特訓の成果1
四階に上がるとそこは土の洞窟だった。
石混じりで出来た土の洞窟で、背後は壁になっていて道が無く、正面やや下り坂のまっすぐな一本道となっていた。
「……どうやら普通のダンジョンのようだ」
マリウスの言葉に、全員がほぅと安堵のため息を吐いて、隊列を戻した。
前衛がルゥ、マリウスで中衛が三世でマッピング要員。
そして後衛がシャルト、ドロシーだ。
「ここでは詳しいマッピングの必要はなさそうですね」
一応程度のマッピングをしながら、三世はそう呟いた。
軽い下り坂になっている土の洞窟。
既に最初の位置から十分ほど歩いているが、分かれ道は一つも見当たらない。
この階層は一本道だと予想出来た。
「まあ、毎回迷路とかだったら冒険者の多くは脱落しているだろう。地図を書かない冒険者も少なくないぞ。特に低階級ではな」
そうマリウスが言った。
更にしばらく歩いていると、大きな空洞に出た。
ドーム状になった広い空間の奥には、大きな牙を付けたイノシシが一頭、立ちふさがるように広場の中央に陣取っている。
イノシシは非常に大きく、その巨体は通路の穴よりも間違いなく大きい。
そしてそのイノシシの背後に通路の先がちらっと見えた。
イノシシを倒して先に行けということだろう。
「頑張れば無視して先に進めるけど、どうする?」
ドロシーの言葉に、マリウスは首を横に振った。
「いや、倒そう。元々の目的は三人が強くなることだしな」
三世の方を見ながらそう言うマリウスに、三世は頷いて答えた。
「はい。ではどう隊列を組みますか?
通路の中からイノシシを見て、三世はそう尋ねた。
「いや、ここはヤツヒサ、一人でやれ」
「へ?」
間抜けな声を上げる三世に、マリウスはぽんと肩を叩いた。
「行ってこい。危なくなったら助けてやる」
マリウスはとても良い笑顔で、トンと三世の背を押した。
三世は久しぶりに、自分の師匠がどういう存在なのかを思い出した。
通路の中から三世が一人でドーム状の空洞に入った。
その瞬間に、イノシシは三世に反応し、体の軸を合わせ、鼻息を粗くし三世を睨みつけた。
通路からルゥとシャルトが心配そうに見ていて、マリウスはニヤニヤとした顔をしていた。
ドロシーに至っては座り込んで飲み物を飲みながら観戦している。
その姿は見世物を見る見物客のようだった。
――信頼の証と取るべきか、ただ楽しんでいるだけととるべきか、難しいところですね。
そう三世は思った。
三世は散っていた意識をイノシシの方に集中させた。
全長は小さな車位、高さは二メートルを越えるほどのイノシシは、ゆっくり前足を地面にこすりつけ、突進の構えを取る。
ギラリと三世の腕ほどある牙を光らせ、必殺の構えをとり、そして三世の方に突進を仕掛けてきた。
三世はそれを見て、槍を正面に向けて『置いた』
正面から立ち向かって勝てるかわからないから、相手の力だけに身を任せてみた。
このまま刺さってくれたら良いなーくらいの甘い期待だが、イノシシはそれを見て、二歩分ほど右に移動し槍を避けながら三世に突進を続けた。
元々イノシシは左右の方向転換が上手い生き物だ。そううまくいくとは思っていない。
傍に迫るイノシシを冷静に対処し、三世は左に跳んで避けた。
「うん。思ったよりは速くないですね」
三世はそう呟きながらイノシシの方を向いた。
イノシシは即座に二度目の突進を試みるが、三世はイノシシをギリギリまで引き付けて、また横に跳んで避けた。
イノシシの体は筋肉の割合が非常に多い。
そんなイノシシからの突進だから三世もある程度覚悟していたが、どうも何の問題も無いらしい。
回避に不安が無くなった三世は、次に倒す為の方法について考えた。
正面から突くのは分が悪いにもほどがある。
回避が出来るからと言っても、巨体からの突進であることには変わらない。
槍を持っているといっても間違いなく押し負けるだろう。
そう考えると、回避してからすれ違いざまに突きを重ねるのがベターだと思われる。
だが、三世の技量では回避後の突きで威力は望めない。
かなりの攻撃回数が必要になるだろう。
元々、三世は戦闘が得意では無い。
特に、攻撃に関しては凡才という言葉すら当てはまらないくらいだ。
なので、三世は得意な方法を使うことにした。
三世は槍を捨て、イノシシからジリジリと距離を取った。
イノシシはソレを逃げる準備と考え、三世を追い詰めるように目で追いながらジリジリと距離を詰めた。
