キャラメルの価値
2018/12/09
リメイク
ありがとうございました。
キャラメルって歴史自体は古いんですよね。
でも生キャラメルは割と新しいそうです。
学生達がクラス別で抗争するという殺伐極まりない状況となり、あらゆるトラブルが降り注いでいる中。
三世は一人で全く関係ない作業を続けていた。
「一体どうして……というか何でしようと思ったの?」
コルネが頭をかかえ一人で呟いた。
そう……三世は騒動など我関せずとし、一人キャラメル作りに没頭していた。
その行動に、特に理由はなかった。
羽嶋に貰い、ルゥと二人で食べたキャラメルは子供の頃食べたキャラメルと全く同じ味だった。
つまり、ありきたりで昔からある物という事である。
簡単でも美味しく、材料も良く知ってる物のみだ。
それならば、何とか再現できないだろうかと三世は考え試行錯誤を繰り返すがうまくいかず……。
アレンジにアレンジを重ね、気づいた時には方向性が変わり、何故か生キャラメルを大量に作り続けていた。
その試行錯誤の風景は料理というよりは実験に近かった。
ちなみに、冷却用の冷蔵庫も用意していた。
電気を使わない為どういう原理で動いているのかわからないが。
けっこうな額の臨時報酬が入った為何か使い道がないかと思い、自宅でもある程度料理が出来るように調理器具を一式そろえている時に偶然冷蔵庫を見かけ、三世は衝動的に購入していた。
ちなみに運んだのはルゥである。
ついでに、三世は寝る前ルゥに読んであげる為の絵本を数冊購入していた。
試行錯誤の最中、三世が最も気を使ったのは味だった。
せっかくならおいしくしたい、というより美味しい物を食べたいしルゥに食べさせたい。
そう願いながら作り続け試し続け、若干味に飽き始めた時――遂に完成した。
~生キャラメルのメープルシロップ風味仕立て~
生クリームを一から作り、砂糖とメープルシロップとを合わせて混ぜる。
強火で火にかけ混ぜる。
火を弱くして混ぜる。
泡が立ち色が白から茶色くなっても手を止めずしっかり混ぜる。
型にいれて冷蔵庫に入れる。
切る。
製法はたったこれだけである。
難しい工程はなく、隠し味すら存在しない単純な製法ではあるのだが、下手に拘って作るよりも何故かこの製法の方が美味しくなっていた。
御菓子作りの経験が薄い素人だからだろう。
そして偶然、生キャラメルの試作が完成したぴったりのタイミングでコルネが尋ねてきた。
それならばしてもらう事は一つしかないだろう。
そう――試食である。
三世がコルネに試食をお願いした結果、コルネが頭を抱える原因となった。
試食した瞬間頭を抱えだしたコルネに、三世は心配しつつ尋ねた。
「おいしくなかったですか? 私はおいしいと思ったのですが……」
「いや凄くおいしいけど……それよりなんでっていう気持ちの方が強いわ」
コルネは頭を抱えながら器用にキャラメルをつまみ口に投げ込んでいた。
「んー。男性が料理するのがおかしいですかね?」
「いや料理なら良いけど――いきなり生キャラメルとか言い出して作り出したらびっくりしない? 私はびっくりした」
「そうですかね?」
三世の返しにコルネは小さく溜息を吐いた。
稀人と呼ばれる人は良く変な事をしだす。
そうわかっていても、現実に見るとやはり驚いてしまう。
「それにしても――ヤツヒサさんは本当に多才で器用ですね。何の職人かわからなくなりますよ」
「手が広いだけでどれも浅いですけどね」
「浅い? 見解に相違がありますね」
三世の謙遜にコルネが苦笑いを浮かべ否定した。
「まあ凄くおいしいからさ、これなら売ることも出来るんじゃない? というか売れるよ」
コルネの何気ない言葉に、三世は首を傾げた。
「プロならこんな物、誰でも知ってるんじゃないですかね?」
「じゃあ行って聞いてみない?」
「そうですね」
そう話し合った結果、そういうことになった。
「いや、どういうことだよ」
