」
その言葉に逆らうことなど――出来るわけがなかった。
「私だけではちょっと難しいですね。なので、師匠を呼んできます」
そう言って三世は、マリウスとルカを呼んできた。
事情を説明した瞬間、マリウスはいつもの頼れる師匠と変わった。
困っている時は必ず助けてくれると信じられる、頼れる職人の師匠である。
知らない人がいるからか口数はほとんどなく無表情だが、あれは間違いなく心で泣いているだろう。
食肉用の部位加工をフィツに頼みたいが、既に夜を迎えている。
流石に店の邪魔はできない。
どうしたもんかと悩んでいる三世に、ルカは自分を指差した。
どうやら牛一頭の加工くらいなら既に経験があるらしい。
末恐ろしい十四歳である。
そして、マリウスに皮の加工を頼む。
牛の年齢はわからないがかなり年を取っている上に、病気で質も最悪である。
まともな革にならないだろう。
だが、それでも構わなかった。
「加工したものはそちらでお持ちになりますか?」
三世は青年に尋ねた。
「僕で使えるものはありますか?」
「バッグから小物入れ、財布。どのあたりがいいでしょうか?」
「じゃあ小物入れをお願いできますか?幸運のお守りにでもします。残りは皆さんで無駄なく使って下さい」
「わかりました」
三世は頷き、マリウス、ルカの手伝いに回った。
そして数日が経過した。
肉は検疫した上で全て加工して食べた。
主にルゥが泣きながら食べた。
近所におすそ分けしながら、全て余さずに使い切った。
マリウスに頼んだ革への加工も終わった。
余りに質が悪かった為、安物の赤い革になった。
それを三世は、端のほうから加工していき、一ミリたりとも無駄がでないようにしていく。
最初に作ったのは小物入れである。
おそらく、自分が亡き後も息子の事を見守りたいのだと、あの牛が自分に依頼したのだと三世は思っていたからだ。
不思議な事に、材質最低な赤い布のはずが表面がゴワゴワしていない。
触っても不快感がなく、むしろ触り心地が良いくらいである。
おそらく、マリウスが何かがんばって加工してくれたのだろう。
あの人は恐ろしいくらい、涙もろく感動に弱い人だから。
そう思い三世は小さく笑った。
作った小物入れを、三世はさっそく青年に渡した。
青年は中に角の先端をいれた。
【お守り】だそうだ。
自分をずっと守ってくれていたのだから、きっとこれからも守ってくれるだろうと――。
三世は家に戻り、残りの赤い布を見た。
まだ結構な量が残っている、どう使ったものか……。
横を見ると未だに泣いているルゥがいた。
数日経過しても、ルゥの悲しみは癒えていないらしい。
「悲しいね。こんな悲しいことをヤツヒサは何度も経験したんだね」
「うん。とても悲しい事だよ。確かに何度も経験したけど……何回経験してもなれないよ」
ルゥの目は真っ赤になっていた。
「その革で凄いものつくって。母の愛が凄いって証明して」
ルゥはそんな無茶ぶりをした。
「やってみましょう」
それに三世は頷いた。
何故なら、自分も母親の偉大さを証明したかったからだ。
小物入れを作ってるときに思った。
マリウスが何かしてくれたおかげか、この革は思った以上に素直に製作できる。
だから自分が作れる最高の物を作ろう。
三世はそう固く誓った。
「師匠。硬化加工使わせて下さい」
マリウスは目が赤くなっていた。
「何に使う」
「あの革を」
「待ってろ」
たまにマリウスとは最低限の言葉だけで必要以上に会話できる事がある。
それが通じ合えてるみたいで、三世はとても嬉しかった。
マリウスを待っている間に、三世は加工を進めた。
手の甲の部分を中心に関節を避けてパーツを作る。
レザーアーマーの時に思いついた加工だ。
手の甲と二の腕の部分をこの布を使い、残りを通常の布や柔らかい皮で補う。
また二の腕部分の一部と手の甲の部分を硬化処理にて硬くする。
少しでも強く、長く使える装備を作ろう。
これ以上の装備など存在しない、そう思えるような物を――。
マリウスに手伝ってもらいながら部品を組み立て、硬化処理をした後、二日ほど自然乾燥させる。
それらを組み合わせ――完成である。
母の愛が後押ししてくれたおかげか、今まで作った事のない物が簡単に製作出来てしまった。
レザーガントレットと指抜きグローブの一体型。
それがちょうど二つずつ。
二対の装備は同じように見えてサイズが微妙に異なる。
「ルゥ。付けてみよう」
三世の言葉にルゥが頷き、装着していく。
それは、三世とルゥの二人分だった。
付けなくてもわかるほど、それのサイズはぴったりだった。
マリウスの手伝いもあってか、文字通り完璧な仕上がりである。
三世の作り上げてきた物の中で、間違いなくベストの物だ。
ただ、これがどのくらい実戦で使えるかわからない為、三世とルゥはマリウスに見てもらうことにした。
「師匠。これらはどうでしょうか?」
ルゥと三世の篭手を見比べて答える。
それを見て、マリウスは小さく微笑んだ。
「良かったな。初めてのユニーク武具の完成おめでとう」
マリウスが嬉しそうに答える。
「ユニークって何ですか?」
「しいて言えば会心の出来だな」
「うまく行ったってことですね」
「そうだな。素材の気持ちに答えたら出来るといわれてるが……ちなみに俺でも中々出来ないぞ」
素材の気持ちという言葉で理解した。
そりゃあ気持ちは通じ合えているだろう。
何と言っても素材側から作ってくれと頼んできたのだから。
むしろ、それがわかっていたから牛は三世に何か作れと言ったのだろう。
「それでこれはどんな感じなのでしょうか?」
「ユニーク能力とかは俺にはわからないが、とりあえずわかるのは……とにかく硬くなってるってことはわかるぞ」
マリウスは手の甲の部分を指で強めに叩く。
ごっごっと音はするのに三世の手まではほとんど振動がこなかった。
「なんか守られてばっかだな」
ルゥが呟く。
「どうしました?」
「ヤツヒサに守ってもらってルカに食べ物貰って、色んな人に助けてもらって、最後に牛さんに命までもらっちゃった」
ルゥがガントレットを見ながら話した。
「私強くなる。あの牛さんみたいに。力じゃなくて何かはわからないけど強くなるよ」
ルゥが拳を握り、そう決意した。
その日の夜、夢を見た。
その夢は三世とルゥともう一人の女性がいた。
その女性はルゥに説教をしていた。
「もらってばかりで何かを返そうとするよりもまずしないといけない、大切なことがあります! それはがんばって返すことよりもよほど尊いことです」
「るー。わかんないよー」
ルゥが困った顔を浮かべていた。
そんなルゥに、女性は優しく微笑んだ。
「貴方はもう知ってるはずよ。何かをもらったらどうするか。あなたが読んでもらった絵本にも出てきたでしょ?」
「あっ! 牛のお母さん! 命と力をありがとう! 私がんばるよ!」
そうルゥが答えると、にっこりと微笑みルゥの頭を撫で……その後三世の頭を撫でて消えていった。
ありがとうございました。
レザー・bos・ガントレット
革 牛 篭手
シンプルですね。
シンプルイズベストということで。
おっさんがネーミングセンスいいのは似合わない。