帰り道
一日の後、数日ほど、ぐだぐだと休み、準備を終えてから、帰国の為三世はカエデさんに乗り、ルゥ、シャルトは馬車に入った。
レベッカは外に出られず、ベルグは忙しいので、軍人を引き連れたソフィが、町の外まで見送りをしてくれた。
「それではお元気で。また来てね?」
スカートを軽く持ち上げ、優しく微笑むソフィを見て、ルゥとシャルトは何か大きな違和感を覚えた。
だけど、それが何なのかは、わからなかった。
「はい。また来ます。今度の冬にでも」
そう三世が言うと、ソフィは微笑んだ。
「そう、なら私は夏にでも、避暑地としてそちらに行こうかしら」
ソフィの言葉に、三世は頷いた。
「是非。いつでもどうぞ」
そのまま三世はカエデさんを走らせ、振り返ることなく、町を去っていった。
ソフィは笑顔のまま、見えなくなるまで手を振っていた。
その笑顔に、陰りは無く、憑き物が落ちた様な顔をしていた。
「楽しかったねー!今度は他の国にも行って見たいなー」
そうルゥが呟くと、三世は困った顔をした。
「うーん。連れて行きたいのですが……治安が不安でして……」
ラーライル王国とガニアル王国は同盟国に近いほど、仲が良い。
隣国にもかかわらずこれだけ仲が良い国はそうないだろう。
そして、ラーライルとガニアは治安という面でも、経済という面でも非常にうまくいっている方の国だ。
それ以外の国は、悪い意味で軍に偏っていたり、宗教に偏っていたり、また治安が悪くと、観光に行くのを躊躇う情報が多かった。
その為、今回の逃避行の旅行先もガニアとなった。
「それなら、次は国内旅行にしましょう。ラーライルって広いですから、きっと楽しい物もありますよ」
シャルトの言葉に、三世もルゥも頷いた。
「そうですね。次の旅行は国内で変わった物を探すのも良いですね。もちろん四人で」
そう三世が言うと、カエデさんが大きく声を上げて鳴いた。
カエデさんも、そういった旅行は楽しみらしい。
「ですが、しばらくはカエデの村内でするべきことをしますよ。休んだ分も取り戻さないといけませんし、強くなる為にも賢くなる為にも、勉強をしましょう」
魔法は最高の先生がいる。革関係も最高の先生がいる。料理も最高の先生がいる。
だけど、他の先生は中々見つからない。
それ以外の技術を身につける為には、自分達で色々と調べ、学ばないといけない。
他にも知らないといけないことはまだまだ沢山ある。
――しっかり休暇を取ったから、気持ちを入れ替えてがんばらないと。
王族として決意したソフィを見て、三世はそう心に誓った。
「まあ、しばらくはまったりしながらいつもの日々を送ろうねー」
突然、だらけながら、ルゥがそう呟いた。
遊び疲れが今になって来たらしい。
「はは。そうですね。日常をしっかり送ることも大切です。しばらくはお部屋でゆっくりしましょう」
そう三世は言うと、ルゥは嬉しそうに、「るー」と気だるげに鳴いた。
それを見て、シャルトは微笑みながら、ルゥの頭を撫でた。
ルゥはぴょんと移動し、シャルトの隣に行って、シャルトの膝を枕にして、横になった。
シャルトはそのままルゥの頭を撫で、微笑みながらルゥを見ていた。
そんな幸せな日常を謳歌し、楽しんでいる三世達は知らなかった。
今、ラーライルで大事件が発生し、国だけで無く、冒険者も含め、上から下までてんやわんやになっていると、彼らは知らなかった――
馬車の中でガニアからラーライルに向かう馬車を、一人の女性が崖の上から見下ろしていた。
女性はフードを目元まで被って顔を隠しているので、誰だがわからないし、正体も、名前も知られていない。
しかし、彼女を知ってる人は、意外なほど多かった。
『契約の魔王』
彼女は人間から、そう呼ばれ恐れられていた。