イノシシは三世だけを見据え集中していた。
今までは簡単に回避されたことをイノシシは考え、その対策の為にさっきよりも三世との間の距離を詰め、その上で足により力を入れることにした。
そして、イノシシは構えて足を踏み込み――三世めがけて疾走を開始した。
地響きがするほどの衝撃と共に、迫ってくる巨体。
三世はそれをひょいと回避した。
ルゥの動きに見慣れている三世にとって、その突進は自信を持って避けられる範囲のものでしかなかった。
壁を背にしていた三世に、勢いよく突進したイノシシ。
そして三世が避けたらイノシシの目前に迫っているのは、壁だった。
そのまま、イノシシは全力で壁に突撃をした。
頭に強い衝撃を受けたからか、イノシシはそのままパタンと倒れた。
横になったイノシシの手足は思ったよりも小さく、パタパタと動いているその姿は妙な愛くるしさがあった。
ただ、それでも敵なことには変わらず放置するわけにはいかない。
三世はロープを持ってくるくるとイノシシの前足後ろ足を縛りつけた。
――縛ることだけは苦手では無いんですよね。
そう考え、三世は自分の能力に苦笑した。
そして通路の方を向き、マリウスの方を見た。
「うむ。良くやった。それで、そのイノシシはどうする?」
マリウスの質問に、三世は悩んだ。
「うーん。少し悩みますね。まだダンジョンを登る予定ですので、今肉をとっても傷みますし……無視しようかとも考えたのですが、魔石は欲しいですし」
三世が腕を組んで首をかしげていると、ドロシーがイノシシに近寄りイノシシに触った。
「んー。この子魔石持ってないわよ。無視で良いでしょ」
ドロシーの言葉に頷き、全員でイノシシが塞いでいた通路の先に進んだ。
また同じようにまっすぐの道が長いこと続き、そして同じようなドーム状の空洞に到着した。
さきほどよりもその空洞は広く、そして空洞の中では、非常に大きな真っ白い兎がいた。
「あれ、さっきのイノシシよりも大きいよね?」
ルゥはそう呟いた。
高さ三メートル、全長五メートルといったところだろうか。
角や牙などは無いがこの大きさはそれらの武器よりもよほど凶悪だと言っていいだろう。
「それじゃあ、次はルゥ。行ってこい」
マリウスの言葉に、ルゥは大きな声で返事をし、一人で中に入っていった。
その様子はまるで怪獣同士の戦いだった。
兎はルゥを赤い瞳で見つめ、即座に左前足を振りぬいた。見た目とは違い、かなり好戦的らしい。
薙ぎ払いのような左前足の攻撃に、ルゥは盾を合わせ受け止めた。
兎の巨体から繰り出される前足を、ルゥは受け流すのでも避けるのでもなく、そのまま小さな盾で受け止めきった。
「お、重い……けど……まだいける!」
そう腹から声を出しながらルゥは盾を前に押し出し、兎の前足を押し返した。
その後で、兎の顔付近まで跳び、兎の顔面めがけて思いっきり拳を叩きこんだ。
ドンと叩きこんだ拳の強い衝撃が周囲に響き渡った。
だが、兎は無傷だった。
毛皮に守られた状態に加え、その体格差。
更に飛んでからの打撃の為、地面を踏みしめることが出来ず威力が半減していたのが原因だろう。
それでも、振動からさっきのイノシシが壁にぶつかった時と同じくらいの威力は出ているはずだった。
「うーん。どうしようか。ヤツヒサみたいに知恵絞ってみたいけど……思いつかないなぁ」
ルゥは兎から距離ととって、独り言を言いながら考えを纏め始めた。
「んー。必要なのは強い一撃。頭は高い位置。そして胴体は毛皮が分厚い……うーん。困った」
そう悩んでいるルゥは、急に自分の周囲が暗くなったことに気づいた。
慌ててルゥはその場から跳び、走って逃げた。
そしてさっきまでルゥのいた所に、兎が落ちてきた。
ドスンと大きな音のあと、地震の時のように地面が揺れ天井からパラパラと土が落ちる。
ルゥは冷や汗を掻きながら、兎の方を見た。
手足をパタパタと動かしながら、体を回して兎はこちらに顔を向けようとしていた。
体格のせいだろう。飛び跳ねるのと前足を振る以外の動作は遅いらしい。
そしてこちらに軸を合わせたら、そのままぴょんと高くにジャンプをし、兎は再度、ルゥを押しつぶそうとした。
「あ!頭を使ったら良いのか!」
ルゥは何かに閃いたような表情を浮かべ、さっきまで兎がいた位置にまっすぐ走った。
強い衝撃と地響きを立て、兎はルゥがさっきまでいた位置に轟音を鳴らしながら落下した。
ルゥはさっきまで兎のいた位置、つまり兎の後ろに既に待機していた。
