古くからの伝統はあるけど間違ってしまった場所、日本村
遊びほうける毎日を送り、遂に【牛の月】に入った。
つまり十二月だ。
予定では今月終わりか、来月頭くらいに帰国する予定である。
残り半分を切り、何かしたいことは無いかなと三世がルゥとシャルトに尋ねたところ、二人は声を揃えて答えた。
「おいしい納豆が食べたい」
ガニアの首都周囲で納豆が食べられる場所はあり、週一位の割合で食べていたのだが、それでは満足出来なかったらしい。
数もだが、質の問題が大きいようで、最初に食べた納豆が忘れられないそうだ。
「そうですね……。それなら、行って見ましょうか?前食べた場所に」
三世の言葉に、ルゥは瞳をキラキラと輝かせ、シャルトは何度も首を縦に振った。
そして三世は、日本村に向けて馬車を走らせることになった。
黄色い砂の多い地方から、茶色草の生えた草原、草の無い大地に、石で出来た山と、ころころと景色が変わり、ルゥとシャルトは楽しそうに馬車の中から外を見ていた。
本当に景色の移り変わりが激しく、目的の日本村に近づくと、予想外の素晴らしい景色に襲われた。
そこは銀世界とも呼べ程る、真っ白な雪模様となっていたのだ。
そして当然、雪が積もっているのだから、そこは寒かった。
涼しいようにと、薄着で来ている三人は当然の様に震えだした。
三世はカエデさんが暖房を効かせてくれて問題は無くなったが、ルゥとシャルトはそうはいかない。
馬車の中で、クッション代わりにしていた毛布を着込み、二人は密着した。
「あわわわわ。さむ……さむ……」
口がうまく動かず、震えるルゥに、話すこともせず、ジバリングにいそしむシャルト。
「出来るだけ馬車の前の方に来てください。カエデさんの傍は暖かいので」
三世の言葉に二人は頷き、馬車の正面の壁に体を密着させ、ほのかに温かい暖を取って何とか寒さをしのいだ。
「これは調査不足でしたね……急いで村に入りましょうか」
その言葉にカエデさんが反応し、速度を上げて村を目指した。
カエデさんは急いで、二人が凍える前に目的の村にたどり着いた。
【日本村参】
そこは雪景色なことを除けば、前来た時と何も変わっていなかった。
和風の城門の様な、両開きの大きな扉の前で、日本の武士っぽいけど微妙に違う格好の門番が、ブロードソードを背中に背負いこちらを見ていた。
「ようこそお客人。我が村に、如何様な事情で尋ねられましたかな?」
男は妙なイントネーションで、三世たちにそう尋ねた。
その言葉に、三世は事前に用意していた言葉で返した。
「エド観光で」
「了解した。しばしお待ちを」
男は頷きながらそう言うと、後ろにある門の方に向かって大きな声をあげた。
「開門!」
その後、こちらに向かって頭を下げながら言葉を続けた。
「お客人よ。ごゆるりとお楽しみあれ」
三世は男に頭を下げて、カエデさんから降りて、カエデさんと一緒に歩いて中に向かった。
「ちょっとまって。ねぇねぇ。エドって何?」
馬車の中から、ルゥが男に向かってそう尋ねた。
男はルゥの方を見て、意味深な含み笑いをし、再度頭を下げて、そのまま動かなくなった。
――ああ。これも意味わからないで使ってるんですね。
三世は意味深な態度と笑みで、そう悟った。
中に入るとすぐ、着物を着た女性がこちらにちょこちょこと駆け寄ってきた。
「こんにちは。お客様も寒いのを知らずにこちらにいらしましたか?」
微笑みながらそういう女性に三世は苦笑しながら頷いた。
女性の見た目は、赤い着物に明るい茶色の髪、白い肌に、黒い瞳。
瞳以外は日本人らしくなく、良く見るガニアの民と同じ見た目ではあるはずなのに、三世は何故か若干の懐かしさを覚えた。
「ええ。恥ずかしながら、ガニアの首都と同じで温かいと思ってきてしました」
むしろ、数時間程度の距離で気温がこんなに変わるとは予想すら出来ない。
そんな三世の言葉に、女性は三世と、馬車で震えている三人に、布状の何かを手渡した。
三人がそれを広げて見ると、それは半纏だった。
三世の方は青の半纏に、ルゥとシャルトには赤の半纏。
防寒用らしく、火消しの人のつけている薄いものではなく、綿がつめられてふわっとしていた。
「どうぞお持ち帰り下さい。寒い中いらしてくれたお礼です」
そう、女性はにこにこと嬉しそうに、そう言った。
「凄いですね。これが無料なんですか?」
そう言いながら、三世は半纏を着だした。
女性は三世の言葉に、優しく頷いた。
「もちろんです。楽しんでいってもらいたいので。あ、でも、もし気に入っていただけたのなら、うちの店で何か買っていかれませんか?」
その言葉にを聞き、三世は場所の中を見た。
二人の娘は、赤いちゃんちゃんこを着て嬉しそうに、感触を確かめていた。
手で触ったり、顔にあてたりと、しながら、寒さを緩和していく二人の獣人。
