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四十五階。気づいたら攻略組の中で一番高い所に来てしまった

 

 当初の予定では四十階攻略で一旦切り上げる予定だった。

 ただ、時間も思ったよりかかっておらず、余力も十分に残っている。

 なにより、四十階がああだった為、歯切れの悪さというべきか後味の悪さというべきか……。

 キリの良い雰囲気とはとても言えなかった為延長し階層を上がっていくこととなった。


 内心わくわくしながら未知なる強敵を大いに期待していたことに、三世はドレイクを倒し終わった後に気づいた。

 そしてその強敵との遭遇の結果が一方的な虐殺である。

 出来たらこのやるせなさを解消してから切り上げたいと考えているのは、三世だけではないだろう。


 階層を登りながら、三世は改めて確認した。

 ――師匠とドロシーさんはおかしい。冒険者としてはもちろん、騎士団や軍と比べても見劣りするどころか強いってどういうことだろうか。

 四十階の時点でルゥとシャルトは苦戦を見せ始めていた。

 ルゥは防戦一方になりがちで、シャルトは接近出来ずに弓で戦うしかできない。

 三世に至っては、動物相手を除けば物置に近い。


 だがマリウスとドロシーはそんな三世達を横に、あっさりと敵を蹴散らし続ける。

 知識としても、能力としても大きな格差を感じる。

 むしろここまで差があると焦ることすらなく、笑うことしか出来なかった。

「師匠が師匠で良かったです。まだまだ学ぶことがたくさんありそうですね」

 しみじみと三世が呟くと、それを聞いていたマリウスは微笑みながらそれを否定する。

「いや。そろそろ冒険者としては並ぶと思ってるぞ。ついでに言えば革職人としても教えることあまりなくなってきたな。次は金属加工でも覚えてみるか?」

 マリウスの言葉にはおべっかでもなければ謙遜でもない。本心からそう言っていた。

 しかし、三世はソレにとてもではないが同意できなかった。


 冒険者としても戦士としても、職人としても全く追いつけている気がしないからだ。

 だがそれはそれとして、金属加工も楽しそうで覚えて見たくはあった。

「良いですね。ですがどうせなら師匠の愛の証明であるアクセサリー作りの方を教えてください」

 そう三世が言うと、マリウスは後ろを振り向き、三世の頭をコンと軽く叩いた。

「からかうな。……覚えたいなら教えてやるさ。弟子だからな」

 マリウスがそう呟き、ドロシーはそれを嬉しそうに見ていた。


 ルゥもシャルトも微笑んでいた。

 三世が気軽に冗談を言える相手が出来た。

 これは本当に奇跡に等しい変化と言えるだろう。

 他人をからかうような発言や冗談を、三世は他人には絶対に言わない。

 それは自分を下に置いた上で、他人と壁を隔てて話しているからだ。

 ルゥやシャルトは身内だがらソレには当てはまらないが、今度は娘として見ている為冗談を言い合う関係ではない。

