続、日本村
衣装を掛けて気分一新する二人の娘達。
嬉しそうに、二人で新しい衣装を喜び、くるくると回りながら外を走った。
が、その興奮は長くは続かず、すぐに現実を思い知った。
着物は冬物ではあるが、外では着物だけだと相当寒い。
二人は綺麗な着物の上に、そっと半纏を羽織った。
さっきまでドキッとするほど綺麗だったのに、半纏を羽織っただけで、雰囲気が一変する。
子供の様な、何とも可愛らしくも愛らしくもなり、三世は微笑ましい気持ちになった。
――そっちの方が、自分達の関係らしいなぁ。
そんなことを思いながら、三世は二人を見た。
「ねぇねぇ。歩きにくいから手を繋いで良い?」
そう、三世に頼むルゥ。
三世は頷き、ルゥとシャルト二人に手を伸ばし、二人と手を繋いだ。
その瞬間から、後ろから何とも言えない視線を三世は感じた。
「……後で何かお詫びをしますから……」
そんな三世の苦笑しながらの言葉を聞いてくれたのか、後ろからの強い視線は無くなり、そっと付いてきてくれるようないつもの足音に変わった。
この村には、半年くらい前に来たが、その時と村の様子は何も変わっていなかった。
雪かきをした様子がある程度の違いで、店の並び方も、和服を間違えて着ているおかしな格好の人が多いことも、何もかもそのままだった。
そんな道を歩いていると、前の時と同じ様に、広場に太鼓が用意されていた。
【ご自由に叩きください】
と書いてあるのに、バチが無いなんとも悲しい太鼓だった。
「これって太鼓って言うんだっけ?叩く楽器の」
ルゥはそういうと、トントンと太鼓を軽く手で叩いてみた。
「変わった楽器ですよね。これだけで簡単な作りなのに楽器なんて……。でも叩く物が無いから出来ないんで――」
シャルトが言い終わる前に、三世は自分のカバンから、すっと二本の木の棒を取り出した。
「私はこの世界で学びました。無い物は……作れば良い――」
何気にこの村を満喫している三世を見て、二人の娘は顔を見合わせて笑った。
三世は大きな和太鼓の前に立ち、バチを掲げ力強く叩いた。
ドン!
思ったよりも衝撃が強く、びっくりするルゥとシャルト。
その太鼓の衝撃は強く、二人の娘は少し距離を取って聞く姿勢に入った。
そんな時、三世の考えていたことは、ちょっとした後悔だった。
――何で太鼓叩いたこと無いのにバチまで作って太鼓叩いてるんでしょうか私は。
自分に苦笑しながらもそんなことを思った三世。
だけど、バチを作るのに結構苦労した為、せっかく作ったのにこれだけで終わるのはもったいないと思い、三世は適当に太鼓を叩きだした。
ドン、ドン、ドンドンドン。
カッ、カッ、ドンカッカッ。
三世が適当にリズムだけ合わせて太鼓を叩いていると、突然笛の音色が聞こえだした。
ピィーと言った高音の笛の音色は太鼓のリズムに合わせて吹かれ、更に金属の鐘の音色が響きだした。
突然の事に動揺を隠せない三世達三人。
何もわからない三世だが、一つだけわかったことがある。
それは、笛も鐘も、太鼓のリズムを合わせて演奏されていることだ。
――太鼓、止められなくなってしまいました……。
そう思いって困りながらも、三世は適当なリズムで太鼓を叩き続けた。
太鼓と笛と鉦鼓の音が合わさり、何か盆踊りに良く似た不思議なメロディが生まれ、それに合わせて、周囲に人が集ってきた。
老若男女問わず、三十ばかりが突然現れ、その全員がひょっとこの仮面を被り、広場の内周をぐるぐると、踊り歩き始めた。
混乱するルゥとシャルト。無表情で太鼓を叩き続ける三世。どこから聞こえてくるのかわからない他の楽器の音。
その良くわからない音頭は十分ほど続き、三世が太鼓を叩くのを止めると、皆無言で広場から去っていった。
「……ご主人様のいた世界って、変なところだったのですね」
