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想いを込める者達

 

 ソレは特別な日である。

 本来の意味から大きく逸脱しているが、その文化は驚くほど愛され、逆に世界に浸透するほどだ。

 その日は世界中の職人が同じ国に集まる。

 ソノ一日で年収に匹敵する金額を稼ぐ人すらいるほどだ。

 ソレは二月であり、そして女性の為の日である。


 そう――今日はバレンタインだ。


 十階を攻略した次の日、三世とマリウスが引っ込んだのを確認して、シャルト、ルゥ、ドロシー、ルカは内緒話を始めた。

「私とルゥ姉、カエデさん。他の人はわかりませんが、恐らく、今該当しているのはこの三人でしょう。私達はご主人様とスキルで強く結びついているので、ご主人様の知識が流れ込みます」

 そうシャルトが言うと、ドロシーが興味深そうに反応した。

「つまり、ヤツヒサさんの知識がまるまる手に入るの?」

 ドロシーの言葉に、シャルトは首を横に振った。

「いえ。断片のような形で、しかも無作為にです。手に入った情報が何なのかすらわからない時もあります。ただ、料理関連の知識だけはルゥ姉に優先して入っているみたいです」

 法則性は基本無いが、料理技術だけは三世の技術全てがルゥに受け継がれていた。

「ふむ。すっごく見てみたいけど、私には無理ね」

 ドロシーが本心から残念そうにつぶやいた。


「そこで本題ですが、ルゥ姉の得た断片と私の得た断片で、とある行事についての知識が七割ほど特定出来ました」

 シャルトの言葉に、ドロシーは顔を寄せ興味津々な様子で聞き入る。

 未知の世界の情報という、浪漫の塊に興味を惹かれないドロシーではなかった。

「それはどんな行事なの?」

 ドロシーが尋ねると、ルゥはニコニコしながら答えた。

「バレンタインだよ」

 首を傾げるドロシーとルカに、七割ほどしかわからないバレンタインという行事について、ルゥとシャルトは説明を始めた。


 それは祭りの一種で、女性が男性にチョコレートを贈る日である。

 チョコートの種類は【ホンメイ】と【ギリ】という二種類がある。

 ホンメイは大切な人一人にだけ用意出来る。

 ギリは人数にも性別にも年齢にも制限がない。


 ギリは安いチョコレートで代用が可能だが、ホンメイは別である。

 手間暇かけ、高級な素材を更に高級な素材に合わせるという王宮料理クラスのチョコレートが必要だ。

 その儀式級の料理に【女性の愛情】を注ぎ込むことで、完成する。

 その製作難易度は異常に高く、稀人の世界では【ショコラティエ】という専門の職人が存在する。

 その祭りを行うことにより、受け取った男性は幸運に恵まれる。

 特にホンメイを受け取った男性は、幸せが約束されるらしい。

 ただし、これらの渡す相手に事前の準備を見られてはならない。


「以上が手に入った情報を集め、推測し纏めた物です」

 シャルトの言葉に、ドロシーがまじめな表情で頷いた。

「理解したわ。そういうことね」

 ドロシーの言葉にシャルトも頷いた。

「ええ。素晴らしいことにルゥ姉はホンメイを作ることが可能です。ですが――」

 そう、材料が足りないのである。

 高級なカカオ自体入手が難しい。

 だが、本当に大変なのはそれ以外の材料だ。

 稀人の世界にしかない材料であれば、代用品を探すのも一苦労だろう。

「必要なのは、強い愛情を持っていて秘密を守れる相手。そして超高級なチョコレート素材ね」

 シャルトは頷いた。

「ご慧眼、恐れ入ります――」

 女性の愛情が必要とあったが、人数が書かれていない。

 つまり、質と量、両方が必要だとシャルトは推測した。

「――私を誘ったのはギリ側の事情かな?」

 ルカがそう尋ねると、シャルトは頷いた。

「はい。せっかくのお祭りなので一緒にと思いまして。ギリ・チョコを大量に用意して牧場で売るのはどうでしょうか?」

 その言葉に、ルカは頭の中でそろばんを弾き計算をする。

「良いアイディアね。来てくれた人に幸運を願う牧場って素敵だと思うわ。そっちは任せて」

 ルカは自分の胸をとんと軽く叩いた。

