リフジンナカイダン-後編
ドロシーが先導して廊下を歩いていると、ドロシーはある物を発見した。
壁に貼られた一枚の紙で、それにはこう書かれている。
『学校の七不思議』
1.
2.誰もいないのに音楽室から流れるピアノ
3.生首で毬つきをする童
4.
5.走る人体模型
6.
7.
「ヤツヒさん。これって、発見したらここに出てくるってことで良いんですよね?」
ドロシーの言葉に、三世は「たぶん」と曖昧な返事をした。
マリウスがその紙の周囲の壁を調べだした。
ゴン、ゴン、ゴン。
一歩ずつ歩いて壁を叩いていく。
ゴン、ゴン、コン、コンコン。
音が違う部分を見つけ、マリウスは言った。
「ここが開いて道が出来るんだろうな。どうする?このまま壁壊して突破してみるか?」
マリウスの提案は非常に魅力的だった。
既にぐだぐだな展開で恐怖は無いが、ただただ面倒な気持ちになっていた。
「すごく魅力的ですが、止めておきましょう。正規の方法以外だからって難癖つけられるのヤだし」
そうドロシーが言って、皆はその意見に賛成し探索に戻った。
廊下を歩いていると、ドスン、ドスンと音がして地響きが起こった。
「新しい何かが現れたらしいな」
マリウスはそうつぶやき、正面を見据えた。
ドスンドスンと音を立て、こちらに向かってきているのは石像だった。
背中で薪を背負い、同時に本を読みながらこちらに歩いてくる、とても良くある石像だった。
「にのみ……いえ、何でもありません。勤勉さを称えられて石造になった偉大な方です」
「そうか。それでどうする?俺の武器はメイスだから壊そうと思えば壊せるが」
マリウスの言葉に三世は首を振り、全員で道を開けた。
石像はそのまま、廊下をまっすぐ、どしんどしんと歩いてどこかに消えていった。
「うーん。怖くなくなったら緊張感も無くなってきちゃった……」
ルゥはぽつりとそう呟いた。
「どうやら私がいた世界の怪談を、あくまで再現しただけらしいですね。作りが甘いというか、ぐだっているというか……」
そう三世がルゥの呟きに返事し、苦笑した。
気を取り直して歩きつつ、次は教室の中を集中して探すことにした。
最初の教室、話し合いをしたところ以外の教室に入り、中を探る。
二十以上ある机に後ろのロッカーは空になっている。
黒板は綺麗に掃除してあり、チョークは長いまま準備してあった。
人の使った跡が一切無い。綺麗で新品な教室だった。
「ここは無いわね。次に行きましょうか」
ドロシーの言葉に頷き、隣の教室に向かった。
隣の教室に先頭で入ったドロシーとマリウスは、教室の真ん中ら辺を指差して三世に尋ねた。
「あれ……何……?」
二人の隙間から教室の中を除くと、ぎしっと音を立てたロープに、人がぶら下がっていた。
「七不思議のひとつでしょう。ただ、後ろの二人には見せたくないですね……」
作り物とは言え、首吊り死体を娘に見せたいとは思わなかった。
「んじゃ、私とマリウスで調べるから、ヤツヒサさんはそこにいて」
ドロシーのありがたい申し出に、三世は頷き戸の傍で待機した。
「あー。これ作り物ね。腐敗の仕方が時間や人のソレでは無いわ。肉を捏ねて人型にした感じ?」
ドロシーがそんなことを冷静に分析していて、それをマリウスは嫌な顔で聞いていた。
三世も周囲をきょろきょろと見回して教室の中を見た。
ロッカーにはちょこちょこと教科書や衣服が入っていて、また机もラクガキや彫刻刀で何かを彫ったような形跡が残っている。
さっきとは違い、ここは人の生活した痕跡が残っていた。
とんな時、突然――ガラッ!と大きな音がして、三世の後ろにあった戸が勝手に締まり、三世、マリウス、ドロシーは教室の内部に閉じ込められた。
周囲の暗さが増し、部屋の光に赤色が混じった。
さっきまで何も無かったのに、机や黒板に血しぶきの跡がついていて、足元に子供の死体が転がっていた。
