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十階

 

 階層が変わり、五階はまた別の雰囲気の場所になった。

 今度は石レンガの建物の中のようだ。

 窓の類の無い、城塞や砦の内側のように見える。

 それもこの世界のイメージでは無く、三世の世界のファンタジー感の強い感じだ。

 例えるなら、ゲームの魔王城のような感じだった。


 後衛にいたシャルトは中衛に移動し、三世に寄りかかっていた。

 極度の疲労により、一時間はマトモに戦えない。

 悲しいことに、この状態でも三世よりは戦力になるのだが、正直に言えばマリウス一人でしばらく何とかなってしまう為、休憩を重視することにした。

 ちなみに、一時間程度で回復するというのは本来あり得ないらしい。

 体全てのオドを一度に使えば、普通の魔術師なら丸一日は寝込むそうだ。

 ドロシーですら、その事実は変わらない。

 ――この事実が何かの悪いことに繋がらないと良いのですが。

 そう三世はシャルトを心配した。

 特異であればあるほど、幸せになれないということを三世は良く知っている。

 だからこそ、娘二人には普通に幸せになってほしいと心から願っている。

 その当の本人のシャルトは、三世の横で三世に腕を絡ませ幸せそうにしていた。


「シャルトが復帰するまでは俺とルゥで敵は何とかしていく。ヤツヒサ。マップだけは頼む。ドロシーは二人の護衛とバックアタックの警戒を」

 マリウスの言葉に全員が頷き、ダンジョンの攻略を開始した。


 通路のような道が続き、その間にちょくちょく扉があり、扉の中は客間のような個室になっていた。

 宿屋や、客間の多い屋敷のような構造が続き、階段は隠すこと無く道の隅にあった。

 階段を見つけるまでにでてきた敵の数は三体。

 中に誰もいない空洞の鎧、所謂『リビングアーマー』が三回ほど襲ってきて、三回ともマリウスのメイスで撲殺された。

 マリウスが強いというよりは、武器の相性が良すぎた。

 メイスのような打撃武器なら壊れる心配は少なく、また鎧の破損イコール死のリビングアーマーにとってメイスの攻撃は全てが急所攻撃となっていた。

 これが切断武器ならマリウスも何か知恵を使わないと苦戦したかもしれない。

 それでも、きっとマリウスなら余裕だと三世は確信しているが。


 大した敵も出てこず、大したギミックも無く、階層をぽんぽんと上がり、二時間ほどで番人が出るという十階に到着した。

 結局のところ、三階が一番苦戦し、一番恐ろしかった。



「今までで手に入ったのは、暗号のようなことが書かれた紙と銀貨数枚。魔石一個に師匠の集めた素材ですね」

「ああ。こっちは牙が十二本に角が一本、あと試し用の皮が二枚だな。もっと集めても良いのだが、長期間潜ることを考え厳選した。……どの程度で売れるかわからないしな」

 階層が低い所為か、今まであった敵は本来発生する魔獣や魔物の同一個体よりもかなり弱かった。

 その為、素材自体もあまり質が良くない。

 冒険者経験が長く目利きの利くマリウスですら、予想出来ないしあまり期待出来ない。

「キリも良いですし、ここの番人を倒したら一旦帰りましょうか」

 三世の言葉に全員が頷いた。


「んー。そんなに体は使ってないのに何だか疲れた感じ」

 ルゥの言葉に三世もうなずいた。

 不快感のあるけだるさのようなものが体に残っていた。

「瘴気疲れだな。ダンジョンに馴れてないとそうなる。大した副作用は無いからすぐに慣れる」

 そうマリウスが説明した。

「だけど、かなり瘴気が弱いわ。敵もそうだけど、まるでダンジョンに慣れさせる為のような塔ね」

 ドロシーのその言葉に、三世は返事をした。

