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番外編-男二人の冒険の日々2

 

 レスティマエル軍事連邦。

 大陸に五つある人間主体の国の一つ。

 最も軍事に特化した国で、その目的は武力による大陸統一。

 しかし、レスティマル軍事連邦は一度たりとも、人の国に侵略を行っていない。

 理由は単純、この国は五つある国の中でもっとも悲惨な状況になっていて、他国を攻める余裕が無いからだ。


 数百年前、レスティマエル軍事連邦は軍に力を入れ、道徳や秩序を後回しにし、民を踏みにじりながら力に全てを注ぎ、五カ国で最も強大な国となっていた。

 その時、レスティマエル軍事連邦は何を思ったのかわからない。

 何故か人間の国家では無く、ドラゴニュートの国家に進軍を開始した。

 ドラゴニュートすらなぎ倒す圧倒的武力を見せ、他国を降伏させたかったのかもしれない。


 そのドラゴニュート達はレスティマル軍事連邦に突然宣戦布告され、侵略されたことに対し、心から歓喜の声を上げ、ニコニコと戦いに赴いた。

 その喜びよう、はしゃぎようは異常なほどで、ドラゴニュート達は戦争の為にわざわざレスティマエル軍事連邦の傍に国を作り直し、そこに暮らしたほどだ。


 ドラゴニュート。

 亜人の一種でわかりやすく言うと竜のような亜人である。

 獣人の獣ではなく竜版、竜人と呼んだ方が近いかもしれない。

 多くの者が、二足で歩き、鱗を纏った竜と人の合いの子の様な姿をしている。

 そう決まっているというわけでも無く、四足の竜であったり、二足だが四メートル、五メートルを超える大柄だったりと、見た目が決まっているわけでは無く、種族差が激しい。


 そして、獣人と違い、ドラゴニュートはとても賢い。

 身体能力に特化した代わりに知能が控えめな獣人と違い、ドラゴニュートは人より強く、人より賢い。

 ただし、本能への忠実さは獣人以上でもあった。

 理性によって制御しているドラゴニュートだが、たった一つの本能だけには絶対に逆らえないし、逆らうこともしない。

 ドラゴニュートにとって最も強い本能、それは戦いだ。

【誇りある戦いを永久に楽しみ続けたい】

 それこそが、ドラゴニュートという生き物の生き方だった。


 ドラゴニュートは数が少ない上に、高山を好む性質がある。

 所有している土地は少なく、ほとんどは人が暮らすにはあまり向いていない高山。

 その上で、彼らドラゴニュートは誇り高く、弱者に牙を剥かない。

 つまり、人間から見たら戦う理由が無く、身内同士で殺し合いをするほど、ドラゴニュートは暇をしていた。


 そんな中、レスティマエル軍事連邦はドラゴニュートに【正面から宣戦布告】をした。

 彼らはそれに、心の底から、震えあがるほど歓喜した。

『やった!強い人間の軍が俺達に戦いを挑んでくれた!これで戦いが出来る!』

 そしてその日から今まで実に数百年、レスティマエル軍事連邦は、ドラゴニュートに活かさず殺さずの状態で嬲られ続けていた。


 ドラゴニュートは土地を求めない。

 ドラゴニュートは民間人を襲わない。

 ドラゴニュートは誇りなき者以外には慈悲を見せる。

 つまり、レスティマエル軍事連邦は弱者を虐げ、道徳や倫理を守り、戦い続ける限りはドラゴニュートに生かされるということだ。

 レスティマエル軍事連邦の非道な行為は無くなり、食料は何故かドラゴニュートから供給された。

 その結果、都合の良いサンドバッグ状態と化し続ける、悲惨な国家形成が完成してしまった。



 今回、田中と田所が向かうのはレスティマエル軍事連邦、ではない。

 レスティマエル軍事連邦を脇からすり抜け、その隣の国。

 わざわざ戦争をする為だけに作られ、居住を移したその場所、ドラゴニュートの住む新しい国が目的地だった。


「というわけで、今回の目的の場所はドラゴニュートの国です。しかも、ドラゴニュートの集落付近です」

 そんな田中の説明に、唾を飲み、冷や汗を掻きながら田所は聞いた。


