リフジンナカイダン-前編
二階に上がると天井も壁も眩しさすら感じるほどの真っ白に変化した。
この階層は全く暗くなく、道の先まできっちりと見える。
全員が階段を上がりきると、階段は消滅し、またダンジョンに取り残される形になった。
「……ヤツヒサさんがいて良かったですねこれ」
ドロシーが疲れた声でそう呟いた。
延々と続く真っ白な壁の直線に、左右にわかれる細い道が無数に見える。
マップを記録しないと間違い無く迷い続けることになるだろう。
「マッピング大変なので、すいませんがここではゆっくり進んでください……」
三世の言葉に頷き、マリウスとルゥを先頭に手前の曲がり角から順々に入っていった。
真っ白で若干輝く壁が続くと、自分が今どこにいるのかわからなくなる。
同じ壁を見続けるというのは思った以上にストレスになる行動だった。
その上で、二手、三手の分かれ道は当たり前、行き止まりに道が合流したり離れたりと、迷う要素のオンパレード。
試しにインクを壁に付けてみるが、インクは消えてマーキングは不可能だった。
そしておまけのように、敵が全く出ない。
うまみが何一つ無い、嫌がらせでしかないただの迷路だった。
「これは外れ部屋なんだろう。ヤツヒサがいなかったら俺は塔攻略を諦めていた」
そんなマリウスの言葉を聞き、マップの重要性を教えてくれた、学生時代のゲーマーの友人に、三世は心から感謝した。
三世のおかげで迷うこと無く、複雑な道をいくつも移動し階段を見つけることが出来た。
時間にして一時間、延々と続く白い壁の道を歩いた。
肉体的にはともかく、精神的な疲労感は途方も無く、全員がぐったりとしていた。
「さっさと次の階層いこ?」
ルゥはそう言うが、三世はマップを睨み続け、登ろうとしなかった。
「どうしたヤツヒサ?何かあったか?」
マリウスのつぶやきを聞き、全員に書き記したマップを見せた。
「いえ。七割位しか完成していないマップなのですが、どうも一か所変な部分がありまして」
そう言いながら三世はマップの空白を指差した。
周囲は探索しているのに、何故か五メートル四方の空洞がそこに出来ていた。
「他のところは隙間無く迷路になっているのに、ここだけが空洞になってます。偶然か、または私のマッピングミスかもしれませんが、もしかしたら隠しの部屋かもと……」
そう言われると、全員はその隙間が確かに気になってきた。
冒険者という生き物は好奇心に弱い生き物だった。
無言で階段を離れ、その隙間の周囲を全員で調べた。
うろちょろと移動しながら、その壁の周囲をぐるぐると回った。
「るー。なんかあった……」
ルゥが壁の一部に掴む所があるのを発見した。
そこを良く見ると、その壁は引き戸になっていた。
そして、その壁を開けると中に宝箱が一つ、ぽつんと置いてあった。
何故かわからないが、全員が感動し三世に拍手をした。
「さすがヤツヒサ。細かいことに関しては誰よりも優れているな」
褒められているのかわからないマリウスからの誉め言葉に、三世はあいまいな笑みを浮かべる。
――だからこのマップ全部埋めていいですか?