「たぶんですけど、最上階に来てほしいんじゃないですか?」

「ああ。せっかく作ったから全部楽しんでほしいっていう精神かしらね」

「るー。普通のなら良いけど三階みたいなのだったら……やだなぁ……」

 何となく、アレが何回か来そうな気がして全員げんなりとした気持ちになった。



 三世は十階の様子を確認した。

 細い迷路のような道に真っ黒の壁。

 自分たちの周囲は見えるが先は見えない迷路形式になっていた。


 そのまま、まっすぐ歩くと道が二手にわかれていた。

 左側は暗いまま、右側は明るくなっていた。

「どっち?」

 ルゥの質問に、三世は右を選択した。

 明るい理由が気になったからだ。


 道を進み、曲がり角を曲がると、明るくなっている広いスペースに着いた。

 この部屋の明かりが道にまで漏れていたらしい。

 そして、広場の中央には真っ黒で細い手足の化け物が立っていた。


『ソイツ』の見た目には覚えがあった。

 小さな体に細い手足。

 手の位置には爪があり、『ギッギッ』と鳴く。

 三世が最初に見たタイプの魔物であり、三世が大怪我を負った魔物。

 それはとって忘れられない相手だった。

 三世は体が固くなり逃げたいという強い衝動に襲われる。

 ルゥも忘れてないらしく、三世の変化に合わせて盾を構え、魔物を睨んでいた。


「んー。トラウマって奴ね。どうしましょう?」

 ドロシーがニコニコと呟くと、マリウスが三世を掴み、ぽいと魔物の前に出した。

「これが早い。ヤツヒサ。一人で魔物と戦え」


「待って!危ないよ!相手強いんだよ!?」

 ルゥが慌ててマリウスに掴みかかるが、そんなルゥをドロシーは抱きしめた。

「大丈夫よー。見ていて」

 ルゥはもがもが言いながら暴れるが、ドロシーから離れることは出来なかった。

 シャルトは一人で首を傾げていた。


 一人で魔物と対峙する三世。

 手が震え滑りそうになる。

 構えた槍が落ちないか心配になるほど手汗が酷い。

 緊張からか息が詰まり、それを魔物はあざ笑うような態度でこちらを見ていた。

 三世の腰程度の大きさしかないその生き物なのに、三世は勝てる気がしなかった。


 完治しているはずの脇腹に痛みが走る。

 その黒い魔物が小さいのに、酷く大きな化け物に見えた。


 ギッ!

 何か物が軋むような不快な声をあげ、魔物は三世に襲い掛かってきた。

 腕を振り上げ、爪を使って三世を引き裂こうとする。

「ひっ!」

 三世は怯えた声をあげ、その爪から目をそらし横跳びで回避した。

 その怯えた情けない様子を見て、魔物は更にギッギッと笑ったような音を発した。


 再度爪を振り三世に襲う魔物。

 降り下ろし、横に薙ぎ払い、突き……。

 何度も何度も三世を狙い、三世はそれを怯えながら避け、あることに気づいた。

「……あれ?当たらない?」

 攻撃をマトモに見ることが出来ず、勢いだけで避けてたにもかかわらず、攻撃が一度も当たっていなかった。

「そりゃあそうだ。お前がその魔物に苦戦した時から、どれだけお前は強くなったと思ってるんだ」

 マリウスに言われて三世は気づいた。


 以前魔物と遭遇してから一年近くが経過している。

 その間三世は、ほぼ毎日槍を一時間振っている。

 マリウスとの特訓も何度も重ね、身体能力もスキルの影響で段違いに上がっている。

 冷静になって魔物を見てみると、その魔物はとても小さかった。


「ご主人様。ソレ、ご主人様が戦ったイノシシより弱いですよ?」

 シャルトの言葉を聞いて、三世もようやく理解出来た。

 前と同じ強さかはわからないが、今目の前の魔物はたいして強くないということに。


 ギッ!

