目標と休暇と再会と
レザーアーマーの製作に着手しだして数日経ったある日、三世は定例会の為王城に呼ばれた。
今回は、前回のような三世の為だけの顔合わせと違い、正しい意味で攻略と情報共有の為の会談である。
其の為、今回の話し合いには多少の意味があった。
三世の持ってきた情報が変化のきっかけとなった。
隠し通路がある。
ダンジョン内を探索はしても、隠し通路を意識した人はいなかったからだ。
その情報を元に、軍、騎士団のマンパワーを使いダンジョンを虱潰しに探索した。
実力者は階層を駆け上がり、そうでないものは情報の為にダンジョンの下の方を周回する。
そのまとまった情報を報告するのが、今日の定例会の主題だった。
十一階の条件は番人と正面から戦うこと。
十六階はパーティー内で仲が悪いと通れないらしい。
二十一階はその二つに加え、獣人と人が同じパーティーにいること。
階層を上がる条件はここまでが確定した。
二十一階から罠が増え、三十一階からは軍や騎士団でも多少苦戦する敵が現れだした。
まるで三十一階からが本番であるとダンジョン自体が言っているようだった。
もちろん、良い情報だけでない。
今まで起きなかった方が不思議ではあるのだが、遂に恐れていた事態が起きた。
攻略の殉職者が現れ始めた。
軍人、騎士団員の死者により、一つの可能性が確信に変わった。
それは、三十階以前はダンジョンが原因では死なないということだ。
三十階以前は死亡例が一度もなく、三十一階で一人の死を皮切りに、これまでに計五人死亡した。
その全員が三十一階より上の階層で死んでいる。
現在は三十五階で軍も騎士も停滞している。
三十六階に上がる条件がわからないからだ。
またもう一つ面白い条件がわかった。
奴隷など、強制的にダンジョンに送り込んでもダンジョンに参加出来ないらしい。
二十一階の為に、獣人奴隷を無理やりひっぱって参加させた人間がいたが、入った瞬間フロントにいる黒い何かにボコボコにされらそうだ。
その後、無傷の奴隷と一緒に外に放り出されたらしい。
これらの情報を加味し、国王フィロスは一つの脅威を想定した。
ダンジョン上層の魔物が外に出た場合のことだ。
低階層の魔物、魔獣程度なら外に出ても何の問題もない。
無限に手に入る素材と魔石の事を考えたら塔を放置するという案もあった。
だが、三十階程度で鍛えた軍、騎士団から死者が出るような塔だ。
利よりも害の方が遥かに大きい。場合によっては国が亡ぶ。
なので、フィロスはこの定例会で命令を下した。
【塔を可及的速やかに攻略せよ】
こうして、調査中心から塔消滅に目標が移行した。
攻略の為に最初に決めたことは報酬だった。
金銭はもちろん、名誉も報酬のうちだった。
塔四十階を越えた者は鉄級冒険者に、五十階を越えた者は銀級冒険者に誰でも認定するというものだ。
それに加えて軍、騎士団への好待遇の入隊許可も加えられた。
人材不足を補いつつ、塔攻略に本気を出しているというアピールの為の行動だった。
銀冒険者といえば一流の証明でもあり、国から一定以上の信用を受けた証でもある。
そんなものを配布するというのはかなり強引な内容だが、それは三世にとって都合の良い話だった。
戻ってマリウスに話し、目標が正式に決定した。
五十階を目指す。
銀冒険者となる最短の道が見えたのは、二人にとって僥倖とも言えた。
其の為にも、急いでドラゴンの牙を使ったレザーアーマーを作らないといけない。
三世とマリウスは猛る気持ちを胸に、製作に集中しようとした――
「あんたらはいい加減休め!」
そのタイミングで、雷が落ちたような怒声が響いた。
珍しく本気で怒っているドロシーに、マリウスはもちろん三世も何も言えず作業を止めざるを得なかった。
製作を開始してから、睡眠時以外マリウスと三世は工房にこもりっきりだった。
怒りは収まらず、ドロシーの説教が続いた。
体を休めろ、好きなことをするのは構わないが休みは取れ。
心配する周りの声に耳を向けろ。
当たり前の内容の為、三世もマリウスも何も言えず、黙って聞くしかなかった。
本気で体を心配してることがわかる為、ただただ受け入れることしか出来なかった。