 ドラゴニュートの国は、立ち入りを禁止していない。

 誰でも、どんな理由でも入ることが出来る。

 ドラゴニュートが立ち入りを制限しない理由、それは戦える者を待っているからだ。


 侵入者でも構わない。

 一騎打ちは心が躍る。

 もちろん集団戦でも構わないし、こちらが一人で相手が複数でも望むところだった。

 彼らにとって戦いは、最高の娯楽で極上の料理のスパイスであり、そしてリラックス出来るアロマでもあった。


 ちなみに、今回の田中と田所は侵入者としてドラゴニュートの国に入る。

 目的の場所が立ち入り禁止区域だからだ。

 ドラゴニュートの集落の傍なのだが、その集落は【赤竜の墓】と呼ばれていた。

 予想ではあるが、神聖な場所だから立ち入りが禁止されているのだろう。


「目的の場所は集落の傍の山の山頂付近。作戦内容は隠れて、草取って、脱出。何か質問はありませんか?」

 田中の言葉に、田所は怖さ半分興味本位半分で尋ねた。

「もしドラゴニュートに見つかったら?」

「死ぬまで戦うか、侵略者として見られ即座に処刑されるかの二択でしょうね」

 田所はそれを聞き、溜息を吐いた。

「……遺書、書いてくるんだった……」

 二人はそのまま、無言でドラゴニュートの国に入り込んだ。

 二人の足が妙に足が重いのは、きっと疲労のせいだけでは無いだろう。



 緑豊かな、というよりも、周囲は植物しかなく、光もほとんど入ってこない茂った森林を二人は進んだ。

 地図は入手していたが非常に大雑把で適当な物だった為、進むのは八割がた勘頼りだ。


 木に印をこまめに付け、方角だけは見失わないよう森を進む。

 時間にしておよそ三十分。

 しかし、二人の体感時間は四時間を越えていた。

 光がほとんど無く植物によりまともな道が無い世界。

 蛇など毒のある生き物を警戒し、体に切り傷を作りながら、ゴールの位置がわからず歩き続けるというのは、思った以上に過酷で心が悲鳴をあげる。


 疲労困憊になり、先の見えないトンネルを進む様な感覚のまま前に進み続け、そしてようやく、二人は奥に光が見えた。

 ようやく、森から脱出することが出来た。

 たった三十分程度の時間だったが、異常なほどに疲労していた。


 田所は森から顔を出し、周囲を確認する。

「……たぶん、道は間違ってない。向こう側にそこまで大きく無いが、山が見える」

 田所の言葉を確認する為、田中も森から顔を出し、その山を見る。


 背の高い草の生えた草原が続き、その右手側奥に、小さいが緑に茂った山が見えた。

「……多少森で迷いましたが何とかなりましたね。あの山が、今回の目的地です」

 小さな山の頂上付近、そこに、竜火草は群生していた。


 草原の草の高さは一メートル程。

 背を下げ事前に用意しておいた緑一色のマントで体を隠し、二人は身を屈め、膝立ちのまま地面に手を付きながら移動した。

 もう片腕は武器を持ち、ジリジリと、二人は移動を続けた。

 隠密行動に適さない為、今回の田所の武器は片手斧になっている。


 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。

 一歩ずつ確実に進み、山を目指す二人。

 集落が近く、見つかれば命は無い。

 命だけなら何とかする方法はある。

 ドラゴニュートは決して弱者をいたぶらない。

 命乞いをしたら命は助かるだろう。

 だがその場合は、当然竜火草は手に入らず、アメリアを助けることは出来ない。


 事前に出来ることは限界まで準備した。

 聴覚や嗅覚は獣人同じと想定し、匂い消しを使用している。

 とにかく音を最小限に抑えるように動き、相手が空を飛んでいると想定し、上から見ても見分けが付きにくい迷彩の緑マントも用意した。

 後は、焦らず進むだけだ。


 山に入ってからが本番だが、植物の多い山なら隠れるのも逃げるのもそう難しくない。

 つまり、空の開けたこの草原を乗り越えたら難易度は一気に下がる。

