番外編-男二人の冒険の日々3
ドラゴニュートの身長は人と同じ位だった。
上半身裸で露出した肌は緑色、そしてよく見ると鱗状になっている。
さきほどの戦闘の中で負った僅かな切り傷から見える血の色は赤い。
羽ばたきもせずに宙に浮いている様子から、翼としてだけでなく魔法か何か特別な力で飛んでいるのだろう。
持っている武器は両手持ちの金属槍。五メートル近い長さのある槍で先端が尖っている突く為だけの槍だ。
その形状はスピアというよりはランスと呼ぶ方が正しいだろう。
人の手で振り回すことが出来るかわからないほど大きな武器だが、ドラゴニュートはそれを軽々と振っていた。
そして、その槍をこちらに向けてくる。
その瞬間に寒気のようなものを感じ、一触即発の空気となったことを、田所は理解した。
「その前にちょっとお願い良いでしょうか?」
良い感じに闘争の空気となったところを、田中はぽきっと話の腰と一緒に空気を折る。
若干だが、ドラゴニュートはどことなくしょんぼりした様子になった。
「なんだ?」
ドラゴニュートの言葉に、田中は倒れている兵の一人に指を指した。
「今回戦う為の装備で来ていないので、相方にあの武器を渡してもらえません?」
「えー。自分の武器じゃなくて本気出せる?」
ドラゴニュートが不審な目で見ながらそう尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。相方近接スキル持ちですし、両手武器の方が相方強いですよ?」
そんな田中の言葉に、ドラゴニュートはぱーっと嬉しそうな顔を見せ、倒れている兵士から一番大きな斧を取って田所にぶん投げた。
二メートル近くある、持ち手が大きな両刃の斧が飛んできても、慌てる様子もなく田所は軽々と受け止めた。
それを見て、ドラゴニュートはなお嬉しそうな表情を見せた。
「準備は出来たか?良いなら武器を構えてくれ」
その言葉を聞き、田所は田中と目を合わせる。
田中は頷き、そして田所は武器を構え、田中は田所の後ろについた。
二人の様子を確認すると、ドラゴニュートは空から二人を見下ろしながら、武器を構えた。
「集落、赤竜の墓の戦士ブルム。さあ、戦士なら名乗り、戦い、そして俺に打ち勝て!」
吠えるように叫ぶブルムの方を見据える二人。
「シュウイチ。今だけは戦士でなく、父親として――」
「マサツグ。そんな父親になった相棒を助ける為に――」
ドラゴニュートの名乗りにそう返し、二人は空に羽ばたく竜人に襲い掛かった。
空にいるブルムに攻撃する手段は少ない。
少なくとも、田所にはソレに対抗する手段は無い。
そして田中にも、決定打になる攻撃は今の所無い。
最初はこちらから襲いかかる形になったが、相手のヒットアンドアウェイに対処が出来ず不利になり、そしてじりじりと後ろに下がり、最後には後方に全力ダッシュすることとなった。
逃げてはいない。後ろに前進しているだけである。
「確かに、私は危険を承知で付いてきましたし!これで死んでも文句は無いとも言いました!」
「おう!そうだな!」
「ですが、無事に事が終われば一発殴るくらいは良いですよね!?」
それは二人で無事に帰ろうという田中からの言葉だ。
「そうだな。二人とも無事なら、一発殴られても良いし酒を好きなだけ奢っても良いな。それくらい迷惑かけてるもんなー」
そう田所は他人事の様に呟く。
「――だったら、お互い生きてたら、田所が思う一番美味い食事を御馳走してもらいます」
「――ああ、約束だ」
父親にとって一番美味い食事――そんなものは口にしなくても理解出来る。
二人とも無事で、その上で絶対に薬草を手に入れるという、田中の強い意志を田所は感じた。
それはそれとして、今は全速力で後ろに前進することしか出来なかった……。
田中はこのまま森の中に誘導することを考えていた。
しかし、ブルムはそれをすぐに察知し、こちらが森に入らないように逆に誘導しだした。
頭も切れるし力も強い。その上で自由に空を飛べる。
もし敵対していたら、人間の天敵と呼んでも良いくらいだ。
嫌な場面で世界の広さを理解した二人は、どうにか別の作戦を考える。
「――何か良い作戦思いつくか?」
田所の言葉に、田中は指を二本立てた。