 その頼もしい態度と言葉に、ルゥとシャルト、ドロシーは微笑んだ。

「なら、後必要なのは……材料ね」

 ドロシーが難しい顔で呟き、獣人二人は頷いた。


 そうして、女性だけの、女性によるチョコレートの材料集めという極秘ミッションが発生した。


 最初に仲間集めとしてカエデさんの元に向かった。

 金銭だけで手に入らず、場合によっては自力で採取しないといけないことを考えたら、カエデさんの協力なしで事を運ぶのは不可能だからだ。

 最初は渋っていたカエデさんだが、ドロシーの粘り強い交渉とルゥのメープルシロップたっぷりのトースト。

 そして当日のチョコレートを分けることで交渉は成立した。


 なお、この段階ではバレンタインの正しい情報を持っているのはカエデさんのみである。

 何か変な勘違いをしていることを、カエデさんはあえて突っ込まず、場の流れに身を任せた。

 正しいバレンタインは自分が参加できるようになってからしようと――そんな少しずるいことを考えながら。


 ついでに暇だからという理由で雄だがシロも手伝いに参加した。

 男性には極力秘密だが、雄は大丈夫だろうという謎理論と、人手は多い方が良いという発想から参加を受け入れた。


 次にユラに協力を申し込もうと思ったが、つわりの為とても参加出来る状態ではなかった。

 チョコレートの匂いすら無理で、まともに食事がとれず頬のこけたユラを見て断念した。


 それ以外のメンバー探しは忙しかったり縁が薄かったりとうまく見つからず、結局実働四人で作戦を遂行することとなった。


 まず、材料集めとして二班に分かれることとなった。

 カエデさんの馬車に、ルカとルゥが乗って大量に必要な材料集め。

 金貨と交渉能力、それに質を見る目が必要ということで、この人材となった。


 次はシロ、シャルト、ドロシーで貴重な材料集め。

 購入以外に自らの手で採取をする場合もあるので、必要なのはサバイバル能力である。

 また、ドロシーは単独でならシロと同等の速度で走れる。

 シロにシャルトを乗せて並走することが出来る為、このような人材分けとなった。


 そして数日経った。

 残念ながら材料集めは難航を極めていた。

 予算以外の全てが足りなかった。

 三世、マリウスの目から逃げながらの準備というのは難しく、時間制限が厳しい。

 業者の知識も足りず、希少な材料はそうそう見つからない。

 全くうまくいっていないが、それでも四人はとても楽しかった。

 男性の為に何かをするというのもだが、そしてなにより身内で秘密を共有し、隠れて行動するのがとても楽しかった。


 ある日、一同が調達から村に戻ると三世と共にいるルナを一同は見つけた。

「あのヤツヒサさんと一緒にいる人は?」

 ドロシーの質問に、ルゥが答える。

「ルナだね。ヤツヒサが好きなんだって。あと食べることが大好き」

「……シャルちゃん。あの子は味方?」

 ドロシーは、別の意味になるようにシャルトに尋ね、シャルトはニヤリとして頷く。

「はい。信の置ける上に賢く、そして魔法が使えます。少ない情報から私はもちろん、ルゥ姉を立てることにまで意識が向き、そして本気でご主人様を想っています」

 シャルトの言葉に、ドロシーは邪悪な笑みを浮かべた。

「……シャルちゃん。ゴー」

 シャルトはその笑みに答えるように、ルナのところに向かい、ルナの手を握って声を上げた。

「確保!」

 そのまま、シャルトはルナを拉致した。

 その時、三世が夕飯を食べたので泊っていって良いと言われたので、拉致したまま一同はマリウスの仕事場に向かった。


 仕事禁止令が出ている為、マリウスがここに立ち入ることはない。

 内緒の行動を取るには最適な場所だった。

 そこで、ルナにも事情を説明し、ルナは嬉しそうな表情を浮かべた。

「私も参加して良いんですか?」

 ルゥとシャルトを見比べ、ルナは尋ねた。

 ルゥは笑顔で頷き、シャルトも微笑んだ。

「むしろ手伝って欲しいくらいです。とにかく手が足りません。私達は男性陣に見つかったらいけないので制限時間もありますし」

 シャルトの言葉に、ドロシーは頷いた。

