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姦しくないけど三人娘2

 

 純粋に物語として楽しんだルゥと違い、心をトキめかせたシャルトとルナ。

 作戦としては失敗だが、皆楽しんだので特に損は無かったのだが、さっそく先行きが不安になってきた。


 ルゥがお土産のパンフレットを買いに行っている間に、ルナとシャルトは新しい相談を始めた。

「シャルト様、何か他に作戦はあります?」

 ルナの言葉に、シャルトは頷く。

「もちろんです。ただ、一番効果がありそうな作戦はこの舞台なので、どの程度効果があるのか……」

 シャルトは困った表情で、そう言った。

「効果はありましたよ……私の胸にはとても効きました……」

 恥ずかしそうに言うルナに、シャルトは頷く。

「うん。私にも効いた……」

 シャルトとルナは二人で顔を赤くしながら、私も、あんな風に想われたいな――と考えた。


「おーい。お土産買ったよー」

 ニコニコと手を振りながらのルゥの言葉に、二人を我に返り、そのまま舞台の外に出た。

「ありがとうございましたー」

 外の踊り子みたいな格好の人達が、出て行く客達皆を見送っていた。

「ありがとー。とっても楽しかったよ!」

 ルゥはそう言いながら、大きく踊り子の人達に手を振った。

 踊り子の人達も、それを見て嬉しそうに、ルゥに手を振り替えした。


 それを見て、シャルトとルナも、慌てて小さく手を振る。

「ルゥ様が良い子すぎて、心が痛いんですが」

 ルナのぽつりと呟いた。

 わざわざ客引きの人に、お礼を言って手を振るなんて、そんなこと、ルナは考えたことも無かった。

「偶に、自分が酷く醜い存在に見える時があるわ。ルゥ姉が良い子過ぎるだけではあるのだけども……」

 シャルトの一言に、ルナは苦笑して頷いた。


「それで、次はどこに行くの?」

 しっかり二人と手を繋ぎながら、ルゥはそう尋ねた。

「せっかくですので、ルゥ姉の料理をルナにも食べてもらいません?」

 シャルトの言葉に、ルゥは笑顔で頷き、全員は料理人ギルドに向かった。


「――無理でしょうが、驚かない方が良いですよ。キリがありませんので」

 そう、シャルトがルナに言葉を残し、ルナは首を傾げた。


 実際に料理人ギルドに行くと、ルナはその理由を、すぐに理解出来た。

「おかえりなさいませ!ギルド長!」

 料理人ギルドに入った瞬間、百人を超える、受付から通りがかった人も含め、全員で、ルゥに声を合わせてそう叫んだ。

「ただいま!厨房借りるね?」

 ルゥはそれに堂々とした言葉で返し、奥に進んだ。

 ルナは口をあんぐりあけて、呆然としたまま、ルゥに引っ張られる様に移動した。


 この旅行中にも、三世、シャルトと共に、ルゥは料理人ギルドには何度か来た。

 だが、ルゥの最初の反応はあまりよろしいものでは無かった。

 ギルド員の評判はかなり良いのだが、幹部からの評判が二分していたからだ。

 事情を知っている人、ギルドを残した過程を詳しく知っている幹部はルゥを尊敬していた。

『コネと権力でギルド長になった獣人。しかも権力は一切無いから媚を売ることもあるまい』

 だが、これが事情を知らないギルド幹部の総意だった。


 その認識は、一週間後に消滅した。

 家族に美味しい物を食べさせたい。

 そんな軽くもあり、重くもある想いで、ルゥは料理人ギルドで何度か、料理を作った。

 厨房は最新、材料も贅沢に使える。

 そんな環境で、フィツの元で学んだ技量を最大限に発揮するルゥ。

 速度、技量共に、幹部クラスと言っても問題無かった。

 その上で、ルゥは他の幹部の料理を見た。

 そして、見ただけで、全幹部の料理を模倣して再現した。

「うーん……。まだあの人達みたいな料理は出来ないなぁ。もっとがんばらないと」

 フィツと、前料理人ギルド長のことを考えながら、ルぅはそう呟いた。


 一週間で全てのギルド幹部の技術をコピーし、自分の物にしても一切偉ぶらず、その上更に先を目指す。

 しかも理由は『家族に美味しい物を食べさせたいから』という、純粋な思いのみだ。

 その瞬間から、ルゥの呼び名は『キュイジニエ』というシェフ長の名前では無く、『ギルド長』という、全ての長に変わり、幹部全員が、立場、技量共に、彼女の下にいることを受け入れた。