「ローリスクローリターンの策とハイリスクミドルリターンの策があります」
「なら後者だな」
田所は迷わず選んだ。
ハイリスクでリターンが期待できるうちに、少しでも状況を良くしないと勝ちの目が見えない。
「三十秒ほど一人で足止めお願いします」
田中は立ち止まりバッグを漁りながら田所にそう言った。
田所はその場でUターンし、ブルムの方に向かった。
ブルムはそれに合わせ、突撃槍を田所に向け、強襲する。
高い位置より超重量のランスが、ドラゴニュートの飛行能力で突撃してくる。
それはまさしく悪夢だった。
体を捻りながら回避する田所。すれ違った瞬間に、防具の革の部分に裂け目が生まれた。
当たったわけでは無い。威力が高すぎて触れ合わなくても風で切れるのだ。
田所は苦笑しながらブルムの方を向いた。
先ほどと同じように高い位置に付き、そしてもう一度、同じようにこちらに突撃してきた。
「こっのやろうが!」
田所は叫びながら、両手斧を襲ってくるランスに横から叩きつける。
ガギンと金属同士のぶつかる音がして、その後田所だけが横に数メートル、吹っ飛ばされる。
――そりゃそうなるよな。下手したら車の衝突くらいの破壊力出てるもんなあ。
田所は吹っ飛びながらもそんなことを考えていた。
数メートル吹っ飛んだ後、武器を杖のようにし地面に着地し、体の調子を確認する。
足は無事だった。
ただ、相当の無茶があったらしく両手は麻痺したような感覚と痛みに襲われ、腕が嫌な軋み方をしている。
調子を調べる為に斧を持ち上げ、軽く振り回してみた。
――大丈夫。まだ戦える。
田所は続きを行う為にブルムの方を向いた。
予想通り、ブルムはもう一度こちらに突撃をしようと準備していた。
――次はどうする。避けるか、受けるか。
こちらばかり不利な二択に、田所は苦笑した。
「異なる力による理に呼ばれ、出でよ、『雷撃』!」
田中はブルムの突進に合わせ、手の平から雷を撃ちだした。
ブルムにジグザグと黄色い光が襲い掛かる――
ブルムは突進を止め、ちらっとソレを見た後軽々と横に回避した。
この結果は田中にとって予想通りだった。
距離があり、詠唱時間があっても当たるのは野生の生き物くらいだ。
むしろ、田所に対する突進を止めさせ、動きを止めただけで十分な意味があった。
即座に田中は本命の行動を開始する。
足を止めたブルムに、田中はスリングショットを取り出し、ピンポン玉くらいの玉を撃ちだした。
狩猟用のスリングショットからの射出にしては弾速の遅い玉を見て、何かあると予想したブルムはそれを槍の先で叩き落した。
回避した先で戻ってくる。または近づくと爆発する――そんな予想をしたからだ。
槍を振り払い、玉に当てた瞬間、玉は破裂した。
パンと小さく軽い音を立ててはじけ、中から無数の小さな玉が現れブルムに降り注ぐ。
そして、小さな玉がブルムに接触した瞬間――
パン!。
乾いた大きな音と共に、無数の玉は軽い爆発を起こす。
かんしゃく玉の亜種のようなソレの衝撃は想像より大きく、ブルムは数メートルほど落下し地面に叩きつけられた。
田中の用意した切り札の一つ――圧縮かんしゃく玉。
見ての通りの効果で、威力は見た目と違いかなり低い。
イノシシどころかウサギすら殺せない、そんな兵器だが、飛行する相手にはめっぽう強い。
肌を刺す痛みと火傷に強い衝撃と音、それを浴びた相手は驚き、飛んでいる相手なら大体は地に落ちる。
そして、今回は想定以上の効果を発揮したらしい。
地面から倒れ起き上がったブルムの翼に、小さな穴がいくつか開いていた。
翼膜はドラゴニュートでも固くはなかったらしい。
それでも、戦意はわずかほども落ちていないようだ。
フラフラとしながらも、ブルムは槍を構え、田所に攻撃をしかけてくる。
妙に嬉しそうな顔で、ランスによる突きを試みるブルム。
田所はそれに合わせ、斧を振る。
ガインとぶつかり合い、お互いの武器がはじかれた。
相手が地面にいる状態なら対等に近い条件で戦えるみたいだ。
ブルムの突きに合わせて田所は斧を槍に叩きつける。
田所は突きをはじいては一歩ずつ近寄る。
だが、ブルムは距離が詰められると槍で薙ぎ払い行う。
それを田所は斧で受け止めるが、衝撃を殺しきれず後ろに飛ばされ距離を開けられた。
