四十階と翼のない火竜
三十一階から特に苦戦することなく四十階に到達した。
運よく迷路や迷宮、または罠が多いダンジョンに当たらず、戦闘中心のダンジョンだったことが一番の理由だろう。
敵自体はかなり強くなっていて、三世一人では既に勝てない強さになっている。
それでも、戦うだけなら時間も体力の消費も少ない。
それはマリウスとドロシーという頼れる存在がいるおかげではあるのだが。
三十階から確かに敵が強くなった。
一番実感できるのは戦っている時ではなく戦い終わってからだった。
未だに、戦闘はマリウスとルゥの二人で粗方片が付く。
大きく違うのは戦闘後の剥ぎ取りの時間だ。
魔石はもちろん、爪や牙などの素材の質が良く、マリウスが丁寧に剥ぎ取っていた。
保冷の為の入れ物があれば内臓なんかも使い道があって売れるらしい。
といっても攻略メインだからそこまでする予定はないが。
そんな素材を集めるマリウスを見て、三世はまた一つ自分の足りない部分を見つけた。
冒険者ではあるのだが、素材の良し悪しはよくわからない。
この魔物、魔獣のこの部分が高いという書物からの知識はあるが、それの品質までは見極めることが出来ない。
――いつか師匠から学ばないと。
そう三世は思った。
四十階は非常にシンプルな階層だった。
階段を上るとそこは小さな小部屋になっていて、目の前に通路があり、その奥に大部屋がドンとある。
それだけだった。
つまり直で番人の部屋があり、それ以外の部屋は一切ない。
戦うこと自体が重要なダンジョンなのだろう。
ここが塔全体での一種の区切りになっていると三世は予想した。
五十階でこうなると予想していたが、四十階でこのような形になるということは、五十階も何か特殊なギミックのダンジョンだと予想して良いだろう。
「全員体力は問題なし。シャルトも魔力は回復しているし、俺もドロシーもまだ余力がある。どうする?」
マリウスは一応のリーダーである三世にそう尋ねた。
これは遠回りに三世の心配をしているからだろう。
確かに、戦うのがそろそろしんどくなってきた。
攻撃面では全く役に立てないことも出てきたくらいだ。
相手が格上なら槍で戦うよりもロープで戦った方が役に立つのではないかと、悲しいが自分でもそう思った。
『一旦戻って準備をしてから番人戦に出ても良いぞ』
マリウスが言いたいのはこういうことだった。
それでも、三世の答えは決まっている。
「行きましょう」
三世がそう言うと、残り全員が頷いた。
きっと強敵だろう。それはわかっている。
だからこそ、冒険者としての成長の糧となる。
師の傍で実践経験を補えるのだ。
これ以上の贅沢はないだろう。
そう三世は考えていた。
いつもの隊列、マリウスとルゥを前衛に三世を中衛、そしてドロシーとルゥを後衛とした隊列で、一同は大部屋に足を踏み入れた。
全員が大部屋に入った瞬間、通ってきた道が塞がれて壁と見分けが付かなくなった。
石レンガで囲まれたこの場所は大部屋か何かだと思っていたが違うらしい。
天井がついてなく綺麗な青空が見えた。
外敵を防ぐような高い石レンガの壁から、ここは砦のような形をしていると三世は予想した。
敵も見えず空を見ていると何かが光ったような気がした。
晴天の空だったはずが、ゴロゴロと雷の鳴る音が聞こえ、驚くほどの速さで黒い雲が集まり空を塞いぐ。
そして次の瞬間、大きな雷が部屋の中央に落ちた。
轟く雷鳴は眩い閃光と轟音として全員を容赦なく襲う。
耳が正常に働かず、目もまともに機能しない。
時間にして数秒――目の機能が復活しまともに動くようになった時、三世が最初に見たのは魔法陣だった。
雷の落下した床は炭化しており、その上に大きな魔法陣が宙に浮いてくる。
直径十メートルを越える大きな魔法陣は上向きではなくこちら側を向いていた。
赤い大きな円に幾何学状の模様が浮かび、それが蠢きながら回転している。
そして次の瞬間――魔法陣の中から何かが出てきた。
赤く長いその物体が何か生物の頭と首だと理解できるまで、さほど時間はかからなかった。
首が出てきた後、地面が同じテンポで揺れだす。
ずしん、ずしんとそのテンポと合わせて首が前に進み、胴体と足、尻尾とその姿を現す。