と言いたかったが、言ったら怒られそうなのでやめておいた。
「んじゃ宝箱開けるね?」
ルゥの言葉に、三世はストップをかけた。
「待った。罠の可能性も考えましょう」
「たぶん大丈夫だよ?中に入ってるのただの紙っぽいけど」
ルゥは鼻を利かせ、宝箱の中身を読み取っていた。
「……本当に獣人ってすごいですね」
その言葉を了承のサインと受け取り、ルゥは宝箱を開けて「はい」と言って中の紙を三世に渡した。
三世はその紙を読んだ。
『十一階の条件は番人に実力を見せること。十六階の条件は絆。二十一階の条件は前二つの条件に加え、野生の魂を持つこと』
「曖昧な表現ですが、これが突破条件ですね」
「残念。ちょっとお宝を期待したのに」
ドロシーの声に、ルゥが同意し頷いた。
「るー。まあ、紙の時点で凄いものの可能性低かったからしょうがないね」
「ですが、これも依頼の範囲なので情報とこの紙、買い取ってもらえると思いますよ?」
三世の言葉に、マリウスは軽く微笑む。
「んじゃその金で今日の打ち上げ代にしようか」
そんなマリウスの言葉に、全員で頷いた。
終わりのような雰囲気だが、まだ二階で、しかも時間もたっぷり残っていた。
三階に行くと、四人は不思議な表情を浮かべた。
木製の床に白い壁。引き戸になっている鉄のドアに、天井には光る長細い棒がついている。
見覚え無い四人と違い、三世はこの内装を良く知っていた。
それは学校の校舎のようだった。
ただし、今の学校では無く、最近取り壊されている木造の古いタイプの校舎だが。
「私の世界の学校、子供が勉強をする場所ですねここ」
三世の言葉に、感心したような表情で、四人は周囲を見回す。
「……ずいぶん不気味な場所で勉強するのね稀人って」
そうドロシーは呟いた。
旧校舎のような雰囲気に、ガラス越しの外は全て真っ暗で何も映らなくなっている。
その上で蛍光灯はチカチカと点滅し、絶妙に薄暗い。
完全に何かが出そうな雰囲気と化していた。
「そうですね。これまでのことを考えると、脅かしに来るでしょうね。そういう雰囲気というか状況になってますから」
一階の様子を考えると、塔の製作者は間違いなく嫌がらせをしてくる。
そこで旧校舎のような雰囲気を出した場所ということは、狙いは一つしか無いだろう。
「何が起きるのか予想出来るのか?」
マリウスの質問に三世は頷いた。
「何となくですが起きそうな事態はわかります。ですがとりあえず探索しましょう」
その三世の言葉に反応し、全員で前に歩き出した。
ギシッ、ギシッと歩くたびにきしむ木の廊下の音に怯えながら、全員が一歩ずつ廊下を進んだ。
数メートル歩くと、教室の前についた。
「中に入るか?」
マリウスの言葉に三世は頷いた。
そして、マリウスが教室の戸に手をかけた瞬間――
廊下のきしむ音と共に、何かがこちらに走ってきた。
「きゃあああああああああああああ!」
ルゥの悲鳴と同時に廊下の先から見えた姿は、人体模型だった。
ただし、一階の適当な作りの骸骨のようでは無く、恐ろしいほどにリアルに作られた人体模型だった。
強いて言えば、プラスチックらしくテカテカとした。
それでも、飛び出て見える内臓、見開いた目、そして無駄に綺麗なランニングフォーム。
確かにその見た目は恐ろしかった。
全員は即座に走って逃げだした。
教室に入らず、そのまままっすぐ走っていると、気づいたら人体模型はいなくなっていた。
「何……あれ……」
ルゥが青ざめた顔で泣きそうな声のままそう呟いた。
「走る人体模型ですね。昔の怪談の鉄板ネタの一つです」
答えのようで答えでは無い三世の返事に、ルゥは涙目のまま何の言葉も返さなかった。
そのまま全員で、前の部屋から順番に探索した。
ただし、部屋をちらっと見るだけにしておいた。
ルゥが怯えているのもあるし、とっとと階段を見つけて先に進みたいという気持ちもあったからだ。
人体模型が現れた場所以外は何も見つからず、恐る恐るさっきの人体模型が出た場所の教室にも向かったが、人体模型は現れず、更にそこも何も無かった。
とりあえず、人体模型に追われた場所の教室の中で、作戦会議をすることにした。
「えー。教室が六つ。職員室と思われる部屋が一つ、音楽室が一つに理科の実験室が一つ。こんな感じですね」
三世がマップを見ながらそう言った。
つまり、階段が見つからなかったということだ。
「詳しく調べないといけないんだね……」