そしてブルムはまた突きを繰り出す。
田中もスリングショットでブルムに小石を飛ばしていた。
小石と言ってもウサギくらいなら即死出来る十分な威力を持った攻撃だが基本当たらない。たとえ当たっても、体の頑丈な部分、胴や腕に当たった場合は無傷だった。
田所と攻撃を合わせながらも、目をも合わせずに田中の攻撃を避けていた。
空という有利な状況が無くても、格上なことに変わりは無かった。
「貴様らは確かに戦士だ!さあ、その先を見せてみろ!あらゆる手段を使え!闘争に命を賭けてみせろ!」
ブルムは吠え叫びながら、槍で大きく薙ぎ払いをしてきた。
その薙ぎ払いは今までとは比べ物にならないほど強力だった。
田所は慌てて斧で受け止めるが、受けた斧がきしみ田所はそのまま後ろに吹き飛ばされる。
倒れないように地面に手を付き、ブルムを見据える。
ブルムは獰猛な笑みを浮かべながら、鬼気迫る様子で田所を見ていた。
「何か作戦無いか?」
完全に手詰まりだった上に、相手が本気を出してきた為打ち合うのも怪しくなってきた。
というよりも、あと二、三回ほどさっきのを受け止めたら腕か武器が間違いなく破損する。
田所は田中にそう尋ねると、田中は難しい顔をする。
「一応、一つだけ手はあるのですが、成功率が測れないほど可能性が低く、ギャンブルにすらなりません。いや、手というほど確実性も無いのでただの思いつきですね」
「んじゃ、試してみようか。どうしたら良い?」
田所の質問に田中は意味のわからない上に無茶な提案をしてきた。
「正面から前のめりで打ち合ってください。私の援護無しで」
それは本当に無茶ぶりとしか言えない内容だったが、田所は頷いた。
作戦と呼ぶことが出来ないほど薄っぺらい話し合いの後。
田所は両手で武器を握り直し、ブルムを見据え、そのまま、ブルムの方に走って突撃する。
その行動にブルムはカウンター気味に薙ぎ払いを重ねてきた。
突撃用の槍の為、横から当たっても刃は無く切断は無い。
だが、鉄の塊である槍をドラゴニュートの筋力で振るい、それが直撃したなら刃が無くても大怪我は必至だ。
その上、今はさっきまでと違い明らかに全力を出している。
直撃したら間違い無く死ぬだろう。
それでも、引くことは出来なかった。
足元に迫りくる薙ぎ払いに、田所は全力で斧を上から下、ゴルフのスイングのように振り、槍の薙ぎ払いに合わせた。
今までみたいに吹き飛ぶわけにはいかない。
突撃した分の助走の威力を加え、更に足腰に重心を落として、全力で振りぬく。
ギンと、甲高い音と同時にブルムのランスは真ん中から折れた。
ドラゴニュートの筋力と、田所の横からの強い攻撃、それに加え連戦だった為、ドラゴニュートでは無く槍が先にダメになった。
そこからのブルムの行動は早かった。
槍を捨て、即座に自前の爪で田所を引き裂こうとした。
長く鋭い爪は命を奪うに十分だと理解出来る。
田所はソレを見て、後ろに引かず、むしろを前進して斧の持ち手で押さえつけるようにし、ブルムの腕を曲げた状態で固定した。
両手を前に出し、ブルムの手を動かないように押さえつけ、極度の前かがみのような姿勢を取る田所。
それを見て、田中が動き出した。
田中は田所の背中を階段のように駆け上がり、そのまま頭上を越えてブルムの背中に乗った――
田所修一は子供、特に小さな子供と関わる仕事を望んでいた。
本人の気質が適当でおおらかな為、子供とかかわるのに向いている。
ただ、体格が良すぎ、そして男性という条件でその職業に就くことは望まれなかった。
その挙句に、色々と考え気づいたら航空会社に勤めていた。
その過程に後悔は無い。
『飛行機のパイロットってカッコいいだろ?』
と、将来子供に言える。
それだけで、田所には仕事を続けるには十分な理由となっていた。
では、田中正次はどうだったのかと言うと、こちらは正反対で、なりたいものが最初からソレだった。
物心ついた時に見たアニメのロボットにあこがれ、子供の頃に新幹線の車掌に憧れ、そして高校で、飛行機のパイロットとなることを決めた。
自衛隊か航空会社かの二択で迷ったが、ジャンボジェットを飛ばすということに魅力を感じ、大手の航空会社をまっすぐに目指し、そして夢を叶えた。
