楽しくない学生達の異世界生活
2018/12/08
リメイク
鳥の鳴き声と窓からの明かりをまぶたに感じる。
朝になったのだろう。
三世は疲れが残る重い体を無理やり起こし落ちそうになる瞼を堪えつつ目を開く。
無理にでも体を覚醒させないと延々と寝てしまいそうになるからだ。
ついでに言えば、ここで起きないと今度は寝すぎで体が痛くなる事を理解しているからでもあった。
これは運動不足かそれとも年のせいか。
どちらにしても情けないとしか言いようがない不毛な考えを止め、三世は朝の準備を始めた。
大きなベッドの上で、ルゥはまだ気持ちよさそうに眠りに就いていた。
いつもは三世より先に起きるのだが……ルゥも卵用カバン事件による連日の疲労が溜まっていたのだろう。
疲れているのは三世やルゥだけでなく、マリウスもルカもくたびれきっている。
仕事も一区切りついたし在庫もある。
その為、今日は全員臨時休暇とする事にした。
という事で、ルゥも今日くらいはゆっくり寝かせておいてあげよう。
――体はだるいですが、穏やかな一日になりそうですね。
三世はそう思った。
こんこん。
控えめなノックの音が響いた。
いつもの強いノックの後に即入室する様子が見えない為、コルネではないらしい。
三世の家に訪れるのはコルネくらいな為、非常に珍しい事だった。
誰だろうか。
「どうぞ。空いてますよ」
三世が答えた……が、入ってくる気配はない。
こんこん。
見知らぬ来客はノックを重ねた。
「少々お待ち下さい」
顔を洗ってすぐだった為タオルで顔を拭き、軽く身だしなみを整え三世は扉を開けた。
そこにいたのは見知らぬ男が一人。
髪はボサボサの黒髪。
目つきが悪い上に、極めつけは服装があまりよろしくない。
学生服を着用しているのだが、二番目までボタンをあけ制服もヨレヨレになり悪い意味で年期が入ったような感じになっている。
要するにラフな着かたをしている不良のような恰好である。
昔は日本に多く生息していた『あまり近づきたくないタイプの学生』のように三世には見えた。
そんな少年はガンをつけるような目つきで三世を確認し、そのまま――土下座した。
路上、というよりは地面にもかかわらず、ズボンが汚れる事も気にしない思いっきりの良い見事な土下座を披露し、自分の頭を地面に叩きつけていた。
「すいませんでした!」
――は?
「本来なら一斉にゲザってワビを示さないといけないんすけど、女にゲザらせるっつーのは俺の流儀に反します! どうか! どうか俺だけでコイツラは勘弁してやってください!」
――ははーんわかりました。さては話聞かないタイプの人種ですね彼は。
三世はきょろきょろと辺りを見回した。
少年の後方に二人ほど若い女性がいた。
彼女達は少年を呆れるような目で見ている。
少年と違い、服装はこちらの衣服になっていたがおそらく同級生だろう
よく見ると片方は見知った顔でもあった。
「羽嶋ゆまさんでしたっけ?」
三世が奥にいる女性の片方に話しかけた。
「あはは。……はは、ごめんおっさん」
羽嶋は少年の方を見ながら謝罪をした。
口調は軽いが真剣な謝罪だった。
その様子から、少年を相当苦労して止めたのだろうという事が予想出来た。
「話聞かないからこいつ。ごめん」
「いやー本当申し訳ない」
もう一人の女性が笑いながら話しかけてきた。
「おめぇら! もっと誠意を持て! 本当に申し訳ありません! なにとぞ……なにとぞ俺の命だけで勘弁を!」
少年が物騒なことを言い出す。
「うるさい……」
寝室からルゥが迷惑そうな顔な上寝ぼけ眼でちらっと顔だけ出してきた。
「とりあえず中に入ってください」
三世の言葉に、少年と少女二人は玄関に上がった。
少年一人と少女二人を部屋に入れ、テーブルに付かせて三世は自分を含め五人分のお茶を用意した。
「とりあえず事情聴く前に自己紹介しましょうか?」
三世の言葉に三人が頷き、三世の方をじっと見つめた。
「まずは私が三世八久。見習いですけど革職人をしています。そしてこっちがルゥ。一応私の奴隷……になりますかね」
その言葉を聞き羽嶋が鋭い目を三世にぶつけた。
「奴隷って何? なんでそんなことなってんの? あんた何してるかわかってる?」
怒っている、というよりは激昂しているという雰囲気が近いだろう。
やはり、この子の本質は非常に善良なものらしい。
だからこそ三世は、説得する方法が思いつかずこれでお互いお別れにするべきだろうと考えた。