彼女は、馬に乗っている一人の個体をじっと見つめていた。
強い縁を感じ、それに釣られてラーライルに向かった。
しかし、どこかに移動して居なかった為、彼を探し、そして今、その男、三世八久を見つけた。
魔王は捜し求めていた三世を発見し、彼を見つめた。
そして、魔王は彼に、何も感じなかった。
強い縁を感じ探したはずなのに、不思議な程、何も感じない。
力も弱く、有象無象にしか思えなかった。
愛や恋に近い感情を覚えたはず。なのに、それが見つからない。
まるで、別世界の自分があの男に恋をしたような、そんな錯覚を覚える。
そして一つわかったことがある。
今回は時間の無駄だったということだ。
あの男の事を、自分は何とも思っていない。
それだけははっきりとした。
「……別にあの馬車を襲うつもりは無い。だから見逃せ。無駄な犠牲を作りたくない」
魔王は、背後にいる殺気を向けた気配に、そう告げた。
その言葉を受け、背後の男――ベルグは姿を現した。
ただし、大剣を構えたままで――。
「私から戦うことは無い。むしろ、飽きたから早く帰りたいんだ」
魔王の言葉に、肯定も否定もせず、睨みつけるだけのベルグ。
人類が浴びたら、それだけで気絶するような殺気を、魔王は受け、平然としていた。
「……わかった。逆方向に移動し、人の住む場所に近寄らない。それで良いか?」
魔王の言葉に、ベルグは頷き、道を明けた。
「わかった。だが、何故お前は人を襲わない?魔王では無いのか」
ベルグの言葉に、魔王は頷く。
「ああ。魔王だとも。だが、私の目的は人がいないと叶わない。だから人を殺したく無いんだ。出来るだけな」
――特にガニアはな。
と魔王は思ったが、口に出さなかった。
「目的は話せるか?」
ベルグの言葉に、魔王は少しだけ嬉しそうな雰囲気を出した。
「ああ。私の目的は、私の契約に耐えられる人間が現れるのを待つことだ。強く、心の優れた者なら、きっと耐えられると、私は信じている」
そんな魔王の言葉に、ベルグは尋ねた。
「俺でも届かない位なのか?自慢じゃないが、人類の五本指には入ると思うぞ」
その時、ベルグは一瞬だけ、魔王の顔が見えた。綺麗な女性の顔で、酷く悲しそうな顔をしていた。
「……きっと君なら契約に値するだろうね。だけども、ああだけども!君はもう別の誰かと契約している。だから私とは契約出来ない。それは本当に残念だよ」
魔王は泣きそうな声でそう言い残し、約束通り三世達と逆方向に逃げていった。
魔王が去った瞬間、ベルグは一気に汗を噴出し、その場にへたり込んだ。
「駄目だなアレは。俺一人じゃ勝てない」
控えめに見ても、勝率は三割も無いだろう。
そして恐らく、何か隠し玉もある。
ベルグは汗を拭いながら、生き延びたことに感謝した。
疲れ果て、心と体を癒す為に、王宮に帰ったベルグが最初に目にしたのは、親離れが完全に終わった我が娘だった。
おどおどすることなく立派に立ち振る舞い、堂々と人に命令を下していた。
その上で、己の権力と能力の範囲で、出来る仕事のみを、出来る分だけ行っている。
背伸びをせずに、あるがまま、ソフィは王女としてそこにあった――。
そして当然、父親である自分に意味も無く甘えることが無くなっていた。
完全な独り立ちで、そしてその姿は正しく未来の王の風格だった。
そのことベルグは嬉しく思いつつ、心の底から残念で、寂しかった。
――立派で嬉しいけど、親離れはもっと遅くに起きて欲しかった。
ベルグは心からそう思い、意味も無く悔やんだ。
ありがとうございました。
短いですが、前回の文に混ぜられなかったので別で出します。
これで第八部本編は終わり、番外編を行った後、次に続きます。