突然押しかけてきてドヤ顔を浮かべるコルネと微笑む三世を見て、フィツは料理の仕込みをしながら呆れ顔で尋ねた。
「いえ、キャラメルを作って見ましたのでプロの方に食べて欲しいなと」
その言葉にフィツは表情を変え、にっこり微笑んだ
「ほぅ。キャラメルと言えば俺は塩バターキャラメルが好きだな」
フィツの言葉に三世は「違いますがどうぞ」と言って皿を手渡した。
「じゃあちょっと食わしてもらうな」
「ええ。どうぞどうぞ。ちょっと作りすぎてしまいましたので幾らでもどうぞ」
具体的に言うと大きなバット十個分作ってしまっていた。
フィツは小さく切ったキャラメルを一つ掴んで口に入れ……沈黙し、そして一言小さく呟いた。
「レシピ売ってくれ」
生キャラメルを食べるという文化は、この世界ではまだ生まれていなかったらしい。
「簡単ですからただで教えますよ。本当に特別な事は何もしてませんし……」
「いや、そうもいかねぇ。そうだな……銅貨五十枚でどうだ?」
フィツはそう提案した。
簡単なレシピの為、報酬を多く貰うのは三世にとって喜ばしい事ではなかった。
が、銀貨一枚にも満たないような安い値段なら――まあつり合いが取れるかなと三世は考え、提案に了承して試作を繰り返したときに用意したレシピをフィツに渡した。
「どうぞ。大したものでもないですが」
「ありがとな。金は後で払う」
実はこの時、三世は大きな勘違いをしていた。
フィツの提示したのはレシピの値段ではなく、キャラメル一つ売れる毎のバックマージンの話だった。
ただし、それを三世が知るのは先の話である。
「じゃあ私は他の人にも配りに行くので失礼します」
「ああ。今日は助かった。また何か美味い物作ったら教えてくれ」
「喜んで。では失礼します」
そう言いながら三世はフィツの店を出た。
コルネを連れて移動中、三世は妙に静かな事に気が付いた。
それは違和感を覚えるに値するほどの静寂ぶりである。
そして、その違和感の原因に三世は思い当たった。
そう、ルゥも一緒に来ているはずなのに、ここまで一言もしゃべっていなかった。
三世はコルネの後ろにいるルゥの方に目を向けてみた。
そこには……ルゥと、ついでにコルネが一人で一つ、バットを抱え込むようにしてキャラメルをもぐもぐと無心で歩きながら食べていた。
うんうん。
三世は満足そうに何度も頷いた。
簡単とは言え、誰かに気に入ってもらえるというのはやはり嬉しい事だった。
だからだろう、この事に関しては三世に叱るという選択肢はなかった。
怒る事はないが、このままだと作った物全て二人に食べきられそうだったので、三世はバットを二つ自分の手で確保してからマリウスの家に訪ねた。
「師匠。お邪魔します」
三世が丁寧に挨拶しながらマリウスの店に入店する。
「いらっしゃい。何か入用か?」
マリウスが三世に尋ねると、三世は微笑み首を横に振った。
「いえ。キャラメル作ったのでおすそ分けに」
「そうか。すまんな。ルカ!」
「はいはい。聞いてましたよっと」
笑いながらルカは奥から出てきて、そのまま三世の前に満面の笑みを浮かべながら移動しひょいと一つキャラメルを取り、口に放り込んだ。
「うっわ凄いコクがあって柔らかい……なんだかキャラメルじゃないみたい。まるで高級なお菓子ね」
ルカが嬉しそうに微笑みながらそう呟き、その様子を見てマリウスは店のカウンター奥でそわそわしだした。
三世は微笑みながらどうぞとマリウスにバットを一つ手渡し、マリウスはキャラメルを口に入れた。
ひょい……もぐもぐ……ひょいもぐひょいもぐひょいもぐもぐ。
「あの師匠……そんな急いで食べなくても……」
「いや……もぐもぐ……手が止まらない……」
マリウスはそんな様子で、一心不乱に食べ進めていた。
「お前もぐもぐ。こっちの才能ももぐもぐ……もぐもぐもぐ」
「師匠。せめて最後まで言いましょうよ……」
それを聞き、マリウスはバットをおいて小休止を取った。
「いや本当に凄い。これで生計が立てられるんじゃないか?」
