わすれもの
翌日の朝、目を覚ました三世は色々とやらかしたことに気づいた。
まず一つ、目上の人が用意してくれたパーティーの最中で寝落ちしたこと。
次に、酒に酔って前後不覚になってしまったこと。付け加えるなら、食後あたりから何を言ったのか全く覚えていない。
最後に、打ち上げの前にするべきだった報酬の割り振りを、完全に忘れていたことだ。
シャルトはいつものように三世の傍で寝ているが、今日は珍しくルゥも寝ていた。
いつも早くに起きて食事の準備をするルゥですら寝坊するほど、昨日のダンジョン攻略は疲れたらしい。
というよりは三階の怪談が原因だろう。
寝かせてあげたいが、今回の場合は謝罪が第一だ。
三世は二人を起こして着替えたらマリウスの家に向かうように言い、家を出た。
走ってマリウスの家の前に向かい、三回ノックの後に勢いよく扉を開けた。
「師匠。すいません報酬の分配忘れてました!」
ドロシーと朝食を食べていたマリウスは、突然入ってきた三世の声に驚き、はっとした顔で三世に返事をした。
「本当だ。報酬のことすっかり忘れていた……」
二人は顔を見つめあい、二人で苦笑しあった。
ドロシーはにっこりと笑って二人を見た。
「ヤツヒサさんおはようございます。話の前に朝食でもどうですか?今日は良い卵が入ったんですよ」
ルカは台所でフライパンを振りながら三世に声をかけた。
マリウスの前にあるプレーンオムレツとトマトのスープが目に入り、三世は席に座った。
「おはようございますルカさん。いただきます」
「ふふ。りょーかい!」
それだけ言って、ルカは卵を片手で割りながら料理の続きを始めた。
謝罪だけなら三世だけで良くて、ルゥとシャルトを呼ぶ必要はない。
どうやら無意識で朝食をご馳走になるつもりでいたらしい。
意地汚いうえに卑しいことをしている。
だけどそれが悪いとは三世は思わなかった。
他人になら遠慮すべきだろうが、この一家は家族のようなものだからだ。
遅れてきたルゥとシャルトの分の朝食も、当たり前のように用意された。
「……俺も冒険者としてもっと上を目指すのも良いかもしれん」
ルゥとシャルトも合流し、全員が朝食を食べ終わった後、食休みをしながらマリウスはそう呟いた。
それをドロシーは驚愕の表情で見ていた。
いつものふざけた様子でもなく、からかう様子でもなく、珍しく心から驚いた表情をしているようだった。
「それは良いのですが、どうしてその気になったのですか?」
三世の質問にマリウスが頷く。
「冒険者として、最も重要な物が手に入っていたことに気づいてな。これならこの年でももう少し上を目指せると思ったからだ」
「その、重要な物とは何ですか?」
三世の質問に、マリウスは笑った。
「何があっても信用出来る仲間だ。報酬の事を忘れても、もめることの無いパーティーなんてこの業界ではありえないぞ」
マリウスの言葉に、若干のからかいを感じ三世は苦笑しながら頷いた。
「なるほど確かに。私も師匠がパーティーなら心強いです。ダンジョン攻略が終わっても、一緒に冒険しましょう」
「ああ。そうだな。有名になりたいわけでは無いが、冒険者として成功したら今よりも良い素材が手に入る。やはり、新しい素材には心が躍る」
楽しそうに言うマリウスに三世も目を輝かせる。
「良いですね、未知の素材との出会い……。浪漫を感じますよ」
三世も嬉しそうにしているのを見て、マリウスは微笑んだ。
――弟子と冒険したいだけのくせに。
ドロシーはマリウスを微笑ましい目で見ながらそう思った。
確かにマリウスは嘘は言っていない。
素材も欲しいだろうし、金銭以上に信用出来る冒険者パーティーなど万に一も無い。
だが、マリウスの一番の本音は、ただ三世と冒険したいだけだ。
一緒にダンジョンに行ったのがよほど嬉しかったのだろう。
そして、ドロシーはそれを止める気はなく、むしろ全力で応援する。
それはドロシーにとって、非常に望ましい展開とも言えるからだ。
マリウスの才能は近接戦闘に特化している。
ドロシーと関わっていなかったら、マリウスは冒険者か軍か騎士か。何かはわからないが、必ず何らかの偉業を成しているだろう。
だが、その才能を捨てマリウスは加工職に就いた。
ドロシーを喜ばせる為にアクセサリーに手をだし、そこからマリウスは革関係の仕事に就いた。
もちろん、そのことはとてもうれしい。だが、それをドロシーは悔やまない日はなかった。
だからこそ、マリウスがやる気になってくれるのは嬉しかった。
――少々妬けるけどね。
若干の嫉妬を持ちつつ、ドロシーは微笑ましい目で二人を見た。
「それで、次のアタックはいつにしましょう?」
三世はマリウスに尋ねた。マリウスは考え込むような顔をし、数秒の沈黙の後に答えた。
「本来なら体調管理の為に一週間から二週間ほど空けるべきだが、正直弱かったからな。数日後にでも行こうか。其の為にも溜まった仕事を片付けたい。ヤツヒサ手伝ってくれ」
「もちろんです」
マリウスは三世の返事に頷き、二人はそのまま仕事場に向かった。
また報酬を分けるのを忘れて。
二人がいなくなったのを確認し、妙に嬉しそうにしているドロシーにシャルトが話しかけた。
「すいません。とても大切なお話があります。相談に乗っていただけませんか?」
ドロシーはシャルトの言葉を聞き、きゅぴんと目を輝かせシャルトの方を向いた。