 根本的な部分では、他人に関心がなかったからだ。


 そんな三世が、こまめに冗談を言って笑える相手が出来た。

 これが大きな変化であると、ルゥ、シャルト、ドロシーは気づいていた。

 その中心である男性二人は難しいことを考えず、親子というよりは先輩後輩のような関係でふざけ合いながら笑い、話している。

 そんな二人をみて女性三人は顔を見合わせ、軽く噴き出し笑った。




 塔の攻略において、遂に最大の敵とこのパーティーも出会ってしまった。

 むしろ三世達のパーティーが今まで出会わなかったことが不思議なくらいである。

 他のパーティーは高確率でそれに触れ、毎回帰ってはパーティーをいれ変えるという面倒なことをしながら登っていた。

 十階以上まとめて駆け上がっているのは三世達くらいだろう。

「階段があるのに……入れにゃい……」

 ルゥがしょんぼりしながらそう呟いた。

 階段は見えるのに、その階段の目の前に透明な壁があった。

 現在四十五階。

 遂に条件未達成で先に進めなくなった。


「……ここまでですね」

 三世は残念そうに呟いた。

「ヤツヒサ。四十六階の条件を探しておいてくれ。見つかったらまた来よう」

 マリウスの言葉に三世は頷く。

 そして全員で塔の外に出た。

 四十階から続き、出鼻を挫かれたような感覚が後を引く。

 何とも言えないやるせなさと切なさの中、塔を背にその場を立ち去った。


 いつも通り三世は報告、マリウスは素材の分別と売却をしようとする前にドロシーがある事に気づいてぽつりと呟いた。

「あ、そういえば今回ので四十階越えたから私鉄級冒険者になったのよね?」

 誰かに言っているわけはないその言葉にマリウスと三世がぴたっと足を止め、振り向く。

 同時に三世はもう一人の該当者に気づいた。

「ルゥもそうですね。今回ので鉄級冒険者です。まあそれ以上にルゥは強力な立場証明がありますが」

 ルゥの場合は公的な資料で『ガニア王妃の友人』という身分が認められ、同時に『ガニアの料理人ギルド長』という身分もある。

 今更一つ二つ身分が増えても大した変化はない。

 逆にシャルトは未だに奴隷のままな為、公的な身分が存在しない。

 冒険者ではあるが、身分は奴隷としての立場が優先される為人としての身分を持つことは出来なかった。

 本人はそれで納得しているが。


 三世とマリウスは顔を合わせ、アイコンタクトを取った後頷いた。

「……お祝いですね」

 三世の呟きに、マリウスが再度頷く。

「うむ。お祝いだな」

 マリウスの呟きに、三世も頷いた。

 そういうこととなった。


「では、私とドロシーのあいあん? なんたらの冒険者記念に、かんぱーい!」

 フィツの店で一つのテーブルを囲いながら、ルゥが乾杯の音頭を取った。冒険者の位に全く興味がないルゥの音頭は何とも適当に気の抜けたものとなり、とてもうちのパーティーらしかった。