 怯えなくなったからか、怒ったような声をあげて爪で突き刺しに来る魔物。

 三世は、ソレに合わせて槍を全力で突いた。

 ほぼ一年。マリウスの教えを信じ、毎日突き続けてきた。

 才能が無いのを受け入れ、ひた向きに槍の突きだけを鍛えてきた。続けてきた。

 その意味は確かにあった。


 カウンター気味に放った全力の突きは、魔物の爪に当たり、魔物の爪を砕いてなお速度は止まらず、魔物の胴体に穴を空けた。


「ぎぃ……ぎっいぃ……」

 黒に近い紫の血液を流しながら、それでも爪をこちらに向けてくる魔物に三世はもう一度突きを打ち込んだ。

 ねじり込み回転を加え、押し出すような突きを心臓部に繰り出し、三世は魔物にとどめを刺した。


「トラウマの克服は出来たかな?」

 ドロシーの言葉に三世は首を捻った。

「どうでしょう。ですが、マシにはなったと思います」

 長いようで短かった一年を三世は振り返り、中年にもかかわらず成長できた自分を感じられて、三世は少しだけ嬉しい気持ちになった。


「……これが番人かと思ったが、違うらしいな」

 マリウスはぼそっと呟いた。

 番人は死体を残さない。

 だが、あの魔物は倒れていて死体のままだ。

「まあ、番人にしては弱すぎたのでそんな気はしてました」

 そう三世が言うとマリウスは苦笑しながら三世の頭をぐりぐりとした。

「戦闘前のあの様子の後で、良くそんなことが言えるな」

「はは。おかげ様で」

 そう三世が返すと、二人は軽く微笑んだ。



 周囲を移動し、何度か広場の同じ魔物を倒して、マップを埋めていると、目的の場所と思われる扉を発見した。

 三メートルほどの高さのある大きな鉄の扉で、マップと照らし合わせるとかなり広い空洞になっている。

 幾何学的で不思議な模様の書かれた鉄の扉を見て、マリウスが三世に尋ねた。

「行くか?」

 若干の緊張を残しながら三世は頷いた。

 それを見て、マリウスとルゥは二人がかりで扉の両側を開いた。


 広い大部屋の中には、敵の姿は影も形も見えなかった。

「外れか?」

「いえ。マップはここ以外全部埋めたので間違いないはずです」

 マリウスの質問に三世は首を振った。


 首を傾げながら一同は前に進み、全員が扉をくぐった瞬間に扉は勢いよく閉じた。

 その後、天井が一部開き、そこから大量の様々な大きさの岩が降ってきた。


 無数の岩が三世の十メートルほど奥の場所に落ちて積み重なり、そして岩は勝手に動き、繋がって形を作った。

 岩は大きな人型に形作られ、ドシンドシンと地面を揺らせながらこちらに歩いてきた。

「とりあえず『ゴーレム』と仮称します。全員で戦いましょう」

 三世の言葉に頷き、ルゥが一歩前に出て盾を構え、その横でマリウスも大盾を構えた。


「シャルト。弓を射ってみてください」

 三世の言葉に従い、シャルトが弓を撃つ。

 予想通りではあるが、その矢は岩に当たり、傷一つ付けなかった。

「……岩の魔物ってどうやって倒せば良いのでしょうか」

「知らん!とりあえず俺とルゥで殴り続けるしか無いような気がするな」

 三世の呟きにマリウスが怒鳴りながら、メイスを叩きこんだ。

 足の部位に当たり、岩は崩れるがすぐに再生し、元通りになった。

「訂正。殴っても効かないかもしれん!」

 マリウスは三世にそう怒鳴った。



 ゴーレムは鈍重な動きで腕を振り上げ、そのまま降り下ろした。

 それをルゥとマリウスは両脇に避け、三世とシャルト、ドロシーは後ろに避けた。

 ドン!

