番外編-男二人の冒険の日々1
お待たせしました。
少しずつですが、これより復帰していきます。
「確かに、私は危険を承知で付いてきましたし!これで死んでも文句は無いとも言いました!」
田中は走りながら、田所に叫んだ。
「おう!そうだな!」
田所も、田中の横を並走しながら、それに答える。
「ですが、無事に事が終われば一発殴るくらいは良いですよね!?」
そんな冗談なのか本気なのかわからない事を、血走った目で田所を睨みながら、田中は言った。
「そうだな。二人とも無事なら、一発殴られても良いし酒を好きなだけ奢っても良いな。それくらい迷惑かけてるもんなー」
そう田所は他人事の様に呟く。
「――だったら、お互い生きてたら、田所が思う一番美味い食事を御馳走してもらいます」
「――ああ、約束だ」
そう言い合い、二人は涙目で全力疾走を続けた。
そんな二人に、竜の化身が背後から襲い掛かっていた。
事態は数ヶ月前にさかのぼる。
三世がこちらの世界に来た時に乗っていた飛行機。
その操縦士の二人、田中正次と、田所修一。
二人は、一日だけだが三世と共に暮らし、また一緒に冒険をしたこともある。
決して深いわけでは無いが、浅くも無い縁がそこには存在した。
二人は三世の事を長い間心配していた。
見た目はうだつが上がらず、その上気弱で争いが苦手。
しかも、最初に至ってはスキルが微妙だったというオマケまでついた。
何かあったら二人で助けないとな。そう考え、三世の事を気にかけていた。
同郷の愛着と、淡い友情と、そして共にこの世界に来た戦友として、二人はそう考えていた。
しかし気付いたら、娘を持つわ、国の英雄になるわ、牧場主になるわと、三世は二人の目から見て斜め上に成長し、恐ろしいほどにエンジョイしていた。
苦笑しつつも二人は余計な心配を止め、冒険者として立身する事に集中し、努力を始めた。
田中は魔法が使えるが、そちらはほとんど鍛えなかった。
予算や時間の計画、そして何より確実性の無い物を重視したく無かったからだ。
田中にとって魔法とは、サブウェポンの一つでしか無かった。
それよりも、知識を蓄えあらゆるリスクを減らし分散することが重要だと考えた。
この考え方は元の世界に強く影響を受けている。
田中と田所のいた航空会社で、最初に学ぶことは『常にリスクを避ける』ことだったからだ。
機械のおかげで一人で操作出来る航空機でも、必ず二人一組で操縦する。
今はメインパイロットやサブパイロットといった考えは無い。
強いて言えば、機械自体がメインパイロットで、人間がサブパイロットと言っても良い。
その位、今の航空機の性能は優れていた。
しかし、自動操縦があってもパイロットを一人にすることは絶対にあり得ない。
その一人に何かあった場合のリスクを考えているからだ。
また、操縦士二人は、機内で同じ物を絶対に食べない。
異物混入と食中毒のリスクを分散するためだ。
そういう航空会社の考え方が、今の田中の中心となっていた。
『タ行』で一緒だからという理由で、田所とコンビを組むと、田中はその考えが更に強くなった。
田所という男は、恐ろしいほどリスクを考えない男だったからだ。
日本人にしてはごつい体格で、いかにも細かいことを気にしない風貌で、そして実際その通りだった。
ミスを気にせず、失敗を恐れない。こう言えば聞こえは良いが、そのミスを繰り返すのだから笑うことも出来ない。
田中がリスク管理をするよう文句を言うと。
『お前が繊細なだけだ。見た目と同じでな』
と言い返された。
ひ弱で神経質な田中と、乱暴で脳筋の二人。
正反対で最初は良く対立したが、これが、思った以上に相性が良かった。
細かい指示を田中が出して、田所はそれを適当に実行する。
自他共に認めるバランスの良い関係で、会社では常にバディを組まされた。
ゲイ疑惑が沸くほどは、会社でも公認の仲となってしまった。
だから田中は知識を蓄えた。
その土地の風俗や風土、生態系。
冒険者のルールから解体方法など、学べるものはとにかく学び続けた。
的確な指示さえ出せたら田所はやり遂げてくれると信じていたからだ。
田所は、己の体を鍛え、自分に向いている装備を探した。