「娘達が気に入ったみたいですので、お店に寄らせていただきましょう」
そうにっこりと三世が微笑むと、女性は満面の笑みで三世達を案内した。
それはキモノ専門店だった。
店の中には、所狭しと、色取り取りの着物が並べられていた。
棚に置かれているもの。壁に掛けられているもの。そして、裏にかざられているもの。
今の三世なら何となくだが、その良さがわかった。
どれも手の込んだ、非常に丁寧な作りの物だと、職人の技量の上がった三世には読み取ることが出来たからだ。
惜しむらくは、店に置かれている着物の三割ほど、何故か男性専用キモノが売っていることだった。
サイズの大きい女性用の着物は、男性用とは言えないのでは無いだろうか。
そうは思うが、三世は何も言わず、それらに触れない様にした。
「どうですか?欲しいものあったら買ってってもらえません?かなりお高いですが……」
女性の不安そうな声を聞き、三世は値札を見た。
手前の物が銀貨五十枚程度で、奥にある者が、銀貨八十枚程度。
そして店の際奥、カウンターの裏においてある、明らかに質の良い着物には、値段が書かれていなかった。
「あちらの値段はいくらですか?」
一番奥を指差し、尋ねる三世に女性は困惑した表情で答えた。
「いえ。アレはちょっと売れないんです……」
「やはり、飾り用か大切な行事用なのですか?」
女性は慌てながら、両手を横に振った。
「とんでもない。ただ、ちょっと調子に乗って高い素材に手を出しすぎちゃって、売り物になるような値段にならなくて……」
少し恥ずかしそうに女性はそう呟いた。
どうやら着物を作っているのはこの女性らしい。
その上で、着物作りが好きで、つい際限無くお金を使って作ってしまったということだろう。
「店員さん。お名前教えていただけませんか?」
三世の言葉に、女性は頷いた。
「ああ。はい。ユーコと申します。この村に生まれたので、それらしい名前ということでこの名前をいただきました」
三世は頷いた、微笑んだ。
「ではユーコさん。もしよろしければ、奥の着物、売っていただけませんか?多少値段は張っても構いませんので」
「え?いやいや、素材代だけで金貨五枚は超えるんです。ちょっとアレは売り物として適切では……」
ユーコが慌てているうちに、三世はルゥにアイコンタクトを送り、ルゥは頷いて、女性の前に袋をとんと置いた。
「金貨百枚あります。これで、二人分お願いできせまんか?」
ユーコは慌てふためいた様子の後、少し考える仕草を取り、金貨袋の中身を確認した後に、満面の笑みで答えた。
「奥にどうぞ、せっかくですので今着付けちゃいましょう」
そういうことになった。
非常に現金な笑顔で、ユーコは奥の部屋に二人を案内した。
三十分後、二人の娘は綺麗な着物に彩られて、三世の前に現れた。
黒地に薄紫の花、おそらく梅と思われる花模様のあしらわれた着物に、同種の帯を巻き、短い後ろ髪を軽く巻き上げ、桜らしき簪が挿されたシャルト。
クリーム色に近い白で、無地の着物に、花模様のあしらわれた紺色の帯を巻き、髪を後ろで一つに束ねられているルゥ。
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるルゥにも、恥ずかしそうに微笑むシャルトにも、三世は何か不思議な感情を覚えた。
今までの父性や母性とも違う。良くわからない何かを、三世は確かに胸に感じた。
「どうですか?似合いませんか?」
ユーコの言葉に、三世は困惑した表情を浮かべる。
「え、ええ。似合うと思います。さすがですね」
困りながらそういう三世に、ユーコは少しむっとした。
「それは、言う相手が違うのでは無いですか?」
その言葉を聞き、三世は二人を見た。
こっちの方を見て、二人とも何かを待っている様だった。
「……二人とも良く似合って綺麗ですよ」
頬を掻きながら、三世は照れくさそうにそう呟いた。
二人の娘はそれを聞き、嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいね。でも、この服凄く苦しい」
ルゥの言葉に、シャルトも頷く。
「はい。凄く苦しいです。主に帯を巻いた当たりが」
三世は苦笑しながら答えた。
「そういうものですよ。さて、行きましょう」
三世の言葉に頷き、二人は歩き出した。
「ちなみに、二軒隣に草履屋、履物売ってるので、一式揃えたいならぜひどうぞ」
「ありがとうございます。よらせていただきますね」
三世は微笑みながら、ユーコに礼をしてその草履屋を目指した。
そこで二人の草履を買い、上から下まで、和装一式を揃えた。
嬉しそうにはしゃぐ二人を、三世は微笑ましく見ていた。
そして、カエデさんはそんな二人を、恨めしそうに見ていた。
ありがとうございました。