「了解しました。ちょうど私の専門分野ですので、多少の手伝いは出来ると思います」

 そうルナが言うと、ドロシーが興味深そうに訪ねた。

「これが専門って、あなたは何の魔法が得意なの?植物系?探知?」

 その質問に、ルナは首を傾げた。

「え?いえ、魔法は弱体化系と変化が得意です。得意なのは食べ物の情報を集めることですね」

 ルナがそう言うと、シャルトはドロシーの顔を見て「ね?」と言った表情を浮かべた。

 ドロシーも微笑み、頷いた。

「確かに、ヤツヒサさんともルゥちゃんとも仲良くなれそうな人材ね」

 そうドロシーはルナを見ながら笑った。

 ルナは当たり前のことしか言っていないのに皆が微笑んでいることに疑問を持ち、首を傾げた。



 次の日、さっそくルナの真価を知ることとなった。

 どこの町のカカオの質が良く、どこの地方の砂糖が優れているという情報を用意した。

 これらは調べたわけではなく、最初から暗記していた知識だった。

 その上、稀人の世界にしかないと思われる材料の特徴をルゥから聴き、その代用品の予測を立てた。

 恐ろしいほどの食い意地と、驚異的な記憶力だった。

 牛乳と卵、メープルはこの村が一番良質らしい。

 三世が絡んでいる為、この村の動物の飼育状態は異常に良いのが原因だろう。

 それだけにとどまらず、質がほどほどのカカオを低価格で大量に出荷する業者も知っていた。

「チョコレートも私、好きなので」

 という全く答えにならない答えで、問題点のほとんどを一人で解決させた。


 急いで調べた情報を頼りに行商人を当たり、何とか期限数日前に全ての材料を集めることが出来た。


 材料が揃うと、ルカは別行動を開始する。

 仕事内容を内密に出来る未婚の女性を集め、休止中のメープル工場を低予算で借り、チョコレートの工場とした。

 そこで大量にチョコレートを作り始めた。

 牧場の規模を考えたらいくらあっても足りることはない。

 余ったところでチョコレートだ。

 どうとでもなる。

 なので後は、この数日でいかに多く作れるかの勝負である。


 ルゥ、シャルト、ルナ、ドロシーは最高級かつ最難関の【ホンメイ】の製作に着手した。

 ルゥが設計図を用意し、材料とその分配を計算する。

 キッチンでは作れない規模と複雑さの為、調理工程はルナの魔法とドロシーの魔術に頼ることにした。

 全ての計画は最終段階に入った。

 ホンメイ製作には時間がかかる為、決行日は当日ではなく、前日の十三日とした。



 そして決行日――夜中にルゥとシャルトはこっそり部屋を抜け出した。

 ルナも近場の宿から出て、マリウスの家に向かった。

 ドロシーは気づかれないように、マリウスをとある方法で絶対に目が覚めないほど疲れさせた。


 ルカは子供であることと、意中の相手がいないこと、そしてメインが別の仕事の為ホンメイ作りに参加していない。

 それ以前に、当日誰よりも忙しいのは大量にギリ・チョコレートを売り払うルカである。

 夜中に起きている余裕はなかった。


 なので今いるのは、家主のドロシーに、ルゥ、シャルト、ルナ――

 四人の女達による、決戦の時間が始まった。

 大切な人の事を強く想いながら――彼女達は一睡もせずに工事のような調理を行っていく。

 若干、というよりも、結構間違っている知識だが、それでもその想いと情熱だけは、本物だった。




 翌朝、三世が目を覚ますと既に二人の娘はいなかった。

 今日も朝から忙しいのかなと考えながら着替え等朝の準備を行い、朝食をどうすべきか悩んでいた時に丁寧なノックの音が聞こえた。

「し、失礼します……」

 ドアを開け、緊張したような震える声を出したのはルナだった。

「おや。おはようございますルナ。どうしました?」

 姿はちょくちょくと見かけたが、ルナと話したのはあの日以来だった為、珍しいと思い三世はそう尋ねた。

「えっとですね、私達が何かをしていたのはご存知ですよね?」

 流石にそれは隠しきれないと予想にルナが尋ね、予想通り三世は頷いた。

「はい。何をしているのかわかりませんでしたが、楽しそうなので問題ないと考えてました。ドロシーさんも一緒でしたし」