「まあまあ」
もう一人の少女が羽嶋に話しかけた。
「ゆまっちこの人良い人って知ってるから来たんでしょ。それならたぶん理由ありだよ。それも、簡単に確認できるからちょっとクールダウンして待ってよ」
そう少女が言うと羽嶋は不満そうな顔ながらも頷いた。
「そのルゥちゃんだっけ? 今幸せ?」
少女の言葉にルゥは満面の笑みで頷いた。
その様子は、どう見ても奴隷扱いされているようには見えない。
「るー! 幸せだよ! でももうちょっと寝たかったかも」
そんなルゥの様子を見て、少女は考察しながら口を動かす。
「見た目はかなり大きいけど、中身幼いっぽい……。たぶんこれトラブルとかに巻き込まれて助けてってパターンじゃないかな。それに着てる物も悪くない。関係は保護する者とされる者と見た」
少女は決め顔を作りながらそう言った。
その推測は非常に近い。
どうやらこの少女は推理、というほどでもないが状況把握能力が非常に優れているらしい。
というか鋭すぎて一体何者なのか心配になる。
「それに、俺達にそれを責める権利も資格もないぞ。ってか奴隷を批判するっつーことはこの国に喧嘩売る事だぞ。もっと考えろ」
少年はそう言って羽嶋を窘めた。
その真面目さを、三世はさっきの場面で発揮して欲しかった。
扉の前の大声土下座。誰かに見られてたら非常に困るからだ。
「うぅ……ごめんなさい」
そして素直に謝る羽嶋。
話すだけでみんな良い子だとわかるから困る。
嫌いになれたら、見捨てられたらもっと楽なのに……。
三世はそんな事を考える自分に自己嫌悪しつつも、表情を隠し微笑んで三人の様子を見た。
「寝てていいよルゥちゃん」
「もう目覚めたよ!」
少女はそう言いながらルゥの頭を撫でようとし、ルゥはそれに反抗して威嚇しだす。
「とりあえず自己紹介して下さい」
三世は疲れた表情で三人に頼んだ。
若い人間のパワーのせいか無性に疲れる、そう三世は思った。
「まず私羽嶋ゆま。四組のクラス副委員長。今回は謝罪の機会ということで騎士団のコルネさんに場所を教えてもらいました」
「そして私がクラス委員の笹山美佐。ささみって呼ばれてますです。趣味は映画鑑賞。特に鮫とかのB級映画。一応クラス委員なので代表という形で謝罪にきました」
「そして俺が高橋ハルト。一応センセの代わりというか女に謝罪させて一人でいるのが嫌だったから来ました」
そう三人は次々に自己紹介をした。
「うん。よろしく。良ければもう少し詳しい事とか教えてくださるとありがたいのですが……」
三世の言葉に笹山はにやっと笑う。
「詳しくって言うと、うちのゆまっちが番長って呼ばれてた話すりゅ?」
笹山の言葉に羽嶋はパシーンと笹山の頭を叩いた。
「ははははは……。私達が出て行ってからと、後君達が何に謝ってるか教えて欲しくて」
「そうですね。では私が代表で話す……話します」
たどたどしい敬語を使いながら。羽嶋ゆまが話を始めた。
「まず私達の謝罪は出ていくしかなくなったあなた達にです。私は止められなかったことを。そこのハルトは先生の代わりに、こいつ先生が好きだから。それとハルトは追い出されるまで気づかなかった自分が許せなくてだってさ」
「いやセンセは関係ないだろ! おい! というかそうじゃなくて尊敬してるんだよ!」
顔を真っ赤にしながら高橋はそんな言い訳をしだした。
それは三世の目から見ても、高橋という少年が『センセ』の事を想っている事が丸わかりである。
「こほん。それでおっさん達がいなくなってどうなったかというと……」
羽嶋が咳払いをし、説明を続けた。
まず主犯だった六組の生徒達は、三人が出て行ったのを自分達の手柄として横暴になりはじめた。
その後でギルド長が訪れ、全員がスキル、能力を確認してもらう。
その中でも一人、当たりとしか言えない驚異的なスキルが発見される。
四組担任の斎藤先生の能力が生徒全員を強化するというとんでもないものだった。
本人以外にスキルを言うのはマナー違反らしい為要約して話すと、生徒全員が全体強化である。
その為、異世界での生活は当然、戦闘や冒険でも、ある程度はうまくやっていく事が出来ていた。
ただし、成功を重ねた六組生徒達はどんどん増長していき、より野蛮……というよりも粗暴になっていった。
それが四組にも攻撃的な態度を取るようになり六組は酷く荒れ始めた。