「ヤツヒサ!」
マリウスが叫び、慌てて三人で合流し部屋の隅で陣形を取った。
部屋の外にいるルゥとシャルトが必死に戸を叩いているが、戸が開く気配は無い。
二人の声が聞こえないし、ガラスもおそらく割れないだろう。
足元にいる子供の死体は聞き取れない奇妙な声を呟きながら立ち上がり、同時に中央にいた女性の首吊り死体はくるっと回り、こっちを見た。
目があった。
何も映していない血走った目と、三世は何故か目があった。
ロープがぶちっと切れ、そのままふらふらと立ち上がり、死体はこちらを見ていた。
体の欠けた子供の死体と、元首吊り死体がこちらに迫ってくる。
ゆっくりではあるが、狭い教室だ。到着するまでにそれほど時間がかからない。
「これは倒した方が良いよな?」
マリウスの質問に、三世は頷く。
「はい。ですが、師匠怖く無いのですか?」
正直に言うと三世は少し恐怖を感じていた。
「別に。相手はただの人型の魔物だ。未知の相手で無ければ怖いことは無い」
マリウスとのホラーに対する感覚のギャップを感じながら、三世は二人の後ろで槍を構えた。
マリウスは一気に迫り、子供たちを蹴飛ばしながら首吊り死体だった女性にメイスを振りかざした。
ゴン!と鈍い音を立て、首吊り死体の頭が破裂した瞬間に、子供と首吊り死体は消え、外の戸が開いた。
「あれ?終わっちゃった?」
ドロシーは光に包まれた棒のような物を持ちながら、茫然としていた。
三世が周囲を見回すと、さっきまであった異形の痕跡は全て無くなっていた。
血しぶきの跡も消えているし、マリウスのメイスにも何に付着していない。
「……化かされたか」
マリウスはそう呟き、メイスをしまった。
「大丈夫!?」
教室の外から慌ててルゥとシャルトがかけよってきた。
「ええ。大丈夫ですよ。そういえばまだ三階でしたね」
敵が弱いのはその為だろう。
これが高階層で起きたらどうなるか、それは下手なホラーよりも怖い状況になるだろう。
「ヤツヒサ。俺には読めない文字なんだが、アレは何て書いてあるんだ?」
マリウスが黒板を指差し三世に尋ねた。
そこには『卒業おめでとう』という文字が日本語で書かれていて、教壇に袋が置かれていた。
「卒業おめでとう。と書かれています。学校を学びきった人に贈る言葉ですね」
「そうか。それで、これがここの突破の報酬か」
そう言いながらマリウスは教壇の上にある袋を取って中を確認した。
「銀貨が十枚と少しだな。これも夕飯の足しにしよう」
そう言ってマリウスは袋を懐にしまった。
次の教室に向かうが何もなかった。
その次も、次も、何も無かった。
「ここで教室は最後か。七不思議は後いくつある?」
マリウスの質問に、三世は指を折って数える。
「人体模型、毬つき、ピアノ、石像、首吊り、ですので後二つですね」
「そうか、ならここの可能性は高いな」
そう言いながらマリウスが中を見ると、中に入るまでもなく異変が起こっていた。
そこでは授業が行われていた。
「なんだあれは?」
マリウスは小さく呟き、ルゥはその様子に怯えていた。
「……魔物でも魔獣でも、もちろんアンデッドでも無い」
そうドロシーが呟き、マリウスは顔を青ざめた。
そこには机に座った子供たちと、黒板の前に教師が立っていた。
ただし、半透明で透けており、青白く光っている。
声や音は聞こえないが、教師が黒板に指示棒を動かし、子供がノートを取っていることから授業だと予想出来た。
「……ご主人様の世界ってこんな感じで子供が学ぶのですね」
シャルトが平然としながら興味深そうにそう呟いた。
「シャルちゃん凄いわね。私でもちょっと怖いんだけど……相手の正体わからないし」
ドロシーはシャルトにそう言った。
少し経つと、ぴたっと全員が手を止めた。
何かあったのかな、そう思ってみていると、突然全員がこちらを見た。