 そう思いながら草原を進んでいた二人だが、何か、非常に嫌な違和感を覚えた。

 たとえるなら、地雷を踏んでしまったような感覚だ。


 どっちが、というわけでは無い。

 恐らく二人とも引っ掛ったのだろう。


 細い、糸の様な物が腕に当たり、ぷちんと切れた感触がした。


「……。どっちに走る?」

 田所の質問に、田中は悩みながら答えた。

「……追っ手が一人なら前、二人以上なら後ろ」

 その言葉に頷き、二人は上に集中した。


 さっきの違和感と腕の感触をただの植物だと思うほど、二人は耄碌していない。

 残念ながら予想通り、力強い羽ばたきの音と共に、人の姿をした竜が、槍を持ってこちらに向かってきた。

 その数は一人。


 二人は身をかがめたまま、山の方に全力で走った。

 それを見て、こちらの目的を山と理解したドラゴニュートは最初に山の方角に回り込み、それから二人を追いかけた。

 山に近づけず、一定の距離のまま逃げる二人。

 どこかで回り込んで山に行けないものかといろいろ試すが、あっちは完全に山を背にしてこちらに構えていた。

 そして一定距離近づくと、槍を構え、急降下しながらこちらを突きにくるドラゴニュート。

 そんな攻防を何度か繰り広げる二人。状況は悪くなる一方だった。

 未だに無傷でいるのは、緑のマントで位置を特定しにくくしているからだろう。

 それでも、マントにいくつか穴が開き、避けるのも限界に近づいていた。


 更に面倒なことが起きた。

 全員緑の金属鎧に身を固め、大剣や大斧など、大柄な武装をした六人ほどの集団が、鬼気迫る表情でこちらに襲い掛かってきていた。

 こちら、というよりは、恐らくドラゴニュートにだろう。

 自分達と同じようにギリギリまで隠れていたらしく、二人もドラゴニュートも、その集団に対して反応が遅れた。


「五のES!」

 田中は事前に決めた合図を短く叫ぶと、すぐさま田所は地面に寝転がり、匍匐前進の格好を取った。

 隣を見ると田中もその構えを取っていて、そのまま両者から姿を隠し、その場から撤退した。

『五』は匍匐前進第五。武装を仕舞い身を一番低くする姿勢のことだ。

 そして『ES』はエスケープの略。つまり、『屈んで逃げろ』という合図だ。

 人の集団はおそらく敵ではない。だが味方とも思えない。

 乱戦になると人数も装備も、能力すら乏しい自分たちが最初に脱落すると考えて即座に離脱した。


 距離を取り、後ろを振り返ると六人の集団とドラゴニュートが戦いを始めていた。

「田中、アレな何だ?」

 六人を指差し、田所はそう訪ねた。

「恐らく、レスティマエル軍事連邦の兵士でしょう。目的はわかりませんが」


 そんな両者の戦いは、戦いと呼べないほど一方的なものとなっていた。

 たった一人のドラゴニュートが、六人を赤子の手を捻るように軽々と蹴散らしていく。

 集団は一人、また一人と数を減らしていた。

「――制空権って、大きいですよね……」

 田中はそう呟いた。


 上から一方的に攻撃し、そして距離を開ける。

 兵士がドラゴニュートに比べて弱いというのも理由の一つではあるが、それ以上に空に対して無力すぎるのが、敗因だった。


 槍でなぎ払われ、とうとう最後の一人も地面に倒れ、ドラゴニュートが一人で、そこに立っているだけとなった。

 多少の切り傷は存在していたが、ほぼ無傷と言って良いだろう。

 戦闘時間は五分も経過していなかった。

「俺、最悪なもん見てしまったわ」

 田所の呟きを聞き、田中は耳を傾けた。

「あのドラゴニュート。兵士による両手武器の渾身の一撃が直撃しても、切り傷しか負ってなかった」

 田中は周囲の方に集中していた為見ていなかったが、田所はしっかりと見ていた。

 大剣や両手斧を全力で振りぬいた攻撃は、突進するドラゴニュートに、たしかに直撃していた。

 そしれそれは、ガインと嫌な音を立てて、武器の方が弾かれて、ドラゴニュートの体には小さな切り傷が一つ付くだけに終わった。


「……さて、どうしましょうか?」

