姦しくないけど三人娘3
「それで、次の作戦はありますか?」
不自然なほど満ち足りた表情で、ルナはシャルトにそう尋ねた。
「……人の事言えないけど、あなたも中々特徴的な人ですね……」
シャルトは、ルナの方を冷たい瞳で見ながら、そう呟いた。
結局切ったケーキをルナは人の倍以上食べ、料理人の心を絶望に落としていった。
――狐の獣人が一人来たら、五十人来たと思え。
そんな噂が、料理人ギルドの中に蔓延った。
「最後の作戦ですが……。驚かないで下さいね?」
ルナは一瞬で、げんなりした顔になった。
「え、まだ何か凄まじいのがあるんですか?」
そんなルナの言葉に、シャルトは悩みながら尋ねた。
「うーん。もし知らなかったら、今までで一番驚く内容かもしれません」
シャルトの言葉に、ルナは困惑した表情で尋ねた。
「あの、ギルド長より上って、相当凄まじくないですか?軍のトップと知り合いとか?」
そんなルナの一言に、シャルトは驚いた。
「あら。惜しい」
ぼそっとそう呟いたのを聞き、ルナは一瞬、とても嫌な予感が走った。
「え?あの……、次の作戦は……」
「次は、お腹に子供のいる人に、愛について尋ねてみようと思いまして」
「あの……どこに行くのでしょうか?あの…何で手を引っ張っているのでしょうか?あの……」
シャルトはルナを無視したまま、ルゥを連れてある場所に向かった。
城にフリーパスで入り、全員がルゥに敬礼をする現場を見て、そのまま、フリーパスで王宮内に入り、レベッカの部屋の前に来た三人。
「聞いてない……。私何も聞いてないよ……」
そう呟きながら、ルナは一人で泣き出した。
驚くのを通り越し、もう泣くことしか出来なくなっていた。
「というわけで、一人追加で入っても大丈夫でしょうか?」
シャルトはレベッカの部屋の前に立つ、女性の兵士にそう尋ねると、兵士は笑顔で頷いた。
「問題ありません。どうぞ中に」
その言葉に頷き、ルゥを先頭に、レベッカの部屋に入った。
「おーい。レベッカ、遊びに来たよー」
そう、ルゥはにっこりと微笑み、レベッカに手を振った。
「ルゥちゃんとシャルちゃん!いつもありがとうね。それと、もう一人いますが、お友達ですか?」
レベッカはルゥに手を振りながら、入って来たルナに注目した。
「あ、そっか。お互い初めてだから自己紹介からしないとね!」
ルゥはそう言いながら、ルナの方に向いて、レベッカに抱きついた。
「この人は、私の友達のレベッカ。お腹の中に赤ちゃんがいるんだよ!んで、狐の獣人の子は、ルナ!私、というよりは、シャルちゃんの方が仲が良いからシャルちゃんのお友達!」
そうルゥは微笑むが、ルナの心境はそれどころでは無かった。
予想外の王宮内にフリーパス進入。そしてフリーパスで女王の元に突撃。
その挙句に、今の女王の輝きは、王族二人分。
普通とは思えないほどのカリスマもオーラもある。
そんな人に堂々と抱きつく知り合い。
ルナの処理出来る範囲の情報を大きく超え、ルナはそのまま頭から煙を出し、そのままシャルトに倒れる様によっかかった。
「しまった……。からかいすぎましたか」
ぼそっとシャルトがそう呟いたのを、ルナは聞き逃さなかった。
ルナが落ち着いてから、シャルトは事情を説明した。
といっても、ばっさりと話す内容は減らし、誘拐された王女を助けて、女王と友達になった。
ということだけを話した。
「何というか……、もう驚くのにも疲れました。ルゥ様って本当に凄いんですね」
疲れた表情のルナに、シャルトとレベッカは微笑みながらルナの方を見た。
「んー。普通だよ私なんて。皆と同じ」
ルゥはそう言って、ルナに微笑んだ。
その微笑みは優しく、穏やかだが、全てを見通していそうな微笑みだった。
「というわけで、今日の用事はなんですか?」
ニコニコしながら、レベッカは三人に尋ねた。
「シャルちゃんが何かあるんだよね?」
ルゥの言葉に、シャルトは頷き、レベッカに尋ねた。
「はい。女子会の定番の、愛についてお話できたらなーと思いまして」