ルゥが小さく悲鳴を上げる。
全員がこちら側を、無表情で焦点の合っていない眼のまま見ている。
何を見ているのか、わからない瞳でじーっと強い視線をこちら側に浴びせ、そのまま青白い光の子供と先生はすっと消えた。
「……ここ、入らないで良いよな……」
マリウスの呟きに否定するものは誰もいなかった。
「あと一つです。がんばりましょう」
顔が青くなって震えているルゥとマリウスを三世は励ましながら、道を進めた。
油断していたらまた怖いことが続き、二人とも挙動不審になってしまっていた。
ルゥは涙腺が緩みっぱなしだし、マリウスはフラフラとして今にも倒れそうだ。
ただ、怖いことがわからないわけでも無い。
内容は陳腐だが、雰囲気は確かに恐ろしかった。
廊下を歩く時のきしむ音だけでも怖いと感じるくらい、この場所の雰囲気は良く出来ていた。
マリウスは隣のドロシーに頭を撫でられ、ルゥはシャルトに抱きつきながら何とか耐えていた。
「とりあえず、一番怪しい理科の実験室に行きましょうか」
三世はそう言いながら、ドロシーに行く先を指示した。
実験室には動かない人体模型がぽつんと置いてあり、あとは何も無かった。
ホルマリン漬けくらいはあると思ったが、本当に何も無く、人体模型もしっかり調べたがそれも何も無かった。
「……何もありませんね」
三世の呟きにドロシーが頷く。
「もしかしたら、帰る時に何かあるかも……」
そう言いながら、警戒して実験室を立ち去ったが、本当に何も無かった。
「……外れ、ということは職員室でしょうか……」
三世の言葉にドロシーは頷き、一同は職員室に向かった。
そして、職員室に入った瞬間、ベルの音が鳴り響いた。
ジリリリリ!ジリリリリ!とうるさい音で自己主張する正体は、黒電話だった。
「アレは?」
ドロシーの質問に三世は「通信機のような物です」と答えた。
「とりあえずアレに出てみますね。たぶん何も起きないと思いますが」
そう三世が言葉にすると、シャルトがぴたっと三世に密着してきた。
「閉じ込められたり何かあった時の為に、待機します」
シャルトはそれだけ言って三世の服を握りしめた。
平然と言いながらではあるが、シャルトの手は震えていた。
幽霊やお化け、化け物なんかを怖いとは思わない。
だけど、三世がいなくなると考えることは何よりも怖かった。
三世はシャルトに頷き、頭を撫でた後に受話器を取った。
「もしもし」
三世の挨拶に、電話先の相手は返事をした。
「こんにちわ!私メリーさん。あなたを怖がらせに来たわ」
「こんにちは。どうやって怖がらせるのですか?」
三世は妙にクリアな音で聞こえる黒電話の受話器を持ちながら、相手に尋ねた。
「どうしようかしら?ラップ音でも鳴らせましょうか?」
「それはもう音楽室で聞きましたよ」
「そう……じゃあ部屋を変貌させて魔物を出しましょうかしら!」
「それももう体験済みですよ」
「え?」
さっきまで嬉しそうだったメリーさんの声のトーンが下がり、若干慌てだした。
「じゃ、じゃあ……うーんうーん。そうだわ。このまま姿を見せずに脅かせてあげましょう。私がどこにいるのかわからないでしょ!」
ふんすと自慢げに言うメリーさん。
「あの、たぶんですけどあなた、この電話の魔物かその類ですよね?」
三世の言葉に、メリーさんは無言になった。
「黒電話って、音質こんなに良く無いんですよ。つまり、電話自身があなたですかね?」
「……がちゃっ。つーつーつー」
メリーさんは電話が切れる音と切れた後の通信音を自分の口で言っていた。
三世はその様子が不憫になり、そのまま受話器を電話に戻した。
「……どうだった?」
おずおずと尋ねるマリウスに三世は何と言おうか悩んだ。
色々難しい感情があるが、一番大きな感情は憐憫だった。
「……たぶん、これで終わりました……」