ドロシーの第六感が告げていた。とても面白いこと、それも恋愛に関わる何かがそこにあると。
「ルカはどうする?いても良い話?」
傍にいるルカを確認し、ドロシーはシャルトに尋ねた。
シャルトとドロシーは協定を結んでいる。
『三世陥落協定』
要するに三世をルゥ、シャルトを含め複数で囲ってしまおうという計画を実行する為の協定だ。
当然、その中には子供に聞かせるに相応しくない計画もある。
だからドロシーはシャルトにそう尋ねていた。
「大丈夫。むしろ楽しいことだから一緒にしよう!」
シャルトではなく、ルゥはそれに返事をしてシャルトもそれに頷いた。
「はーい。手伝えることがあるなら言ってね」
ルカはそう言いながら傍により椅子に座った。
「まず最初にですが、これは当日まで秘密にしていただけますか?ギリギリまで隠さないと意味がないことなので」
シャルトがテーブルの中央に顔を寄せ囁くと、三人もそれに倣い傍により、頷いた。
「ええ。約束するわ。何をしたいの?」
ドロシーの言葉に、シャルトは人差し指を口に当てながら、説明を始めた。
「これは稀人の文化なのですが……」
三人はそれを興味深そうに聞き、そしてシャルトの計画を支持することにした。
こうして、十日ちょいの短い間だが女四人だけの秘密が生まれた。
三世とマリウスは数日分の仕事を片付けた後、また報酬を分けること忘れていたことに気づき、仕事が終わった後また全員で集合した。
数時間程度で何かあったらしく、女性四人が妙にニコニコして仲良さそうになっていた。
絶対にお金が原因で破綻しないダンジョンアタック用のパーティーだが、金銭を分けることとなると、予想外なことだがこれが大いに揉めることとなった。
問題なんかありえないと思っていたが、まさかの落とし穴が待っていた。
まず、三世の仕事としての報酬で、マップとダンジョンで手に入れた紙、細かい資料を渡し口頭で説明することで、金貨十枚となった。
次にマリウスの手に入れた素材だが、残念ながら売っても二束三文にしかならなかった。
十階まで潜って手に入った素材全部で銀貨四枚。一人の一日分の生活費程度の額だ。
素材の質が微妙という理由もあるが、ダンジョンに入れる人の制限が無く、実質無限にダンジョンアタックが出来る為、低階層の素材の値下がりが激しいことが一番の原因だった。
三世は『実力で振りわけるべきなので、師匠とドロシーさんに金貨八枚と素材代全部渡します』と言った。
マリウスはそれに対し『ヤツヒサの依頼はヤツヒサの報酬だ。それ以外でパーティーでわけるべきだ』と言葉を返した。
お互い譲りすぎているという発想は無く、両者共にヒートアップし、おとなしい二人にしては珍しく舌戦を繰り広げていた。
しかし、どれだけ言い争ったところで話し合いは平行線のままだった。
三世の考えは実力重視の報酬の振り分けに加えて、師への恩返しと考えていた。
その考えはどちらも間違いではないのだが、マリウスには絶対に伝わらない。
特に恩返しなどと言ったら、マリウスは苦悶の表情を浮かべるだろう。
マリウスは三世に返せないほどの恩を受けていると考えていた。
口下手で人と接することが不可能に近かったマリウスだが、最近は緊張こそするものの普通に話せるようになってきた。
無言が続いても、会話に失敗しても平然とし、傍にいて信頼を寄せてくれる三世がいたからだ。
この時点で、マリウスは三世に一生分の恩を感じていた。
その上に、ドロシーの壊れかけた体を完治させるという奇跡まで成し遂げられた。
この国の全ての医者が諦めた魔女の治療を、三世は一日で解決した。
それがどれほど重たい恩であるのか、マリウスは知っている。
なので、マリウスこそ恩を返したいのにこっちを優遇させるというのは非常に居心地が悪い。
ついでに言えば、師としてかっこつけたいという気持ちも多少はあった。多の方で。
ごちゃごちゃ言い合う二人を見て、これはいつになっても決まらないと理解したドロシーは話に割り込んだ。
マリウス、ドロシーで四。
三世、ルゥ、シャルトで四。
残りはパーティー共有財産にすることに、ドロシーは強引に推し進めた。
本来ならお互いの妥協点を探す討論のはずなのに、お互いが全力で譲りすぎて話が進まなかった為の緊急処置だ。
――なんでこんな悪い部分ばかり似ているのだろうか。
ドロシーはため息を吐きながら情けない気持ちになった。
「というわけで次から五分五分にするとして、今回は私に全額もらえない?必要なものがあるの」
ドロシーは三世とマリウスにそう言った。
かなりの無茶な発言で、他のパーティーなら即座に解散するような内容だ。
だけど、マリウスも三世もドロシーが意味もなくそんなことを言わないと知っていた。
「ヤツヒサ。良いか?」
マリウスが尋ねると三世は頷き、袋のままドロシーに渡した。
「いや。説明とか理由とか話そうと思ったんだけど……」
あっけにとられながらドロシーがそう言うと、三世は手を横に振った。
「いえ、必要ないです。ドロシーさんがそういう時は必ずパーティーの為だと知ってますので、足りなくなったら言ってくださいね」
三世の言葉にマリウスも頷く。
人の良いところ。身内に甘すぎるところ。一言以上言葉が足りないところ。そして、変な所で頑固なところ。
ドロシーはマリウスと三世の共通点に苦笑した。
ありがとうございました。