特訓の成果2
「ドロシーさん。あの手の光は?」
「オドの固定化による物質化。シャルちゃんの場合は『光鋭刀』または『エーテルメス』とでも名付けましょうかね」
三世の質問に、ドロシーは嬉しそうにそう答えた。
『戦闘で魔法、魔術を使うとして、どういった能力を覚えたい?』
こういった技能の場合、想像力という意味でも、モチベーションという意味でも本人の気持ちの優先度は非常に高い。
実際、ドロシーにそう尋ねられた時、既にシャルトの答えは決まっていた。
シャルトはいつも劣等感を抱えて生きている。
他の誰でも無い。自分の姉の存在にだ。
誰にでも無条件で優しく出来る姉を見ていると、自分が酷く汚れた存在だと分からされる。
身内以外はどうなっても良いし、大切な人の為なら友人でも平気で捨てられる。
人を殺すことすら、忌避感もない自分は壊れているとシャルトはいつも思っていた。
『過去に嫌なことがあったから仕方ないよ』
こう慰めている部分が、確かに以前はあった。
だが、自分と同じかそれ以下の環境にいたのが、その姉である。
――どうして自分はルゥ姉様みたいになれないのだろうか。
それがシャルトの持つ劣等感の根源だった。
しかし、今のシャルトはこの劣等感を否定するつもりもない。
自分の主も同じ劣等感を持っているのを知っている。
それに、こんな劣等感に塗れ歪んだ自分ごど受け入れ、あの人と姉は大切な人と呼んでくれている。
だから、シャルトはこの嫌いな劣等感ごと自分を肯定することにした。
だからこそ、シャルトは一つ、決めたことがある。
『自分の欲望ごと、自分を肯定しよう』
姉のように綺麗な心を持たず、主のような優しさも持たない自分が、わがままの少ない二人の為にわがままに生きよう。
そう決めていた。
故に、シャルトがドロシーに質問された時、シャルトはこう答えた。
「ご主人様の役に立てるような力が欲しいです。手術用のメスを作ることは出来ますか?」
力が欲しい。大切な人を守る為に戦う力が欲しい。
役に立ちたい。大切な人を手伝うだけの能力が欲しい。
傍にいたい。大切な人が忙しくても、自分が手伝えたらもっと傍にいられる。
『三世と常に一緒にいたい』
シャルトの願望はそれに直結していた。
「体から離れると一気に弱体化するオドだけど、逆に言えば体から離れなければ効果的に使えるわ。シャルちゃんが覚えた魔術は二つ。オドの物質化と物質化したオドを金属化することよ」
物質化したオドは柔らかく崩れやすい。それを再度変化させないといけない。
オドという性質のまま、金属という性質を付与させる。
二段変化の魔術によるメス生成。
はっきり言って効率は最悪だ。
普通にメスを用意すれば良いし、それ以前に何か武器を用意して武器を魔術で強化した方がよほど効率が良いだろう。
だが、効率はわるくてもメリットはある。
一つは武装していない状態でも使えること。
素手のままどこかにいる状態でも武器が使えるのは隠密や護衛という意味では多いに意味がある。
もう一つは、強化に上限が無いことだ。
武器ならば、素材やエンチャントにより性能の上限がある。
そして上等な物ほど、高価で貴重になっていく。
だが、オドにより作られた武器ならば、オドを注いで圧縮すればするほど、硬く鋭くなる。
素材や値段には影響しない。ただオドの総量と魔術の才能のみに影響される。
といっても、魔法によって廃れた技術である魔術だ。非常に効率が悪い。
昔の魔法使い十人分オドを全て集め圧縮しても、良く切れる武器というのが精々だろう。
ただし、シャルトのオドの量はその十人分よりも遥かに多い。
その上、理由は不明だがシャルトは普通では考えられない速度でオドが回復している。
魔法を使う才能は無く、魔術もそれほど得意でも無いシャルトだが、オドの総量で考えたら異常な才能を持っていた。
更に、回復した傍からオドを注げば、更に武器は強化出来る。
つまり、時間が経てば経つほど、シャルトのメスは強化されていくということだ。
一つだけ、シャルトには誤算があった。
シャルトの覚えた魔術は、武器としては十分だし、メスとしての機能も確かに優れている。