「いえこれ思った以上に簡単なのですぐ真似されますよ」
「そうか。まあそうだよな……」
「ああですが、フィツさんに教えたので近いうちに店で食べられるようになるんじゃないですか?」
「そうか、何時でも食えるようになるのか。そいつは店に行く楽しみもできた」
「じゃあ明日にでも行きましょうか! もちろんヤツヒサさんもルゥちゃんも……コルネさんもどうですか?」
ルカが師弟二人の話に割り込み、そう提案した。
もちろん奢ると宣言する妙に貫禄ある十四歳。
「んー。明日はたぶん無理かなー。また今度誘ってください。ご飯なら喜んで行きますから!」
コルネは少し寂しそうにした後、笑顔でそう答えた。
「残念です。次は一緒に食べましょう」
ルカとコルネは抱き合いながらきゃっきゃとくるくる回ってはしゃいでいた。
その時ルゥは、後ろでバットを頭に乗せて遊んでいた。
三世は村の門の傍からコルネの見送りに参加した。
残念ながら今日はメープルさんじゃないらしい……が、今回の馬も三世に非常に懐いていた。
そう、馬はキャラメルをくれる人と三世を認識したからである。
「そういえば馬にメープルとかキャラメルってどうなんでしょうか。私達の世界だとよくないのですが」
三世はそう呟いた。
「あー。こっちの世界だと何を食べても余裕よ。というかメープルは赤ちゃんの離乳の一つよ?」
「え? 私の元の世界ですとあまり良くないのですが。甘すぎるし」
「んとんと。確か酵素とか菌とかでよくわからないけど対応するらしい。だから稀人様もこっちの世界になれるために早いうちにメープル飲むか食べるかして慣れてもらうの」
良くわからないが、メープルを取るとこちらの世界に適応できるようになるらしい。
同じ物だとしても、やはり世界が異なるからか意味合いも大きく違うようだ。
「あー最初のころメープルとれって書いてましたね」
「そゆこと」
コルネは自慢げにそう答えた。
「大丈夫ならですが、これをメープルさんに届けてもらえませんか?」
三世は白い紙袋にリボンでラッピングした生キャラメルをコルネに預けた。
「目の前にこんな可愛い女の子いるのにメープルさんだけ女性扱いしてないー?」
「ははは。綺麗にラッピングした少量とバットごとの大量。どっちが好きです?」
「ぐうの音もでないわ」
三世の質問に、コルネはガクっと肩を落とした。
「ところで……」
別れる前に、三世は三人が来たときの話をした。
そして騒動が起きて困っていることを――。
「んー。まああの三人なら大丈夫だろうって思ったから許可出したんだけどね。それでどうしたの?」
コルネが軽く尋ねた。
「いえ。なんとか出来たらなと」
「出来るよ?」
コルネは何でもないかのようにそう言い放った。
「出来るんですか?」
「うん。割と簡単に。でもさ、あっちの拠点の人達、どっちの陣営も何回も手払いのけてるからさ、ちょっとめんどくさい。助ける事は出来るけど介入する理由がないと言いますかだるいと言いますか」
「そんな簡単な問題なんですか? あ、誰か殺すとかそういった方法も無しですよ?」
「うん。たぶん思ってるより簡単だよ。誰も死なない」
そう答えるコルネに嘘を付いた様子も見得を張った様子も見られない。
ただ、とてもめんどくさそうではあった。
「だったら。救助というかあの追い出された人とかの問題解決、是非お願いできませんか? どうしたらしてもらえますか?」
「んー。んーヤツヒサさんもアレの被害にあってたよね? 助けても良いの?」
「子供を守れない大人ってかっこ悪いじゃないですか? 出来るだけ良い格好したいんですよ」
その言葉にコルネは微笑み、そして即座に表情を曇らせた。
「んーでも……正直ちょーめんどいなぁ。具体的に言えば生キャラメルバット一つ分くらいめんどい」
「バット二つ今すぐ持ってきます」
「一週間以内に解決します」
そういうことになった。
ありがとうございました。