 そしてこの時より、幹部同士の派閥争いは無くなり、代わりにどの料理こそが至高の存在かという、大変くだらなくはあり、料理の本質を突いた争いに変わった。

 ちなみに一番人気は中華料理派である。前ギルド長が得意だった為、多くのレシピが残っているのも、その理由だ。


「それで、ここでの作戦はどの様な物でしょうか?」

 いい加減驚くのに飽きたルナは、同じくテーブルに座ったシャルトにそう尋ねた。

 ちなみにルゥは今現在、山ほどのギルド員と共に料理中である。

「難しい作戦では無いので、何も用意はいりません。とりあえず、ルゥ姉の料理を食べてからにしましょう。きっと驚きますよ」

 そう、微笑ましい笑いを浮かべて、シャルトはルナを見た。

「……ルゥ様がギルド長であることよりも、驚くことってそうないと思いますが?」

 ルナのその言葉は、五分後に撤回されることになる。


 出てきた料理は、上にドレッシングのかかっていないサラダ、コンソメスープ、生野菜を包んだフィセルというパン。そして、牛肉のフィレステーキだった。

「は?」

 ルナはそれを見た瞬間、ぽかーんと口を開けた。

「えへへー。ルナに作るってことでちょっと張り切っちゃった。ちょっと肉の質は落ちるけど、お代わりもあるから良かったら食べてね?」

 そう、ルゥは照れた顔で言った。

「えっと、これ、フィレでは無いですよね?」

 分厚く、ジューと音を立て、肉汁がしたたるステーキを指差し、ルナはそう尋ねた。

「え?フィレだよ。シャトーブリアンだから合ってるよね?」

 ルゥはそう他のギルド員に尋ね、全員で頷いた。

「やっぱり……シャトーブリアン……」

 ルナはぼそっと呟いた。


 それなりに食道楽なルナは、多少高価な物もこれまでに食べてきた。というか、自分の給料や予算は全て食に当てていた。

 それでも、これほどの質の高い肉で、しかも希少な部位のステーキは食べたことが無かった。

「……シャルト様、確かに予想外で、驚くことがありました……」

 そうルナが言うと、シャルトは上品な作法で肉を切りながら微笑んだ。

「あら。だったらもう一度驚くことになるわね」

 そう、シャルトは楽しそうな顔で呟いた。


 ルナは緊張した様子で肉を切り、そして口に入れて、シャルトの言っていた本当の意味を理解した。

 その味は、今まで食べた何よりも美味しく、そして優しい味だった。

「ルゥ様って、神様だったのですね」

 涙目になりながら、ルナは肉を食べそう呟いた。

 ギルド員はその言葉に何度も頷いた。


「ルゥ姉様は私の姉で、天使です」

 そう冗談めいた口調でシャルトが言うと、ルゥは困った顔で恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 その仕草が、妙に三世に似ていて、シャルトとルナはルゥを見て、笑った。