シャルトの言葉に、レベッカはにぱーっと満面の笑みを浮かべた。
「まぁ!素敵な話ね。おばさんなのに気持ちが若返りそう」
そうレベッカは言った。
ルナとほとんど同じ位にしか見えない容姿で。
「私の所に来たということは、ベルグ王とのことについて聞きたいってことよね?」
シャルトは頷いた。
「任せて!でも私だけ話すのは嫌だから、他の人も色々お話してね?」
レベッカの言葉に、三人は頷いた。
「んー。といっても何から話したら良いのかわからないわね。質問無い?」
レベッカの言葉に、ルナが尋ねた。
「では僭越ながら、どのような時に、旦那様からの愛を感じるか教えて頂けたら」
その言葉にレベッカは頷いた。
「そうね。悪いとわかってるけど、やっぱり苦しんでいる時は、私の事を愛しているんだなと、強く感じるわ」
「苦しんでる時ですか?」
シャルトの問いに、レベッカは頷く。
「そう。苦しんでる時よ。『私』を優先せず、『国』を優先してる時、あの人はとても苦しむの。それが当たり前なのに、ずっと苦しみ続けるの。私の誕生日に遠征に行った時は、あの人唇をかみ締めて血を流すほど苦しんで、その時、私は愛を感じると同時に、この人に付いていてあげないとって強く思うの」
そう、苦笑しながら言うレベッカに、三人は何とも言えない大人の色気を感じた。
酸いも甘いも噛み分けた、大人らしい愛の形が、そこには見えた。
「んじゃ次は、ルナちゃん!自己紹介代わりにお願いしましょうかしら?質問はその人のどんなところが好きになったのかで」
勝手にゲーム形式にして、レベッカはルナに無茶ぶりをする。
おたおたとした後、覚悟を決め、ルナは赤面しながら下を向いて、ぼそっと呟いた。
「ぶっちゃけ一目ぼれでした。男性が嫌いなはずなのに嫌悪感を一切感じず、もしかしてって思ってたところで、あの人を見たら、すとんと何かが落ちました……」
湯気が出そうなほど赤面し、ルナはそう応えた。
レベッカはそれを見て、にやにやと微笑んだ。
「そう、素敵な恋をしてるのね。応援してるわ」
そして、この会話でシャルトとルナの関係、ルゥを連れてここに来た理由を、レベッカは大方察した。
察した上で、レベッカは場を盛り上げようと、皆を引っ掻き回した。
――偶には女の子とはしゃぎたいの。ソフィは世界で一番可愛いけど。大人しいしこういう話はあまり話してくれないもの!
そんなことを考えていた。
「じゃあ次はシャルちゃんね。その人と一緒になったらどんなことがしたい?」
そうレベッカに言われ、シャルトは思い悩んだ。
というよりも、大体一緒だからだ。
「じゃあこう言いなおすわ。二人っきりになったら何がしたい?」
にやにやとしながらそう言うレベッカの意図に気付き、シャルトも赤面した。
ついでにルナも赤面した。
「えっと……そのですね……。相手の望んでいることを、と言いますか何と言いますか……」
もじもじとして言葉を紡げないでいるシャルトに、レベッカは更に追い討ちをかける。
「相手じゃなくて、シャルちゃんは何がしたいの?」
意地悪な笑みだとわかっても、シャルトは何も言えず、真っ赤になって小さくなっているだけだった。
それにルゥは首を傾げて悩んでいた。
「じゃあ、ルゥちゃんならどう?」
レベッカの言葉に反応し、ルゥは考えながら応えた。
「えっとね、ご飯一緒に食べて、散歩して、一緒に眠って、朝起きたら隣にいるの!それが私にはとても幸せ!」
「そうね。とっても素敵ね。その二人はどんなことを考えたのでしょうねぇ」
そう、ニヤニヤしながら言うレベッカに、シャルトとルナは悔しい気持ちを覚えた。
「ぐぬぬ。もてあそばれてしまいました……」
そうシャルトが呟くと、レベッカはシャルトの頭を撫でた。
「無理に背伸びしなくて良いのよ?そのままで十分、魅力的だから」
レベッカの言葉に、またシャルトは何も言えず、ただされるがままになった。
見抜かれているのが不快で、そしてとても心地が良かった。
「ところで。ルナちゃん。良かったら、尻尾触らせてくれない?」
