五人組にはあと二人
定例会とは名ばかりの三世の為の説明会と三世の顔を権力者に見せるのが目的だった為、話し合いはそのまま終了となった。
というよりも、ここ三日は進展が無くて話すことが無いから開く意味が無かった。
だからこそ、三世には皆期待していた。
報酬の前払いとして三世は鉄級冒険者に上がり、ルゥは正式に市民権を得た。
シャルトもルゥと同じ待遇として市民権を得られることになっていたが、かたくなに首輪を外すのを嫌がった。
『まだ首輪を外したくないです』
とだけ言って拒否をした為、シャルトだけはまだ奴隷のままだ。
後の報酬は何階層まで行けたか、どの位情報を得られたかの歩合制になる。
別に金に興味があるわけでも無いし、地位を上げたり権力者の評判を上げたいわけでも無い。むしろ下げたいくらいだ。
三世がこの依頼を受けた理由は単純だった。
ちょうどいい修行になると思ったからだ。
最初は敵が弱く、徐々に強くなっていくという話を聞いた時、その状態なら自分もきっと強くなれると思えた。
ゲームと違い、ただ倒したらレベルアップするわけでは無いが、それでもきっと成長につながる。
不器用で人よりも成長が遅いと三世は自覚している。
だからこそ、人並み以上に努力が出来そうな塔という環境に、何よりも興味をひかれた。
ついでにルゥとシャルトの成長にも繋がるとも三世は考えていた。
ルゥの場合は基礎が出来上がっている為、勝手に成長していくからあまり気にしなくても良いだろう。
だが戦い方を決めかねているシャルトには、時間と経験、両方が必要だった。
魔法、魔術の練習をしていて自分の戦い方を模索中のシャルトの良い訓練場にもなるだろう。
三世は自分が戦いに向いていないことを良く理解している。
能力だけでは無い。単純に心が弱いからだ。
それでも、出来る限りの努力を惜しむわけにはいかなかった。
自分の弱さで娘二人を苦しめる。
そんな未来を吹き飛ばす為に――力が必要だった。
「ということで、塔に上ることになったのですが、ここで予想外の問題が起きました」
カエデの村に戻り、夕食を食べながら三世は二人の娘にそう話しかけた。
ちなみに夕食のメニューは昨日残ったポトフにアツアツでチーズたっぷりのグラタンである。
「問題って何があったのですか?」
シャルトが熱いグラタンを睨みながら三世に尋ね返した。
「はい。それはパーティーメンバーについてです」
自慢では無いが、元の世界では考えられないほど三世は知り合いが豊富でコネも強い。
元の世界では知り合いらしい知り合いがいないと考えたら驚くほどの快挙と言えるだろう。
だが、今回はそのコネのほとんどが利用出来なかった。
こういう場合真っ先に頼れるコルネは、既に塔のリーダーとして登録している為三世と共に塔を登れない。
一つのパーティーにリーダーは二人入れれず、一度リーダー登録をしたら解除出来ないらしい。
同じ理由でグラフィもダメだった。
シロとカエデさんをつれて行けたら良かったのだが、カエデさんは動物枠になるし、シロは不明だがそれ以前に巨体で入り口から入れない。
田所と田中という同郷の冒険者も最近姿を見てない。
ルナは連絡先の交換もしていないし、人の多いこの町に連れてくるのは彼女にとって良いことでは無いだろう。
こうなると、共に冒険に出る人材に当てが無かった。
騎士団も軍も依頼の為に三世に人材の貸し出しを許可しているのだが、お互いの事情を知らない相手をパーティーに迎えるのは気が引けた。
制限がかかり登れなかった場合に、試す為に借りる予定ではあるのだが、出来るだけ最低限にして正式パーティーは信の置ける人物にしたかった。
「忙しかったりで一緒にダンジョン攻略出来る人がいないんだね。じゃあ、どんな人となら一緒に行けるの?」
ルゥの質問に三世は条件を考えた。
「そうですね。ある程度強いこと。贅沢を言えば私達より上の人が良いですね。しっかり連携の取れる人。そして……やっぱり知り合いが良いですね。無用なトラブルは避けたいです」
冒険の場合は敵より身内の方が恐ろしい結果を招きやすい。
お互いに問題が無くてもトラブルは出るし、問題のある相手ならさらにひどい結果になる。