ルゥは涙目でそう尋ね、三世は頷いた。
「困ったわね……戦闘が起きたら少しまずいわ」
そうドロシーは難しい顔で呟いた。
「どうしでですか?ルゥはともかく師匠がいる――」
三世の言葉にドロシーは指でマリウスを指し、そして三世は理解した。
静かにはなっているものの、マリウスも青ざめた顔でガタガタと震えていることに。
恐怖に飲まれているマリウスとルゥ。つまり前衛チームは全滅していた。
ちょっと怖いなと思っているのが三世とドロシー。
そして意外なことに、シャルトはまったく怯えていなかった。
昔は一人で野外生活をしていたからか、シャルトはホラーに対して耐性があるらしい。
そんな話をしていたら、ドロシーが何かに気づいた。
「ねぇ。階段以外の突破方法がある場合って考えられない?」
ドロシーの言葉に、三世は首を傾げた。
「どういうことですか?」
「私はこういったアンデッドぽいのに違う世界ってちょっと知らないんだけど、ヤツヒサさんは良くしってるよね?」
ドロシーの言葉に、三世は頷いた。
「はい。詳しいわけでは無いですが、まあ一種のお約束ですね」
「ん。それでさ、そのお約束のこと、人体模型のことをさっきなんて言った?」
「はい?えっと、怪談――え、まさか……」
「怪談を見つけたら上にいける可能性って無いかな?その怪談って数の予想出来る?」
三世はこくんと頷いた。
「はい。七不思議という言葉がありますので、おそらく七だと思います」
七不思議なのに六になったり八になったりするが、それは割愛しておいた。
「そうよね。せっかく用意した嫌がらせなら、全部見てほしいって思うわよね。もし私が塔を作ったなら迷わずそうするわ」
恐ろしいほどに嫌な説得力のある言葉で、ドロシーのその一言でそれが間違い無いと全員が納得した。
そんなわけで、階段ならぬ怪談探しをする為に教室の外に出ることになった。
ただし、このままだと前衛が崩壊しているので、隊列を変更してだ。
前衛をマリウスとドロシーに変更し、中衛そのまま、後衛をシャルトとルゥにした。
ルゥはシャルトの手を握って震えながら挙動不審になっていた。
マリウスも青ざめてはいるが、ドロシーが隣にいるからだろうか、比較的大丈夫に見えた。
マッピングは終わった為、行先は全てドロシーに任せた。
若干おびえながら、それでもどことなく楽しそうにドロシーは廊下を歩きだした。
「ヤツヒサさん。どこかありそうな場所思いつく?」
ドロシーの言葉に、三世は頷いた。
「とりあえず、音楽室、楽器がおいてあった部屋は間違いなく何かあると思います」
「ん。じゃあ最初はそこに行こうか」
ドロシーはそう言ってまっすぐ音楽室に向かった。
ぽん……ぽん……。
向かっている途中の廊下で、何かが弾む音と共に、子供の小さな歌声が聞こえた。
何を歌っているのかわからないほど微かな歌声が反響し、同時に何かが弾む音が大きく聞こえる。
ぽん、ぽんと弾む音があらゆる場所から響き位置が特定出来ない。
そして音がなりやみ、一瞬の静寂が流れた。
「……何も起きない?」
そうドロシーが言った瞬間――
背後から何かを弾ませる音と同時に、子供の歌声が聞こえた。
「通りゃんせ、通りゃんせ」
半泣きのままのルゥのすぐ傍に、小さな着物を着た女の子が一人、毬つきをしていた。
「ここはどこの細通じゃ」
透き通った綺麗な声が反響する。
真っ暗で顔の見えない幼女が歌いながら、もくもくと毬つきをする様子に、ルゥは震えてシャルトにしがみついている。
「――お姉さんも一緒にしよ?」
幼女がそう言うと、毬が急に弾み方を変え、ルゥの方向に飛んできた。
ぽふっとそれをルゥが受け取ると、ルゥはソレと目があった。
ソレは毬では無く、幼女の頭だった。
「いやあああああああああああ!」
叫び声をあげるルゥだが、恐ろしいからか毬を落とすことが出来ない。
「お姉ちゃんどうしたの?」
生首が反笑いのまましゃべり、幼女が近づいてくる。
幼女の顔には何も無かった。
「ぎゃああああああああああああああ」
次はマリウスが叫びだした。
三世は一つだけ理解したことがある。
近くにいる人がパニックになると、自分は意外と冷静になれるということだ。
「うるさい。ルゥ姉いじめるな」
シャルトはそう呟き、ルゥの持っていた生首を地面に叩き落した。
ゴンと鈍い音と立てた後、生首は震えだし、頭の無い幼女は地面につっぷして痛がっていた。