 今回のパーティーは簡単な食事会ではあるが、これは前祝のようなものだ。

 三世もマリウスも、明日一日で何か記念になることをしようと企んでいた。

「お前は何かして欲しいことはないか?」

 マリウスがドロシーに明日の予定を尋ねると、ドロシーは真顔になり答えた。

「デート」


 沈黙が響き、視線がマリウスとドロシーに注がれる。

 マリウスがおろおろしている中、ドロシーは追撃をかける。

「デート。ダメ?」

 首を傾げ不安そうな表情を見せるドロシー。

 もちろん演技ではある。が、わかっていてもあの顔をされたら男は何も言えなくなる。

「……わ、わかった。急なことだから大したことは出来ないが、明日一緒に出掛けよう」

 そうマリウスが言うと、ドロシーは首を横に振った。

「出かけるじゃなくて、デ エ ト」

 ハートマークが付きそうな声色でドロシーが囁く。

 それに観念し、マリウスは恥ずかしそうに言葉を綴った。

「わかった。……明日デートしよう」


 そう言った後、マリウスは二人だけの世界ではないと思い出し、慌てて三世の方向を向いた。

 そこには予想通り、ニヤニヤとした顔をして二人を見ている三世がいた。

「うんうん。仲良さそうで良いですね」

 三世がそう言うと、ドロシーがニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

 今までの甘えるような顔とは正反対で、三世は若干背筋が涼しくなった。

「私はご褒美にデートをもらった。じゃあルゥちゃんはどうするのかしら?」

 その言葉にはっとし、三世はルゥとシャルトの方を見た。

 二人とも三世の方をじーっと見ていた。


「……ルゥはどうして欲しいですか?」

 三世が尋ねると、ルゥは少し悩んだ後答えた。

「んー。じゃあ私とシャルちゃんとヤツヒサの三人でこの村の中歩きたいかな。久しぶりにゆっくりとしたい」

 ルゥの言葉にシャルトも期待を込めた眼差しをしている。

「あれれー?ルゥちゃんデートじゃなくて良いのー?」

 ニヤニヤとした口調でドロシーがルゥを煽るが、ルゥは首を傾げていた。

「……まだ早かったか」

 ドロシーはそう呟き、ドロシーとついでに何故かシャルトも残念そうに唇を尖らせた。


 そんな二人に触れないよう、三世はルゥの頭を軽く撫でてルゥに話しかけた。

「良いですよ。久しぶりにゆっくりしましょうか。ルゥ、お弁当を頼んで良いですか?」

 三世の言葉に、ルゥはぱーっと満面の笑みを浮かべ強く頷いた。


「この手の事でからかうならドロシーのいないところにしておけ。な?」

 マリウスは本心からそう言い、三世の肩をぽんと叩いた。








 永遠に続くと思っていた日々は有限であり、希望に溢れていた日々は絶望に姿を変える。

 もしあの時、そう思わずにはいられない。

 神様、時間を戻してください。

 それが無理なら、せめてあの人に――現実と戦う勇気を与えてあげてください。


 シャルトは良くわからない夢を見た。

 目を覚ますと忘れててしまうような浅く淡い夢。

 それは全ての夢を覚えているシャルトにしては珍しいことだった。

 その夢は何かを訴えているようだった。

 そして、その夢で何かを訴えていたのは自分ではなかった。

 むしろ、絶望に落ちたその人を横から見ていて、自分はその願う人を救おうとしていたような気さえする。

 だけど、それはただの夢で、そしてシャルトは顔を洗っているうちにその夢の事自体を忘れてしまった。


 ルゥがしたかったことは予定も何も考えないでぶらぶら歩くことだった。

 ルゥ自体がそういうゆるやかな時間を好んでいるのもあるが、一番の理由は慌ただしく生きている三世に偶にはゆっくりして欲しいという切なる願いでもあった。

 なのでルゥは、朝から張り切ってお弁当を作り、そして頭を空っぽにして出かける準備をした。


「ヤツヒサ! 久しぶりにアレ着てアレ!」

 朝食後、ルゥはライダースジャケットを指差した。

 また寒い時期の為防寒具としては少々心もとない。

 三世は少し考えた後、少し厚着をしたら大丈夫だろうと考えて微笑み頷いた。

「良いですよ。久しぶりなこともあってちょっと着るのが恥ずかしいですが、着心地も見た目も文句なしですからね」

 その言葉にルゥはニコニコと微笑んだ。


 ジャケットを羽織りながら、三世は考えてみた。

 ――今自分の技術でこれが作れるだろうか。

 自分の技術と知識を総動員し、そして無理だという結論が出た。

 この革がどの革なのかわからない。

 地球の合成革のような手触りなのに耐久力は倍以上である。

 知識もだが、激しく動いても破れないで肌に密着しているのに締め付け感がない。

 そんな裁縫技術は今の三世にはない。

 着心地を重視するなら素材を柔らかくするし、耐久性を重視するなら着心地は諦める。

 それが今の三世の限界である。

 知ればしるほどマリウスの技量の高さを理解し、そしてまだ学べることが山ほどあることに、三世は喜びを感じた。

「ヤツヒサ。今マリウスの事を考えたでしょ?」

 ルゥは楽しそうにそう呟き、三世はドキッとしながらも微笑んで誤魔化した。

「……そうか。最大のライバルはマリウス様でしたか……」

 しみじみと言うシャルトに、三世はストップをかける。

「ごめんシャルト。それは止めよう。色々と別の意味になる」

 三世は真顔でシャルトを止める、シャルトはソレに首を傾げていた。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 ルゥはそう叫びながら、元気よく家の扉を開けた。