 すさまじい重量であろう岩の集合体は地面を大きく揺らし、一同にその威力を見せつけた。

「避けるのは簡単ですが、当たったらまずいですね。その上倒し方がわからない。どうしましょうかね」

 そうドロシーは言いながら、さっき地面を叩きつけた岩の手を足で踏みつけ砕いた。

 砕け、周囲に飛び散った小岩はふよふよとゆっくり移動し、そのまま元の手に戻る。

「んー。ヤツヒサさん。何か思いつくことない?」

 ドロシーは稀人の世界のおとぎ話が多いという三世の説明から、三世に意見を求めた。

「あー。そうですね。どこかに何か文字が入ってないですか?」

 ファンタジーのゴーレムで、何か文字が入っている場合が多いからだ。

 ヘブライ語で三文字、英語で五文字の神秘の言葉があり、その一文字目を削ることでゴーレムは死亡する。

 一種のお約束だった。


 三世の言葉にルゥとドロシーはぴょんぴょん飛び跳ねながらゴーレムをぐるぐると回り観察した。

 ゴーレムは飛び跳ねる二人に攻撃しようとするが鈍重な拳では追いつくことが出来ず、立往生していた。

「無い!他に何か無い?」

 ドロシーの言葉に三世は首を横に振った。

 知識のストックはもう持っていなかった。

 元々、三世はゲームもそんなにしないしアニメも漫画も見ない。

 地球では仕事を第一にしたつまらない生活を送っていたからだ。


 とりあえず思いつくまで全員でチクチクと攻撃することにした。

 メイスで砕き、盾で殴りつけ、槍で刺し矢を隙間に刺し込む。

 ドロシーだけは焼いたり凍らせたりと色々試していたが、どれも見た目以上の効果は出ず、そしてすぐに修復し元通りになった。


「んー。これ、もしかしたら修復に限界があるかもしれません」

 シャルトはそう呟いた。

「どうしてそう思いました?」

「最初よりも修復がゆっくりだからです。ついでに言えば、修復先が重たいほど時間もかかってるように見えますね」

 三世の質問にシャルトはそう答え、それを聞いたドロシーはにやりと笑った。

「なるほどなー。じゃあ試してみましょうか」

 ドロシーはそう言いながら、魔術で金属の薄い板を生成した。

 シャルトと違い、ドロシーはオドを完全に金属化することが出来る。

 その長方形の金属板を、ドロシーは胴体と腕の隙間に突っ込んだ。

「せいっ!」

 掛け声をかけながら、金属板を全力で横に降りぬき、ドロシーはゴーレムの腕を全てもぎ取りふっ飛ばした。

「あらー」

 ルゥがその様子を見てぽかーんとしながらそう呟いた。


 満足そうなドロシーを置いて、一同はゴーレムから離れ、どんな反応をするのか見てみた。

 ゴーレムから数メートルほど離れた腕の部位は全てバラバラに転がっていた。

 それはふわふわとゴーレムの傍に寄ってきている。


 ただし、非常にゆっくりとしたペースで修復まで五分以上はかかるだろう。

 その上、修復中は何もできないらしく、ゴーレムは止まったままだった。

 妙に苦しそうに見えるゴーレムを見てドロシーは妙に嬉しそうにしていた。

「……ヤツヒサ。槍貸して?」

 ルゥがくいくいと服を引っ張り三世にそう頼んできた。

 三世は何をするのかわからず首を傾げながら、ルゥに槍を渡した。

 ルゥをそれを持って、ゴーレムの胴体、心臓当たりにゆっくりと刺し込んだ。


 岩なのに槍が綺麗に突き刺さり、それと同時にゴーレムは崩れふわふわ浮いていた岩も全て地面に落ちた。


「……へ?」

 ドロシーが間の抜けた声を出した。

「何か心音聞こえた。これ、小さい生き物だったみたい……」

 ルゥは崩れたゴーレムの胴体あたりを指差した。

「擬態……ですかね……」

 三世はそう呟き、傷の入った岩を見た。


 突き刺された岩はピクピクと生物のように動いていて、その動きが止まった瞬間に岩全部と一緒に消えた。

 3Dホログラムのような不可思議な形に変わりながら、バラバラに崩れ、何一つ痕跡を残さず、ゴーレムは消滅した。


 そして、部屋の奥が輝き天井まで繋がる光の柱が生まれていた。

「階段の代わり、ですかね」

 三世が光の柱を見ながら、そう呟いた。

 柱の下には魔法陣が描かれていた。


「それじゃあ目的も達成したし帰ろうか。どうすれば良いんだっけ?」

 ドロシーの言葉に、三世はマップを指差しながら答える。

「ダンジョンの一番外側の壁に出口があるそうです。探しましょう」


 一同は三世の地図を通りに道を戻り、外側の壁を注意深くみながら歩いていると、赤いボタンを発見した。

「これですね。……たぶん」

 三世が自信無さそうにそう言った。


 ルゥがうずうずとした様子でそのボタンを見ていた。

「……押していい?」

 キラキラした瞳でそう尋ねてくるルゥに、三世は周囲を見回す。一同が頷いたのを確認して、三世も頷いた。


 ルゥは嬉しそうにその小さなボタンを押し込んだ。

 ポチッ。

 機械のような音と同時に目の前の壁が無くなり下に続く階段が現れた。


 一同は恐る恐るその階段を降りると、下の階に下りる程度の距離で一階に戻ってこれた。

 そこは最初に入った入り口と同じ部屋だった。


 三人の真っ黒な人みたいな何かがいて、一人は受付、二人は店のようなことをしている。

 店は『武具修理屋』と『治療品販売所』で、今回は特にお世話になることは無い。


「えっと、出るのに何か手続きとかいります?」

 三世がそう受付の人っぽい何かに尋ねると、黒い人はブンブンと手を振り出口を指差した。

「このまま出ても大丈夫ですか?」

 三世の言葉に、こくんと黒い人全員が頷いた。


 言われるままに出口を出ると、塔の入り口の反対側に出た。

 三世は背後の塔を確認した。

 その塔は入り口と反対側に位置し、塔の壁しか見えない。

 ただ、その壁からにゅっと何人もの人が出てくていた。

 自分たちと同じく出口から出た人だろう。


「結構疲れましたね」

 三世の言葉に、ルゥとシャルトは頷き、ドロシーとマリウスは微笑んだ。

 昼位にダンジョンに入ったが、外はすっかり夕暮れになっていた。




ありがとうございました。


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