もふもふした狐の尻尾を見て、レベッカはそう尋ねた。
それにルナは首を横に振った。
「すいません。最初に触ってもらう人はもう予約済みですので」
「あらら。妬けちゃうわね」
レベッカは思っても無いのに、そう呟いた。
「さて、良い時間だし、この辺りでお開きにしましょうか」
レベッカの言葉に、三人は頷いた。
外は夕焼けによる赤味が差し、白い建物が色づいていた。
「これはちょっとしたお願いだけど、ソフィと友達でいてあげてね?」
レベッカの言葉に、ルゥとシャルトは首をかしげた。ルナはわからないのでとりあえず黙っておいた。
「友達だし、変わることは無いけど、どうしたの?」
ルゥが不思議そうに、そう尋ねた。
「本当はね、友達じゃ無い方が私も嬉しかったけど、たぶんあの子は選んじゃったから……」
言葉の意味はわからないが、悲しそうなレベッカを見て、シャルトとルゥは頷くことしか出来なかった。
「結局、何の成果も得られなかったですね」
ルナは疲れた表情で、シャルトにそう言った。
衝撃的な一日過ぎて、色々と脳が疲れていた。
「そうですね。ですが、一歩ずつ前進して行けば良いので、私は諦めません。協力してください」
シャルトの言葉に、ルナはこくんと頷いた。
ルナにとっても、シャルトに協力することが、あの人と一緒にいるのに最も確実な方法だからだ。
「ですが、私をおちょくったことは忘れません。シャルト様にはいつか仕返しします」
ジト目でシャルトを見るルナに、シャルトを苦笑した。
「ごめんなさい。それで、どんな仕返しかしら?」
「シャルト様の奢りで、今度食事に行きましょう」
ルナの言葉に、シャルトは顔が青ざめた。
「それだけはご勘弁を……」
「……冗談ですよ」
そう言い合い、二人は微笑んだ。
気付いたら、ガニアの門の外に出て、ルゥはその場で止まっていた。
妙に静かだなと思うと、ルゥはずっとまっすぐ、同じ方向を見ていた。
その方向から、こっちに向かってくる三世の気配を二人は感じた。
ルゥは視力ではなく、感覚で誰よりも早く三世の帰りに気付いていた。
それを見て、ルナは一つの勘違いに気付いた。
「あの……シャルト様、私、一つ気付いたのですが……」
おずおずと言うルナに、シャルトは耳を向けた。
一つ、劇を楽しかったと言った。
二つ、結婚をめでたいことだと理解している。
三つ、レベッカの質問に、淀みなく答えた。
「ということは、つまり、ルゥ様もう十分、恋をしているのでは……」
ルナの言葉に、シャルトは呆然とした。
そして、そう言われたら思い当たるフシは沢山あった。
「むしろ、恋と家族愛が混じって、かなり深い愛になってるわね」
シャルトはそう言って、ルゥの方を見た。
三世を遠くから見つめるルゥの瞳は、どんな時よりも優しくい。
そしてそれ以上に、嬉しそうで、頬を軽く朱に染めて、それは確かに恋をしている顔だった。
「では、どうして私達と差があるのでしょうか?」
シャルトの質問に、ルナは言いずらそうに答えた。
「それは肉欲的な感覚をまだ自覚してなく、アンバランスな状態なのでは」
「そうね。それがしっくり来るわね……」
長い事栄養失調で、成熟している部分と成熟していない部分が極端になっているルゥ。
その事を考えると、ルゥの精神は、性的な部分以外が、大人になったと考えて良いだろう。
つまり、二人がしないといけないのは、恋を知らせることでは無く、保健の授業だった。
「……ルナ。あなた何とか出来る?」
シャルトは尋ね、ルナは首を横に振った。
「人体実験の末、ついこないだようやくまともな生活になれた私に無茶言わないで下さい。シャルト様はどうでしょうか?」
「……ついこないだまで食べ物を盗んだりその辺りの雑草を食べる様な生活をしていた私に、無茶を言わないで下さい」
シャルトとルナは見詰め合い、そして二人同時に溜息を吐いた。
耳年増なだけの二人には、ルゥにそれを教える度胸も方法も無かった。
ありがとうございました。