 その言葉に、秘密はばれていないと知りルナは安堵のため息を漏らした。


「それなら良かったです。すいませんがちょっと目と耳塞いで付いてきてもらえませんか?色々と予定がありまして」

 三世はその言葉に特に驚きはなかった。

 そう言われた段階で、女性だけで集まっての行動をサプライズパーティーの準備だと予想したからだ。

「ええ。構いませんよ。この場でふさいだ方が良いですか?」

 三世は微笑みながら尋ね、ルナは頷く。

「はい。出来れば……」

「では道案内お願いしますね」

 そう言いながら三世は適当な布きれで自分の視界を塞いだ。

「耳はどうしましょうか? 自分でふさぐのも変ですよね――」

「だったら私は塞ぎますね」

 そう言いながら、ルナは背中の方から三世の耳を塞いだ。


 朝の冷え込みにより冷たくなった耳に温かい手の平の感触が伝わる。

 それと同時に――背中に本来感じてはいけない柔らかい何かを、三世は感じた。

「それじゃあ道案内するので足元気を付けてくださいねー」

 ルナはとても嬉しそうに、三世に進む方向を教えた。

 後ろから正面に進ませる。

 つまり、何度も体が密着するということだ。

 くっ付いて離れてを繰り返し、三世の背中に大きな弾力のある二つの柔らかい何かの感触と揺れが伝わってくる。

 三世は意識しないよう、無心になるよう勤めるが、視覚と聴覚を塞がった状態の為触覚が本人の意志関係なく過敏に反応してしまう。

 何とも言えない罪悪感と、普段の面白い様子が合わさり、とてもいけないことをしているような気分になった。


 一つだけよかったことは、寝起きからさして時間が経っていない為まだ気持ちが上がりきっていないことだった。

 これで完全に覚醒状態だったら、おろおろとしながらテンパるか、最悪だと座り込むことになっただろう。

 ちなみに――ルナはわざと体を密着させていた。



 目と耳を隠すこと自体には正しい理由があった。

 大きな誤算があったからだ。

 それはルカが想像以上に働き者という、とても予想できなかった誤算だ。


 朝四時から準備を始め、大量のチョコレートを牧場内にいれ【バレンタインフェア】と書かれた横断幕を用意する。

 テント状の簡易売り場を複数用意し、売り子は自分を含め十人。

 梱包やチョコを運ぶ人など、雑用に二十人。

 計三十人の未婚で、見た目もレベルの高い女性のみの売り場が完成していた。

 ルカはこれらの用意を、全て一人で仕切っていた。

 格安のチョコとは言え、異常なほど積みあがったそのチョコは遠くから見てもすぐわかり、密集しているせいかカカオの香りが近場に漂う。

 現在時刻七時だが、既にフェアの前には客が列を成していた。

 言うまでもなく、客の九割以上が男性である。


 そんな現場が、牧場の外から見えるのだ。

 客も含めたら隠すことも難しく、三世の方の目と耳を塞ぐしかルナは方法が思いつかなかった。

 アレだけ皆ががんばったんだから最後までサプライズにしたいとルナは考え、三世の目と耳を隠しながらチョコ売り場に近づかないように移動した。

 ついでに自分のアピールもしながら。

 三世は背中を意識しないように自分の手を抓りあげていた。



 何とか目的の場所に着いた三世。

 そこはマリウスの家だった。

 強いカカオの香りと砂糖とバターの焦げる香りを感じる……例えるならケーキショップの中にいるような香りだった。

「では、目隠しとりますね」

 最後にぎゅっと体を密着させた後、ルナは三世の目隠しを外した。


 急に入ってくる光量に三世は眉を潜めた。

 徐々に慣れてくる光に合わせて目が正常な活動を始めてだした。

 そして――三世の目に最初に入ったのは、大きなチョコーレトケーキと満面の笑みを浮かべる獣人三人組だった。


「ハッピーバレンタイン!」

 三人は声を揃えてそう口にした。

 流石に予想外だったらしく、三世はぽかーんと大口を開けていた。


 最初に驚いたのはケーキの大きさだった。

 少なく見ても直径は一メートルを越えている。

 丸いケーキが縦に積まれ、ピラミッド状になっており、その高さは実に七段。