頭は悪くないのだが、考えることが嫌いな田所は、田中に全てを押し付け、己を磨き続けた。
何故なら、田中に任せたら全部うまく行くという、絶対の信頼があるからだ。
――俺に出来ることで、すべきことがあれば田中は俺に言ってくる。それが無いということは、俺は鍛え続けてたら間違い無い。
そう田所は信じていた。
『相棒の事を考えずに自分だけ鍛える』のと、『相棒を信じ、背中を託したまま鍛え続ける』のでは、似ているが全く意味は異なる。
会社時代の五年という長い年月は、二人の人間の確かな関係をきずくのに、十分すぎる時間だった。
二人で出来ることから冒険者としての仕事をこなしていった。
時に臨時メンバーを入れ、時に危険な魔物と戦い、二人は、冒険者として生きた。
それは刺激的で、そして辛いのに不思議と楽しかった。
田中が蓄えた知識の中には、効率の良い依頼の選別方法もあった。
先輩冒険者に酒を奢って貰った情報。
それは『ギルドが受注されずに困っている、期限の近い依頼』は報酬も印象も良いと言うものだった。
そして、それの見つけ方も習った。
効率良く依頼を選りすぐっていく二人。
その成果は、半年程度で現れた。
鉄級の冒険者となった田所。
それは、冒険者として一人前の証だった。
本来なら、よほど才能が無いと一年未満では階級は上がらない。
実力もだが、ギルドの印象の良さが功を制した。
田中に至っては更にその上、銀級にまで上がっていた。
地図の作成や生態の変化など、細かい情報を集め、冒険者ギルドにそれを報告したり、集めた知識を利用して、学問所や様々な大手ギルドの手伝いを行っていた為、田中はギルドだけで無く国から、信頼と信用の二つを得ることが出来ていた。
半年程度でこれだけ階級が上がれば、冒険者として十分に成功していると言って良いだろう。
収入も増え、暮らすのに困ることは無くなり、武器や防具も質が良くなった。
田所は両刃の大きな斧を持ち、赤い革と黒い鉄の入り混じった鎧を着た。
田中は装備すると体力の上がる杖とローブ。それに自作の投石用のスリングショットを装備していた。
正に、順風満帆な異世界の生活と言っても、間違いは無いだろう。
ただ、良いことだけでは無かった。
おべっかを使い、こちらのパーティーに取り入ろうとする連中が増えてきたのだ。
酷い時には武器防具を持たず、化粧だけした女性がパーティーに入れてくれと色気を出して媚びてくる。
あまりに狙いが露骨すぎて、女に飢えた二人ですら、うんざりするほどだった。
タカリが周囲に集る位は、二人は成功者として認知されていた。
それでも、ギルドと確かな絆を結び、またマトモな冒険者仲間も出来ている二人は、大きな問題も無く日々の生活を送ることができていた。
そんな二人の、いや、田所の順風満帆な冒険者生活に、とある大きな事件が起きた。
冒険者ギルドから、二人は一つの依頼を受けた。
『ガニアル王国との国境沿いにある農村の様子を調べて欲しい』
国からしても重要度が低く、軍を動かすと予算が多くかかり、遠すぎて騎士団を動かすことも出来ない。
それは冒険者向けの仕事であり、冒険者にとって最適な小遣い稼ぎの依頼だった。
こういった冒険者側が多く得をする依頼を、名指しで直接頼まれることこそ、二人が築き上げた信用の力だった。
依頼で向かった、名前すらない人口三十人にも満たない小さな農村。
三十人のうち過半数が老人で、とても穏やかで問題一つ起きていない平和な村。
そこで田所に、大きな変化が起こった。
その日、田中と共に周辺調査を行い、帰ってきた時に田所が見かけたのは一人の女性だった。
髪は短く赤茶色の髪で、自分と同じ位と思われる女性が微笑んでるの見かけ、田所は動きを止めた。
「……田所。どうしました?」
田中が尋ねても、田所は立ち止まったままボーっとしたままで、瞬きすらしていなかった。
田所の視線の先を確認し、田中ははっとした顔をする。
「お前……、まさか……」
田中の言葉に何も返さない。
ただとろんとした瞳で見ていることこそが、それの何よりの証明になっていた。
田所修一は、一目で恋に落ちた。
二十七歳という遅い初恋の相手は、同い年位の、子持ちだった。