ルゥはそのままお尻を向けた兎を山のように上り、兎の頭の上に移動した。
「ごめんね。せーっの!」
兎は盾を両手で持って振り上げ、そのまま自分の体をバネのように使い、渾身の力で盾を兎の頭に叩きつけた。
ガンと硬い物がぶつかる音して、そのまま兎は動かなくなった。
それを見ていたドロシーはぼそっと呟いた。
「あれ、即死してるわね……」
「火力だけなら既に俺より高いだろうな」
マリウスはルゥを見ながらそう言った。
「……差が広がるばかりですねぇ」
単純な嫉妬三割に、純粋に成長を喜ぶ気持ちが三割、そして置いて行かれるようでさみしい気持ちが四割。
三世は何とも複雑な心境になっていた。
ドロシーが調べ、やはり魔石は発見されなかったので、死体はそのまま放置して、一同は更に先に進んだ。
「ここは闘技場のように一戦ずつして進む形式の階層らしいな」
マリウスはそう呟いた。
「ねね。なんだか、通路大きくなってない?」
ルゥは全員にそう尋ねた。
言われて気づいたら、確かに通路の幅も高さも広くなっている。
さっきまでは二人横並びでギリギリだったが、今は三人並んでも余裕が出来るほどだった。
「そうですね。確かに広くなっているような気がします……」
そう三世が呟くと、ドロシーはぴょんぴょんと跳ねだした。
「ドロシー。どうした?足でも捻ったか?」
「んーん。何でも無いわよ。気にしないで」
ドロシーの行動に首を傾げたまま、マリウスは先に進んだ。
少しずつ下がっていく道に、広くなる通路。
そして、三度目の広場が目の前にあった。
さっきよりも広い空間の中にいたのはネズミだった。
ただし、その大きさは大型トラック位はあった。
どうやら本来の大きさと反比例するようにサイズが大きくなるらしい。
「行けるか?」
マリウスはシャルトの方を見ながら尋ねた。
「……もちろんですマリウス様。ドロシー様のご指導の成果をお見せいたします」
不敵な笑みを浮かべ、シャルトは何でも無いかのように言った。
「大丈夫ですか?」
心配する三世。ルゥならともかく、シャルトには荷が重いのでは無いか。そう考えたからだ。
「ご主人様とルゥ姉がマリウス様に戦いを習ったように、私もドロシー様より戦いを倣いました。大丈夫ですよ」
そう三世に微笑みかけシャルトは悠々と歩き、広場の中に入っていった。
中にいるのはネコとネズミではあるが、体格差により立場は完全に逆転して見えた。
ネズミはシャルトを獲物と認識し、キシャーと威嚇をしながらシャルトに近寄る。
シャルトは堂々とした様子のまま、ネズミをぼーっと見ていた。
弓すら構えていない。両手に何も持たず、戦いの構えも見せない。
ただネズミを見ているだけだった。
ネズミはそれを見て相手が諦めたと思ったらしい。
一瞬だけ笑ったような顔を浮かべ、シャルトに跳び掛かった。
そんなネズミの跳びかかりを、シャルトはふわっとジャンプして回避した。
シャルトは軽く跳んでネズミの頭を踏み台にし、そのまま音も無く着地した。
悠々とした優雅な動作のまま、視線は常に三世の方を向けている。
『私を見ていてほしい』
『あの人を見ていたい』
そんな二つの感情を持って、シャルトは三世を微笑み見つめていた。
そんなシャルトを放置して、背後のネズミは奇声を上げじたばたと暴れだした。
地団駄を踏む子供のように暴れるネズミ。
良く見ると顔を抑えるようなそぶりをしているようにも見える。
ネズミはくるっと振り返り、シャルトの方を向いた。
ネズミは右目から血を流し、瞼を閉じていた。
「まだまだルゥ姉には追い付けませんが、それでも、多少は戦いを覚えることが出来ました」
シャルトは優しく微笑みながらそう三世に語りかけ、そっとネズミの傍に歩み寄った。
動作はゆっくりとしているからか、ネズミはシャルトに反応していなかった。
反応出来なかったのかもしれない。
今のシャルトは気配が薄く、肉眼で見えている三世でも、時々見逃しそうになるくらいだった。
そのままシャルトは、ネズミの側面から、そっと優しく右手を前に伸ばした。
次の瞬間、ネズミは倒れ動かなくなった。
「すいません。どなたかタオルと水を貸していただけないでしょうか?」
くるっと振り向いたシャルトの右手は血に染まっていた。
それよりも三世が気になったのは、人差し指と中指の先から、短い光で刃のようなものが形成されていることだった。
ありがとうございました。