それでも、三世の助手となるには知識も技量も足りていないことだ。
メスはあってもそれ以外の差が大きすぎて、助手にすらなれない。
三世が凄いのは知っていたが、地球とこの世界の技術の差は予想しておらず、知れば知るほど三世との知識、技術の差を感じさせられた。
なので、シャルトは最近こっそりと三世の書いた獣医用の教本を読んで勉強している。
欲深くわがままだからこそ、シャルトは己を磨くことに妥協しなかった。
ドロシーに手を綺麗にしてもらったシャルトは、ぱたぱたと三世の方に走って来た。
「どうでした?」
そわそわとした様子でいるシャルトに、三世は正直な感想を述べた。
「凄かったですよ。それに戦いに言う感想では無いですが綺麗でした」
ちょっとこちらの方を気にしすぎなのは気になったが、それ以外はとても美しく戦っていたなと三世は感じていた。
「ふふ。惚れそうですか?」
シャルトはそう言いながら、しっぽでハートマークを作って見せた。
「はいはい。器用になりましたね」
三世は微笑みながら、シャルトの頭を乱暴に撫でて誤魔化した。
ネズミの後ろの通路を進み、一同は更に奥に向かった。
通路が広くなり、相手がどんどんと大きくなる。
そんな中シャルトは一つの可能性に気づいた。
「これ、もしかして相手が大きくなっているのでは無く、私たちが小さくなっているのでは……」
その言葉を聴き、三世はぞっとして背筋に冷や汗が流れたのを感じた。
そんな無茶な。
と、言いたいが、この前の階層で起きたことを考えるとあり得ないことでは無かった。
「みなさん、どう思い――」
三世が周囲に相談しようと思ったが、ある事実に気づいて口を止めた。
ドロシーがニコニコと嬉しそうに笑っていた。
その笑顔には心配や不安を感じず、むしろ微笑ましいものを見るような感じだった。
「あの、どうしました?」
三世がドロシーにそう尋ねると、ドロシーに嬉しそうにシャルトに言った。
「大丈夫よ。誰も身長も体重も変わってないから。ヤツヒサさんならスキルで調べられるんじゃない?」
そう言われ、三世はルゥとシャルトの二人を触って診た。
「そうですね。特に変化はありません。強いて言えば、ルゥがちょっと精神的に疲労しているくらいですかね」
「るー。前の部屋ちょーこわかったよ……」
ルゥがしょんぼりしながらそう言った。
「ああ。そっか。少し前ドロシーさんがぴょんぴょん跳ねてたのは自分の体重を確認する為でしたか……」
勘違いに気づいたシャルトが顔を赤くしながらそう呟き、ドロシーはそれににっこりと笑顔を向けた。
「んで、ここが最後ね」
広場の前に付き、ドロシーが呟いた。
今まで一番広いが、それ以上に違う部分があった。
今度の広場はドーム状では無く、上部は穴が開いて空が見えていた。
そして、奥の通路の先には階段が見えていた。
「イノシシ、兎、ネズミと来て、こうなるか……」
マリウスは感心したように呟き、空に飛ぶ敵を見た。
そこにいたのは蜂だった。
五メートル近い全長を持つ巨大は体格。
黒と黄色の縞模様に独特の恐ろしい顔立ち。
スズメバチと見て間違いないだろう。
「さすがにこんな低階級で命にかかわる毒持ち……とは思いたくないですが、否定しきれませんね……」
三世がスズメバチを観察しながらそう言った。
「そうねぇ。なら念のため私とマリウスで仕留めましょうか?」
冒険者としての技量、というよりは単純に戦闘の技量が上で、今の状態なら足手まといにしかならない。
実際二人で何とかなるとマリウスとドロシーは確信していた。
だから三世は二人に任せようと考えた。
ただし、娘二人の意見は違った。
「あの……私、いや私達が戦っても良いでしょうか?」
シャルトの言葉にルゥが頷き、二人は懇願するようにドロシーを見ていた。
「んー。ちょっと不安だけど、やってみたいの?」
ドロシーの言葉に、二人はこくんと大きく頷いた。
「ですって。ヤツヒサさん。どうする?」
三世はちらっと娘二人を見た。
不安そうな顔だが、それでも強い意志を感じた。
二人が何故やる気になっているのかわからない。