 一番上のケーキすら、市販のケーキの倍ほどの大きさがあった。

 その大きさはウェディングケーキと比べても、匹敵どころかはるかに勝っている。


 色々と心配や疑問はあるが、それでも最初にしないといけないことに三世は気づき、三人を見つめる。

「私の為にありがとうございます。食べて良いですか?」

 三人は微笑み、ルゥがケーキを切り分け、シャルトが紅茶の用意を始め、ルナはテーブルに座った。

「とりあえず、事情を聴いて良いですか?」

 わからないことが多々ある三世は、座ったルナにそう尋ねた。

「良いですよ。何から話しましょうか――」


 そしてルナから若干おかしいバレンタインの事を聴き、三世は納得した。

 同時に、いくつか明らかに間違っている部分もわかった。

 皆で一つのケーキを作ったことや、本命と義理の意味、そして男性が幸運になる理由。

 明らかな間違いだが、三世はあえてソレを指摘しなかった。

 というよりも、指摘することが出来なかった。

【告白の日】なんて正しい知識を与えようものなら、三世の逃げ場がなくなるからだ。

 初めて、今までシャルトから逃げていたんだと三世は自覚することが出来た。

 ルゥはわからないが、ここにいるということはルナもだろう。

 だからこそ――何も選択できない三世は間違いを指摘出来なかった。


「それと、師匠とドロシーさんは別の場所でチョコを渡してるんですか?」

 切り分けたケーキを三世の前に置きながら、ルゥがその質問に答えた。

「うん。このケーキの小さい奴作って二人で食べてるよ。ルカはギリ・チョコレートを牧場で売ってる」

 めぐりめぐって間違った知識から、義理チョコを売るという正解にたどり着いたのは何とも言えない気持ちになる。

 たとえ世界の常識、法則が違っても、女性からチョコを求めるのは男のサガだと言わんばかりで、とても切ない気持ちになった。


 ケーキと紅茶を全員分用意し、テーブルに座った後、揃って手を合わせて、食べ始めた。

 その味は異常な程美味しかった。

 見た目と違い甘さは少ないのに、非常に濃いコクのあるチョコの味が広がる。

 といっても、チョコ独特のえぐみや苦みは少なく、一言で言うと濃厚なのに口当たりが良くて軽い。

 見ても食べても、三世にはこの味を再現できる気がしなかった。


「本当に美味しいです。三人とも。ありがとうございます」

 ルゥは嬉しそうに微笑み、シャルトは微笑を浮かべ頭を下げ、ルナは赤くなって照れていた。

 三人とも違う反応だが、嬉しそうで、そしてとても楽しそうだった。


 三世の心配はケーキの量だった。

 この量をどうするのだろうか。

 最終的には切り分け村中に配るのだろうか。

 だが、そんな心配は無駄になった。

 結論を先に言ってしまえば、身内だけで食べきってしまったからだ。


 三世、ルゥ、シャルトが満足良くまで食べた後、ルゥはカエデさんを呼びにいった。

 そして、カエデさんとルナの二人で、その残り、全体の八割ほどを全て平らげた。


 三世はケーキを七段にした本当の理由を、視覚で理解した。


 疲れたのと寝不足からか、椅子に座ったまま、獣人三人は肩を並べてすやすやと寝息を立てだした。

 三世は毛布を被せ、食器を片付けていると、カエデさんが恨めしそうに三世を見ていた。

 あの顔は見覚えがある。

『寂しいから構え』

 という顔だった。

 三世は食器を片付けた後、カエデさんデートの申し出を苦笑しながら了承した。







 翌日、ルカの売れ残ったチョコレートの在庫を、妙に怪しい連中が買い占めていった。

 黒いマントを被って地面まで体を隠し、目元と口元に加工がされている、どこぞの悪の組織の一員のような姿の連中は、雄たけびと泣き声をだしながら、チョコレートを掲げていた。

 獣人三人のバレンタイン知識に、【翌日に残ったギリ・チョコレートは変態が引き取りに来る】という誤った内容が付け加えられた。






ありがとうございました。

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