彼にとって乗り物、特に空を飛べる物は特別な意味を持っていた。
故に、彼のスキルの二つ目は、乗り物関係となっている。
効果はあいまいで、まだ名前もわかっていない能力。
『乗り物に対する習得率を上げる。また飛行する乗り物に特大の補正をつける』
それだけしかわからない。
成長させることも、育てることも出来ない。この世界に人を乗せて空を飛ぶ乗り物が無いからだ。
そんなスキルの事を振り返り、田中はこう考えた。
――もしかしたら、ドラゴニュートも乗り物に判定されるのでは無いだろうか?竜の背に乗るってかっこいいし。
田中は、頭の良い馬鹿だった。
そして、そんな馬鹿の無茶はうまくいってしまった。
ブルムの背に乗り、おぶられたような恰好になる田中。
慌ててブルムは田中を振る落とそうとするが、何故か背に吸盤がついたように離れない。
その上で、一瞬――ほんの一瞬だけ体の支配権を奪われた。
それは本当に一瞬だった。
刹那程度の時間だが、それは戦いの中では致命的な時間といっても良い。
我に返った時、ブルムが最初に見たのは本来あり得ないほど力を込めて斧を振りかぶっている田所の様子だった。
戦いの最中の、防御を考えながらの全力では無く、すべての力と時間をかけた全力。
木こりが木に斧を入れるように、体を捻り、体の力すべてを使い、防御を捨てて田所は斧を振りかぶった。
ブルムは今出来る手段を探した。
防ぐことは出来ない。
躱すことも出来そうにない。
何より、背中にいる田中の行動抑制がやっかいすぎて移動に制限がかかっている。
考えた結果――詰みだと気づいたブルムは微笑みながらその瞬間を待った。
そのまま、田所の斧はブルムの胸めがけて横に一閃した。
ザン!と鱗の切れる音と同時にブルムは胸から血を吹き出し、田中ごと吹き飛んで地面に倒れた。
田中はそのまま転がり距離を取って起き上がり、田所も倒れているブルムを見据えた。
油断する気は無い。このまま起き上がってきても当然だと考えていた。
だが、起き上がる気配は無く、どうも意識を失っているらしいブルムを見て、ようやく田所と田中は勝利したことに気づいた。
二人はへたり込むように座った。
腰が抜けた状態に近いだろう。
疲労と緊張が襲い掛かり、戦いの高揚感が薄れてきた。
二人は大きくため息を吐いて、空を見た。
五分後、血は止まり翼膜も元通りになったブルムは笑いながら突然起き上がった。
「ははははは!いやぁ負けた。戦士シュウイチと戦士マサツグ。二人を資格ありと認めよう。さあ山に急ごう。何が欲しいんだ?」
疲労困憊で座っている二人の手を掴み、ブルムは無理やり立たせて山を案内した。
田中が疲れたと言うと背中に乗せ、田所が喉が乾いたというと近くの水場に走り水筒に水を汲んで渡してきた。
罪悪感と友情と尊敬が入り交じり、何故か犬、というよりも懐いた小動物のような動きをするブルムに、田中と田所は苦笑した。
そして山頂でさっさと竜火草を必要分だけ集めた。
余計な量は取らない。というか、トラブルになりそうだから持って帰るのを避けたかった。
「では、急いで娘を救ってくれ。闘争の末に子供が犠牲になるほど目覚めの悪いことは無い。俺に勝ってくれて嬉しいぞ。戦士達よ」
ブルムは微笑みながら二人にそう言った。
「また会うことは出来ますか?」
田中の言葉にブルムは驚き、そして頷いた。
「あ、ああもちろんだ。俺の名前はブルム。赤竜の墓の戦士のブルムだ。この国に来たらいつでも俺を呼んでくれ。かならず二人を出迎えよう」
その言葉に田中は頷き、ブルムに手を伸ばした。
ブルムはその手を取り、田中と握手をした後に田所とも握手をした。
「今度は戦い抜きで会いたいもんだ」
そんな田所の言葉に、ブルムは少しだけしゅんとした顔して、それを見た二人は笑った。
二人は振り返ることも無くドラゴニュートの国を出て、急いでアメリアの元に向かった。
医者を呼び、煎じてアメリアに与えた瞬間に、アメリアの顔色は良くなり苦しそうな吐息は安らかな寝息に変わった。
そして次の日の朝、アメリアは目を覚ました。
エルシーナはわんわん泣きながらアメリアを抱きしめた。
アメリアはきょとんとしていたが、嬉しそうに母親に抱き着き返した。
