男は高価な玩具に、女はイベントに夢中
「じゃあ明日な」
ダンジョンを出ると、マリウスはそれだけ言ってドラゴンの牙を抱えたままドロシーと別行動を取った。
特に約束もしていないし、何の話もしていない。
だが、三世はマリウスの約束の意味を良く理解していた。
ルゥとシャルトは良くわからず、首を傾げた。
三世はその後すぐに情報を金に換え、村に戻って寝た。
そして朝早く、ルゥが目を覚ます前にパンに肉と野菜を挟み適当なサンドイッチを二人分作って、マリウスの地下の仕事場に向かう。
まだ薄暗く誰も起きていないような時間に、マリウスは仕事場で、作業の準備を終えていた。
手元には大きなドラゴンの牙が二つ。
そして、夏休みの少年のように目を輝かせるおっさんが二人いた。
ドラゴンの牙、それは非常に優秀で希少な素材である。
牙の大きさは成人男性の手の先から肘くらいまで。
一番太い根本は成人男性の首よりも太かった。
ただ、これでも成長が足りてないらしく、ドラゴンとしては幼い年齢の物らしい。
「それで師匠。これで何を作るのでしょうか?」
三世の質問に、マリウスは難しい顔をする。
「それなんだがな、実は困ってる。もう少し牙が大きいなら俺の武器にしても良かったが……」
そう言いながらマリウスは牙を残念そうに見つめた。
武器の刃として使うなら、長さ的に直剣が限界だった。
直剣の刃の部分を牙にすれば、軽く鋭い剣となる。
他の使い道として、武器の持ち手部分にドラゴンの牙を使うという方法もある。
ドラゴンの牙は加工次第で多くの使い道があり、武器の持ち手としても使える。
どちらも優秀で、その上エンチャント適正も高い。
ただ、刃と持ち手両方をドラゴンの牙にした直剣はあまりお勧めできない。
軽すぎて扱いにくく、切れ味だけが良い不便な武器となるからだ。
ナイフなどの短刀なら全部位ドラゴンの牙でも何の問題も無い。
その場合は、予備の武器としても、護身用としても優れた武器になるだろう。
ドラゴンの牙が優秀な素材であるのは確かだが、マリウスは持て余していた。
理由は単純で作った武器を使う人材がいないからだ。
ルゥに適した武器としてマリウスは爪を考えた。
五本の爪状に牙を加工する。
軽いながらも高威力の切断系攻撃が可能になるだろう。
ルゥの筋力での切断攻撃となると、その威力は計り知れない。
問題は、ルゥが殺傷能力の高い武器を持ちたがらないことだ。
そして持っても、きっと使うのをためらうだろう。
シャルトの適した武器としては、二刀流の短刀がある。
機動力を持ち味にする為軽いことが大きなメリットとなる。
だが……シャルトには魔術による刃がある為わざわざ作る必要性が薄い。
三世の槍に使うのも考えた。
だが、三世の槍の消耗は非常に激しい。
技量も未熟なだけでなく誰よりも練習量が多い為だ。
使い捨て前提の装備に牙を使うのはかなり惜しい。
同じ使い捨てなら矢じりに使う方がマシだろう。
ドロシーは……必要な物を勝手に用意する人だ。
牙を見て使うと言っていない以上、必要ないだろう。
そもそも、マリウスはドロシーに武器が必要なのかはなはだ疑問である。
「師匠。ドラゴンの牙ってどんな特徴があるんですか?」
三世の質問に、マリウスは特徴を紙に書き記しながら説明した。
「非常に硬くてそこそこに軽い。一番の特徴は使用用途の広さだな。武器防具や道具装飾品はもちろん、薬にすらなる」
外側は鉄よりも硬いが、内側は比較的柔らかい。
なので、牙の内側は持ち手など弾力を求める場合に適している。
また、ドラゴン素材には魔力を蓄える性質を持っている。
牙の場合は内側の柔らかい部位ほど、魔力を蓄える性質が強力になる傾向がある。
その性質をうまく生かせば、『数時間に一度だけエネルギーシールドを全身に貼れる盾』や『一瞬だけ高速移動や筋力を急激に強化したりするアクセサリー』などといった次元の強化装備も作れる。
つまり、エンチャント装備の充電池という特徴を持っているということだ。
魔石と決定的に違うところは、出力と魔力の放出の仕方だ。