 赤身の肉にあわせた濃い目のソースに、それとの相性を考えた、野菜のみをはさんだフィセル。

 もちろんそれらにも目が飛び出そうになるほど驚き、美味しかったのだが、ルナが最も驚いたのはコンソメスープだった。


 豚、鳥、牛、魚介、野菜……。

 味だけでは、何でダシを取っているのか、理解しきれないほど複雑な味をしていた。

 数十種類の食材からダシを取っているのにかかわらず、茶色よりも琥珀に近く澄んだ色のスープ。

 見た目もだが、味も雑多にならず、調和し調ったそのスープは、完成された味と言ってもおかしくないほどだった。


 サラダは、ドレッシングが中に入っていて、どこを食べても均一な味わいになっている。

 それなのに、ドレッシングがかかってるのか迷うほど、野菜はシャキシャキとした歯ごたえを残していた。


 ルナは難しいことを全て忘れ、食べることに集中した。




 そして、ルナが我に返った時最初に見たものは、驚愕した表情を浮かべ、こちらを見ているシャルトだった。

「……驚かすつもりだったけど、まさか驚かされるとは……」

 そう、シャルトは呟いた。

 ルナの横には、二十枚は軽く、ステーキの皿が積まれていた。


 驚愕するギルド員、微笑むルゥ。そして、料理の準備で修羅場になっている奥の厨房。

 それに気付いたルナは、顔を真っ赤にして小さくなった。


「きゅいぃ……」

 下を向くルナに、シャルトが呟いた。

「ご主人様がいなくて、良かったわね……」

 ルナはそっと頷いた。


「えー。ヤツヒサなら沢山食べても、気にもしないよ?むしろ喜ぶと思うけど?」

 そうルゥが言うが、二人は首を横に振った。

「そうじゃなく、女としての矜持の問題なんです……」

 シャルトの言葉に、ルナは小さくなりながら、そっと頷いた。

「ふーん。良くわからないけど、デザートもあるよ?」

 ルゥはそう言って、プリンをテーブルに置いた。


 ルナはプリンを合計十個食して、また我に返り、小さくなった。

 これが、料理人ギルドの中で、暴食の狐の悪魔という、伝説が誕生した瞬間だった。


「御馳走様でした……」

 丁寧に手を合わせて、目を瞑るシャルトを見て、ルナはそのマネをした。

「はい。お粗末様でした」

 ルゥは嬉しそうに微笑みながらそう言った。

「ギルド長、片付けは我々にお任せ下さい。ギルド長はゆっくりと談義をなさって下さい」

 ギルドの幹部がそう言い、頭を下げて厨房に向かった。

「ありがと!後はお願いねー」

 ルゥはそう言って、厨房に手を振った。


「ルゥ様は食事を取らなくて良いのですか?」

 ルナの言葉に、ルゥは微笑んで答える。

「ん?もう食べたから大丈夫。心配してくれてありがとね?」

 そう微笑むルゥ。


 料理の腕が凄く、優しくて、純粋で、料理が上手で、可愛くて、料理が芸術的で、料理が最高で。

 ルナの頭の中ではルゥは神様の位に位置していた。

「なんというか、跪きたくなりますね」

 ルナの言葉に、シャルトは難しい顔をした。

「ごめんなさい。それには同意出来ないですね」

 そんなシャルトの言葉に、ルナはしょんぼりとした顔をした。


「それで、何の話をするのでしょうか?」

 ルナは、シャルトの方を見ながらそう尋ねた。

 シャルトは頷き、それに応える。

「ええ。ルゥ姉に報告がある人がいるそうです。少々お待ち下さい」


 そう言ってシャルトは場を離れ、ギルド員を二人、連れて戻ってきた。

 男女の組み合わせで、二人は回りに茶化されながらこちらに来た。

「この二人がルゥ姉に言いたいことがあるそうです」

 シャルトがそう言うと、二人はルゥの傍に近寄り、少々不安そうな顔でルゥの方を見た。

「ん?なにかあったの?」

 ルゥの言葉に、二人組の男の方が、恥ずかしそうに応えた。

「いえ。その……。このたび、結婚することになりまして、そのご報告を……」

 しどろもどろになりながら言う男の人に、ルゥは微笑みながら小さく拍手をした。

「おおー。それはおめでとう。いつも一緒にいたもんね?」

 そう、ルゥに言われて、二人は恥ずかしそうに困惑した。

「見ていたのですか?」

 女性にそう言われ、ルゥは頷いた。

「建前だけどギルド長だからね。マーティンにレーニナでしょ?」

 名前を当てられ、マーティンと呼ばれた男と、レーニナと呼ばれた女性は、驚きながら頷いた。


「よーし!それじゃあ、二人のお祝いも兼ねて、ケーキでも焼こうか!」

 ルゥはそう言って、厨房の奥に引っ込み、数人と幹部と一緒に、どんな物を作るか相談を始めた。


「……厨房に、引っ込んでしまいましたね」

 ルナの言葉に、シャルトは難しい顔で頷いた。

「はい……。行ってしまいましたね。ここから、二人に惚気てもらって、恋愛とか結婚とか意識して欲しかったのですが……」

 小さく呟くシャルトの言葉には、哀愁が篭っていた。

「今は、ケーキを作ることしか考えていなさそうですね」

 ルナの言葉に、シャルトは苦笑しながら頷いた。

「ルゥ姉らしいですね」

 そんなシャルトの言葉には、姉に対しての尊敬が含まれていた。

「はい、そして、どんなケーキが出てくるのか、楽しみです」

 ルナの言葉に、シャルトは驚いた。

「ルナ、あなたまだ食べられるの?」

 そう言われ、ルナははっとした顔になり、そっと顔を逸らした。



 出てきたケーキは、生クリームを沢山使った大きなスポンジケーキだった。

 ケーキ自体は大きいだけの普通のケーキだが、上の部分が変わっていた。

 クッキー生地を利用して、木目まで再現された、『木製の壁』

 生クリームをクッキーに乗せて作った『白い屋根』

 それらを合わせて作られた、『小さな白い屋根の家』がケーキの上に作られていた。

 最後に、家の前には、嬉しそうに微笑む、男女の砂糖細工の人形が置かれていた。


「おめでとう!幸せになってね!困ったことがあったら何でも言って!」

 ルゥは二人に、向日葵の様な笑顔でそう言った。



ありがとうございました。

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