「本当、何と言えば良いのかわかりません。娘の命の恩人です。何でも言ってください」
エルシーナは深く頭を下げながら、二人にそう言った。
エルシーナは理解していた――金銭的にも大きな負担をかけ、その上命の危機を乗り越えて娘の為に二人は献身してくれたことを。
だからこそ、エルシーナはどうやって恩に報いれば良いのかわからなかった。
「いえ。自分は当たり前のことをしただけなので、そんな気にしないでください」
少し緊張した様子で田所はそう言うと、田中は苦笑した後、微笑みながらエルシーナに言葉を投げかけた。
「一応私は報酬もらう約束をしています。なのでこの後で払ってもらいますよ」
その言葉にエルシーナはびくっとした後、こくんと頷いた。
この時エルシーナは、どんなことでも受け入れるつもりだった。
「さて、私の報酬は田所。何だったかな?」
田中の言葉に、田所は首を傾げた。
「さあ?なんかあったっけ?」
田中はため息を吐いて、田所に言った。
「田所が思う一番美味い食事を御馳走してもらいます、と言ったでしょう。あなたにとって一番の食事は何ですか?」
田所は首を傾げた。
それを見てイライラしながら、田中は田所に耳打ちをし、田所は聞くだけで赤くなりだした。
「ほれ。いい加減終わらせましょう。父親になるんでしょ?」
田中の発破に田所は頷き、エルシーナの方を向いた。
「えと、自分にとって一番の食事は貴方の料理です。なので、あなたの料理を俺達二人に食べさせてもらえませんか?……出来たら俺には毎日――」
最後の方はささやき声程度しか聞き取れなかった。そんな田所の言葉の意味を考え、その意味に気づいたエルシーナは頬を赤らめ、両手を頬に置いて赤面した顔を隠した。
そのまま下を向き、小さくうなずいた後、蚊の鳴くような声で「はい」と確かに応えた。
その後、仲良く赤面している田所とエルシーナは二人で周囲の家に食材をもらいに向かった。
家の中でお留守番をしているアメリアは田中に尋ねた。
「ねえねえ。なんで二人で食材もらいに行ったの?」
「それはね、二人が仲良くなる為だよ」
「じゃあさ、仲良くなったら何があるの?」
「それはね、アメリアちゃんにお父さんが出来るんだよ」
その言葉を聞いて、アメリアはぱーっと笑顔になり、声を大きくして更に質問を重ねた。
「やっとあの人がパパになってくれるの!?私のことすごくかわいがってくれたからあの人がパパなら嬉しいな!」
その言葉に微笑みながら、田中はアメリアの頭を撫でた。
その日の食事はいつもより少しだけ豪勢で、普通に美味しかった。
だけど田所にとっては、世界で一番の味だった。
その日の夜。田中と田所は幾つか新しい決まり事を決めた。
一つは名前の呼び方。
完全にこの世界に馴染み、帰ることすら考えなくなった為、これからは名前で呼び合おうと決めた。
ここで初めて、田所修一はシュウイチとなり、田中正次はマサツグとなった。
二つ目はこれからのことだ。
ほぼ新婚状態の二人を引き離すのは忍びないということで、しばらくは冒険の休止を決定した。
シュウイチはそのままエルシーナ、アメリアとしばらく一緒に暮らす。
そしてその間、マサツグはやりたいことがあった。
「新婚の邪魔をするのは今日だけで十分です」
そう言ってマサツグはシュウイチにこぶしを向けた。
シュウイチはそのこぶしにこぶしをこんと当て、そして握手をした。
その日のうちに、マサツグはその村を立ち去った。
向かった場所はドラゴニュートの国だった。
そしてブルムと再び会い、マサツグはブルムにお願いをした。
「私を集落に連れて行って、出来たら一緒に生活をしてほしい」
ブルムは即座に親指を立て、了承した。
「良いぞ。資格ある者なら集落に暮らしても問題無いし、むしろ暇が潰せて嬉しい。だが理由はなんだ?」
ブルムの言葉に、マサツグは頷いて答えた。
「知識以外の力が欲しいんです。相方に嫁と子供が出来ましたのでね、死なせるわけにはいかなくなってしまいまして――」
ブルムは微笑み、マサツグに手を差し出した。
「ドラゴニュートの国は力を求める者を歓迎する。よろしく。戦友よ」
マサツグをその手を強く握り返した。
ありがとうございました。