 朝方で外は冷え込み、三十を超えた歳である三世は中に戻りたい怠惰な欲求を覚える。

 だが、全く寒さを感じないようにはしゃぐルゥと、寒そうではあるが出かけるのが嬉しそうなシャルトを見ると、三世のそんな気持ちが吹っ飛んでいく。

「歳のせいですかねぇ。とても寒く感じます。なので手をつないでも良いですか?」

 両手を差し出しながらの三世の言葉に、嬉しそうにルゥが右手を、シャルトが左手を握った。

「こうしたらもっとあったかいよ!」

 そう言いながらルゥは三世の腕にぎゅっとしがみついた。

「ああ。それなら私も失礼します」

 そう言ってシャルトも同じことをした。


 ――色々としんどいのでやめてください。特にルゥの方。

 三世は困惑しつつそう口に出そうと思い、止めた。主に弾力的な意味で。

 そしてソレを表情に出さず、たしなめるように二人に言った。

「動きにくいので止めましょう。手を握るだけで十分です」

 二人は少し残念そうに腕から離れ、手を握るだけに戻った。

「ご主人様。今少し邪なことを考えませんでしたか?」

 ニヤニヤしながらそう尋ねるシャルトに、三世は首を傾げて誤魔化した。

 ――最近シャルトの感が鋭くて怖いですね……。

 内心冷や汗を感じながら、誤魔化しきれたことに三世は安堵した。




 目的もなくぶらぶらとするのは本当に久しぶりだった。

 だからだろうか。

 正直に言えば落ち着かない。

 牧場の手伝い、マリウスの店の手伝いと素材集め。冒険者、獣医、革職人としての練習に塔の情報集め。

 するべきことは山ほどある。

 ――やらないといけないことがたくさんあるのにこんな時間を使って良いのだろうか。

 そう考えると、ソワソワし落ち着かなくなる。

 そんな挙動不審に近い三世の手を、ルゥは優しく握ってにこにこと微笑んだ。

「ご主人様。今日はルゥ姉のお祝いの日ですよ?」

 ある程度三世の心境を理解しているシャルトがたしなめるようにそう言って三世を窘めた。

「ええ。そうでしたね」

 そう言われたら仕方ない。

 三世は全力で今の時間を楽しむことにした。

 とりあえずは、娘の笑顔を見るのが一番楽しいことだと二人を見ながら思った。


 そんな風に本人的には家族サービス。娘的には父親のオーバーワーク対策。外から見るといちゃついているようにしか見えない時間を過ごしている時、ルゥは三世の方を見ながら話しかけてきた。