メリーさんのことは黙っておこう。
三世と、それを傍で聞いていたシャルトはそう心に決めた。
そのまま一同は廊下の張り紙のあった位置に移動し、張り紙を見た。
『学校の七不思議』
1.メリーさん
2.誰もいないのに音楽室から流れるピアノ
3.生首で毬つきをする童
4.首つり死体
5.走る人体模型
6.誰もいないのに始まる授業
7.歩く石像
さっきまで空欄だった部分も含め、全ての項目が埋まっていた。
「たぶん、これで良いのですよね?」
その三世の声に誰も何も言わない。
これでどうなるのか、誰もわからないからだ。
「うーん。多分これで開くと思うけど」
ドロシーがそう言った瞬間――
大きな、悍ましいほど不吉な悲鳴が響き渡った。
鼓膜が響き、痛みを覚えるほどの悲鳴――
悲鳴の主はシャルトだった。
シャルトは膝から崩れ涙を流しながら頭を抱えて叫んでいた。
「シャルト!どうしました!?」
三世が慌ててシャルトを抱きしめると次はルゥが叫び声をあげた。
シャルト以上の大きな声に三世の体が震える。
鼓膜が破れなかったのは運が良かっただけだろう。
そう思うほどは大きな声だった。
二人が何を見たのかわからない。
ただ、想像の何倍も恐ろしい物を見たらしく、その顔は恐怖に歪んでいた。
「ルゥ!ルゥ!?」
シャルトと一緒にルゥも三世は抱きかかえた。
ただただ恐怖で歪んだ表情のまま、泣きわめき叫び声をあげる二人に、三世は何も出来なかった。
強く抱くことしか出来ない三世は己の無力を感じていた。
――何かしてやれることは無いか。
そう思っていると、鳴き声がぴたっと止まった。
どうしたのかと思うと、手にぬるっとした感触があった。
二人を抱きしめる手を放し、その手を見ると、手は真っ赤な血で染まっていた。
どこから血が……。
そう考えていると、下を向いていた二人の娘は三世の方を見た。
二人の娘は、本来瞳のある位置が空洞になっていて、そこから血を流していた。
「アナタガコロシタンダヨネ、ミンナ」
二人は声を揃え、三世に呪いの言葉を残した。
三世は自分の喉が叫び声をあげていることに気づいた。
次の瞬間、はっと目を覚ますと震えて泣いているルゥとシャルトがいた。
マリウスとドロシーも震えながら抱き合っていた。
「幻覚……?」
三世は小さく呟いた。
気づいたら壁が一部無くなり、階段が現れていた。
ただ、今登ることは出来そうもなく、三世は震える二人の娘の頭を撫で続けた。
頭を撫でるのは得意なはずなのにうまく撫でられない。
それで、自分も震えていることに三世は気づいた。
十五分ほどした後、ドロシーはムキーと怒りを露わにしていた。
落ち着きはしたが、シャルトとルゥは三世の腕を抱きかかえ放そうとしなかった。
マリウスも、ドロシーの方を不安げにみている。
皆が何を見たのか、三世は尋ねるつもりは無かった。
「悔しい!ひっかかったし今考えたら対策も取れたのに!あんな初歩的なトリックに引っかかったのが何よりも悔しい!」
「ドロシーさん、どういうことです?」
そう三世が尋ねると、ドロシーは七不思議が書かれた紙を指差した。
七番目の下に、一行、追加で書かれいた。
『8.理不尽な恐怖』
「そういえば、七不思議って言いながら六だったり八だったりすんですよね……」
「つまりね、七つ終わった段階で油断させて、そろったらここで一斉に幻覚の魔法をかける。効果は強力だけど幻覚の魔法って対策取っていたら簡単に対処出来るの。だけど、油断して対策忘れてたわ……」
おそらく、七つ全部が油断を誘うトリックとして作られているのだろう。
そして、本命の八つ目で恐怖を感じさせる。
本当にこの塔の製作者は性格が悪い。
「次の階層は普通であることを祈ろう」
マリウスの言葉に全員が心から同意して、階段を上った。
ありがとうございました。