最終的には真っ赤な首長竜のような生き物が、三世達の前に立ちふさがっていた。
口から火を漏らしながら、その首長竜は空に向かって咆哮する。
雲が怯え、壁が揺れ、轟音が全員を襲う。
大気を震わすその咆哮は、この生き物が強者であるという十分な証明になっていた。
大きな胴体に若干短いが太い四足。
翼はなく、首は胴体よりも長い。
頭は比較的小さい。
体は赤く、目は体より更に朱い。
暗いルビーのような瞳は空からこちらに敵意を向け、睨んでいた。
「【ファイアドレイク】の幼体だな。貴重なドラゴンの一種でもある。番人だから素材が取れないのが残念だ」
種族的には魔物種でドラゴンの仲間ではあるのだが、ドレイクはドラゴンとして認められていない。
ドラゴニュートにとってドラゴンとは空の王者である。
翼のない者をドラゴンと認めず、ドレイクと名付け別種とした。
「この大きさで、成体じゃないんですね……」
三世が怯えるような声でそう呟いた。
首を上に向けているから、首を伸ばしたら全長十メートルは超えるだろう。
大きさとしてはよくあるイメージの竜よりは確かに小さい。
なのだが、実際に相対すると異様な圧を感じる程度には迫力があった。
胴の太さと首の長さにより体格以上に大きく見える。
ドラゴンと対峙しているというよりは、むしろ恐竜と対峙している感覚に近いかもしれない。
「師匠。どう戦います?」
三世が心配そうに訪ねた。
「あー。うん……そうだな……」
そんな緊張した三世とは違い、マリウスは何とも微妙に気の抜けた返事を返した。
「とりあえずドロシー。全員の荷物頼む。守ってくれ」
マリウスがそう言うと、ドロシーはニコニコとしながら全員のバッグ等の道具類を回収した。
「んじゃ、後は適当で……」
マリウスはそれだけ言って盾を構えた。
「いや師匠! ドラゴンですよ!? もすこしやる気出してくださいよ!」
三世は慌てた口調で叫んだ。
ぐるると鳴きながらドレイクはこちらを睨んでいた。
今にも襲い掛かって雰囲気の中ですら、マリウスは気の抜けたような雰囲気を醸し出している。
「んー。じゃあ少し距離を取って、後は攻撃が来てから避けたら間に合うから」
そう言ってマリウスは後ろに下がった。
三世達も前衛であるマリウスに合わせドレイクから距離を取る。
「……もしかして、強敵じゃないんですか?」
三世がおずおずとそう尋ねると、マリウスは首を横に振った。
「いや。強敵だぞ。全員で力を合わせて戦わないと勝てないくらいはな。――本来は」
「本来は?」
そう三世が尋ね、マリウスが答えようとした時、待ちきれなくなったドレイクが攻撃をしかけてきた。
ドレイクは首をしならせ、その勢いのまま、上から炎のブレスをまき散らすように吐いた。
ほぼ全方位、回避不能のファイアブレスは地面を焼き、壁を焦がし、そして全員を焼く。
ブレスは容赦なく、パーティー全員に区別なく襲い掛かり――そして全員無傷だった。
本来なら火傷による重症を負っていたであろうブレスだが『何となく熱い?』程度の温度しか感じなかった。
それで三世はマリウスの微妙な雰囲気の理由を理解した。
「あー。ドレイク種ってさ……成体になるまであまり体が強くないからメイン攻撃はブレスになるんだ。それも本来なら強力なんだ……」
そうマリウスが申し訳なさそうに呟いた。
おまけとして付けたドラゴンの牙による炎耐性のエンチャントが完全にハマった相手だったらしい。
問題なのは炎耐性のない荷物だが、先にドロシーに預け魔術で守らせていた。
気のせいだろうか、ファイアドレイクは首を傾げているように見えた。
恐ろしい風格なのだが、生物独特の動きでありこうしてみると少し可愛く感じる。
ドレイクは炎が効かなかった理由を火力が低かったと思ったらしく、火を吐きながらマリウスの方に首を伸ばした。
ブレスをゼロ距離で当てる作戦なのだろう。
それでも、まだエンチャントの耐性によりマリウスは無傷だった。
むしろ自分から前に進み、炎を浴びながら、メイスでドレイクの頭をゴンとぶん殴った。
「ぎゃっ」
短い悲鳴を上げながらドレイクは首を上げ、そして悲しい瞳でマリウスを見た。
『え? なんでなぐられたの?』
みたいな雰囲気を出すドレイクには同情を隠せなかった。