そして三世とマリウスには三日の休暇が与えられた。
正式には、仕事を忘れて休むようにドロシーから厳命された。
三世とマリウスが一緒にいることが禁止された上でだ。
『どうせ一緒になったら仕事の話しだすでしょ』
というドロシーのまったくもって正解なお言葉の為だ。
時間はまだ午前中である。
それならば、ちょっと遠出でもしようかと三世は考えルゥとシャルトを探した。
が二人とも用事があるらしく見つからなかった。
家に戻ると、書置きが置かれていた。
『カエデさんとシロ借りるね!』
ここ最近、二人はずっと行動を共にしている。
二人が何をしているのかわからないが二人はとても忙しいらしい。
三世と離れてこういった活動を二人がするのは初めてかもしれない。
そう考えると、三世は感慨深いものを感じつつも、非常に寂しい気持ちになった。
二人に依存している自分に気づき、三世は自嘲するように己を笑った。
することがなくなった三世は、暇つぶしに牧場に足を運ぶことにした。
牧場の経営スタイルはほぼ完成と言っても良いくらいの仕上がりとなった。
個人の技能、能力に依存するのは危険ということで従業員を増やし、料理や競馬などの技能が無いと出来ない職場には指導者を用意して技能保持者を増やした。
その結果、三世達初期組は何もしなくても牧場が問題なく機能するようになった。
動物の簡単な治療なら三世がいなくても何とかなる。
三世でないと出来ないことは牛の削蹄程度だ。
それも、金で何とかなるから既に牧場は三世の手を完全に離れたと言って良いだろう。
なので、今回は客として動物とべったりくっ付いて寂しさを解消しようと三世は牧場の入り口の列に並んだ。
この寒い時期にもかかわらず、いつものように長蛇の列が並んでいる。
そこに並んでいると、三世に呼び出しにあった。
呼び出した主はユウで、申し訳なさそうに三世に頼むごとをしてきた。
「すいません。今ユラが動けなくて……本当に申し訳ないのですがバロンとエイアールの面倒を見てもらえませんか?」
二頭とも、体調に問題があり他の馬と同じように扱うことが出来ない。
なので普段はユラが別個に二頭の面倒を見ていたのだが、今はつわりが酷く、今日に至っては一歩も外に出られないらしい。
もちろん三世は、笑顔でその申し出を了承した。
――これは仕事ではなく、馬とのふれあいの時間だからセーフです。
そう自分に言い訳をして。
カエデさん、バロン、エイアール。
元騎士団所属の馬達である。
ただ、現役だった状態で引っこ抜いたカエデさんと違い、バロンとエイアールはリタイア組だ。
エイアールは性格が大人しく、騎士団の生活に耐えきれずにパニック症を発症してのリタイア。
バロンに至っては、子供を助ける為に体を張り、骨折と毒の後遺症でのリタイアである。
前者は体は無事だが心が砕け、後者は心は非常に強いが、体がボロボロである。
だからこそ、二頭ともこの牧場で幸せな余生を過ごしてほしいと願われ、騎士団よりこの牧場に贈られた。
パニック症のリハビリがてら、三世はエイアールの背に乗って牧場の隅で人のいない場所を歩いた。
隣にはバロンもいる。
エイアールのパニック症のキーは、背中に乗って疾走することだ。
長い戦いの記憶と見知った者の死、命を奪う感覚を思い出すからだ。
なので、エイアールは人を背に乗せることを極端に恐れる。
だから、ゆっくり……ゆっくりとエイアールは必要以上にゆっくりと歩いた。
自分がパニックになると乗ってくれた人が死んでしまうかもしれない。
それを恐れて――
「――私のことは気にしないで良いですよ。緊張すると楽しくないです。リラックスしていきましょう。ね? 私は大丈夫ですから」
三世はゆっくりとエイアールに語り掛けた。
エイアールはその言葉に安らぎを感じ、本当に大丈夫な気がして、穏やかな気持ちで歩いた。
ゆっくりではあるが――本当に久しぶりに人を乗せて歩くのが楽しいと、エイアールが思った瞬間だった。
これには、少々卑怯だが、ちょっとしたタネがある。
三世が背にのったまま、精神安定剤をエイアールの体内に、ちょっとずつ生成したのだ。
じわじわと効くように、点滴のように微量ずつ安定剤を増やし、エイアールの緊張をほぐしていく。