 空を飛びながらこちらに向かってくるドラゴニュートを見ながら、田中はぽつりと呟いた。

「火事にならないように下から上に雷とばすのは無理か?」

 田所のそんな言葉に、田中は首を振る。

「意外と当たらないんですよね。近くにいたら当たると思いますが……効きますかねぇ」

 田中の今使える魔法は一種類。雷と思われるものを射出する魔法のみだ。


 使用方法は二種類。


 一つ目は空から降り注ぐ魔法だ。

 ただし、室内等空が開けた場所で無いと使用出来ない。

 また、当たり前だが、空から、地面に当たる。

 草原や森林などで使用したらあっという間に大火事になる為、使うことが出来ない。


 もう一つは手の平から雷を射出する魔法だ。

 これなら室内でも使えるし、着弾地点に気を付けたら火事の危険性も少ない。

 ただし、狙い通りに雷は進まず、また威力も一つ目に比べたらかなり低い。


 今回の場合だと、どちらも役に立ちそうに無かった。


「なら、俺が足止めをするから、薬草は頼む」

 田所の言葉に少々悩んだが、田中はその言葉にうなずいた。

 他に思いつかないのもあるが、一番の理由は時間だ。

 ドラゴニュートは、こちらから表情が確認出来るほど近くに迫っていた。

 悩む時間すらもうない。


 ドラゴニュートの表情は、理由はわからないがとても落胆しているような表情だった。


 田中は背を低くしたまま横に移動し、田所がその場で立ち上がる。

 それを見たドラゴニュートは少しだけ嬉しそうにした後、声を張り上げ叫んだ。

「貴様らは何だ!戦士ならば戦え!弱者ならば、この場より去れ!」

 咆哮のような怒声に空気が震える。

 足が竦むのを堪え、田中はその問いに答えた。

「父親だ!娘が病気で奥の山にある薬草が必要なんだ。頼む!通してくれ」

 ドラゴニュートは眉を顰め、悩ましい表情を浮かべる。

「――だとしてもだ。その山に通すことは出来ん。その山は資格ある者のみが立ち入ることを許される山だ」

 その言葉と表情から、田所は非常に惜しい気持ちになった。

 ――きっと、会う場所が違えば友になれただろう。

 そう思うには、十分なほどドラゴニュートは良い奴だとわかってしまった。


 こちらに同情し、ドラゴニュートは苦悶の表情を浮かべていた。

 若干山をちらっちらっと見たりと、通すべきか悩んだ跡があったりと、妙に善人らしい様子が見えた。

 それが演技ならどうしようもないが、おそらく違うだろう。


「山に立ち入るにはどうしたら良いのですか?」

 隠れて山に行く予定だったが、予定変更してその場で立ち上がり、田所の所に向かいながら田中がドラゴニュートにそう尋ねた。

 その行動の理由は簡単で、逃げ切れる気がしなかったからだ。


 姿を隠し、音を殺して、わずかな一歩を進んでも、ドラゴニュートは田中をまっすぐと見続けていた。

「山に入る為の条件は簡単だ。力を見せろ。さっきのあの六人みたいにな」

 ドラゴニュートは背後の方で倒れている六人を親指で差しながらそう言った。


「戦って、勝てば良いのか?」

 田所の言葉に、ドラゴニュートは頷いた。


 簡単に言ってみたものの、正直勝ち筋が見えない。

 六人の軍人を子供扱いする相手に、二人で勝てると思うほど田所は夢想家では無かった。

 空を飛び続けられ、気配を完全に読み取れる。

 軽々と鎧装備の軍人を気絶させられ、全力攻撃はかすり傷。

 その上相手の情報はほとんど無いという絶望的な状況。

 普通に考えたら諦めるべきだろう。

 だけど――子供を諦めるなんて選択肢は父親たどころには無かった。


「だったら俺が!いや、俺たちがお前を正面からボコボコにしてやる!それなら文句無いだろ!ついでだ!俺達が勝ったら、アメリアを救うのに協力しろ!」

 田所の咆哮に、ドラゴニュートは嬉しそうににやっと笑った。

 その笑みは、獣のようだった。



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