田中は既婚者相手にこれは不味いと考え、急いで相手の素性を調べた。
田所が見とれているうちに、問題になる前に何とかしようと考え、慌てて村で彼女の情報を集めた。
そして、相手に旦那がいないことを知った。
男に捨てられ、暴力を振るわれ、小さな農村に逃げる。
それは良くあることだった。
女性の名前はエルシーナ、二十九歳。
農村全員が彼女の元旦那との事情を知り、その上で彼女を匿った。
元旦那が一度この村に訪れたことがあるが、村人全員でボコボコにして追い返した。
その位は、エルシーナは村の皆から愛されていた。
熱心に働き、気が利いて近所付き合いを重視する。
いつも子供と一緒にいてニコニコする彼女は、村の中でも特に輝いた存在だった。
問題は、老人が大半で残りも既婚者な為、彼女は未だに再婚が出来ずにいることくらいだろう。
そして、その娘のアメリア、十歳。
母親と同じく赤茶色の髪で、エルシーナと違い、髪を腰まで伸ばしていた。
活発な女の子で、エルシーナと同じくいつもニコニコしていて、母親と同じように村人達から愛されていた。
皆の孫でアイドル。それがアメリアだった。
その日は村に泊めて貰い、田中は田所に尋ねた。
「自分と血の繋がってない子供さえ受け入れられたら、彼女との間に問題は無いです。どうですか――って聞くまでも無いですね」
田所は、大きく頷いた。
田所には田中にしか言っていない、『ある秘密』があった。
それはテレビの体操のおにいさんを目指していたことだ。
小さい子供が好きで、そんな子供の良き大人となるのが夢だった。
ただし、顔が濃くて面接で落とされた。
保育士としても、同じ理由であまり芳しく無い結果となり、気付いたら操縦士になっていた。
あまりに情けなく、悲しいので田中以外には言っていない、非常に悲しい二人だけの秘密だった。
「むしろ育児に参加出来るのは俺にとっては嬉しいオマケだ。何の問題も無いな」
その田所の言葉に、田中は頷いた。
「わかった。依頼の報告は私が済ませるので、田所はこの村に残って、彼女にアタックをかけててください。恋の成就を祈ってます」
そんな田中の言葉に田所は感動し、二人は握手をして、田所の健闘を祈った。
田中は一人で、二週間かけて王都に戻り、報告をして、またその農村に向かった。
一月も経過したら、うまくいくにしろ、失敗するにしろ、答えは出るだろうと考えていた。
戻って田中が見た物は、話しかけることすら出来ない、情けない相棒の姿だった。
体格が良く、適当でズボラな田所だったが、恋愛に関しては恐ろしいほどの奥手だった。
そしてそのことに誰よりも驚いているのは、田所本人だった。
エルシーナに話しかけられたこともあったが、赤くなって頷くだけで、何も言葉を返せていない。
田中は情けなさ過ぎて、溜息を吐かずにはいられなかった。
そんな悲しい日々を過ごす田所を救ったのは、意外な人物だった。
村の中を元気良く走り回っているアメリアとそれを微笑み見守るエルシーナ。
元気が良すぎたのだろう。アメリアは足元の小石に気づかず、それに躓いた。
こけてぶつりそうな方向にあったのは、家の壁だった。
このままだと家の壁に強く顔をうちつけるだろう。
それに気づき、エルシーナは小さい悲鳴を上げた。
「危ない!」
田所は自分が壁になるようにアメリアを抱き抱え、自分の体で衝撃を受け止めた。
背中が壁にぶつかり、強い衝撃を覚えた。
そのまま衝撃を逃がすように、田所は地面にずさっと音を立てながら倒れた。
胸の中にいるアメリアには、傷一つ付いていなかった。
血相を変えこちらに走ってくるエルシーナの前で、田所はアメリアを立たせて尋ねた。
「大丈夫?痛いところ無いかい?」
別人の様な優しい声を出す田所に、アメリアは泣きそうな顔で頷いた。
「ごめんなさい。おじさん痛いよね?ごめんなさい……」
瞳に涙を溜め、謝るアメリアの頭を撫でながら、田所は微笑んだ。
「おじさんも痛く無いから大丈夫だよ。でも、次は足元も気をつけようね?」
田所の言葉に、アメリアは大きく頷いた。
アメリアの頭を撫でる手を、エルシーナは両手で掴んだ。
――やばい。嫌がられたか?