「ねぇねぇ。ヤツヒサの知り合いっぽい人がいるよ? こっち見てるから用事なんじゃないかな?」

 その言葉に三世はこちらを見ている二人組に気づいた。

 三世はルゥに頷いて二人組を良く見るが、三世は見覚えが全くなかった。

「うーん。どなたでしょうか……とりあえず話してみましょう」

 そう三世が呟くと、ルゥが手を振って二人を招いた。

「おーい。用事あるならおいで―」

 ルゥの言葉と態度に、二人組は少し考えるような仕草の後おずおずと三世の方に寄ってきた。


 その二人組は男女の二人組で、肩が触れ合うほどの距離で一緒にいた。

 その距離感から恋人と思って間違いないだろう。

 男女共に若く、高校生くらい。

 少なくとも、未成年であるのは確実だ。

 男性の方は特に変な特徴もなく中肉中背。良くいるそこらへんの若者である。

 妙に緊張していることを除けば特に気になるところはなかった。

 女性の方の容姿は少々変わっていた。

 前髪が長めで下を向いていて、顔の半分が隠れている。

 人に顔を見られたくないのだろうか。顔を意図的に隠しているようにしか見えなかった。

 目が合わないどころか目が隠れてどこを見ているのかすらわからない。


「おはようございます。どのようなご用件でしょうか?」

 三世が微笑みながら尋ねると、男の方が自己紹介を始めた。

「えっと、俺の名前は小和田……いえオサムと言います。あの……同じ転移者です。なので、ごめんなさい!」

 ドモリながらも言葉を綴り、オサムと名乗った男性は三世の方向に深く頭を下げた。

「…………?」

 三世はその様子に、まず首を傾げた。

 そのまま沈黙が流れ、オサムは頭を下げたままちらっと三世の方を見た。

 三世が首を傾げているのを見て、オサムも頭を上げて首を傾げた。

「あの……直接ではないですが無礼を働いたので……謝罪に……」

 そうオサムが言うが、三世は心当たりがない。

 何かあったような気がしたが、全く思い出せなかった。

「ルゥ。シャルト何かありましたっけ?」

「さあ?」

「私と会う前だと思うのでわかりませんね?」

 三人で首を傾げている時に、オサムの恋人らしき女性がぽつりと呟いた。

「追い出したこと……この人は気にしてるんです」

 蚊の鳴くような声でそう言われ、三世は首を傾げながら遠い記憶を呼びさます……。

 そして、初期拠点から逃げるように去ったことを思い出した。

「ああ! そんなこともありましたね!」

 思い出せずもやっとした気持ちが吹き飛び、ぽんと手を叩きながら三世は嬉しそうにそう言った。

「えぇ……」

 オサムは三世の反応に困惑した表情を浮かべた。

 もし自分があの立場なら、一年とは言わず一生学生全員を恨んだだろうと考えたからだ。


 忘れてしまうのは確かに論外ではあるが、その理由も仕方がないとも言える。

 まず三月頃の話で、今は二月。つまりほぼ一年前の話である。

 そしてこの一年、人生で最も濃厚な時間を過ごした三世にとって、追い出されたこともあの場にいたことも正直どうでもよかった。

「代表として羽島ゆまさんが謝罪に来たのでもう終わった話だと思っていました」

 これも相当前の話で、一緒にいた土下座男がいなかったらたぶん忘れている話だった。

「いえ、あの……俺は六組だったのでもっと直接かかわりがありまして……」

 ドモリながら必死に話すオサムを見ていると、三世は最初の頃のソフィ王女を思い出した。

「わざわざ謝罪に来てくださいありがとうございます。見ての通り本当に気にしていないので大丈夫ですよ」

 そう三世が微笑むと、それを受け入れたのかオサムは表情を柔らかくして頷いた。

「それで……失礼でないならお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 オサムがおずおずと尋ねてきたのを見て、三世は頷く。

「ああはい。どうぞどうぞ」

「では……その……両手を繋いでいるお二人はどなたでしょうか?」

「――娘です」

 オサムの質問に三世は間髪容れずに答えた。

「…………えぇ……」

 オサムの混乱は更に激しくなった。


「何となく触れない方が良いと本能が囁いているので聞き流して……えっとですね、ちょっと質問――」

 何かを言おうとしているオサムを遮り、三世が言葉を挟む。

「無理に敬語を使わず話しやすいように話して良いですよ。同郷の者として気軽に接してください」

「あ。じゃあ俺あだ名がオワタって言うんでそう呼んでください。んで質問ですが、チョコどっかに売ってません?」

 一気に口調が軽くなり、オサムことオワタは三世にそう尋ねた。

 人と話すのはそれほど得意ではなく、隅っこ三人組とすら呼ばれた小和田修ことオワタは、謝罪する緊張が解き放たれ目の前に一年で子持ちになる中年を見、しかもその二人は美人で耳まで生えていた為、三世について深く考えることを止めた。