「いや。変なのは確かだけど、これは私のいた世界でも奇行に分類されます……」
しみじみ言うシャルトの言葉に、三世は否定も肯定も出来ずに曖昧な言葉を返した。
その後三世達は、周囲をぐるぐると散策しながら、目的の場所に向かった。
「ヤツヒサ。どこに行ってるの?」
少しずつ、観光地から離れていく三世に着いて行きながら、ルゥはそう尋ねた。
「あのあばあさんの様子が気になりまして」
三世の言葉に、ルゥとシャルトは納得した表情をし、一緒にその方向に向かった。
民家の並ぶその奥には、この辺りで一番大きな家が建っていた。
三世はその家の玄関にある引き戸を開け、声をかけた。
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいませんかー?」
その声と共に、和服の若い女性がパタパタとこちらに走ってきた。
「はいはーい。どちら様でしょうか?」
「冒険者のヤツヒサと申す者ですが、この家にいらっしゃる老婆の方に連絡取れませんか?半年前の稀人と言えば、伝わると思います」
「はい。わかりました。確認しますので少々お待ち下さい」
女性は笑顔のままパタパタと走って去っていき、数分後に入れ替わる様に老婆がこちらに来た。
数人の護衛らしき男をつれ、老婆は疲れた顔で三世に微笑みかけた。
「稀人様。おひさしぶりですな。何かご用時がありましたか?」
老婆は、くたびれて眠そうな声でそう尋ねてきた。
「いえ。色々お話しましたのでただ様子を見に来ただけですが……しんどそうですね……」
――歳には勝てないですよね。
少し残念な気持ちで、そう思いながら、三世は老婆の体調を心配した。
「しんどくは無いぞ。徹夜明けで眠いだけじゃ。心配かけてすまんのぅ」
ほっほっと笑った後、元気に欠伸をする老婆を見て、三世は微笑んだ。
――良かった。全然変わってなかった。
前の元気で力強い様子のままだった老婆を確認すると、三世は不思議と嬉しくなった。
「こっちは変わりないが……そっちは色々変わったみたいじゃのぅ。予算とか、目利きとか。後一人増えておるしのぅ」
老婆の言葉に、三世は首をかしげた。
「あれ?前来た時もシャルトはいましたよね?」
三世の言葉に、老婆はぴっと、三世の後ろを指差した。
「後ろにおるじゃないか。とびっきりめんこいべっぴんさんが」
そう良いながら笑う老婆。
その指差した方向にはカエデさんがいた。
褒められてまんざらでもないのか、カエデさんは自信満々にその場で佇んでいた。
「とりあえず、家の中にそのべっぴんさんは入れんし、右から裏庭に入れるからそっちで話をしようかの」
老婆の言葉に頷き、三世は三人を連れて右手に移動した。
てくてくと移動し、裏庭に着いた三世。
そして、その裏庭にあるソレを見た瞬間、三世は固まった。
そこにあったのは想像をはるかに超えた、異常な植物だった。
――なんだこれは……。人の手によって生み出せるものなのか。
三世は驚愕した様子でそう思い、その植物を見た。
ルゥとシャルトは目を輝かせながら、それを見ていた。
「驚いたかの?ぶっちゃけその為に裏庭に呼んだんじゃがの」
かっかっかと笑う老婆を尻目に、三世は口をあんぐりあけたままその植物から目が離せなかった。
そこにあったのは、巨大な葡萄だった。
一房しか生っていない葡萄が、地面に転がる様に横たわっている。辛うじて蔓とつながっているが、とてもその葡萄を支えられているとは思えない。
まず、葡萄の実一つがかなり巨大な大玉スイカくらいある。
それに百以上の実が付いていて、寝そべった房だがその状態でも三世より背が高く、直径なら十メートル近くあった。
紫色の大玉は瑞々しく光っているのだが、巨大すぎて食欲をそそらない。
――はたしてこれは巨峰と呼んで良いのだろうか。