だけど、やる気になっているなら付き合うのが父親だろうと考え、三世は頷いた。
「わかりました。ただし、私も一緒に行きます。普通のスズメバチの毒なら戦闘中でも治療できると思いますので」
アナフィラキシー反応が出ても、スキルによる治療なら何とかなるだろう。
むしろ怖いのは、あの体格から出る針自体の方かもしれない。
今は隠していて見えないが、体格で考えたら針だけで一メートルは越え、太さも相当だろう。
戦いに向かう前に、三人で作戦会議をすることにした。
ぶっちゃけて言えば、勝つだけなら方法はいくらでもある。
一番簡単な方法で言えば、シャルトの持ってきた弓で通路から攻撃すれば良い。
相手の体格では通路に入れないから一方的に攻撃出来る。
ただ、二人が求めているのはそういうことでは無いらしい。
もう少し上層ならともかく、この程度の階層なら修行という意味で考えたら戦った方が良いだろう。
今三人に一番足りないのは、単純な戦闘経験だからだ。
相手の実力がわからない以上、作戦というほどの内容は決まらなかった。
一応の方針で、三世には絶対に近寄らせない。
最も耐久が低く、治療役の三世を守りながら、攻撃を出来るだけ食らわず、翅などを狙い機動力を奪う。という作戦になった。
「シャルちゃんは何で戦いたいって思ったの?」
ルゥの言葉に、シャルトは微笑みながら答えた。
「少しは役に立てるようになったので、今ならルゥ姉と一緒に戦えるかなって思って」
そう言うシャルトに、ルゥは少し困った顔で笑いながら答えた。
「私もシャルちゃんがすごく強くなったから一緒に戦いたいなって思ったよ。それと、ちょっとだけ嫉妬もあるかな。急に強くなってずるいなって。だから強くなりたいって気持ちになっちゃった」
「……ルゥ姉と私はやっぱり姉妹なんですね。血は繋がってなくても、こんなに心は繋がってる」
そう言いながらシャルトはルゥにぎゅっと抱き着いた。
ルゥはそんなシャルトの頭を優しく撫でた。
「さて、残念ながら私は二人と違い弱いままです。頑張って指示を出しますので二人は守ってくださいね」
三世の言葉に、二人は頷いた。
「任せて!私が二人を守る!」
ルゥは盾を持ち、相手の方を見た。
「そして、私がご主人様に代わり、敵を消し去ります」
シャルトは弓を構えながらそう答えた。
三人は覚悟を決め、通路を越えて広場の中に入った。
青空を感じる広場だが、安らかな気分にはとてもなれない。
強い殺気を放ちながらうるさい羽音を鳴らし、巨大な蜂が空からこちらを見下ろしていた。
今まで生き物としての異常な行動をとってこなかったから、油断していた部分もあった。
そうでなくても、その攻撃は予想外だった。
蜂はいきなり、腹部を振って毒針をルゥめがけて飛ばしてきた。
ルゥはそれを盾で弾き、毒針を折りながら地面に落とした。
「どうする!?」
即座に放たれた二発目の毒針を打ち落としながら、ルゥは三世に尋ねた。
「二発くらい同時に飛んで来ても何とかなりそうですか?」
「三発だってへっちゃらだよ!でも私は攻撃は出来ないと思う」
その言葉聞いて、三世はシャルトを連れて三歩ほど後ろに下がった。
「さて、出来るだけ早く倒さないとルゥがしんどいです。飛んでいることが怖いのでまずは翅を狙いましょうか」
三世の言葉にシャルトは頷く。
「ご主人様、使いますか?」
シャルトは三世に尋ねた。
作戦会議中に、シャルトは三世に自分の切り札を説明した。
射程はかなり短いが飛び道具で、そして相手をほぼ確実に殺せる。
ただしデメリットがあり、極度の疲労と一時間ほど魔術を行使出来なくなる。
序盤の階層で使うのは惜しいとも考えられるし、今のうちに試してみてどの程度の威力があるのか調べるというのも必要だという考えもある。
三世はどっちにしようか悩んだ結果、試しに使ってみようと決めた。
「わかりました。狙えそうなら合図を出しますのでお願いします」
シャルトは頷き、弓を構えた。
そして、矢を放ち、矢は空を切った。
蜂の翅への狙いは正確だった。ただ、蜂は矢が放たれたのを見てから軽々と避けた。