 とある筋からこの村でギリチョコが売っていると聞き、オワタは彼女と一緒にチョコを食べたくてこちらに来た。

 未だに食事情は安定せず、まずい飯の割合が多い為少しでも彼女に良い物を食べさせたいとオワタは考えているらしい。

「なるほどなー。あなたは?」

 ルゥがオワタの横にいる彼女に尋ねた。

 彼女はおろおろしながらも、小さい声で、それでいてはっきり答えた。

「この人にバレンタイン何もしていないからチョコレートを作ってあげたかった」

 恥ずかしいというよりは、人と話すのが慣れていない様子だった。

 オワタよりも人見知りが激しい子だった。

 それでも、高校生なんてそんなもんだろうと、三世は自分の学生の頃を思い出しながら考えた。

「なるほど。それなら美味しい物を一緒に食べつつチョコレートを手に入れたら良いんですね。だったら特別美味しくて安い食事処を知っていますので一緒に行きましょうか?」

「ご主人様ダメですよ?二人の邪魔になってしまいます」

 ため息の後、窘めるように言うシャルトのおかげで、三世は自分が現在お邪魔虫であるという事実に気がついた。

 恋愛経験はそれほどなく、気の利く方ではない為シャルトの助言が無いといらないおせっかいをするところだった。

「ああ。確かにそうですね。恋人の二人を邪魔するところでした。右手を道なりに歩いていくと『子供達の黄昏亭』という食事処があります。そこなら文句なしに美味しいですよ」

 そう三世が答えると、二人は見るからにわかるほど照れて赤面していた。


「それじゃあご主人様。私達もそろそろ……」

 シャルトが手を引っ張りながらそう呟くと、三世は頷いた。

「そうですね。あまり邪魔するのも悪いのでこのあたりで失礼します」

 そう言って三世は頭を下げてその場から去っていった。



「……なんか色々すげぇ……」

 オワタは小さくそう呟いた。

 一年で一体どんな人生を過ごしてきたのかさっぱり理解が出来なかった。

 この世界でチートを使い成り上がることは出来ない。

 何故ならスキルという物は所詮技術の一つであるからだ。

 そして現代知識自体もこの世界での普及率は異常に高い。

 そんな中、人生の成功者となっている三世を見て、オワタは感動した。

「あの人もたぶんスコッパーだったんだろうな……。俺も頑張らないと……」

 彼女の為、そして友の為、オワタは決意を新たにした。



 さきほどの三人みたいに手を繋ごうかどうしようか悩んでいるオワタの元に、さきほどの片割れである長く綺麗な赤髪の子がこちらに走ってきた。

 そして、オワタの隣にい彼女に小さな小瓶を渡した。

「それ、ココアパウダー。チョコレート作りたいって言ってたからあげるね。がんばって!」

 そう赤髪の子は微笑み、目にもとまらぬ速さで走り去っていった。

 それを受け取り、茫然としながら彼女は呟く。

「……ごめんなさい。チョコは板を溶かして固めるくらいしか私わからない……。ココアパウダーって何?ココアの粉と違うの?」

 しょんぼりしている様子の彼女に、オワタは首を横に振って答えた。

「いや。それが普通だよ。砂糖を混ぜて牛乳を入れてココアとして飲もうか」

 彼女はこくんと頷いた。

「それじゃあ、美味しい店があるみたいだから、茉白。行ってみようか?」

 オワタは彼女にそう尋ね、彼女は口角を上げて頷き、言われた通りの方向を二人で並んで歩き出した。


「そういえば――私自己紹介してなかった……」

 オワタの隣にいる彼女(になる予定)の風鳴茉白(かざなりましろ)は小さく呟く。

「そいえばそだね。ああ、そういえばあの人も自己紹介してなかったな。前拠点にいた時は――名前聞いた気がするけど忘れた。たぶんがっくんなら覚えてる」

 オワタの友人である大類岳人ことがっくんは記憶力に優れている為、オワタはそう呟いた。ただしその能力はアニメ鑑賞に活かれている為、テストの点は三人中一番低いが。


「うーん。大人で礼儀正しい人に見えたけど、なんであの人名前名乗らなかったんだろうか。俺達に名乗る必要ないって思われた?」

 そうだったら辛いなと考え、少し怯えながらオワタがそう言うとふるふると茉白は首を横に振る。

「たぶん……デートで舞い上がっていたんじゃない?」

 茉白の言葉にオワタは無言になった。そのままオワタと茉白は無言で顔を合わせ、噴き出した。

「だよね。女の子と一緒にいるって何歳になっても緊張するもんね」

 そうオワタが笑いながら言うと、茉白は微笑み返し自然に手を握る

 それにオワタはきょどりながらも手を握り返した。




ありがとうございました。


本編初登場の三人組の一人。

それとマネージャー。

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