数日後、六組の生徒の問題児達に斎藤先生のスキルの恩恵がなくなった。
それをきっかけに、六組が四組に対して暴徒と化す。
六組生徒以外全員、拠点から脱走。
追い出されるように拠点から出てきた四組とついでに巻き込まれた一部の六組生徒は全員疲れ果て、分散して少人数のチームになり生活している。
「大体こんな感じです」
――うわぁ……。
三世は酷くて何も言えなかった。
「まあ自業自得なのはわかってるんだけどね」
羽嶋が自嘲気味にそう呟いた。
「こいつの前であんまり言いたくないけどウチの担任もおかしくなってたしね」
羽嶋が高橋を指差しながら言葉を続ける。
「斎藤先生、ただ男だからって問題起こした訳でもない人間を。しかも一緒に夜の見回りまでしてくれていたおっさん達を庇わず、おっさんの悪口言った生徒庇いだしたからな。ありゃダメだよ」
羽嶋はそう言って頭を抱えてた。
「あのとき先生がもう少しマトモだったら。いや悪い人じゃないんだけどねぇ」
笹山は寂しそうにそう呟いた。
「センセは生徒のためだけに生きてるからな。【守らないといけない】という考えで視野が狭くなったんだろう」
高橋は庇う感じで、そう言葉を付け足した。
「ということで今はこんな感じでバラバラになって生活してますね。一応誰も死んでませんよ。あくまでまだという話だけど。それで私はクラス副委員としてクラス委員のささみと二人で生活しつつ、生徒の様子を見回り何とかできないか動いてるって感じかな」
「羽嶋さんの伝えたい事は大体わかりました。それで私はどうしたら?」
三世がそう尋ねると、学生達は目を丸くした。
「何もしないでください」
三人は声をハモらせはっきり大きな声でそう言葉にした。
「これ以上何かしてもらうのは、もうしわけがなさすぎる!」
羽嶋が怒鳴るように辛そうに言葉を綴った。
「それでも私は大人ですから……出来ることがあれば手伝いたいと思いますし」
三世のそんな言葉に、羽嶋はそっと涙を流した。
「こんな大人がいたらなんとかなったのに……。ううん。いたのになんでこんなことになったんだろう……」
羽嶋の言葉に、高橋も笹山も無言になって気まずそうに俯いた。
羽嶋は当然として、二人共、とっくに限界が来ているような様子だった。
そう、自分達の事で精一杯なはずなのに、他の生徒達の様子も見ながら、時に支援しながら生活をしているのだろう。
限界が来ても何もおかしくはなかった。
「逃げ出して三人だけで生活したらどうですか? 無理をしても潰れるだけです」
三世はそう提案した。
「私としてはそうしたいけどにゃー」
笹山が同意し頷きながらそう言葉を綴る。だが――。
「せめてクラスの弱い子だけでも助けてあげたいから」
「俺はそれでもセンセに恩返ししないといけないので」
残り二人は、強い意思を持ちそう言葉にした。
「そうですか。じゃあせめて……これくらいはさせて下さい」
三世は今まで練習用に作った革のバッグ、衣装一式、外套を数種類ずつ人数分用意して手渡す。
「あと羽嶋さんにはキャラメルのお礼にこれをどうぞ」
まだ一双しか出来てない対毒グローブを渡した。
「これは毒耐性があるグローブです。使う事がないのが一番ですが、もしなにかあれば」
「あ、ありがとうございます」
羽嶋は深々とお礼をした。
「次はこっちがお礼できると良いんだけどね」
笹山そう呟きながらしぶい顔をした。
「余裕が出来たらでいいですよ。それより自分達のことをどうにか――。逃げるなら手伝いますので早めに連絡下さい」
「やっぱおっさん良い人だわ。あのときの私もう少しがんばっとけよー全く!」
羽嶋は後悔するような表情をし、頭を抱えながらうずくまった。
「そろそろお邪魔だろうし帰ろうか。この家の場所を知ってるのは私達三人だけだし、誰にも言うつもりはありませんのでご安心下さい。まあ何かあったら騎士団が介入する手筈になってますが」
笹山は三世にそう告げた。残念ながら、安心できる要素が何一つなかった。
帰ろうとしている最中、羽嶋がこっちにこっそり近づき小声で話し始めた。
「迷惑をかけないタイミング見計らって来るからさ……次は普通に遊びにきていい?」
小さな小さな消え入りそうな声。
トラブルの種にもなるし断ろうと一瞬だけ思った。
しかし目の前にいるのが今にも泣きそうな子犬にしか見えなくて――気づいたら自然と彼女の頭を撫でていた。