「ああ。感覚は繋がっているのですね……」
「トントン、お寺の道成寺――」
そのまま幼女は自分の頭を確保して、毬のように地面をぽんぽんと跳ねさせ、歌いながら去っていった。
準備をしていたら毬のように弾ませられるらしい。
「ちょっと泣いてたね。生首……」
ドロシーはぼそっと、そう呟いた。
気持ちを切り替え、音楽室に全員で入った。
壁に並べられた無数の肖像画、ガラス戸の棚に入っている大小様々な楽器に小さな本棚。
そういえば大人なってから見てないな。
そんなことを考えながら、三世は仕舞われているギロを見た。
これを在学中に使ったことも無いし、大人になってから誰かが使っているのを見たことも無い。
そして音楽室の真ん中に、大きなグランドピアノが置いていった。
「ああ。これでしょうね。たぶん」
三世はピアノを見ながらそう呟いた。
「これって?」
ドロシーの質問に三世は説明した。
「音楽室で有名な怪談と言えば、肖像画の目が動くか、勝手に鳴るピアノ、この楽器の二つなんですよ」
三世の説明に、ルゥとマリウスがびくっとして肖像画から目をそらした。
「なるほど。じゃあ待っていたら良いのかな」
ドロシーの言葉に頷き、全員でじっと待つことにした。
すると、パン!と何か破裂するような音の後、周囲の者がガタガタと揺れ動いた。
ラップ音という奴だろうか。
ルゥは小さく悲鳴を上げ震えだした。
「……もしかして、何か不満があるのかな?」
ドロシーの一言に、コンコンと優しく何かを叩く音が聞こえた。
正解だったらしい。
「ヤツヒサさん。この状況で奏者が不満に持つことって何だろう?」
ドロシーの言葉に、三世は首を傾げた。
「すいません。ちょっとわかりませんね」
そう三世が言うと、隅に片づけられた椅子がガタガタと自己主張するように揺れた。
「ヤツヒサさん。これって座って聞けってことかな?」
「……たぶん」
それも正解らしく、コンコンと優しく何かを叩く音が聞こえた。
ピアノの正面に椅子を並べ、背筋を伸ばして聞く姿勢に全員がついたら、ラップ音は消えた。
「るー。なんだか怖くなくなってきた」
「そりゃあそうでしょうねぇ」
ルゥの言葉に、三世は苦笑いを浮かべた。
そして、意気揚々とピアノの鍵盤蓋を開け――
がたっがたっと音を出し蓋を持ち上げようとしているのはわかるが、上がっていなかった。
それを座ったまま茫然と見ていたら、ピアノの後ろの黒板にチョークが走った。
『あけてくださいT_T』
そう黒板に書かれた。
「るー。ここ全然怖くないね」
ルゥは嬉しそうに鍵盤の蓋を開けて「がんばって」と見えない人に応援の言葉を投げ椅子に戻った。
そして、いざ演奏が始まろうとして――
また、カッカッとチョークが音を立てて黒板を走った。
『楽譜探してくださいT_T』
ルゥとマリウスは嬉しそうに、ドロシーと三世は若干イライラしながら音楽室を探った。
「ありました。というか普通に本棚に譜面あります」
三世の言葉を聞き、残り全員は椅子に戻った。
「譜面なら何でも良いんですよね?」
三世の言葉に反応し、チョークが動く。
『うん(*´ω`*)』
妙にフレンドリーなのが、三世は若干癇に障った。
「とりあえず怪談の王道を用意しておきましょう」
そう言って三世は一種の定番でもあり、名曲でもある『月光』の譜面をピアノにかけた。
そして、ようやく演奏が始まった。
ポロンポロンジャン…がたがた、ポロポロ……ポロン。
出だしで躓き音を外し、所々間違えたり戻ったりを繰り返す、恐ろしいほど微妙な演奏が披露された。
姿は見えなくても、慌てていることは理解出来た。
それでもがんばって演奏を続ける見えない人に対し、五人全員は同じことを思った。
――がんばれ!間違えても良いからがんばれ!
演奏会に来た親のような心境で、全員手に汗を握り見えない人を心から応援していた。
そして、ジャン!〆に入った瞬間、全員は立ち上がり全力で拍手をした。
そこには謎の感動が生まれていた。
――気づいたら演奏者の気配は無くなっていた。
「弾ききったね……私ちょっと感動しちゃった……」
ルゥの言葉にシャルトは頷いた。
もちろん、演奏の出来が良くて感動したわけでは無い。
単純に下手ながらがんばって引ききったことに感動しただけだ。
「さて、たぶんこれで良いはずですから次を探しましょう」
三世の言葉に頷き、全員は音楽室を退出した。
ありがとうございました。