そう田所は思ったが、どうも違うようだ。
「――ごめんなさい。私が目を離したばっかりに……」
エルシーナに掴まれている田所の手の甲は、擦り傷で痛々しいことになっていた。
「ああ。失礼。血が流れなくて良かった。アメリアちゃんの頭に血をつけるところだった」
そう微笑みながら言う田所に、エルシーナは大きな声を出した。
「すぐに治療しましょう!うちに来てください!」
「きてください!」
エルシーナの言葉に合わせ、嬉しそうにアメリアも言葉を続けた。
「いやいや、この程度いつものことですし、気にしなくても――」
そうやんわり断ろうとする相棒の頭を、田中は持っている杖で叩いた。
村の生活をしていた為、装備をつけていない田所の脳天に、杖が直撃しゴンと鈍い音を上げた。
「良いから言ってきて下さい。一月ですよ?次は何ヶ月待てば良いんですか?」
田中の冷たい口調に、エルシーナは首を傾げた。
「ああ。私にはお構いなく。どうか治療してやってください」
そう田中はニコニコとエルシーナに話しかけた。
田所の手を見ながら。
そこでようやく、田所は手を握られていると理解し、赤面したまま、引きずられる様に二人の家に入っていった。
一月でようやく、友達以下、他人以上の距離感となれた。
その日から田中もその村で暮らした。
農村で人手不足の為、仕事さえすれば食料も寝床にも困らなかった。
だから長期の滞在を事前に申告していた。
――長い勝負になりそうです。
そう田中は予想したからだ。
怪我をした次の日から、エルシーナとアメリアの散歩に、田所が同行することになった。
恋人から一足飛びで父親にクラスチェンジしたらしい。
どんどんと二人の距離を縮めていく田所――だたしアメリアとだけだが。
エルシーナとは、未だにまともに会話も出来ず、二人してニコニコしているだけだった。
赤面したままよりはマシだが、進展したと言っていいのか、微妙な変化だった。
そんな状態が一月近く続いた。
長くなるという田中の予想は、的中していた。
じれったいほど進まない二人の関係。
これは田所だけの問題では無かった。
恐ろしいほどの奥手で臆病な田所。
男に捨てられ、子供を抱えた自分は、誰にも愛されないだろうと諦めているエルシーナ。
二人とも前に進まず、後ろを向いたままなのだから、進める訳が無い。
そんな二人を救ったのは、やはりアメリアだった。
「ねぇねぇ。シューイチは私のパパになってくれるの?」
そんなアメリアの言葉に、エルシーナは慌て、田所は微笑みながら尋ねた。
「そりゃ光栄だね。でも、どうしてそう思ったんだい?」
アメリアは満面の笑みで答えた。
「だって、いつもママのこと見てるもん。私シューイチがパパなら嬉しいよ?」
そんなアメリアの言葉に、エルシーナは更に慌てて、田所は微笑んだまま、徐々に顔を朱に染めていった。
誰が見ても、田所の気持ちはまるわかりだ。村で知らないのはエルシーナ本人のみだろう。
「こらっ!シュウイチさんに迷惑でしょ。私なんかが一緒だとシュウイチさんが可哀想ですよ……」
そう寂しそうに呟くエルシーナに、田所も理解した。
――ここで前に行かない奴は、男じゃない。
田所は勇気を振り絞って、小さくつぶやいた。
「俺は……パパになりたいってずっと思ってたよ」
直接言葉にする勇気は無いが、確かにエルシーナの方を見ながら、田所はそう言った。
その言葉に、エルシーナは驚き、田所と同じ顔の色に変わった。
「えへへー!初めてパパが出来ちゃった!」
こうして二人の、いや三人の絆は深まった。
まだ恋人というほどでは無いが、友達以上、恋人未満になり、そしてパパになった。