「……出来るだけ苦しまずに楽にさせてやれないもんか……メイスを持ってきたのは失敗だった」
マリウスはそう呟いた。
腐っても炎が効かなくてもドラゴンである。
頭も含めて鱗に覆われていて硬い。
マリウスのメイスだと嬲り殺しにしか出来なかった。
当然だが、シャルトの切り札は却下である。
可哀そうという言葉すらぬるい死因となるからだ。
ドレイクは炎が効かないことを理解し、首をしならせ頭で攻撃してきた。
頭突きと言って良いのかわからない攻撃だが、三メートルは軽くある首を使った突撃と噛みつきである。
当たれば相当なダメージになるだろう。
それをマリウスはひょいとサイドステップで回避し、横からメイスで頭を殴りつける。
再度、短い悲鳴をあげ頭を上に戻すドレイク。
ルビーのような朱い瞳が涙の為キラキラと光っていた。
「うん……ちょっと可哀そうね。シャルちゃん。お願い出来る?私は荷物あるから動けなくて」
シャルトはそれに頷き、ドロシーの傍に向かった。
ドロシーはシャルトを後ろから抱きしめ、シャルトは両手を軽く合わせる。
次の瞬間、シャルトの手に光の粒が集まり、それが長く伸びて、棒状の金属に変化した。
シャルトの手に握られていたのは身の丈よりも巨大な剣だった。
「振るの大変だけどシャルちゃんがんばってね」
ドロシーがそう言うと、シャルトは重たそうな顔で辛そうに頷いた。
オドは体を離れると霧散する。
例えドロシーでも、魔術の法則からは抜けられない。
一つだけ例外が、今回のような方法である。
『シャルトの体でドロシーが魔術を行使する』
これならシャルトが手放さない限り、魔術により生まれた大剣が消えることはない。
ただし、これは両者共に魔術に優れた才が無いと行うことはでいない。
ドロシーとシャルトしか該当しない為、マリウスに渡すなどといった最適解な答えは使えなかった。
「ルゥ姉。次ドレイクが頭を下ろしたらアレお願いできますか?」
シャルトが暇そうにしているルゥにそう叫ぶと、ルゥは遠くから嬉しそうに手を振った。
「良いよ! アレだね」
ぶんぶんと手を振りながらニコニコとルゥは答えた。
「んじゃ、俺達は邪魔にならないように撤収しようか」
マリウスの言葉に三世とドロシーは頷き、壁際に下がって壁を背に座った。
ドレイクは人間の動きに混乱していた。
火が効かないというのは行動の九割が封じられるに等しい。
それでも、五人中三人が後ろに下がってピクニック気分になるほど、自分が弱いとは思っていない。
たとえこちらが格下でも、油断したら殺しきるだけの力を持っているという自負があるからだ。
そして入れ替わりに来たのは一番小さな雌の獣人。
それも柔らかそうな弱い個体の獣人だ。
ドレイクはまずその獣人を食い殺そうと噛みつきに向かった。
首をしならせず、最短コースで噛みつきに向かう。
この獣人程度なら顎の力だけで砕けるとわかっているからだ。
ルゥは噛みつきに向かうドレイクの首が伸び切ったタイミングで、力いっぱい吠えた。
最初のドレイクが吠えた時ほど強い咆哮ではない。
それでも、その咆哮は大きな何かが感じられた。
一匹程度の誇りではなく、まるで種族全員が咆哮をしたように感じた。
その咆哮は個であり群でもある。
千や万では聞かない一族総員を一つに纏め、ドレイクに訴えかける。
威圧や脅しではなく、その咆哮が伝えていることは誇りだった。
『我は誇り高き太陽を追う獣なり』
そこにいる赤髪の獣人に絶対強者の風格を感じ、ドレイクは恐怖した。
一瞬ではあるが、ドレイクは気圧され体の動きを止めてしまった。
その隙を見逃さず、シャルトは両手で握りしめた大剣を横から首に振り下ろした。
パキンと乾いた音の後、ドレイクは光と化し、3Dモデルのような不思議な色と形状になる。
そして徐々に光の粒が空に消えていき、最後には姿形残らず消えた。
最後に見た表情は、やはり涙目だった。
「もうすごく申し訳ないことをしたような気がします」
しょんぼりとした顔でシャルトがそう呟いた。
「……一応、成体になると身体能力と体格が跳ね上がるのでこんな風に楽に勝てる相手ではない。それでも……成体でもメイン攻撃はブレスだから……」
マリウスの言葉に、改めて装備の重要性を三世は理解した。
ありがとうございました。