蜂は矢を脅威と感じてないらしく、攻撃を続行し毒針をルゥやシャルト、三世を狙い飛ばし続けた。
けっこうな数の毒針を撃っているが弱った様子は無い。
残弾は無限と考えた方が良いだろう。
三世はある一つの予測をしていた。
そろそろ攻撃パターンを変えるという予測だ。
そして三世の予想通り、蜂の動きに若干の変化が起こった。
今までは腹部を振りこちらに毒針を撃っていたが、今はこちらに目を見据え前屈のような姿勢になっている。
――遠距離の毒針が決まらないなら、近距離攻撃に変えますよね。
それが顎か毒針かまではわからないが、間違いなくそうすると三世は状況から予想出来た。
三世は蜂がシャルトを睨むのを確認し、前に走りルゥのすぐ後ろについた。
「シャルトに直接攻撃が行きます。カバーして蜂を止めてください」
その言葉の跡に、蜂はシャルトに襲い掛かった。
三世の命令にルゥは応え、シャルトに向かって行き顎を開いていたスズメバチの顎を盾で殴りつけた。
ガンと硬い物同士が当たる音が聞こえた。
その上で、蜂はひるんだ様子を見せない。
顎で噛みつきにきただけあって相当頑丈そうだった。
「ルゥ!針!」
三世の言葉にルゥは反応し、打ち込んできた毒針を跳んで回避した。
その瞬間に合わせ、三世は蜂のすぐ傍から槍を蜂の胴体に投げ込んだ。
ざくっと小気味よい音と同時にちょうど中央に槍が刺さった。
「いろいろ頼んで申し訳ないですが、これ持ってもらえます?」
そう言って三世はロープをルゥに持たせた。
持たせたロープは蜂に刺さった槍につながっていて、蜂は逃げることが出来なくなっていた。
「おー。ヤツヒサ凄い!」
ルゥの素直な礼に三世は若干照れつつ、シャルトの方を見た。
三世の命令を予想していたらしく、シャルトは既に切り札を使う準備が終わっていた。
シャルトの構える弓の矢は普段の矢では無く、先の尖った棒のような形状をした光になっていた。
三世は何も言わず、頷き、シャルトはそのまま、その光の棒を蜂に打ち込んだ。
魔術の一番の欠点。それは減衰することだ。
体から離れた瞬間、異常な速度で減衰していく。
距離が離れるほど、時間が経つほど減衰は進む。
一流の魔術師ですら、十メートル先に攻撃を届かせることは至難の業となる。
シャルトはオドの量だけなら一流の魔術師を鼻で笑うほどの量を保有している。
そのすべてのオドを、光の棒、形の悪い光の矢に注ぎ込んだ。
体内のオドをほとんど消費する為連発は出来ない。
それに減衰を免れるわけでも無い。
一メートルほどの矢が、すぐ傍の蜂に到着するころには三十センチ程度の長さになっていた。
単純計算で七割ほどが削れている。
そんな子供のおもちゃ程度の矢が、蜂の顔に刺さった。
といっても、矢も小さく細いので、先が刺さるだけで当然致命傷にはならない。
蜂は三世の槍には痛がりもがいていたが、頭の矢は完全に放置していた。
三割程度のオドの矢。
ただし、その三割はシャルトのオド全ての三割である。
「では、終幕を迎えましょう。お代を見てのお楽しみ――」
そうシャルトが高らかに詠い、指をパチンと弾いた。
その瞬間、短い矢は姿を変え、ザクザクと硬い物を貫通する音と、パキッといった何かが割れる乾いた音が響いた。
三世は数本の光のメスが頭の内側から飛び出ているのを見た。
内側から無数のメスに頭を破壊され、蜂は何が起こったかも理解する前に命を失った。
「うわ……えぐい……」
ルゥがぼそっとそう呟いた。
「シャルトさん……何したんでしょうか?」
三世は、疲れた様子のシャルトに恐る恐るそう尋ねた。
「蜂に矢が刺さった位置を起点にして、再物質化した上で金属化し、エーテルメスを生み出しました。全力で三百本くらいで、三割くらいに減衰していたので八十本くらいのメスが生成されたと思います」
メスは消滅していて、残ったのは頭に開いた大きな穴だけだった。
更に、その中はズタズタになっていて、緑に近いような青のような血液がとめどなく流れていた。
それを見ると、球体状にメスが生成されたと予想出来た。
「凄いけど……えぐい……」
ルゥは繰り返し、しみじみとそう呟いた。
ありがとうございました。