もし、エイアールがもう人を乗せず、ここで余生を過ごしたいなら三世もこんな卑怯で相手に黙ったまま何も言わない治療なんてしない。
だけど、エイアールが怯えているのは戦うことであり、人とふれあい人を乗せて走ることに焦がれているエイアールを見たら、卑怯でも何でもして、リハビリを進めたかった。
逆に、バロンはどうしようもなかった。
毒矢が百本単位で刺さり、ハリネズミのようになったバロン。
生きているだけで既に幾つもの奇跡を起こしている。
それは本人の異常なまでの意志の強さによる奇跡だ。
バロンが極度なまでに死を恐れた理由はたった一つ――その時傍に子供がいたからだ。
自分が死んだら、子供達はきっと泣くだろう。
その思いだけで、バロンは凄惨たる現場を生き延びた。
文字通りの貴族で、ノブレスオブリージュだけを支えにした男だった。
其の為、毒による麻痺、神経障害による麻痺、骨折による障害と、どうしようもないな状態でしかも三世ですら根本からの治療は不可能だった。
特に、毒がやっかいだ。
既に体に染みついて、いかなる解毒も受け付けない。
魔法、魔術、医療、そして三世のスキル。
全ての治療方法が、バロンに対しては気休め以上の意味を為さなかった。
走らず歩くだけなら普段は問題ないのだが、突然足が麻痺することがある。
一歩も歩くことが出来なくなり、治まるまで座り込むか倒れることしか出来なくなる。
そんな状態でも、バロンは堂々とした姿勢でいて、泣き言一つ叫ばない。
皆からそう望まれていると知っているし、己自身、そうでありたいと望んでいるからだ。
こんな状態のバロンでも、実はこの牧場内のとある例外を除くと、ぶっちぎりの人気を誇っている。
人を乗せられず、体が弱い為人前に出る時間も短い。
それでも、高い人気を誇っているのはその美しさと振舞いの優雅さからだ。
三世も、バロンは馬の中でも世界で二番目に美しいと思っていた。
――いつか……二頭とも苦しむことが無くなる日が来れば良いのに。
そう考えるが、その日を迎えるのはまだかかりそうだった。
今の時期は兎の月、つまり二月である。
それも寒冷地方の二月なので、かなり冷え込む。
感覚で言えば北海道くらいの寒さだろう。
なので、牧場内での売り上げもそれに合わせて大きく変化する。
具体的に言えば、冷たい飲み物の売り上げが落ちてホットココアやコーヒーなど暖かい飲み物が良く売れるようになった。
当たり前だが、アイスの売り上げは下がる一方である。
ただし、それでもアイスの販売を止めることはなく、年中販売している。
なぜなら、こんな時期でもアイスを食べたいという気合の入った客がいるからだ。
冬の方が濃厚で美味しい。
アイスが無い生活が考えられない。
そんな稀有な人から、ただ食い意地を張った人まで、理由は様々だが、確かに一日に数人はアイスを買う人がいる。
現に、遠くに一人、アイスを食べている人が三世の視界に入っていた。
長い髪でスタイルの良い美人がニコニコと嬉しそうに歩きながらアイスを食べている。
周囲から怪訝な目で見られながら……。
三世にも彼女が異常なほど目立っている理由は良くわかる。
全員防寒具着用の中で、一人だけ長袖長ズボン。
防寒具も着用しておらず、普通なら半ば自殺行為に近い。
アイスを食べる為であろう手袋すら外しているその姿は、驚きを通り越して尊敬に値する。
三世に見られていることに気づいたらしく、その女性は三世の方を怪訝な目で見返し、そして固まった。
その姿で、三世はその女性が知り合いだと気づいた。
「あれ?ルナさん――じゃなくてルナですか?」
三世の言葉に、ルナは顔を赤くさせつつ、小さくこくんと頷いた。
――アイスを口から離さずに。
耳も無く、特徴的で魅力的なもふもふのしっぽも無い為、三世はすぐには気づけなかった。
色々と聞きたいことはあるが、とりあえず一番気になることを尋ねることにした。
「……寒くないですか?」
ルナは少し悩んだ後、微笑みながら答えた。
「……美味しいですよ?」
食い意地で誤魔化しているだけだと気づいた三世は、すぐに牧場内の飲食店にルナを連れて行き、ホットココアを用意した。
ありがとうございました。