自分だけならまだしも、娘二人に被害が行くことを考えたら、やはりパーティーは知り合いで固めたかった。
ルゥは扉を指さしながら三世にこう言った。
「んー。じゃあ今から来る人に頼んだら良いんじゃないの?」
「え?どういう――」
三世は言葉を言い終わる前に、家のドアが大きな音と共に開けられる。
「こんばんは!夕食もらいに来ました!」
きりっとした顔をしてドロシーはテーブルの上のメニューを凝視していた。
「良いよ!三人分用意するから椅子に座ってて!」
ルゥは立ち上がって即座に追加で食事の準備を始めた。
広くない部屋でギリギリの大きさのテーブルで、六人は食事を始めた。
一方はルゥ、三世、シャルトが横並びになり、もう一方はマリウス、ドロシー、ルカが横並びになっていた。
「すいません師匠。狭いですよね」
大きな体を小さくしているマリウスに三世が申し訳なさそうにつぶやく。
「いや……構わない。むしろ押しかけてすまん」
「っていうかこの狭さが良いよね?」
ドロシーがマリウスに腕を絡ませながらマリウスをからかうような視線で見た。
それにマリウスは肯定も否定もせず、照れくさそうに頬を掻いていた。
「わかる」
そうルゥが言いながら頷き、
「うん。わかります」
更にシャルトもうなずいて三世の肩によっかかってきた。
――狭いからこその幸せですかね。
三世は言葉にせず、ルゥとシャルトの頭を撫でた。
食事が終わった後、三世は二人に依頼を説明し、協力を申し込んだ。
「それで師匠とドロシーさんには塔の攻略の手伝いをお願いしたいのですが……」
三世の言葉にマリウスとドロシーは顔を見合わせた。
「構わないが、目的は何だ?頂上か?情報収集か?」
「とりあえず中にいる魔物や魔獣との闘いに慣れつつ実力を上げられたと。一応仕事として預かってるので、情報もある程度は欲しいですが……」
「ふむ。良いんじゃないかな。ドロシーはどうだ?」
マリウスに尋ねられ、ドロシーは笑顔で答える。
「もちろん良いわよ。シャルちゃんの魔法、魔術の訓練になるし。だけど、どうせなら頂上を目指しましょう!」
人差し指を立てて一番を表す指を見せながらドロシーは皆にそう言った。
――ああ。こういう人だったな……。
この時、三世とマリウスの気持ちは見事にシンクロしていた。
次の日より、三世とルゥはマリウスとの訓練が再開された。
ドロシーの事情や牧場等の問題でなあなあになっていた訓練だが、実力向上が主目的ならということでマリウスが久々に復活させた。
シャルトは別でドロシーとのマンツーマンの講義を受けていた。
ただ、訓練内容のその厳しさは今までの比では無かった。
牧場の動物によるブースト効果の三世に加え、身体能力が伸び続けているルゥの二人を相手にする為、マリウスも本気にならざるを得なくなったからだ。
あくまでルゥありきの実力ではあるが三世とルゥの二人で、マリウスの実力に追いつきそうになっていた。
「さて、もう手加減出来ないから俺も全力で行く。武器だけは木製にするが防具は今用意出来る最高のものを着ている。二人がかりで俺に打ち勝て」
広場でマリウスはそう言い放ち、刃の部分も全て木製の練習用片手斧を構えた。
ただでたえ体格の良いマリウスだが、今着ているのはまったく隙間の無い大きな漆黒のフルプレートメイルだった。
非常に大きく、隙間を埋める為か丸っこい。まるでどんぐりのような背格好だが、恐ろしいほどに大きく、見るからに硬く突破は困難だと理解出来た。
黒くずんぐりした大きな存在が、片手斧と金属の大きな盾を持ち、恐ろしい雰囲気を漂わせて待ち構えていた。
「師匠、やっぱり師匠が鉄級の冒険者って嘘でしょう。師匠より強そうな人、あんまり見たことありませんよ……」
勝てる気のしないその姿を見ながら、三世はそう呟いた。
いつも元気なルゥでさえ、その姿には若干怯えているくらいだ。
「俺より強い奴なんて星の数ほどいる。ヤツヒサは難しいかもしれないが、ルゥならすぐに俺を超えられる。その為に、何をしたらいいかわかるな?」
マリウスの言葉に意を決して、二人は攻撃をしかけた。
結論で言えば、勝負にすらならなかった。