エンチャントや魔石道具のエネルギーとして魔石を使う場合は、緩やかに魔力を貯めてゆるやかに魔力を永久に発し続ける。
エンチャントのエネルギーとしてドラゴン素材を使う場合は、貯め込んだ魔力を一気に最大出力で吐き出す。
オンオフの効く能力の場合は、ドラゴン素材の方が優れ、常時使用する場合は、魔石の方が優れている。
メリットデメリットが非常に分かれていた。
ちなみにデメリットをゼロにすることも出来る。
魔石とドラゴン素材両方を使えば良い。
ただし、値段、エンチャントの難易度、故障率、全てが跳ね上がる為実用的とは言えないが。
また、ドラゴンの牙自体をエンチャント強化の素材として使うことも出来る。
その場合は、炎の耐性を大きく上げるエンチャントを付与することが出来る。
使い道が豊富で優秀な素材。
それだけ、ドラゴンが強大で恐ろしい魔物であると、三世は理解した。
「それで、どうしようか……出来たら武器が作りたかったが……難しいな……」
マリウスが残念そうに呟いた。
「そうですね……もっと大きい牙が見つかったら、ドラゴンの牙の大剣を作ってください」
三世の言葉に、マリウスが反応した。
「良いな。それ。かなりカッコいい」
想像しているらしく、マリウスは上を向いて考え込んだ後、うんうんと何度も頷いた。
「とりあえず、無難に行きましょうか。全員に恩恵がある方が良いですよね」
三世の言葉にマリウスが頷いた。
そして決まったのが、レザーアーマーだった。
金属を一部使ったレザーアーマーの金属部をドラゴンの牙を加工したプレートに変更する。
軽くなるだけでなく、金属特有の動きにくさも解消され、その上で防御力も上がる。
エンチャント関係は今までと同じように生存率重視にして、おまけで炎耐性を付ける。
特に変わったことはしない。
シンプルだが純粋な強化に主軸を置いた。
「師匠。何日くらいで作れそうですか?」
通常の職人なら、一着一週間程度が目途だろう。
レザーアーマーという作業の多い難仕事に加え、貴重な素材をふんだんに使う。
一流の職人だったとしても、五着合わせたら一月程度ではとても時間が足りない。
そもそもレザー関係の職人がドラゴンの牙の加工技術など普通は持っていないから、牙加工の専門に任せないとならず、時間は更にかかる。
だが、それほど時間がかからないと三世はわかっていた。
「そうだな。牙の加工は俺しかできないから……ヤツヒサがレザーアーマーを三着担当すると考えて、一週間程度ってところじゃないか」
当たり前のように、五分の一以下の時間をマリウスは提案した。
「なるほど。では、今日から製作を始めましょう」
そのことに三世は別段驚かず、三世はそう言葉を返した。
「ああ。あと、薄く加工して使う為外側の数はギリギリだが、牙の内側の部分は結構余る。今度色々実験してみよう」
マリウスの魅力的なお誘いに、三世は顔を綻ばせて頷いた。
ドラゴンの牙で実験する。
そんな言葉に期待が膨らまない三世ではなかった。
三世とマリウスがレザーアーマーの製作に集中しだした頃、時刻にすると十時位の時間の時に、ドロシーはルゥとシャルトを連れて村から離れた平原に来ていた。
いつものシャルトの魔法、魔術訓練でなく、今日はルゥの能力テストをしようとドロシーは考えていた。
【誇り高き狼の咆哮】
その性能は切り札と呼べるほど強力なものではない。
だが、性質は優秀、というよりも異常と言えた。
発動する効果は大きくわけて二種類に分類される。
一つは咆哮を聞いた敵を怯えさせた上に、動きを鈍くするという相手の弱体化。
太陽狼の時も、ドロシーの恐怖無効アイテムがなければ恐怖で体が竦んでいただろう。
もう一つは咆哮を聞いた味方と自分の強化。
攻撃力と防御力の上昇。もっと言えば、筋力と耐久力が上昇し、体力もわずかに上昇する。
能力はただこれだけなのだが、その過程、性質は極めて異常である。
ウルフハウルの異常な性質、それはコピーや無効化をすることが不可能という点だ。
魔法、魔術を使用禁止にされても、ウルフハウルは発動することが出来る。