田所は異世界人では無くなり、正しい意味でこの世界の住民となった。
うまくいきそうなことに田中も喜び、この後どういう風に生きようか、新しい生き方を模索した。
田所と離れて一人で冒険をしてもいいし、この辺りに一緒に住んでも良い。
または、二人が結婚してから新天地に向かっても構わない。
田所が幸せになれるなら、田中には何の問題も無かった。
そう、うまくいくと信じていた。
突然、何の前触れも無くアメリアが倒れた。
そのまま起き上がらず、意識を失い苦しそうな呼吸をしだした。
田所は慌てて田中に助けを求め、田中は急いで遠方にいる医者を呼んできた。
医者はその状態を確認し、首を横に振った。
生命力を吸い続ける病気で、治療には特別な素材が必要だった。
『竜火草』
生命力を宿し、人を生まれ変わらせるといわれるほど、強力な薬草。
遠方にしか存在せず、ラーライル王国では高価な上に希少だった。
医者の手元に竜火草の粉はあるが、この程度の量だと延命が精々だった。
またその一握りの粉すら、金貨十枚という値段がついている。
アメリアを救うには、竜火草そのものが必要で、そして今この国に在庫は無い。
竜火草は草の状態だと日持ちしない。粉にしたら多少は持つが、その場合は効力が弱まる。
必要なのは粉にする前であり、もしそれがこの国にあったとしても、金貨千枚は軽く超える。
そして最悪なのは、竜火草の入手は金級の冒険者すら、命を落とすほど危険な場所に生えていることだった。
エルシーナはその場で倒れこみ、絶望するかのように大声を出し、泣き喚いた。
田所が抱きしめてもそれは変わらず、延々と慟哭を上げ続けた。
声が枯れても泣き止まず、静かになったのは泣き叫びすぎて疲れ果て、倒れたからだった。
その日の晩、田所は書置きを残し、鎧を着込み斧を持って村の外に出た。
田所にとって、アメリアは一言では言い表せない存在だった。
好きな人と距離と縮めてくれた恩人で、恋のキューピッドで、そして何より、大切な娘だった。
――俺の娘を救う。誰にも文句は言わせない。俺は父親になるんだ。
そう決心し、村の外に出ると、既に馬車を用意して田中が待っていた。
「あの医者から竜火草の粉を購入しました。寝たきりではありますが、とりあえず一年は大丈夫だそうです」
驚く田所に、田中は更に言葉を続けた。
「タイムリミットは一年、移動を考えると八ヶ月。それまでに竜火草を採取しないと間に合いません。急ぎましょう」
田中の言葉に、田所は首を横に振った。
「危険な場所だ。生きて帰れない可能性が高い。俺だけで良いんだ。お前まで命の危険をさらす必要は無い」
田所は一人で行くつもりだった。迷惑をかけられない。
なにより、命の危険があるのに、無償で着いて来いとは、とても言えなかった。
そんな田所の言葉に、田中は鼻で笑った。
「はっ。どんな形の草とかわかるのですか?それが使えるのか、もっと言えば、行く場所の検討はついてるのですか?」
田中の言葉に、田所は「うっ」と声をつまらせる。
いつも田中に任せた弊害がこんな場所で出ていた。
「私は、あなたの相棒ですよ?どれだけ長いこと一緒にいたと思ってるのですか?命の危険があろうと文句は言いません。むしろ、田所にも文句は言わせません」
そう田中は言いながら、田所に拳を向けた。
田所は田中の拳に拳を合わせた。
「ありがとな」
それだけ言って、田所は馬車の中に入った。
その目には涙が溜まり、ぽろぽろと零れていたが、田中は何も言わなかった。
ありがとうございました。
待たせてしまったなら申し訳ありません。