まず三世の武器は刃の無い槍、つまり木の棒だが、突いても何の意味もなかった。
鎧の隙間が見えず、無理に突けば棒は折れ、ついでに突きに必要な筋力も足りていない。
つまり、攻める方針が全く見えないということだ。
ルゥの方も、岩すら粉砕する拳は盾に受け流されていた。
そして恐ろしいほど巨大なフルプレートメイルなのに異常なほど俊敏で、ルゥが後ろを取ることが出来ない。
ルゥの方の弱点も見えてきた。
能力は高いが手札が少ない。
攻撃は拳のみ、蹴りも投げも出来ないし、もちろん武器の攻撃も苦手だ。
三時間ほど延々となぶられ続け、三世の折った棒が二十本を超えたあたりで三世とルゥは地面に仲良く寝転がり、そのまま起き上がれなくなった。
二人とも疲労のピークに達し、汗だくのままぜーぜーと息を切らしていた。
マリウスはヘルムを取り、三世に尋ねた。
ヘルムのとったマリウスの顔は、汗を一滴も掻いておらず、ニヤリとした意地悪な表情を浮かべていた。
「何が足りないかわかったか?」
横から聞いていたルゥは息を切らしながら、その質問に真剣に悩む様子を見せている。
三世はマリウスの言いたいことを何となく理解していた。
「師匠、その鎧、裏地に何使ってます?」
「職人曰く百年生きた三つ首犬の革らしいぞ。詳しくは知らないが。ちなみにインナーは『伸びる木』の皮と魔獣の革を使って俺が作った」
「師匠、その鎧、相当エンチャントがついてますね。しかもかなり高度な」
「ああ。軽量化、俊敏化を多重でかけ、他にも倒れにくくなり、熱にも冷気にも強いし疲れにくくもなる。後は……正直エンチャント多すぎて覚えてきれないな。俺がつけたわけじゃないし」
エンチャントの重複はそれだけで高度な技術だ。
特に同じエンチャントを重複されるのは効果が単純に強力になる代わりに難易度も必要素材も跳ね上がる。
それだけ一度に発動出来るエンチャント付与なら、間違いなく一流だろう。
「さて、何が足りないかわかったか?」
三世はため息を吐き、ルゥはぜーぜー言いながらマリウスを睨みながら、二人は声を揃えて答えた。
「装備」
その言葉にマリウスは頷き、ニヤニヤした表情で答えた。
「正解だ。魔法使いのような力も無く、特別な能力も無い俺達はいかに事前に準備出来るがが特に重要になる。普通の才能の人間は、一定の技量に達したらそれ以上の成長は鈍足になる。だからこそ、そこからの成長には強力な装備が必要になる」
その言葉はマリウスなりの叱りの声でもあり、慰めの言葉でもあった。
三世が成長の遅いことを気にしていることも知っていたし、成長が止まっていることも理解していた。
特に、三世が自分との比較で見続けているのはルゥだ。
一分一秒ごとに成長し続け、身体能力の限界点も人より遥かに高い獣人と比べ続けている為、なおコンプレックスが刺激される。
身体能力はフル装備のマリウスに近づきつつあるし、戦い方や体の動かし方もかなりの速度で成長している。
場合によっては装備がそのままでも、フル装備のマリウスを超える可能性すら見えていた。
だからこそ、三世は自分を必死に鍛えないといけない、そう考えてしまっていた。
少しでもルゥに追いつくために、差が開き続ける中でもがいていた。
マリウスはそんな狭い視野に陥っていた三世の目を、見事に覚まさせた。
「――明日から三人分の装備を新調します。師匠。手伝ってください」
「もちろんだ。とりあえず飲み物とタオルを持ってくるから二人とも休んでいろ」
マリウスはそれだけ言って、自分の家に軽快に走っていった。
「敵わないな……」
そう三世が呟くと、ルゥが頷いた。
「そうだね。まだまだ勝てそうに無かったね」
苦笑しながら、ルゥは三世にそう言った。
「いえ、そうでは無いんですよ」
三世はその言葉を否定した。それにルゥは首を傾げる。
「ルゥなら一対一でも勝てる日が来ますよ。そう遠くない日に。敵わないのは、やっぱり師匠は私のことを良く見てるんだなと思いまして」
強くなることに焦って肉体を酷使して、それで強くなれないからさらに焦って、そしてコンプレックスに近い感情を持ってしまった。
それは嫉妬と呼んでも良いだろう。