三世はそんなことを考えるが、答えは出そうになかった。
「おばあちゃん!これ食べて良いの!?」
ルゥがキラキラした瞳でそう尋ねると、嬉しそうに老婆は頷いた。
「ああ。いいとも。好きにおたべ」
昼ごはん前なのに、と思ったが、ルゥの気持ちも良くわかる。
「すいません」
三世は一言謝罪し、老婆に頭を下げると、老婆の脇の男からスプーンが三つ渡された。
「ほれ。一粒でも三人で食えば何とか……なるかもしれんの」
老婆はそう笑いながら言った。
ルゥがもぎ取ろうとするのを必死に止め、老婆について来た男達に実を取ってもらい、三世とルゥ、シャルトはテーブルについた。
「るー。なんで私が取るのだめなの?」
不満そうなルゥの言葉に、三世は溜息を吐いて答えた。
「あのですね。その服、葡萄の果汁塗れになりますよ……」
ルゥはきょとんとした顔の後、ぽんと手を叩いて理解した。
「そっか。今日は可愛い格好だから駄目だったんだね」
そう言いながら、にっこりと微笑んだ。
どうやら、着物を着ていると忘れる位には、苦しいのに慣れたらしい。
「それじゃあ、いただきまーす!」
テーブルの上にある大玉の皮をめくり、ルゥはスプーンを使って葡萄を一気に口に運んだ。
その瞬間、ルゥは無言になり、更に無表情になった。
その様子を老婆はニヤニヤと見ていた。
「……ルゥ。どうしました?美味しくなかったですか?」
スプーンを加えたまま、ルゥは無表情で首を横に振った。
「――美味しいよ。普通に美味しい……」
その顔は美味しい物を食べている顔では無く、虚無を宿したような表情だった。
シャルトもそれを見て、恐る恐るスプーンを使って葡萄を口に運んだ。
「……。ああ、悲しい事実に気付いてしまいました……」
シャルトもそんなことを呟き、無表情になった。
「一体どういうことですか……」
三世の困惑した問いに、シャルトが答えた。
「私、本当つい最近まで何も食べられない様な生活だったのに、気付いたら、こんなに舌が贅沢になってしまっていたんですね……」
それを聞いて、三世もスプーンを使い、大玉の葡萄にスプーンを伸ばした。
瑞々しい中の果実を、そっと口に入れ、そして二人の気持ちを理解した。
「美味しい、けど……恐ろしいほどに物足りない……」
例えるなら、大量生産の格安葡萄より少し落ちるくらいの味だった。
「かっかっかっ。大玉だけに大味になってしまっての。ぶっちゃけ失敗作じゃ」
そんな三人の様子を見て、老婆は腹から声を出して笑っていた。
三人で一粒をがんばって食べ進めたが半分以上残った。
それをカエデさんはじーっと食べたそうにみた。
三世が食べて良いと言うと、どうやら相当喉が渇いていたらしくカエデさんはぺろりと残り食べきってしまった。
更に、葡萄の房をじーっと見つめだした。
「もう一粒、良いでしょうか?」
三世の質問に、ぽかーんと口をあけた後、老婆が笑いながら答えた。
「ああいいとも!使い道が出来たらなら喜ばしいことじゃ」
老婆は心から嬉しそうな様子だった。
後ろでもぐもぐしているカエデさんを、周囲の皆はそっとしておいて、話し合いに戻った。
「まあ、どうしてああなったかわからんが、巨大葡萄は生まれたがの。シャインマスカットとやらはもう少しかかりそうじゃ」
ちょっと残念そうにいう老婆に、三世はほっと安堵した。
「いえ、諦めてないならきっと叶いますよ」
というか、あの葡萄よりはきっと容易く出来るだろうなと、三世は思った。
「うむ。そうじゃの。まあ、微妙な葡萄を食わせた詫びじゃ。昼飯は何か好きな物を用意させよう。何が食べたい?」
老婆の質問に、二人の娘は目を輝かせて答えた。
「納豆!」
それを聞いた老婆は微笑みながら頷いて、男達に食事の準備を頼んだ。
ありがとうございました。