発生する恐怖だけは、恐怖無効化で防げる。
しかし、強化と弱体化を防ぐ手段は無い。
その上、オドが使え、他人の能力や力をコピー出来るドロシーでも、覚えることが出来ない。
それほど、ウルフハウルは魔術を変則的に使用している。
恐らくだが、発生している能力は副次効果で、咆哮を行うこと自体、己の誇りを周囲に知らしめることがその本当の意味なのだろう。
自分を強化する。これは魔術で可能なことだ。
だが、周囲の能力を下げる。これは魔術では不可能である。
遠距離の他者に影響を与える行動は、魔術にとってもっとも苦手な分野だからだ。
ではウルフハウルはどうなっているのかと言うと、魔術と魔法、両方同時に使用してソレを実現していた。
ルゥの場合は無意識に行っているが、魔法と魔術を意識して同時に使える人物などそうそういない。
全盛期で魔法と魔術両方が使えた時代のドロシーすら、同時行使は限りなく不可能に近い。
ウルフハウルは技術の側面を持つが、他者は覚えることが出来ない。
ルゥが使えるのは種族特有の技として、本当に刻まれ受け継がれているからだ。
種族の本能、咆哮の技術、オドとマナ。
四つの異なる力を同時に活用して己の魂を示す。
それがこの技の本質だった。
オドを使い魔術で己の喉を強化し、己のプライドを乗せた咆哮を発する。
その咆哮により魔力を呼び寄せ、音を媒体にして効果が発生する。
獣人でもウルフハウルが行える者はほとんどいない。
狼の耳を持った存在でも、万に一人いるかいないかという程度は、特別な力だった。
――それが使えるだけで、獣人の集落では長となることが出来る程は。
「敵、味方共に距離は咆哮が聞こえる程度。ただし、ただ聞こえるのではなく、肌が震える程度は強く耳に届かないと効果なし。他の条件はなしと。強化と弱体化同時に行う。シンプルながら優秀な技ね」
調べたら調べるほど、わかりやすく使いやすい能力だった。
ただ、わかりやすい能力なのに自分が使えない為、ドロシーは若干だがプライドを刺激された。
それでも、ドロシーは納得していた。
太陽狼と呼ばれたあの狼の誇らしい姿を考えると、それを使えるのが限られた存在であると言うのは理解できる。
そして、それをルゥが使えるということは、ルゥは太陽狼の――。
ドロシーは苦笑して、考えることを止めた。
ルゥのルーツがどうであれ、ルゥはルゥである。
「今は二人の可愛いもふもふちゃんとお話しする時間だもんね」
ドロシーはそう言いながら、ルゥとシャルトの頭を撫でまわした。
「うーん。ヤツヒサの方が上手だね」
ルゥの何気ない一言が、ドロシーの心を深く傷つけた。
ウルフハウルのテストを終えた後、男性陣二人がドラゴンの牙に夢中なうちに例の秘密の計画を進めることにした三人は、ルカを招き今後の相談を始めた。
女性だけが参加可能な、内緒の計画である。
最初に仲間を作ろうとカエデさんとユラに相談した。
カエデさんには移動の足としての協力を頼みこんだ。
条件として計画当日の褒美に加え、今日から毎日メープルシロップたっぷりのトーストをカエデさんは要求し、ドロシーはそれに了承した。
ユラは、残念ながら参加不可能だった。
つわりが酷いままで、日によっては寝たきりになっていることもあるくらいだ。
惜しそうにはしていたが、決行当日に体調が良い可能性は零に近く、またそんな体調で計画に参加したら、確実に悪化し母子共に悪い影響を与えるだろう。
そういったわけで、基本はルゥ主体の、シャルト、ドロシー、ルカの四人で秘密の計画を遂行することとなった。
必要なものは二つ。
一つは村の外で材料を入手すること。
もう一つは、村の中で、それなりに設備の揃った当日の秘密の拠点を用意することだ。
「さて、あんまりゆっくりすると当日までに間に合わないからね。今日は六日。もう十日を切ってるわ。団結して、事を運びましょう」
ドロシーの言葉に三人は頷き、行動を開始した。
四人でこそこそとしながら村を移動し、外に出る。
異常なほど怪しい動きだが、四人とも満面の笑みを浮かべていた。
ありがとうございました。