そんな状況の三世にマリウスは、強くなることを否定せず、己の出来ること、得意なことで強くなれと、三世に伝えていた。
内面の感情を読み取られ、その上で正しい道を示す。
まるで自分の全てを理解されているようで、三世はもう恥ずかしさを通り越して微笑むことしか出来なかった。
ただし、気分は妙にすっきりしていた。
――倒れるまで体を動かしたから、ということにしておきましょう。
微笑みながら自分の内心を三世は誤魔化した。
そんな楽しそうな笑みを浮かべる三世を見て、ルゥも少しだけ嬉しい気持ちになった。
「血が繋がってないはずなのに、マリウスとヤツヒサってけっこう似てるよね?」
そう言われて三世は少しだけ嬉しい気持ちになる。
――変なところだけ不器用なのは、確かに似てるかもしれませんね。
ただ、素直に認めるのは何か恥ずかしい気がした為、三世はソレを言葉にはしなかった。
「言った通りだったぞ」
その日の晩、マリウスはドロシーにそう話しかける。
「そりゃあねぇ。しょうがないよ男だからねぇ」
そうドロシーはしみじみと言い放った。
三世が体を鍛えることに追い詰められているとわかったのはドロシーだった。
「男であることが何か関係あるのか?」
マリウスの言葉に、ドロシーは苦笑して答えた。
「私は男女で意識の差はあまりないと思ってるわよ。だけどその肝心の男は、自分が男であることに拘って女に頼ろうとしないもんなのよ」
そうドロシーは、ジト目でマリウスを見ながら言った。
「……まさか俺もか?」
「むしろあなたの方があの子より酷かったわよ」
ドロシーの過去は後悔と懺悔で塗れている。
その中の一つはマリウスに無茶をさせたことだ。
マリウスが革細工の職人になったのは、端的に言えばドロシーの所為だ。
ドロシーはアクセサリーや小物が好きだった。
いつも病に伏せていた為、そんな小物を見るくらいしか楽しみが無かったというのもある。
だからこそ、マリウスはドロシーを喜ばせたいが為に、才能の乏しい細工の道に入った。
そこは、三世と良く似ていた。
動物の為に、才能が薄く物覚えが悪いが人の倍以上努力を続けて獣医となった三世。
ドロシーの為に、才能が薄く学が無いのに人の倍以上努力を重ねて一流の職人となったマリウス。
三世の苦しみを理解出来るという意味では、マリウスは理想の師匠と言えるだろう。
ドロシーの過去の後悔で一番大きなことは、マリウスの無茶に気づかなかったことだ。
今考えたら、マリウスは苦しみ続けていたと理解出来る。
だけど、当時のドロシーはそれがわからなかった。
才能が無いのに無茶をして、その道を目指していたのだから苦しくないわけが無い。
もし、自分がその時に気づいてマリウスを止めていたら、マリウスにはもっと別の道があったはずだった。
才能を生かして冒険者や軍、騎士の道に入っていたら、きっとマリウスはトップに立っていただろう。
もしかしたら、ガニアの王に並んだかもしれない。
だけどそれはもう無理な話だった。
有り余る才能はすべて自分に捧げさせた。
栄光の未来はすべて自分が奪ってしまった。
そう考えると、ドロシーは後悔の気持ちでいっぱいになっていた。
――なんで気づいてあげられなかったの。私が苦しめたのに……。
そう考えるドロシーだからこそ、昔のマリウスとそっくりの三世の気持ちを見逃すことは無かった。
焦ってもがいて、視野が狭くなる。
それでもひた向きに努力するのも悪くは無い。
だけど、苦しみ嫌になる前に他の方法もあると、ドロシーとマリウスは三世に教えたかった。
「こんな相談をしてると、ヤツヒサがまるで俺の息子みたいだな」
そうマリウスが言うと、ドロシーはポカーンとした表情を浮かべた後、全力で笑い出した。
「ん?何か変なこと言ったか?」
「いや、変なことは言ってないわよ?ただね、ヤツヒサさんがあまりにあなたに似すぎていてね。息子であることに違和感が無くなっていたわ」
「……確かにな。似てる気がするよ」
「でも、あなたの方が恋には積極的だったわね?」
ドロシーがニヤニヤした視線にマリウスを見ると、マリウスは顔を赤くしてそっぽを向いた。
ありがとうございました。