「事前に連絡して下さい。今日は暇でしたがそうでない日のほうが多いので。早いうちに言って下さればたぶんなんとかなります」
「うん! ありがとおっさん。でも頭撫でられるのはなんか恥かしいんだけど」
口ではそう言うが羽嶋は手をどけようとしなかった。
そしてそのまま、三人は帰っていった。
「うーん。スキルって思ったより応用が効くのですかね……ですが他の人には効きませんでしたし……うーん」
羽嶋の頭を撫でた時、何故かスキルが発動してしまった。
理由はわからない。
動物っぽいと思ったからだろうか。
といっても人間だからたいしたことはわからなかった。
胃潰瘍と睡眠不足くらいしか見る事が出来なかった。
「元気でいてくれるといいんですが」
そう呟いている三世に、ルゥはずっとジト目を送り続けていた。
「……他の人撫でたから怒ってます?」
ルゥは首を横に振った。
「知らない人を家に上げたから?」
再度ルゥは首を横に振り、自分のお腹に手を当てた。
そこでようやく、三世は朝食を食べてなかった事を思い出した。
「……買いに行きましょうか」
「るー」
ルゥは三世の手を引っ張り、外に連れ出そうとする。
「何食べたい?」
「何でもいいからすぐ食べれるもの」
三世は銀貨数枚だけを握りしめ、ルゥの手に逆らわずに移動した。
その時、さきほどの彼らの事からある事を思い出した。
「あ。これ食べましょうか?」
三世は一粒しかないキャラメルを袋から取り出し、ルゥに手渡した。
「ん? 一個しかないやつなら半分こにしよ!」
「そうですね。ではご相伴に預かりましょう」
三世はキャラメルを半分にし、口を開いているルゥの口に放り込み、もう半分を自分の口に入れた。
「るー! 甘くておいしいね!」
幸せそうなルゥの様子を見て、三世はある事を思いついた。
「あれ? 確かこれって作れますよね?」
三世にまた一つ、新たにしてみたい事が出来た瞬間だった。
「これ本当にもらっても良かったのかな」
笹山が三人での帰り道で呟いた。
「服一式にカバンにマントに。これだけでも銀貨三十枚とかするんじゃないかな。それを三セット分も」
「たぶん売り物だったんだろうね。わざわざ置いておくわけないし」
羽嶋もそれに続く。
まさか三世が全部作れるという発想はなく、当然練習用だったなどという考えもなかった。
「しかもそのグローブ、冒険者用の装備ってやつでしょ? なら高価だよね。それまで貰っちゃって」
笹山は羽嶋の方を見てそう呟いた。
「無償で人のために動ける。それでいて和を大切にする。素晴らしい人だな」
高橋も頷きながら三世を、若干の勘違いをしつつ褒めちぎっていた。
「沢山『恩』をもらっちゃったね。いくらくらい分だろうかなぁ」
羽嶋はそう、少し嬉しそうに呟いた。
ちなみに、材料費で言えば全部合わせて銀貨三枚程度である。
「そういえばゆまっち何か仲良さそうだったけど何? 年上好きだったの?」
冗談めいて尋ねる笹山に、羽嶋は慌てながら答える。
「え!? 違うよ! なんていうか……うーん」
「何? 淡い恋心的な?」
そんな事を言って肘でつんつんと突く笹山。
だが、帰ってきたのは斜め下の答えだった。
「いやどっちかと言うとあの人の犬になりたいという気持ちが……」
「……うっわ」
高橋と笹山二人の声が見事にハモった。
引きつったような引いたような表情も見事におそろいだった。
「いや変な意味じゃないよ! なんかずっと甘えさせてくれるような雰囲気がいいんであってそういう意味では……」
羽嶋はそう言葉にするが、何を言っても逆効果にしかならなかった。
「私の親友が引き返せない道に行ってたよ」
「同情するわ。正直、俺でもそこまでのレベルに達してないわ」
「だからそうじゃないってば!」
姦しく帰りながら三人はわいわいとした賑やかとした雰囲気を過ごした。
願わくはこれからもこうでありますように。
三人は奇しくも、同時にそう願った。
それだけ、三人にとって平和な時間とは貴重な物だった。
ありがとうございました。
不快な気持ちになった方がいたら申し訳ありません。
一言でいうと後ろで学生はずっとぐだぐだしています。
みんなが責任を感じてみんながガチガチになってグダグダしています。
口で言うほど大事にはなってません。
描写不足なのは作者の力量不足です。
わかりにくかったら申し訳ありません。
では再度ありがとうございました。
楽しんでいただけるようもっと精進してまいります。